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第四章

第六話 加藤玲

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「はああっ!」

 先に仕掛けたのはレイの方だった。瞬時に距離を詰め、横一文字に斬りかかった。
 しかしそれはリチャードがバックステップし、紙一重でかわされた。

「このっ!」

 それでもレイは構わず追撃した。幾度となく、あらゆる角度から斬撃を浴びせようとしたが、その全てを悉ことごとくリチャードは避けていた。
 やがてリチャードはサーベルを使い、その大剣を受け止めた。

「確かに速い。だが、俺には届かないぞ」
「くっ…」

 レイの大剣よりも遥かに軽く小さいサーベルで、リチャードはレイの斬撃を受け止めていた。それは身体能力の他に、その身体に流れる魔力が桁違いだという事を証明していた。

「このサーベルは純ミスリル製でな、丁度お前と同じ条件と言うわけだ」
「ふざけやがって…剣がダメなら、魔法だ!」

 レイはバックステップして距離を取ると、レイは火炎の魔法術式を展開した。
 しかしリチャードは余裕だと言わんばかりに鼻を鳴らした。

「全力でやってみるといい。受け止めてやろう」
「何だと? そんな余裕、すぐに無くしてやる!」

 やがてその術式から炎が現れ、辺りの温度を瞬時に上げていった。それは魔法に耐性の無い者であれば、即座に蒸発しかねない程の超高温だった。

「お望み通り、全力だぞ。受け止めてみせろ!」

 その火炎が、文字通り洪水の如く溢れ出した。そしてそれは炎の津波となって、リチャードに覆い被さった。
 文字通りその身体は飲み込まれていき、最後には跡形も無く蒸発するはずであった。

「なるほど、暖をとるには丁度良いかもしれないな」
「⁉︎」

 モクモクと吹き出す煙の中から、傷一つないリチャードが現れた。多少服が焼け焦げた程度であり、その身体には全く火傷など無かった。

「さぁ、どうする? もう一度チャンスをやろう、俺を倒して見せろ」
「くっ…いい気になるなよ!」

 そういうと、レイは周囲に幾つも巨大な重力球を発生させた。それは常人の何倍もの大きさであり、一度それに取り込まれれば、激しい重力異常により、跡形も無くなることは容易に想像がついた。

「これならどうだっ‼︎」

 そうしてレイは、重力球全てをリチャードに向かって投げつけた。しかしリチャードは全く恐れた様子もなく、ただ片手をかざすだけであった。

「ハァァッ‼︎」

 激しい地鳴りとともに、巨大な魔力が溢れ出した。

「な…!」

 その振動に、思わずレイは尻餅をついた。激しく地面を振動させるほどの魔力の奔流を、レイは初めて見た。
 そしてレイが全力で放った重力級は全て、跡形もなく砕け散った。

「これが全力か? 口程にもない」
「ば、バカな…」

 チート能力を持った勇者として転生したレイにとって、この世界において敵はいないはずだった。純粋な魔力や身体能力で自分を上回る存在など、ついぞ見たことがなかった。魔王ディミトリ・ラファトでさえも、レイと最後まで互角だったのだ。
 しかし目の前の男は違った。そのレイを上回る魔力で、全てを消し去るほどの攻撃魔法をかき消した。間違いなくリチャードはレイ以上のチート能力を有していた。

「さて…今度は俺の出番だな」

 その言葉と共に、リチャードは大地を蹴った。
 次の瞬間にリチャードがレイの背後に立ったかと思うと、レイの身体にはいくつもの裂傷ができ、そこからは鮮血が噴き出た。

「ぐあっ!」

 一瞬の出来事に、思わずレイは膝をついた。

(そ、そんな…目で追いきれなかった)

 身体能力の向上に伴って、レイの反射神経や動体視力も格段に向上しているはずだった。しかしそれを以ってしても、リチャードの剣筋を見切る事は出来なかった。

「ふっ、腐っても勇者というわけか。本当ならバラバラになっているところだ」

 リチャードは剣についた血を振り払うと、ニヤリとほくそ笑んだ。

「ぐっ…まだだ」

 しかしレイは剣を構えなおした。

「そのしぶとさも、さながら勇者というわけか? いいだろう、終わりにしてやる」

 するとリチャードの右手に、術式が浮かび上がった。

「さあ、こいつに耐えられるかな?」

 それは不気味な紫色の光を放ち、それはレイを包み込んだ。

「う…あっ⁉︎」

 次の瞬間、レイは倒れ込んだ。全身の力が抜け、足の踏ん張りが効かなくなっていた。そして身体中に切り刻まれるかのような激痛が走った。

「ぐあああああっ!」

 その痛みにレイは絶叫した。

「どうだ? これは魔力神経毒の一種さ。普通なら、お前を完全に無力化はできないし、第一お前相手なら、攻撃する前に防がれてしまう。
 だが俺は違う。俺ぐらいの魔力ならば、お前の防護術式を透過させ、さらには死に至るほどの苦しみを与えてやることが可能というわけだ」

「ぐっ…あがっ‼︎」

 あまりの苦しみに、レイはその大剣を既に手放していた。身体中の神経を這いずり回るような不快感と痛みに、レイはなす術なく地面を転がり回るだけだった。

「ふふ…無様なものだな。チート勇者として生まれ変わってみても、結局は誰かの手の上で踊っていることに変わりはないのさ」
「ふ、ふざけるな…お前のような奴の好きにさせないために、俺は…俺のこの力はあるんだよ!」

 レイは気力と体力を振り絞り、再び大剣を握り締めた。そしてそれを杖にするようにして、よろめきながら再び立ち上がった。

「くくく…はっはっはっ!」

 それをさも可笑しいと言うかのように、リチャードは腹を抱えながら笑い転げた。

「お笑い種だな! 俺に楯突くためにその力があるだと? これだけ無様を晒しておいて、よく減らず口が叩けるな」
「減らず口かどうか…試してみりゃいいだろ。俺はまだ死んでないぜ」
「ふっ、いいだろう。まぁ…かつての俺に比べれば、お前の存在は幾ばくかマシなのだろう。レイ・デズモンド…いや、加藤玲よ」

 不意にリチャードはレイの本名を口にした。

「…だいぶ懐かしい名前だな。この世界で俺をそう呼ぶ人間なんて、今となってお目にかかるなんて夢にも思わなかったよ。元帥から聞いたのか?」
「ふふふ…元帥に聞くまでもないさ。お前のことは何でも知っている。生まれてから死ぬまで…そう、全ての事をな」
「……?」

 レイにはリチャードの言っていることが理解できなかった。

(俺の全てを、知っている?)

「何を、言っているんだ?」
「言葉通りさ。俺はお前の全てを知っているのさ、加藤玲」

 そうしてリチャードのニヤニヤ笑いに、さらに邪悪さが増した。

「加藤玲、東京都墨田区出身。年齢は31歳。父母の名前は加藤崇と加藤結衣。敬愛していた祖父の死と、それに対する両親の嘘が原因で、小学校から中学校までずっといじめられっ子になり、高校もわずか一年で中退。そこからはずっと引きこもり生活で、たまにバイトで外に出る程度。そうした日々を続けていたある日、トラックにはねられて死亡…だろ?」
「…⁉︎」

 レイは驚愕した。この世界に生まれ変わったから一度だって、そのことをエレナ以外の誰かに口にした事はない。しかも両親の名前や出身地に関しては、エレナにさえ言っていないのだ。

「はっ、口にすると随分とまぁチンケで無様な人生だな。我ながら哀しくなってくるぜ」
「なっ…テメェに同情なんかされたくねぇよ!」
「くくく…怒る必要も、悲しむ必要もない。それは”お前”の話じゃないんだからな」
「?…どういうことだ」
「それはお前の人生じゃないってことだ…それは”俺”の記憶さ」
「……???」

 レイには、リチャードの言っていることが理解できなかった。

「やれやれ、理解力に乏しい奴だ。それはお前の記憶じゃない。お前に植え付けられた加藤玲としての記憶は嘘だと言っているんだ」
「う、嘘…?」
「いや、嘘と言うと語弊があるな。全ては現実に起こったことだ。だがそれはお前の記憶じゃない。お前はただの”俺の人形”にすぎん」
「人形…?」
「そう、人形だ。加藤玲としての記憶を植え付けられた、ただの作り物の操り人形…偽物の加藤玲だ」
「な、何を…何を言っているんだ? 俺が、操り人形で偽物?」

 リチャードのいう言葉全てに、レイの理解が追いつかなかった。

「な、なら…本当の加藤玲は何処にいるって言うんだ!」
「何処も何も、ここにいるさ」
「え?」
「お前の目の前に立っているだろう?」

 その瞬間、レイは時が止まったような感覚を覚えた。




「俺が…このリチャード1世と呼ばれる俺こそが、本当の加藤玲だ」



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