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第五章
第一話 遺物
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そのコール音が鳴るのは、随分と久々の事であった。
アルマ教主国において平和な生活を送っていたレイ・デズモンドに、その男からの呼び出しは少々意外なことでもあった。何事かと思いながらレイは応答した。
『久しぶりだね、レイ』
「陛下…お久しぶりです」
画面には、新たなアズリエルの王となったニコラス2世が映し出された。
『安らかな日々を送っているようだね。随分と優しげな顔をしているようだ』
「いいえ、未だ私の仕事は終わってはいません。人の争いは未だ終わりませんから…それを仰るなら、陛下も大分お変わりになられた。何というか…王としての、支配者としてのお顔をされておられる」
それは連日マスメディアを通じて映し出される姿を見ていても、明らかな事であった。急ピッチで他国との和平・軍縮を推し進める姿や、保守派からの反発を招きつつも、それらを上手く抑え込みながら平和へ導こうとする姿は、紛れもなく頂点に君臨するものとしてのカリスマ性を感じさせた。
『それは誤解だ。私が威厳のあるように振る舞っていられるのも、所詮は姉上のおかげにすぎない。姉上の尽力があってこそ、私は玉座に座ることが出来るのさ』
その言葉は恐らくは正しかった。旧リチャード政権時代からほぼそのまま引き継がれた元老院の反発を上手くかわしているのは、新たな王室統制局長となったマリアの手腕も非常に大きかった。常にニコラスの右腕として働く彼女は、並居る保守派たちに対しても発言力を持っていた。それは恐らく彼女の残してきた王国軍将校として残してきた数々の軍功が役立っているのは、想像に難くなかった。
「それで、どういったご用件でしょうか?」
『…少々込み入った話にはなるが、周りに人はいないかな?』
「大丈夫です。今は自宅に一人ですから」
『そうか…正直に言うと、君の力が必要な場面が、また出てきたかもしれん』
「小規模な内戦なら、俺が出しゃばれば逆に王国への反発が…」
『いや、戦いの話ではないんだ。私が相談したいのは先王リチャードの、未だ解明されていない謎についてなんだ』
「謎?」
レイのコピーによる被害は甚大ではあり、それは英雄と称されるレイに対しても諸外国からの恐怖や差別意識を植え付けた。教会と王国が一丸となりレイを保護しているおかげで、例の日常は成り立っているのである。
しかしその力は大いなる軍事力を欲する国々にとっては、畏怖の象徴である半面、非常に魅力的でもある。各国は血眼になってレイのクローン体を欲したが、王国はそれら全てを回収、情報を全て隠匿した。
これに対して各国が情報開示を要求したが、ここで詳細なデータが流出すれば各国のパワーバランスが崩れ、また戦争の火種になると判断された結果、それらは王立研究所が厳重に保管する事となった。
しかし、この世にはまだリチャードが所持していたジョルジュ・ムラートの研究資料が残っている。それが一度漏洩すれば、世界は再び戦火の渦に巻き込まれることが容易に想像できた。
『それを阻止しようと、我々は今必死で捜索中なのだが…手掛かりさえ見つからない始末でね。特殊なマスキングを施しているか、あるいはよほど特殊な場所にあるのか…いずれにせよ、これには君の力が必要だと思ってね』
「…わかりました。協力させていただきます」
『ありがとう、助かるよ』
次の日、レイは既にアズリエル王宮内にいた。
既に半日かけて全ての部屋と通路をくまなく探索しているが、全く魔力の気配すら感知することができなかった。レイの魔力探知能力は他人よりも圧倒的に優れてはいるはずだが、一向に魔力の気配すら感じることがなかった。
既に紐落ちかけ、他の作業員たちが右往左往する中、レイは思索に耽っていた。
「う~ん…」
レイは加藤玲の言葉を思い出していた。
『俺は他人に一切知られない方法で、ジョルジュの研究を保管していた』
(他人に一切知られない方法…?)
おそらくそれは、加藤玲以外立ち入ることが出来ない場所に隠されているということだろう。
(多分俺なら…加藤玲なら、性格的に大事なものは側に置いておきたがるだろう)
それがレイの中にある加藤玲本人の記憶だった。基本的に臆病で用心深く、尚且つあそこまで独占欲や支配欲が強いとなれば、本人だけが知っている、もしくは行くことができない場所に隠されている可能性は高かった。
(自室…? いや、自室は既に隅から隅まで調べてある。他の寝室や居間も全て探索した…それ以外であいつ以外が立ち入れない場所…そうなってくると…)
レイには一つだけ思い当たる場所があった。
(おそらくは、あれしかない)
「成果はどうだい?」
「申し訳ありません、陛下。いまだ掴めておりません」
「ふむ…そうか」
「しかし陛下、一つだけ心当たりがあります。その玉座を我々はまだ調べておりません」
レイの背後に控えていた数人の作業員たちは、ギョッとした表情を浮かべた。
「不躾ではありますが、陛下…その玉座を調べさせていただけませんか?」
「なるほど…君以外なら、誰も玉座に座る王に対して”席を退け”などとは言わないからな。ましてや先王リチャードならば尚更だ」
するとニコラスは徐に席を立ち、玉座の横に立った。
「さあ、好きにしたまえ」
「感謝いたします、陛下」
「この玉座は、固定されていないようですね」
「ああ。一応手入れや修理がすぐできるように、代々取り付けられてはいないんだ」
その玉座を少し動かすと、レイの予想通りに微かにマスキング術式の痕跡があった。
「よし、やっぱりここだ」
そのマスキング術式を打ち破ると、空間魔法の術式が現れた。どうやらこの玉座の真下に亜空間の妖婆スペースが作り出されているらしく、そこに加藤玲が研究データを隠しているのは間違いなかった。
「でかしたぞ、レイ! よし、早速作業員を向かわせよう」
「いえ、まだ油断はできません。何かしらのトラップのようなものがあるかもしれない。ここは、俺一人で行きますよ」
「む…そうか、気をつけるのだぞ」
その術式の真下には、下へと続く階段が用意されていた。
「こんなスペースがあったとはな…しかも、ここまで現実空間と変わりなくとは」
基本的に空間魔法は高度である故に、作れるスペースや物は一般的には限られてくる。それをここまで広域に、しかも正確に作り出せるのは加藤玲くらいのものだろう。地下への階段も煉瓦の壁も、また壁に設置されている灯籠も、もはや本物にしか見えない。
少しずつ階段を降りていくと、そこには小さな古びたドアがあった。開けて入ってみると、そこは小さな小部屋となっており、辺りの机や棚に本や冊子が乱雑に散らばっていた。
試しにレイは、その冊子の一つを手にとってみた。するとその表紙には”古代の人類における魔術遺伝子学”といったタイトルが目についた。その他の冊子も見てみたところ、タイトルは全て”複数の混合術式による人体生成”や”特定の因子を保有する古代人類”といった、まさしく加藤玲に関係するものばかりであった。
(間違いない、ここが全ての保管場所だったんだ)
レイはそこかしこに散らばった研究資料を全て回収しに回った。すると、ある一冊の本が目に入った。
(…”日記”?)
それは他の資料と違い、表紙のついた本として保管されており、何よりそのタイトルは日本語で”日記”と記されていた。
(久しぶりに見るな、日本語なんて…)
この世界に生まれ落ちてから、レイはアズリエルの言語しか目にしたことはない。だからこそ、その記憶が偽りとは知りながらも、レイはその文字に懐かしさを覚えた。
しかしレイには気になることがあった。
(俺の記憶なら、加藤玲に日記を書く習慣なんてなかったはずだぞ?)
レイが持つ生前の加藤玲の記憶の中には、毎日日記を書くような事はなかった。せいぜいが学校の宿題に書く程度で、それ以外で習慣的にその日の出来事を記すようなことは無かったはずだった。
(…なにが書かれているというんだ?)
恐る恐るレイは日記を手に取った。
アルマ教主国において平和な生活を送っていたレイ・デズモンドに、その男からの呼び出しは少々意外なことでもあった。何事かと思いながらレイは応答した。
『久しぶりだね、レイ』
「陛下…お久しぶりです」
画面には、新たなアズリエルの王となったニコラス2世が映し出された。
『安らかな日々を送っているようだね。随分と優しげな顔をしているようだ』
「いいえ、未だ私の仕事は終わってはいません。人の争いは未だ終わりませんから…それを仰るなら、陛下も大分お変わりになられた。何というか…王としての、支配者としてのお顔をされておられる」
それは連日マスメディアを通じて映し出される姿を見ていても、明らかな事であった。急ピッチで他国との和平・軍縮を推し進める姿や、保守派からの反発を招きつつも、それらを上手く抑え込みながら平和へ導こうとする姿は、紛れもなく頂点に君臨するものとしてのカリスマ性を感じさせた。
『それは誤解だ。私が威厳のあるように振る舞っていられるのも、所詮は姉上のおかげにすぎない。姉上の尽力があってこそ、私は玉座に座ることが出来るのさ』
その言葉は恐らくは正しかった。旧リチャード政権時代からほぼそのまま引き継がれた元老院の反発を上手くかわしているのは、新たな王室統制局長となったマリアの手腕も非常に大きかった。常にニコラスの右腕として働く彼女は、並居る保守派たちに対しても発言力を持っていた。それは恐らく彼女の残してきた王国軍将校として残してきた数々の軍功が役立っているのは、想像に難くなかった。
「それで、どういったご用件でしょうか?」
『…少々込み入った話にはなるが、周りに人はいないかな?』
「大丈夫です。今は自宅に一人ですから」
『そうか…正直に言うと、君の力が必要な場面が、また出てきたかもしれん』
「小規模な内戦なら、俺が出しゃばれば逆に王国への反発が…」
『いや、戦いの話ではないんだ。私が相談したいのは先王リチャードの、未だ解明されていない謎についてなんだ』
「謎?」
レイのコピーによる被害は甚大ではあり、それは英雄と称されるレイに対しても諸外国からの恐怖や差別意識を植え付けた。教会と王国が一丸となりレイを保護しているおかげで、例の日常は成り立っているのである。
しかしその力は大いなる軍事力を欲する国々にとっては、畏怖の象徴である半面、非常に魅力的でもある。各国は血眼になってレイのクローン体を欲したが、王国はそれら全てを回収、情報を全て隠匿した。
これに対して各国が情報開示を要求したが、ここで詳細なデータが流出すれば各国のパワーバランスが崩れ、また戦争の火種になると判断された結果、それらは王立研究所が厳重に保管する事となった。
しかし、この世にはまだリチャードが所持していたジョルジュ・ムラートの研究資料が残っている。それが一度漏洩すれば、世界は再び戦火の渦に巻き込まれることが容易に想像できた。
『それを阻止しようと、我々は今必死で捜索中なのだが…手掛かりさえ見つからない始末でね。特殊なマスキングを施しているか、あるいはよほど特殊な場所にあるのか…いずれにせよ、これには君の力が必要だと思ってね』
「…わかりました。協力させていただきます」
『ありがとう、助かるよ』
次の日、レイは既にアズリエル王宮内にいた。
既に半日かけて全ての部屋と通路をくまなく探索しているが、全く魔力の気配すら感知することができなかった。レイの魔力探知能力は他人よりも圧倒的に優れてはいるはずだが、一向に魔力の気配すら感じることがなかった。
既に紐落ちかけ、他の作業員たちが右往左往する中、レイは思索に耽っていた。
「う~ん…」
レイは加藤玲の言葉を思い出していた。
『俺は他人に一切知られない方法で、ジョルジュの研究を保管していた』
(他人に一切知られない方法…?)
おそらくそれは、加藤玲以外立ち入ることが出来ない場所に隠されているということだろう。
(多分俺なら…加藤玲なら、性格的に大事なものは側に置いておきたがるだろう)
それがレイの中にある加藤玲本人の記憶だった。基本的に臆病で用心深く、尚且つあそこまで独占欲や支配欲が強いとなれば、本人だけが知っている、もしくは行くことができない場所に隠されている可能性は高かった。
(自室…? いや、自室は既に隅から隅まで調べてある。他の寝室や居間も全て探索した…それ以外であいつ以外が立ち入れない場所…そうなってくると…)
レイには一つだけ思い当たる場所があった。
(おそらくは、あれしかない)
「成果はどうだい?」
「申し訳ありません、陛下。いまだ掴めておりません」
「ふむ…そうか」
「しかし陛下、一つだけ心当たりがあります。その玉座を我々はまだ調べておりません」
レイの背後に控えていた数人の作業員たちは、ギョッとした表情を浮かべた。
「不躾ではありますが、陛下…その玉座を調べさせていただけませんか?」
「なるほど…君以外なら、誰も玉座に座る王に対して”席を退け”などとは言わないからな。ましてや先王リチャードならば尚更だ」
するとニコラスは徐に席を立ち、玉座の横に立った。
「さあ、好きにしたまえ」
「感謝いたします、陛下」
「この玉座は、固定されていないようですね」
「ああ。一応手入れや修理がすぐできるように、代々取り付けられてはいないんだ」
その玉座を少し動かすと、レイの予想通りに微かにマスキング術式の痕跡があった。
「よし、やっぱりここだ」
そのマスキング術式を打ち破ると、空間魔法の術式が現れた。どうやらこの玉座の真下に亜空間の妖婆スペースが作り出されているらしく、そこに加藤玲が研究データを隠しているのは間違いなかった。
「でかしたぞ、レイ! よし、早速作業員を向かわせよう」
「いえ、まだ油断はできません。何かしらのトラップのようなものがあるかもしれない。ここは、俺一人で行きますよ」
「む…そうか、気をつけるのだぞ」
その術式の真下には、下へと続く階段が用意されていた。
「こんなスペースがあったとはな…しかも、ここまで現実空間と変わりなくとは」
基本的に空間魔法は高度である故に、作れるスペースや物は一般的には限られてくる。それをここまで広域に、しかも正確に作り出せるのは加藤玲くらいのものだろう。地下への階段も煉瓦の壁も、また壁に設置されている灯籠も、もはや本物にしか見えない。
少しずつ階段を降りていくと、そこには小さな古びたドアがあった。開けて入ってみると、そこは小さな小部屋となっており、辺りの机や棚に本や冊子が乱雑に散らばっていた。
試しにレイは、その冊子の一つを手にとってみた。するとその表紙には”古代の人類における魔術遺伝子学”といったタイトルが目についた。その他の冊子も見てみたところ、タイトルは全て”複数の混合術式による人体生成”や”特定の因子を保有する古代人類”といった、まさしく加藤玲に関係するものばかりであった。
(間違いない、ここが全ての保管場所だったんだ)
レイはそこかしこに散らばった研究資料を全て回収しに回った。すると、ある一冊の本が目に入った。
(…”日記”?)
それは他の資料と違い、表紙のついた本として保管されており、何よりそのタイトルは日本語で”日記”と記されていた。
(久しぶりに見るな、日本語なんて…)
この世界に生まれ落ちてから、レイはアズリエルの言語しか目にしたことはない。だからこそ、その記憶が偽りとは知りながらも、レイはその文字に懐かしさを覚えた。
しかしレイには気になることがあった。
(俺の記憶なら、加藤玲に日記を書く習慣なんてなかったはずだぞ?)
レイが持つ生前の加藤玲の記憶の中には、毎日日記を書くような事はなかった。せいぜいが学校の宿題に書く程度で、それ以外で習慣的にその日の出来事を記すようなことは無かったはずだった。
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