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第四章

プロローグ

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 そこは主人なき屋敷、その玉座にも似た豪奢な椅子の上。
 虚な目をして座る女が一人、そしてそこに跪く男が一人いた。
 その二人の周囲には、数多の血痕と屍がまばらに散らばっていた。
 彼らはこの大陸を支配していた、いわば地方豪族とその一味とも呼べる存在である。
 豊穣な土地を使った農作物の貿易により、彼らは多大な富と権力を長い間独占していた。


 この二人が訪れるまでは。


 その男は常人では考えられないほどの力、そして魔法を行使することにより、文字通り彼らを蹂躙した。
 もちろん彼らも権力者ゆえ、腕利きの用心棒達を幾人も従えていた。
 現に彼らに不満を抱いた平民さえも、彼らを恐れて暴力による犯行は及び腰になった程だ。
 だがそれも、この二人には一切効果が無かった。
 門番として立ち塞がる傭兵を一撃で真っ二つにし、屋敷へと侵入した男は暴虐の限りを尽くした。
 その剣と魔法には彼らもなす術無く、殺されるのを待つだけだった。
 全ての用心棒を始末すると、屋敷の主人は青ざめた顔で命乞いを始めた。
 自らの財産も権力もすべてを与えるといった、ありきたりな言葉をひとしきり聞いた後に、彼はその主人の首をはねた。
 悲鳴を上げながら逃げようとする妻も、一切の情け容赦なく命を奪った。
 そして女の方はと言えば、それらを見て終始無言のままであった。
 彼らの姿は、まさしく悪魔そのものであった。

「この程度の輩が権力者として君臨するとは…ヤワな時代になったものだ」

 男は立ち上がり、辺りの屍を見下しながら鼻でせせら笑った。

「まぁ、これで貴女はお姫様ですよ。
 金も作物も、全て俺たち二人ものだ。
 さぁ、何が望みか言ってごらんなさい」
「……」

 女の目は虚なままであった。

「おいおい、無視はひどいな。
 俺の愛を証明するために、わざわざ豊かな土地を探したっていうのに」

 すると女は、ついに口を開いた。








『あなたは別に私を愛しているわけじゃありません。ただ支配して思い通りにしたいだけでしょう?』



















「只今戻りました」
「おお、ニコラス…無事だったか」

 リチャード王は、いつもの濁ったような顔に取り繕った笑みを浮かべて、無事帰還したニコラス王子を迎え入れた。
 レイ達の活躍により、イリーナを始めとするモナドによる反乱は収束した。
 各地で残党による小競り合いは続いているものの、それらはもはやレイたちの力を必要とはしないレベルの小規模な抗争である。
 黒鯨革命にモナドを始めとする旧ティアーノの軍勢は、その8割以上の兵力を率いており、彼らにとっては起死回生を賭けた戦いであった。
 それが潰えた今、もはや勝敗は見るまでもなく決していた。

「……」

 しかし俯いたままのニコラスの表情は晴れなかった。

「どうした…あまり嬉しそうではないな」
「……父上、恐れながらお聞きします」

 ニコラスは顔を上げ、父であるリチャードの濁った両目を見た。

「西側への派兵は、いつまで続くのですか?
 モナドの野望がほぼ潰えた今、もはや非純粋種の脅威など無いに等しいはず」
「決まっている、残党どもの始末が全て片付いたらだ。
 ここで奴らを放置しては、また反純粋種運動がブスブスと再燃しかねん」
「…それがまた憎しみの種を産むことになろうとも、ですか」
「何? どういうことだ」

 ニコラスは歯を食いしばった。

「もう我々の勝利は決しているはずです!
 これ以上は無駄な遺恨を双方に残すだけのはず。
 今すぐ西側大陸の兵を撤退させてください!」
「くっ…はっはっはっ」

 さも可笑しい事を言ったと言うように、リチャードはニコラスの発言を笑った。

「何をバカな事を。
 奴らは根絶やしにしない限り、何度でも我らに反旗を翻す。
 結局の所、奴らは暴力的手段で我々を占領しようとするテロリストに過ぎん。
 第一、お前だって派兵には賛成だったはずだろう?」
「向こうが手を上げてくるなら、我々も身構えなければならない。
 現実問題として、それは必要です…しかし今はどうなのですか?
 もはや敵に余力など無いも同然、このままではただの虐殺と何の代わりがあると言うのですか⁉︎」
「はっ、レイ・デズモンドのような事を言うな。
 奴らに刃向かう意志がある以上、こちらも全力で対応せねばなるまい。
 これは言うなれば慈悲だよ。
 奴らは服従を嫌う、ならば誇り高く殺してやれば本望だろうよ」
「…本気で仰っているのですか」

 ニコラスの目には、もはや軽蔑の色すら浮かんでいた。

「本気だとも。
 お前も拉致されて身に沁みたろう、奴らがどれほど野蛮で我らを忌み嫌っているかを」
「ええ…ですがそれ以上に、私は彼らが我々と同じ人間だと言う事を知りました。
 故郷に帰りたい、平和に暮らしたい、そんな願いを持つ人間なんです。
 そんな彼らと必要以上に争ってどうなると言うのですか⁈
 入植の恨みを彼らが忘れようとしても、更に我々が憎しみの種を蒔けば、永遠に終わりなどないんです!」
「なぜ終わらす必要がある。
 奴らになど恨ませておけばいい、所詮は我々に楯突く事しかできん奴らだ」
「…!」

 ニコラスは絶句した。

「……よく、わかりました」

 ニコラスはマントを翻し、その場から去っていった。
 リチャードはその姿をニヤニヤと眺めているだけだった。

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