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第五章

第十六話 二人で

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「は、早く…逃げてください…」

 レイは肩で息をしながら言った。

「今、奴を倒すのと一緒に…機密保持のための、自爆プログラムが…作動されました…あと一時間で、ここは爆破されます…」
「何⁉︎」
「すみません…地上の兵器群を、止めるには…あいつごと、Divusを破壊するしかなかった…そうなると、機密保持プログラムが作動するんです」
「おい、マジかよ! 逃げるぞ‼︎」
「い…いいんだ、俺は…早く行ってくれ…」
「何を言っている! 我々全員で助からんと、意味が無いだろう!」
「どうせ、俺は…助かりません…この状態を見れば、わかるでしょう…?」

 その言葉には真実味があった。大量に吐血し、身体中が深く裂け、今も出血が止まらない状態である。

「俺は、ただ洗脳されてたわけじゃない…あいつと、精神的にも肉体的にも同調していたんです…だから、あいつを殺せば、俺が死ぬことは避けられない…あいつが完璧に死に絶えた以上、もう俺は…助からない」
「そんな…」
「うそ…だろ…?」

 マリアとサリーは、ただ茫然となるだけであった。

「ここから東に2キロほど行けば、脱出用のシャトルがある…行き先はアズリエルに設定してあるから…それを使って逃げるんだ」
「ふ、ふざけるなっ! 貴様を置いて逃げられると思っているのか⁉︎」
「そうだ! 私はお前と一緒に助かりたいんだよ!」
「すまない…俺は、助からない…それにもし生き延びられたとしても…」

 レイは、傍に横たわるエレナの亡骸に触れた。

「俺は…エレナのいない世界で、生きていたくはない…世界で一番…大切なものを失ったまま、生き延びても…何の意味もない」
「…この大馬鹿者がっ! それはこっちのセリフだ!」

 マリアはレイの胸ぐらを、思い切り両手で掴んだ。

「私だって…私だって、お前のことを世界で一番愛してるんだ! あんなにも心も身体も許したのは…お前が初めてだったんだ! だから…お前のいない世界なんて、生き延びたくはない‼︎ お前がここで死ぬなら、私だって一緒に死んでやる‼︎」
「それは、ダメですよ…あなたは王族として、世界を一つに纏め上げる義務がある…あなたにしか、出来ない事だ…」
「王族だと⁉︎ なら王族としての命令だ。私と共に生き延びるんだ、レイ! さっさと立て! 王族の…上官の命令が聞けないのか⁉︎」
「ふふっ、ご冗談を…あなたはもう、俺の上官じゃないって…大佐が言ったんじゃないですか…」
「うっ…うわあああああっ…」

 マリアは子供のように泣き崩れた。ただ純粋な愛情の方が、威厳やプライドといったものよりも遥かに優っていた。

「レイ…私も嫌だよ」

 サリーもレイの手を握りしめ、静かに涙を流した。

「子供じみた駄々こねてるって言われるかもしれない…だけど、やっぱり私、お前が好きなんだ。
 たとえお前がどれだけエレナのことを愛していても、どれだけ私の事なんか眼中に無くても、私は…お前と一緒の世界に生きていきたい。
 お前が側にいない人生なんて嫌だよ。だから…私と一緒に、生きてくれよ」

 そんなサリーの掌を、レイは優しく握り返した。

「そんなに、俺の事を…愛してくれるなんてな…」

 弱々しく微笑みながら、レイはサリーに語りかけた。

「でもな、サリー…俺と一緒に、お前まで死んだら…余計俺が悲しいよ。サリーのことが大事だから、やっぱり生きていてほしい…エレナと同じくらいな」
「レイ…」
「どうせ俺は…死ぬ運命だ。なら、最後までエレナと…一緒に、居させてほしい。それが、最後の願いだ…」
「うぅっ…何でだよ…なんで…」

 二人の嗚咽が、悲しく響き渡った。

「…行くぞ。あんまり時間がない」
「……」

 サリーがマリアの腕を引っ張ったが、マリアは黙ったまま抵抗した。

「さっさと来いよ! これ以上…レイを困らせんな」
「…うっ…ひっく…」

 泣きじゃくりながら、サリーに肩を貸されならマリアは立ち上がった。

「…今までありがとう、レイ」
「レイ…う、うぅぅっ…」

 そのまま二人は振り返ることなく、部屋を出て行った。彼女たちがなんとか未練を振り切ってくれたことが、レイにとっては何よりもありがたかった。

(二人とも…早く俺のことなんか忘れて、幸せになってくれよな)

 そもそもの話、レイがエレナを唯一愛する人として迎え入れている以上、最後まで彼女たちの想いに応えてやる事は出来ないのだ。にも関わらず彼女たちが自分を愛しているのは、二人の為になりはしないだろう。
 これから先、彼女たちが自分よりも素晴らしい人間と出会い、今以上に幸せになってくれる事を、レイは心の底から願った。

(生きてくれ…俺や、他の人の分まで)

 そしてレイは瀕死の体で、エレナの亡骸の場所まで這いずっていった。

「………エレナ」

 血に塗れ、既に息絶えているエレナの体を、レイは抱き寄せた。

「ごめんな…ごめん…俺は、俺が生まれる前から…初めて出会った時から、エレナを苦しめてた…何度生まれ変わってもそうだ」

 この宇宙が誕生する前に出会った時から、レイの前身である男は彼女に執着していた。その歪んだ欲望のままに、彼は新たに生まれた宇宙で、幾度となく生まれ変わる彼女を追いかけ続けた。
 その度に彼は圧倒的な力を奮い続け、その度に犠牲も多く出た。そしてその度に、エレナは彼を否定し続けた。
 そして最後には、レイの手によって殺されてしまった。その全ては、レイ自身に起因するものだった。
 すでに全身の血が失われ、真っ白で冷たいエレナを身体を感じながら、レイは自分の意識が徐々に薄れていっている事にも気がついた。

(ああ…なんだか…視界が、ぼやける)

 いつの間にか、所々で響く爆発音や警報、赤く点滅するランプ、そしてアルケー全体を揺らすような振動が、感覚として酷く鈍く感じられた。それはもう意識がなくなる直前であり、死期が近いことの現れでもあった。

(ああ…俺は、遂に…本当に、死ぬのか)

 思い返せば、加藤玲は一度死んでいた。それが運命の悪戯で生まれ変わり、さらにもう一人の加藤玲まで生んだ。三度生まれ、三度死ぬ。そんな人生を、レイは不思議に思った。

(…エレナ、今度俺が生まれ変われるなら…別に結ばれなくてもいい、ただ…今度こそ、償い続けるから…)

 レイは何度となく生まれ変わり、その度に彼女を苦しめたことを思った。ならば今度こそは、彼女を幸せにしたい。そうも思っていた。
 やがて視界は徐々に暗転していき、意識は深い場所へ沈もうとしていた。生命が消えようとしていることを、レイはうっすらと感じていた。

(…大好き、だよ)

 そしてレイはそのまま目を閉じ、深い底へと沈んでいった。



 突如として、巨大なミスリルの結晶が光り輝いた。



 その光は、レイとエレナ、二人を飲み込んでいった。





「えーと、射出ボタンは…これか! よし、行くぞ!」
「……」

 無言のままマリアが頷いた。二人はなんとかシャトルに到着し、あとは脱出するだけという状態だった。機械の構造に多少手間取りはしたのの、行き先などは既にプログラムされており、操縦の必要も無しにアズリエルに迎える手筈となっていた。

『自動射出プログラムに則り、指定座標までオートドライブで航行します。シートベルトをお閉めください。発射まで10、9、8、7、6、5、4、3、2、1…発車します』

 そうしてシャトルは宇宙空間に射出された。二人とも、後ろを振り返ることは出来なかった。大切なものたちを思い出し、戻ってしまいそうになるからだった。
 しかし突如として、後方で眩い光を感じ、二人は同時に振り向いた。その先には、巨大な光が爆煙ごとアルケーを飲み込もうとしているのが見えた。

「あ、あれは…?」
「レイ…」


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