上 下
97 / 107
第四章

第三話 隠されたもの

しおりを挟む

 そうしてやってきたのは、デズモンド元帥の家であった。

「この家の門を潜るのも、久しぶりだな…」
「そうか、君はもう出奔したんだったな」
「ええ。ですが、義父なら話せばわかってくれる…そう信じています」

 ドアを開けて玄関に入ると、早速フランソワの声が響いた。

「は~い、どちら様…レ、レイ! それに…ニコラス陛下⁉︎」
「久しぶりです、義母さん」
「しばらくだね、この前のパーティー以来かな?」

 恭しく膝をつき、フランソワは頭を下げた。

「まぁ…事前にお申し付けくだされば、おもてなしの準備ができましたものを…」
「いいんだ。
 それよりもモーガン元帥に話がある。
 何処にいらっしゃるかな?」
「二階の書斎でしょう。
 基本的には、いつもそこで読書に興じておられる」
「そうか…すまないが、邪魔させてもらうよ」

 そう言ってレイとニコラスは歩みを進めていった。

「あ、ちょっと…!」


 コンコンと扉をノックすると、久しぶりに聞いた無愛想な声が響いた。
 大方読書の邪魔が入って気分を害したのだろう。

「入れ。何用だ」

 ドアを開けて入ると、目に飛び込んできたニコラスの姿に、元帥は目を白黒させた。

「へ、陛下⁉︎ レイまで…」
「邪魔してすまないね、元帥。
 君に聞きたいことがあるのだよ」

 ニコラスは横にあった椅子に腰掛け、モーガンに問い掛けた。

「父上のことについて、何か知っていることはないかな?」
「…リチャード陛下の事でしょうか?」
「そうだ。君の話しが聞きたい」

 ニコラスとレイは、これまでの経緯を話した。
 拡大を続ける戦争に終止符を打つため、ニコラスを新たなる王にする事。
 そしてその為にマリアをはじめとする要人を集めた事。
 さらにはリチャード弾劾のための証拠を集めて回っている事も。

「な、なんという事だ…それは事実上の謀反ではないのか!」
「そうなるな。
 しかし元帥、これは必要な事だ。
 度重なる戦乱に兵は疲弊し始めている。
 このまま戦いが続けば、周辺諸国との遺恨を残すだけでなく、王国の存続まで将来的にも怪しくなる。
 だからこそ、私が王座につく事を決めたのだ」
「…レイ、貴様が陛下を唆したのか」
「確かにきっかけは俺かもしれない。
 でも陛下が最終的にはご自分でお決めになったことだ。
 ニコラス陛下はご自身の眼で世界をご覧になり、そして今それを自らの意思で変えようとしていらっしゃる。
 俺たちはそれを後押ししているに過ぎないのさ」
「そういうことだ。
 だからこそ、君の助けが必要なんだ。
 先王エドワードの代から元帥の座につき、現政権を見続けてきた君の助けがね」

 ニコラスは腕を組み、モーガンをじっと見つめた。

「何か君は知っているんじゃないのか? 
 現政権が崩壊しかねないスキャンダルを握っているとしたら、君のような軍部のトップか、王室統制局の人間しかいないだろう。
 腰巾着のアーヴィスには到底無理な話だが、君になら話ができる」
「ば、馬鹿な…現政権にやましい所など…」
「数えればキリがないさ。
 国費流用や文書偽造の疑惑、それに何より不可解なのは、バリー・コンドレン将軍やアーヴィス・ムゥ王室統制局長の不自然な昇進スピードの速さだ。
 彼らが父上の腰巾着であることは周知の事実だが、それにしても何の戦果も上げておらず、また行政上の成果もない彼らがここまで重用されるのも不自然だ。
 恐らくこれに関して何か知っているとしたら、君以外にはいないだろう」
「……」
「教えてくれ、元帥。何が起こっているのかを」

 モーガンは俯いたまま黙るばかりだった。

「…頼む、義父さん」

 レイが口を開いた。

「あんただって、リチャード王の好きにさせていたら王国は終わりだと、どこかで気づいているはずだ!
  差別を嫌い、戦争の大義にこだわった義父さんなら、わかってくれるはず。
 モナドの野望がほぼ潰えた今、戦いの必要なんてほぼ無くなってる!
 それを薄々感づいているんじゃないか?」
「それは…」
「戦いに殉じたいのであれば、せめて大義ある、誇り高き闘いに身を投じて死ぬ。
 それこそがあんたの言うところの、軍人の名誉じゃないのか?
  今の戦争がそうだとは、とても思えない!
  だから…頼む、義父さん」 

 モーガンは深くため息をつくと、語り出した。

「本当に私は何も知らんのだ…行政の中枢にいるわけでもない私が、証拠など何も持っているわけがないだろう…ただ…」
「ただ?」
「…一度だけ、聞いてしまったことがある」



 それはレイがこの世界にやってくる少し前。
 その時、うっすらとドアは開いていた。
 たまたま通りかかったモーガンは、やたらと大声で笑う人物が微かに見えた。

(コンドレンか…)

 あの品のなく濁った笑い方は、バリー・コンドレン将軍のものだ。
 しかし、その横には見慣れない人物が座っているのが見えた。

(…?)

 不審に思ったモーガンは、ドアの隙間から中の様子を盗み見た。
 その真っ白な頭と見下したような目つきには見覚えがあった。
 教会関係者であったはずだ。

『はっはっは、これで我々の将来は安泰ですな、枢機卿』
『全くだ』

 その言葉でモーガンは思い出した。
 レスリー・サマラ枢機卿。
 現在のアルマ教主国の原理主義者たちをまとめ上げる、言うなれば教会の最右翼である。
 それがなぜアズリエル王国の総行政府の一室にいるのか、モーガンにはいささか不可解であった。

『顔の神経を緩めるのはまだ早い。
 いまだ教会の実権を握っているのはケルビン教皇である上、身内の敵は排したものの、国外にはまだ我らに仇なす者どもがウヨウヨいる…北の魔界のようにな。
 そこで不始末があれば、貴様らの首なぞ一瞬にして飛ぶことを忘れるでないぞ』

 その声は、モーガンもよく知るものであった。

(陛下…?)

『やれやれ、恐ろしいお方だ。
 なればこそ、この世の覇権を取るにふさわしい。
 エドワード夫妻だけでなく、妻であるヘイリー王妃に至るまで…』

 するとリチャードは、拳で思い切りテーブルをガンと叩いた。

『余計な口を叩くな…誰が何処で聞き耳を立てているかわからんのだぞ』

 その時ばかりは、リチャードの顔が阿修羅のように激しくなっていた。
 何やら見てはいけないものを見てしまった感覚に陥り、モーガンは速やかにその場を去った。





「聞いたのはそれだけだ。詳しいことは何も知らん」
「母上…?」

 ニコラスは狼狽した。
 まさか自らの母の名前が出てくるとは思わなかったからだ。
 しかも話が本当であるなら、そのしにリチャードが関わっていることまでも匂わせていた。
 いずれにせよ、彼らの口からエドワード夫妻の名前が出たことから、いよいよ暗殺説に真実味が出始めていた。

「しかし出回っている暗殺説などは根拠のない話だ。
 先王夫妻は当時流行っていた肺の病によって亡くなられたし、ヘイリー王妃も持病の悪化が死因ということだ。
 専門の医師達が証明済みのはず」
「それは事実だが…しかしどうも怪しいぞ」

 ニコラスは深く思案した。

「ありがとう、義父さん…全てが終わったら、また帰ってくるよ」
「…そうか」

 モーガンのその顔は、心なしか笑っているようにも見えた。

しおりを挟む

処理中です...