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第五章
第二話 日記
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今、この世界に来て二日目になる。
俺自身も未だ状況が飲み込めていないが、どうやら俺は本当に異世界に転生してしまったらしい。
運良くジョルジュという男の目を盗んで、何も書いていない本を手に入れた。この本に、この世界の詳細な事柄を記録しようと思う。
「なるほど、記録として…」
確かに心理としては納得できる話ではあった。
突如として放り込まれた異世界で、周りの常識も何もわからないままに戦わされるなど、恐怖でしかないだろう。この日記帳は恐らく、加藤玲にとっては異世界の全てを記すメモ帳のような物だったのだろう。
そのままレイはページをめくり続けた。
朱虎の月 4日
だいぶこの世界の常識といったものも分かってきた。
かつての現世と同じ十二進法が採用されており、暦には太陽暦が用いられている。
異世界だからか、建築様式などはだいぶ現世と異なるようだが、魔法を用いた科学技術などはむしろ現世よりも発展しているくらいだろう。
奴に連れられて顔を隠しながら市街地を見て回ったが、あまり現代社会と変わりないような気がしている。抱えている社会問題すら、俺の生きてきた世界とそっくりだ。
この先俺は、この世界に対してどう向き合えばいいのだろうか?
朱虎の月 6日
来る日も来る日も戦闘訓練が続く。
人を殺すための準備に過ぎない。アズリエルではモンスターによる獣害はほとんど無く、力の使い道といえば専ら戦争やテロで人を殺すためのものであるようだ。
気が滅入ってしょうがない。俺の望んだよく知る異世界チート物語は、無双だったりスローライフだったりハーレムだったりしたはずだ。なのにどうして単なる人殺しの訓練を受けなければいけないのか。
俺を囲む女たちも、他人からの称賛も無い。これからどうしていけばいいというのか?
朱虎の月 10日
奇妙な夢をよく見る。子供の頃の俺が、誰かに虐められる夢だ。
俺の過去の記憶かと思ったが違う。いじめっ子の顔に見覚えがないからだ。しかし単なる夢にしてはリアリティがある。一体なんだと言うんだ?
しかしあの夢を見た後、奇妙な感覚に襲われる。嗜虐心や支配欲といった、薄暗い欲望が自分の奥の方から湧き上がっていくような気がする。
朱虎の月 29日
今日、初めて人を殺した。どうやらジョルジュを非難した学会の一員だったようだ。
今でも耳に焼き付いて離れない。俺の放った炎の魔法で、奴の家族全員が断末魔の悲鳴を上げながら、原型を留めない消炭に変わっていった。
珍しくジョルジュが俺を褒めちぎった。お前は古代より続く人間の絶対性の顕現だと言っていた。しかし全く嬉しくはない。俺からしたら、一面識もない人間を殺したに過ぎない。
しかし胸の奥から湧き上がってくるような快感はなんだろうか? 圧倒的な力で他人をねじ伏せる事に、どうしようもなく心が躍る。
そもそもジョルジュの命令など、拒否しようと思えばできたはずだ。なのに何故やらなかった? おそらく殺したくてしょうがなかったからだ。
巫女の月 3日
今日も戦いは続いた。しかし最初にあった罪悪感など、もう欠片も感じなかった。
この力で他人をねじ伏せることに抵抗はない。そもそも世界から虐げられてきた俺にこそ、この力は相応しいのだとやっと自覚出来た。俺は正真正銘の異世界チート勇者だ。
しかしそうなってくると、一つ問題が出てくる。あのジョルジュの野郎だ。奴と一緒にいれば、俺は一生お尋ね者である。
確かに世界全てを敵に回しても勝てる自信はあるが、しかしそれでも俺を中心とした楽園を築くには、奴と一緒に行動を共にするのは得策とは言えないだろう。
巫女の月 12日
ついにやった。ジョルジュの奴は消え去った。俺が殺してやった。
上手いこと王立孤児院の子供に紛れることにも成功した。あとはここから、どうやってこの社会のヒエラルキーの上位に食い込んでいくかだ。
この常人とは比べ物にならない力をうまく利用すれば、この世界でのし上がる事は可能だろう。加えて俺にはこの魔法の知識と、ジョルジュの研究資料もある。武器としては充分だ。
「……」
読み進めてみると、奇妙な感覚を覚えた。
最初転生したばかりの加藤玲は、およそリチャード王として君臨していたときとは程遠い印象だった。自らの力を恐れ、またその力を行使する事に抵抗を感じていた。
解釈の仕様によっては、単純に力を使っていくうちに、その強大な力に溺れていったというような見方も出来る。
しかしレイには気になる記述があった。
(あいつも、俺と同じように誰かの夢を見ていたのか…)
レイ自身にも覚えがあった。時折見る、妙にリアリティのある夢。それは恐らく誰かの記憶でもあった。
おそらくは加藤玲本人も同じ夢を見ていた。そしてその夢を見た直後から、徐々に性格が変わっていった。
(この夢が、トリガーとなって…?)
レイは更に日記を読み進めることにした。
蒼穹の月 15日
ついに俺は王族となった。
忌々しいエドワードの奴らが消え去った後、俺とヘイリーが結ばれることによって、俺はこのアズリエルの王となることが出来た。
玉座とは力を持つ俺にこそ相応しい。それに歯向かうものは、如何なる手段を使ってでも排除してやる。
蒼穹の月 23日
妙な感覚に襲われる。何故だかズーロパの地に奇妙な懐かしさを感じる。
俺はあそこに来たことなど数えるほどしか無いはずなのに。
あそこの奥深くに何か眠っているような気がする。俺を呼ぶ声が聞こえるようだ。
この感覚は一体何だというんだ?
波紋の月 11日
少々手荒な真似をした。国家予算の一部を”機密費”の名目で、民間の発掘チームに使った。
金の出所は確実に割れないはずではあるが、しかし何故こんなにも気になるのだろうか?
あそこの遅中奥深くに埋められているものが露わになれば、きっとその正体も明らかになるはずだ。
日記はそこで終わっていた。どうやら加藤玲は予算を不正に流用し、ズーロパの発掘に当てていたらしい。
しかも日付や出来事から考えると、これらは比較的最近の出来事のようだった。
「…恐らく、これは確かめる必要がありそうだな」
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