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第五章

第十話 創世記

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『ったく、なんであんなに結果が残せないくせに、ここにいられるのかね』
『単純に人が足りないんだろ。そうでなきゃ、あんなグズがここに居れるわけがない』
『やだ、気持ち悪い…こっち見てるわよ』
『人事課に連絡しなくちゃ、セクハラだって』
『ぜってーあいつモテた事とかない奴だぜ、ハハハ!』

(…俺は、違う。お前らみたいな奴なんかとは違うんだ)

 そう感じた事も、レイはしっかりと覚えていた。

(お前らも含めた、周りの奴らがバカなだけだ。わかってないか、わかってても認めたくないか、どっちかさ)

 口の端が吊り上がる。

(今からそれを、証明してやるよ)

「うぐ…なんだ、これは」

 まさしく強烈なフラッシュバックだった。過去の記憶と思しきものが、目の前でまるで映画やドラマのように繰り広げられた。そしてその時に感じた心持さえも、忠実に再現された。

「くっ…とにかく、進まないと」

 そうしてそれだけ進んだだろうか。気がつくとレイは巨大な扉の前に立っていた。恐らくはアルケーの中でも重要なブロックであることは、簡単に想像がついた。
 しかし、またしてもひどい頭痛がレイを襲った。たまらず膝をつき両手で顳顬こめかみを覆ったが、一向に痛みが治る気配は無く、それどころかドンドンと酷くなるばかりであった。

「ぐうっ…ああ、がっ…」

 もがき苦しむレイに、またしてもフラッシュバックが起こった。



『やめて! 一体何をするの⁉︎』
『決まってるじゃないか、俺がこいつと同調するんだよ』
『ミスリルとの精神結合が可能だなんて、与太話だって誰もが言ってるじゃない!』
『だからみんな無能だってんだ。こいつが言うなれば、一種の珪素生命体であることはみんな知ってるはずだ。そしてこれは他人の精神を読み取り、性質を変化させる…ならば人の精神を丸ごと結合して、巨大な力を手にすることもたやすいはずだ』
『もし仮に成功したとして、何をする気なの?』
『単純に興味があるだけさ。科学者の知的好奇心ってやつだよ』
『嘘よ! あなたは復讐がしたいだけ。自分を見下したり虐げてきた者たちを、圧倒的な力で支配したいだけよ‼︎』
『もしそうだとして、それの何処がいけないと言うんだ? 因果応報だろうが』
『やめてっ‼︎』

 そうして視界が真っ白になった。


「ハァ、ハァ、ハァ…」

 身体中から脂汗を流しながら、レイは肩で息をしていた。

(まただ、あの女…エレナに少し似ていた…)

 以前にも夢で見たことがあった。レイの中の独占欲、嗜虐心といった醜い感情を刺激するような、美しい女性。しかし何故彼女がレイの記憶の中に存在するのか、それはわからなかった。

「…ここを開ければ、全部わかる」

 しかし硬く閉ざされたその扉は、開く気配を見せなかった。これまでの自動ドアは近付くだけで開いたが、この扉は開かない。それはセキュリティの元々の強固さと、さらにはこの奥のある存在が固く閉ざしているであろう事は簡単に察しがついた。

「俺を舐めるなよ。この程度の扉なら、簡単に開ける」

 そう言って、レイは右手に大剣を召喚した。

「はあああああっ!」

 きつく握り締めた大剣を、全力で振り回す。その圧倒的な破壊力の前に、分厚い鉄の扉にも大きな亀裂が走った。そしてそれは人一人が侵入するには十分すぎるほどのスペースだった。

「邪魔するぞ」

 そうしてレイは中に足を踏み入れた。
 中は目が霞むほどに真っ白であった。ホコリひとつ無い、無機的で汚れの無い空間。
 その中央に鎮座するものに、レイは恐れ慄いた。

「な、なんだ…これは…」

 それはグロテスクな光景だった。まるで氷山のように巨大なミスリルの結晶、その中にはまるで人間の脳のような球体があり、しかもそれは心臓が鼓動するようにリズミカルに蠢いていた。そこから神経のように伸びたケーブルは下部の機械に接続されており、この部屋全体を制御していることが見て取れた。
 生理的嫌悪感を催す物体を前に、レイは鳥肌が立つのを抑えきれなかった。
 そして部屋の地面には、エレナ・サリー・マリアが転がっているのが見えた。

「みんな!」

 そうして駆け出したレイを、突如として引き留めるものがあった。

「ぐああっ‼︎」

 レイの全身に電流が走った。それは恐らく拘束魔法の類であったが、しかし術式らしきものは何処にも見当たらなかった上、レイの動きを止められる程の物となると、並大抵の魔力では無理だろう。

『やはりここまでたどり着いたか。現人神の血を引くものよ』

 機械的な音声が室内に響き渡った。その声には何処となく聞き覚えがあった。

「り、リチャード…加藤、玲…?」

 そう、それは加藤玲の声の声によく似ていた。幾ばくか機械的で感情が篭ってはいないものの、その酷薄な音色は確かに加藤玲の面影を確実に残している。

『リチャード・アレクサンドルとして転生した者の魂か。似ていると言えば似ているだろうな、私は彼の体を借りて顕現した事もあるのだからな』
「な、何だと…お前は、一体…」
『貴様らの住む惑星を造った者だ。”創造主”や”神”といった呼称が一番適しているだろうな』
「か、神…? お前のようなものが神だと?」

 恐らくは、この声は目の前の脳髄に似た肉塊から発せられていた。このおぞましい物体が自らを作り、罰し、導く存在だとは、レイにとっては悪い冗談にしか聞こえなかった。
 すると、さらに高速魔法は強固になり、レイの全身にさらに強い電流が流れた。

「ぐあああっ‼︎」
『口の聞き方には気を付けてもらおうか。私はお前よりも、ずっと偉大で揺るぎのない存在だ。世界で並ぶ者がいない程の存在の貴様を、こうして容易く拘束している事が何よりの証拠だろう』
「ぐっ…くそっ」

 レイも認めざるを得なかった。目の前の物体の言葉通り、地上の英雄となったレイの自由を奪い縛り付けられるほどの魔力を持つ者は、もはや人間の域を超えた何かでしかなかった。

「神だと…? もっと具体的に教えろよ、お前は一体なんだ?」
『先ほども述べたとおり、私は貴様らの住む惑星の創造主だ。はるか昔、このアルケーで秘匿・研究されていた巨大なミスリルの結晶体と同調し、またこの周囲一体のコロニー軍を制御・統括していたスパコン”Divus”を掌握した』
「ど、同調…? じゃあ、あれは全部、俺のじゃなくてお前の記憶…?」
『…そうか、肉体の記憶に精神が引き摺られたか。その質問には明確な答えが存在しない。確かに私の物であると言えばそうだが、それと同時にお前の記憶でもあるのさ。お前の魂と記憶が、その肉体に宿っている限りはな』
「??? 一体、何を言ってやがるんだ…?」
『あれは確かに”私”の記憶だ。だが”私”という存在を定義する人格は既に失われた。いや、他の人格と統合され、今は全く別のものに変貌したのだ』
「…?」

 レイには目の前の物が何を言っているのか、まるで理解できなかった。

『ピンと来ないか。ならば教えてやろう…最初から、全てをな』






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