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第四章

第八話 勇者因子

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「思い…出せない⁉︎」

 レイには思い出せなかった。生前に鏡を見た経験など山ほどあるはずなのに、自分の顔がどんなだったか、まるで記憶にないのだ。

(そうだ…あの時も!)

 かつての戦場で鏡を見た際、レイの頭に一瞬だけ疑問が浮かび上がったはずだったのだ。



(そういえば、俺の元の顔って……どんな風だったっけ?)



「思い出せないだろう? なら思い出させてやるよ」

 そうしてリチャードは自らの顔に術式を当てがった。

「よし、顔と声は…こんなもんだな」

 そうして現れた顔に、レイは一瞬にして全てを思い出した。

「‼︎ あ、あああ…ああっ!」
「思い出したか? これが本当の加藤玲の顔と声だ」

 レイはその場で剣を落とし、腰を抜かして倒れ込んでしまうほどに動揺した。
 酷薄さを秘めた切れ長の両眼、邪悪に歪んだ口元、そして淀みを含んだ声。間違いなく生前の加藤玲であった。そしてそれはレイに”本当の加藤玲”と自分の差異を一瞬にして分からせた。

「これでわかったか? お前の記憶も信念も正義も、どう足掻いても偽物に過ぎないんだよ」

 茫然自失のレイに、リチャード=玲は思い切り前蹴りを喰らわせた。

「ぐっ!」

 そのままレイは後ろに吹っ飛んだ。

「しかし俺には未だに理解できないな。何故そうまで他人を庇うんだ?
 俺と同じ記憶を持つなら、わかるはずだ。いつだって俺は…加藤玲という人間は、いつも他人に疎まれ、冷遇され、笑われ、そして裏切られてきた。それでも何も出来なかった…弱かったからな。
 しかし今なら違う。俺達はこの地上の、全ての生物の頂点に立つと言っても過言ではない程の力を持っているんだぞ?
 ならば、その力を振るって何が悪いというんだ! 俺に従う者だけを残し、敵対する者は殺す、実にシンプルだ。今まで周りの奴らが俺にしてきたように、今度は俺が他人を排斥する番だ。
 だというのに、お前は何でそう弱いやつばかり守りたがる? 俺に何もしてくれなかった奴らが何人死んだところで、どうしたというんだ?」

「ふ…ふざけるな…俺はお前なんかとは違う。そうやって他人を殺し続けて、何故心が痛まないんだ!
 人を殴ったら、殴った方だって拳が痛いだろうが! 普通の、当たり前の事だ‼︎ なのに何でお前は他人を愛そうとせず、憎み続けるんだ‼︎」

 レイはよろめきながらも立ち上がった。

「くくく…はっはっはっ! 同じ存在とは思えないセリフだな。まあいいさ…お前一人が失敗作だったところで、俺の計画に支障はない。始末はこいつらに任せるとしよう」

 パチンと玲が指を鳴らすと、そこに転移術式を介して外套の男たちが現れた。
 その姿にレイは見覚えがあった。アガルタとの国境線でレイたちを圧倒した、あの男たちだ。

「こ、こいつらは…」
「ちょうどいい、つい先ほど実用段階に入ったところだ。お披露目といこうか」

 男たちは外套を脱ぎ去り、その顔を露わにした。それを見てレイは絶句した。

「な……⁉︎」

 まるで鏡を見ているかのような感覚に陥った。そこにあったのはレイと寸分違わぬ顔をした男たちであった。
 ただ違うのは、その目には一切意思の光が感じられないこと、そして生きていることが全く感じられないほどに表情が無いことだった。

「紹介しよう。こいつらはお前と同じ、俺の遺伝子を基にして作られた”勇者因子”をもつ者たちだ。こいつらには思考能力はあるが、いわゆる魂や意思というものが存在しない。外からの遠隔操作術式で動く、感情の介在しない完璧な生物兵器というわけだ。
 クローンとしての量産を前提をしている分、俺やお前に比べれば単体の能力は劣るが、複数集まればお前を圧倒するくらいの力は出せる。それはアガルタで経験しているだろう?」

「俺の…クローン?」

「喜べよ、こいつらはお前の兄弟だぜ。もっとも、すぐにお前は死ぬがな」

 そう言って、玲は術式を展開した。するとレイと同じ顔をした男たちは、ロボットのように無機的かつ無駄のない動きで、レイに迫ってきた。

「ぐっ!」

 必死にレイも応戦するものの、その完璧なコンビネーションと攻撃の手数には圧倒されるしかなかった。玲の言う通り、一人一人の能力はレイに劣っていても、ここまで隙のない連携で攻撃されては、そのポテンシャルは何倍にも膨れ上がる。レイの体にはなす術なく裂傷が増え、やがて膝をついた。

「うぐ…っ…」
「もう終わりか。まあいい、予想よりかは頑張った方だ。特等席で見せてやるよ、世界が俺のものになる瞬間をな」

 突如として、背後に巨大な光の十字架が現れ、レイはそこに磔となった。

「うあっ!」
「さあ、よく見てみろ。こいつらが出来上がった今、もはや面倒な政治ゲームも終わりだ。真に俺が頂点へと君臨し、全てが俺の意のままになる、揺るぎない理想郷の誕生だ」

 周囲には幾つもの巨大な術式モニターが現れた。それはアガルタやティアーノ、アルマ教主国全てを映し出した映像だった。そしてそこには、レイと同じ顔の人間たちが、眉一つ動かさずにそこにあるものを破壊し、殺し、ただひたすらに蹂躙していく様が映し出された。

「元から数が多すぎて手に負えないのさ、人間というのはな。今こそ神に等しい力を持つ俺が、救済と裁きを与えてやろうというわけだ」

「ふ、ふざけやがって…!」

「だが、お前は俺の役には立ってくれたからな。直接俺が殺してやろう。光栄に思うことだな」

 じりじりと近寄る玲に対して、レイはただもがくことしか出来なかった。
 そして玲はサーベルをレイの心臓近くに押し当てた。

「さらばだ、俺のフェイクよ」



 その刀身が、レイの心臓を刺し貫いた。



「がはっ……‼︎」



 世界が終わる様を見続けながら、その場でレイはなす術なく生き絶えた。

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