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第四章
第三話 隠されたもの
しおりを挟むそうしてやってきたのは、デズモンド元帥の家であった。
「この家の門を潜るのも、久しぶりだな…」
「そうか、君はもう出奔したんだったな」
「ええ。ですが、義父なら話せばわかってくれる…そう信じています」
ドアを開けて玄関に入ると、早速フランソワの声が響いた。
「は~い、どちら様…レ、レイ! それに…ニコラス陛下⁉︎」
「久しぶりです、義母さん」
「しばらくだね、この前のパーティー以来かな?」
恭しく膝をつき、フランソワは頭を下げた。
「まぁ…事前にお申し付けくだされば、おもてなしの準備ができましたものを…」
「いいんだ。
それよりもモーガン元帥に話がある。
何処にいらっしゃるかな?」
「二階の書斎でしょう。
基本的には、いつもそこで読書に興じておられる」
「そうか…すまないが、邪魔させてもらうよ」
そう言ってレイとニコラスは歩みを進めていった。
「あ、ちょっと…!」
コンコンと扉をノックすると、久しぶりに聞いた無愛想な声が響いた。
大方読書の邪魔が入って気分を害したのだろう。
「入れ。何用だ」
ドアを開けて入ると、目に飛び込んできたニコラスの姿に、元帥は目を白黒させた。
「へ、陛下⁉︎ レイまで…」
「邪魔してすまないね、元帥。
君に聞きたいことがあるのだよ」
ニコラスは横にあった椅子に腰掛け、モーガンに問い掛けた。
「父上のことについて、何か知っていることはないかな?」
「…リチャード陛下の事でしょうか?」
「そうだ。君の話しが聞きたい」
ニコラスとレイは、これまでの経緯を話した。
拡大を続ける戦争に終止符を打つため、ニコラスを新たなる王にする事。
そしてその為にマリアをはじめとする要人を集めた事。
さらにはリチャード弾劾のための証拠を集めて回っている事も。
「な、なんという事だ…それは事実上の謀反ではないのか!」
「そうなるな。
しかし元帥、これは必要な事だ。
度重なる戦乱に兵は疲弊し始めている。
このまま戦いが続けば、周辺諸国との遺恨を残すだけでなく、王国の存続まで将来的にも怪しくなる。
だからこそ、私が王座につく事を決めたのだ」
「…レイ、貴様が陛下を唆したのか」
「確かにきっかけは俺かもしれない。
でも陛下が最終的にはご自分でお決めになったことだ。
ニコラス陛下はご自身の眼で世界をご覧になり、そして今それを自らの意思で変えようとしていらっしゃる。
俺たちはそれを後押ししているに過ぎないのさ」
「そういうことだ。
だからこそ、君の助けが必要なんだ。
先王エドワードの代から元帥の座につき、現政権を見続けてきた君の助けがね」
ニコラスは腕を組み、モーガンをじっと見つめた。
「何か君は知っているんじゃないのか?
現政権が崩壊しかねないスキャンダルを握っているとしたら、君のような軍部のトップか、王室統制局の人間しかいないだろう。
腰巾着のアーヴィスには到底無理な話だが、君になら話ができる」
「ば、馬鹿な…現政権にやましい所など…」
「数えればキリがないさ。
国費流用や文書偽造の疑惑、それに何より不可解なのは、バリー・コンドレン将軍やアーヴィス・ムゥ王室統制局長の不自然な昇進スピードの速さだ。
彼らが父上の腰巾着であることは周知の事実だが、それにしても何の戦果も上げておらず、また行政上の成果もない彼らがここまで重用されるのも不自然だ。
恐らくこれに関して何か知っているとしたら、君以外にはいないだろう」
「……」
「教えてくれ、元帥。何が起こっているのかを」
モーガンは俯いたまま黙るばかりだった。
「…頼む、義父さん」
レイが口を開いた。
「あんただって、リチャード王の好きにさせていたら王国は終わりだと、どこかで気づいているはずだ!
差別を嫌い、戦争の大義にこだわった義父さんなら、わかってくれるはず。
モナドの野望がほぼ潰えた今、戦いの必要なんてほぼ無くなってる!
それを薄々感づいているんじゃないか?」
「それは…」
「戦いに殉じたいのであれば、せめて大義ある、誇り高き闘いに身を投じて死ぬ。
それこそがあんたの言うところの、軍人の名誉じゃないのか?
今の戦争がそうだとは、とても思えない!
だから…頼む、義父さん」
モーガンは深くため息をつくと、語り出した。
「本当に私は何も知らんのだ…行政の中枢にいるわけでもない私が、証拠など何も持っているわけがないだろう…ただ…」
「ただ?」
「…一度だけ、聞いてしまったことがある」
それはレイがこの世界にやってくる少し前。
その時、うっすらとドアは開いていた。
たまたま通りかかったモーガンは、やたらと大声で笑う人物が微かに見えた。
(コンドレンか…)
あの品のなく濁った笑い方は、バリー・コンドレン将軍のものだ。
しかし、その横には見慣れない人物が座っているのが見えた。
(…?)
不審に思ったモーガンは、ドアの隙間から中の様子を盗み見た。
その真っ白な頭と見下したような目つきには見覚えがあった。
教会関係者であったはずだ。
『はっはっは、これで我々の将来は安泰ですな、枢機卿』
『全くだ』
その言葉でモーガンは思い出した。
レスリー・サマラ枢機卿。
現在のアルマ教主国の原理主義者たちをまとめ上げる、言うなれば教会の最右翼である。
それがなぜアズリエル王国の総行政府の一室にいるのか、モーガンにはいささか不可解であった。
『顔の神経を緩めるのはまだ早い。
いまだ教会の実権を握っているのはケルビン教皇である上、身内の敵は排したものの、国外にはまだ我らに仇なす者どもがウヨウヨいる…北の魔界のようにな。
そこで不始末があれば、貴様らの首なぞ一瞬にして飛ぶことを忘れるでないぞ』
その声は、モーガンもよく知るものであった。
(陛下…?)
『やれやれ、恐ろしいお方だ。
なればこそ、この世の覇権を取るにふさわしい。
エドワード夫妻だけでなく、妻であるヘイリー王妃に至るまで…』
するとリチャードは、拳で思い切りテーブルをガンと叩いた。
『余計な口を叩くな…誰が何処で聞き耳を立てているかわからんのだぞ』
その時ばかりは、リチャードの顔が阿修羅のように激しくなっていた。
何やら見てはいけないものを見てしまった感覚に陥り、モーガンは速やかにその場を去った。
「聞いたのはそれだけだ。詳しいことは何も知らん」
「母上…?」
ニコラスは狼狽した。
まさか自らの母の名前が出てくるとは思わなかったからだ。
しかも話が本当であるなら、そのしにリチャードが関わっていることまでも匂わせていた。
いずれにせよ、彼らの口からエドワード夫妻の名前が出たことから、いよいよ暗殺説に真実味が出始めていた。
「しかし出回っている暗殺説などは根拠のない話だ。
先王夫妻は当時流行っていた肺の病によって亡くなられたし、ヘイリー王妃も持病の悪化が死因ということだ。
専門の医師達が証明済みのはず」
「それは事実だが…しかしどうも怪しいぞ」
ニコラスは深く思案した。
「ありがとう、義父さん…全てが終わったら、また帰ってくるよ」
「…そうか」
モーガンのその顔は、心なしか笑っているようにも見えた。
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