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第五章
第八話 アルケー
しおりを挟むその扉の奥は、ザイオンと同じく減圧室となっていた。細長い筒のような形状の廊下、そして天井近くに取り付けられたスピーカーは、ザイオンと全く同じデザインだった。
『ピー…気圧、酸素濃度、正常。減圧処理をスキップします』
ザイオンの時に比べると、音声ガイダンスにノイズはほとんど見られなかった。見た限りの印象ではあるが、経年劣化の酷さがザイオンに比べるとかなり和らいでいるように見えた。
(…同じ時代に造船されて、同じ時代に発見されたはずなのに…なんでこんなに劣化の度合いが違うんだ?)
「何ていうか…50000年前とかいう割には、結構新しめじゃねぇか?」
「確かに、そんなに朽ちた様子もないですし…」
レイと同じ感想を、コーヴィック姉妹も感じたようだ。
「考えても仕方があるまい。行くぞ、レイ」
「ええ。行きましょう」
そうしてレイ達は内部へと侵入していった。
ザイオンの時と同じように、内部はやはり迷路のように入り組んでいた。
「やれやれ、案内板とかねぇのか?」
「確かに、少し不親切には感じるけど………⁉︎」
一行は身構えた。人形のセキュリティロボットが、突如として通路の角から姿を現したからだ。すぐに戦闘に持ち込まれることを予測し、4人はすぐさま戦闘態勢に入った。しかし次にそのロボットから発せられた言葉は衝撃的であり、また拍子抜けするものであった。
『ようこそ、ザイオンへ。お困りのことはございますか?』
「…はい?」
「お、お困りって…」
「と…とりあえず、敵対意思はないようだが…」
「え、えーと…ああ、道に迷ってしまっているんだ。案内してくれないか?」
『かしこまりました。最短ルートですと、市街地を横断する形になりますが、よろしいでしょうか?』
「ああ、うん…構わないけど」
『こちらになります』
そのままスタスタとロボット兵は歩き出してしまった。頭の中をクエスチョンマークでいっぱいにしながら、4人はその後をおずおずと付いて行った。
「お、おい…どうなってんだ? こりゃあ…」
「お、俺にもよくわからない…ひょっとしたら、セキュリティシステムを騙しているせいで、こいつらが俺たちを敵と認証していないのかもしれない」
「あー、びっくりした…」
「まぁ何にせよ、無駄な戦闘がないなら、それに越したことはない。無駄な消耗は避けたいところだからな」
そうして何個めかの曲がり角を曲がり、いくつかの扉を経由すると、ザイオンの時と同じ市街地に出た。やはり電力の消耗自体がザイオンよりも少ないらしく、街のイルミネーションも幾ばくか華やかに見えた。
「凄い…綺麗ですね」
「うーん。綺麗だけど、目がチカチカするなぁ」
「確かに、光の加減が強すぎるな」
「あー…この世界にネオンとかの類って、そこまで多くないですもんね」
アズリエルにはレイ達の暮らしていた地域のような、ネオンや電光スクリーンといったギラついた装飾は少ない。もちろん科学技術が発展している分あるにはあるが、文化的な違いやデザインセンスの差異で、そうした昼間のように明るい街並みというのは無く、あっても優しく灯る松明や灯篭のような物がほとんどである。
「お前の生きてきた世界というのは、こんなもので溢れているのか? 目が潰れそうだな」
「まぁ、ここまで科学技術は発展してないですけど…似たようなもんですね」
「でも、こんなに賑やかで派手なのに…誰もいませんね」
エレナのいうとおり、市街地には何処にも人影が見当たらなかった。誰の気配も感じずに光だけが煌々と輝いているというのは、何故だか余計に寂しさが増すような気がしてならなかった。
「うーん…でも妙じゃないか?」
「何がだ」
「確かに凄い昔の施設だから、住人全員が死んでるのはわかるんだけど…それなら、どこかに遺体があってもいいはずだぜ? どこにも人間の白骨らしきものなんて見当たらなかったぞ?」
「! 確かに、言われてみれば…」
ザイオンの時もそうだった。あれだけの巨大な居住スペースにも関わらず、そこに人間の遺体は一つも見当たらなかった。
「…聞いてみるしかないな。なぁ、ちょっと」
レイは先頭を切って歩くセキュリティロボットに話しかけた。
『何かお困りでしょうか?』
「ちょっと教えてほしいんだけど…ここにいた人たちっていうのは、どうなったんだ?」
『コロニー”ラムダ”の住人に対して、異常事態は見受けられません。通常通りの生活を送っているものと思われます』
「じゃあ、生存者はいるのか?」
『生体反応なし。確認できません』
「…そうなるよな」
セキュリティロボットは文字通り機械的に、しかし包み隠さずそう答えた。
そこまで来て、レイはふと思い返していた。もしセキュリティシステムを現在丸ごと騙しているのなら、ザイオンの時には聞けなかった機密情報を聞き出せるかもしれない。事実このロボットは、現在のレイに対して内部情報を隠そうとはしていない。そう考えたレイは、思い切った質問をぶつけてみた。
「このコロニーは、アルケーやザイオンと一緒に宇宙空間にいたはずなんだよな?」
『はい。地球衛星軌道上に存在するアルケー。その周囲にザイオンと同じく、このラムダも存在していました』
「何かのアクシデントがあったのか? 記録されている情報はないのか?」
『およそ現在より2000万時間前、アルケーに貯蔵されていた巨大ミスリルより高出力のエネルギーが発生。以降の記録がデータが破損、及び消去されているため、確認できません』
「…やはりミスリル研究の事故、か」
何かのアクシデントでこうなったと言うことは、やはりミスリル研究による事故との見方が一番確実だろうとはレイは思っていた。
「詳細な記録は残っていないのか?」
『機密保持条項によりブロックされています』
「…やはりアルケーに乗り込んで確かめるしかないな」
そうこうしているうちに、レイたちは市街地を抜けて管理者ブロックの方までやってきた。
途中には操舵室や機関室といったブロックもあったが、やはりそこにも人間の気配はまるでなく、ただただ虚しく稼働し続けているだけであった。
そして最後に一際巨大な扉の前に、レイたちは辿り着いた。
『こちらがアルケーへのワープ用施設になります。手を認証パネルにかざして、ロックを解除してください』
そうしてレイが右手をセキュリティパネルにかざすと、パネルが明るく光り、”ピンポン”という音が鳴った。
『管理者権限確認。ロックを解除します』
そうしてドアは開かれた。室内には円形に光り輝く台があり、そこがワープホールの入り口であることが容易に予測できた。
「ありゃあつまり、私たちの転移術式と同じって考えていいんだよな?」
「恐らくはそうだ」
「なるほど…魔力を持たずとも、優れた科学力で魔法の域に辿り着いたというわけか」
『あちらのワープホールにお立ちください。自動的にアルケー内部へと移送されます』
戸惑いながらも、レイたちはその台の上に乗った。
「な、なんか密着してて…恥ずかしいですね」
「元々一人か二人用なんだろうな。別々に乗ったほうがいいのかも」
「ふーん、私は別に構わんがな」
そういうとマリアはレイの腰に手を回した。
「え、あ、ちょっと大佐…!」
「だから大佐はやめろと言っているだろうに。お前さえ望むなら、ずっとこのままでも構わんぞ」
「て、テメェ! この鉄面皮、澄ました顔で抜け駆けすんじゃねぇよ‼︎」
その様子を見るや否や、サリーも負けじと左腕に抱きついてきた。
「ふ、二人とも何をやっているんですかっ! 一応私がレイ様の婚約者なんですよっ‼︎」
終いにはエレナが正面から抱きつき、レイは三人にガップリ四つで拘束される方にになった。
「ああ、もう…下らないことやってないで、行きますよ」
『移動先をアルケー内部に設定、準備はよろしいでしょうか?』
「ああ、いいよ。やってくれ」
『了解しました。アルケーへ移送します』
次の瞬間、一瞬だけ視界がブラックアウトしたかと思うと、次の瞬間には真っ白な部屋が全員の視界に映った。
「ここが…」
「恐らくアルケーの内部だな」
「ほら着いたぞ。さっさと離れろ、若年増」
「お前の方こそ、デズモンドから手を離したらどうなんだ? さっきから迷惑そうな表情を浮かべているぞ」
「そりゃテメーが引っ付いてるからだろうが! つべこべ言ってねぇで離れろっつってんだよ‼︎」
「……いつまでやってんだ、この二人は」
目の前で繰り広げられる口喧嘩に、レイは頭を抱えた。
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