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第三章
最終話 もしも
しおりを挟む「き、緊急事態です! 侵入者が…防護障壁を突破しました‼︎」
「何⁉︎ 人数は?」
「ふ、二人です…レイ・デズモンドとサリー・コーヴィック、たった二人だけです‼︎」
「…‼︎」
イリーナも驚きを隠せない様子だった。各国の軍が全力を出しても傷一つ付かなかった防護術式が、レイのチート能力により破られたのだ。焦るのも至極当然のこととも言えた。
「…全員、奴をここに誘き寄せつつ後退。その後は撤退なさい」
「司令官⁉︎」
「どうせ彼には私以外歯が立たないわ。なら、隙を見て逃げなさい。無駄死にする事はないわ」
「…司令官、ご武運を」
敬礼したのち、男は駆け出していった。
イリーナは下唇を噛んだ。
(やはり貴方と…闘わなくてはいけないの?)
エレナとニコラスの魔力反応を頼りに、サリーは要塞内部へを歩みを進めていった。
施設内での戦闘は激しいものを予想していたが、それは外れた様だった。
「ハァァっ!」
「うわっ‼︎」
「お、おい! 大丈夫か‼︎ 撤退だーっ!」
彼女の得意とする炎の術式と、ハリーが得意とした雷の術式を組み合わせ、サリーは可能な限り犠牲を抑えながら進んでいった。
「ったく、殺さずに抵抗不能にするってのが、一番難しいぜ!」
そしてすぐに、エレナの魔力反応が一番高い部屋を見つけた。
「おらっ!」
すぐさまドアを蹴破ると、そこには見慣れた顔があった。
「お姉ちゃん!」
「エレナ! それに…陛下‼︎」
拘束魔法に縛られている二人を発見し、すぐさまサリーは駆け寄った。
解除術式ですぐに溶けるかと思いきや、予想を裏切り外れる気配が無い。
「くそっ、ハズレねぇ!」
「だめよ、お姉ちゃん…恐らくこれは秘匿魔法の一種。
通常の人間の魔法では解けないものよ」
「ああ、その通りだ。
僕も何度か解除を試みたが、うまくいかない。
レイ・デズモンドに頼るしか…」
「チッ…結局最後までアイツ頼みか…!」
「大佐、しっかりしてください!」
レイは見知ったマリアの姿を確認すると、すぐに駆け寄り回復魔法をかけた。
「デズモンド、か…。
すまない…情けないところを、見せてしまったな…」
「何といってるんですか!
全く、無茶し過ぎですよ‼︎」
「ふふっ、お前だけ格好つけ過ぎだからな…私にもいい格好させろ」
「行かせないわよ。レイ・デズモンド…貴方とは戦いたくなかったけど、ここまできた以上避けられないわ」
「お前は…モナドか‼︎」
「ええ、貴方の敵よ。全力でかかって来ることね」
そうして睨みつけたイリーナの顔に、レイは奇妙な既視感を感じた。
(…?)
何処かで見覚えがあった。頭の上の獣耳、赤毛の少女、幼さの残る声。
それをかつてレイは聞いたことがあった。
『おら、さっさと自爆してみろよ‼︎ 家畜みてぇな耳しやがってよ』
『や、やめ…痛…』
『そんなに俺らが憎いかよ、この非人種が!』
「君は…あの時の…‼︎」
まだレイがこの世界に生まれ落ちて間もない頃、路上で襲われていた少女。見間違える由もなかった。レイが初めてその力で助けた少女だった。
「…また会いたくなんて、なかった。こうなる事が解りきっていたからね」
イリーナは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「さぁ、行くわよ。全力で抵抗してみなさい」
レイの記憶にある少女とは似ても似つかない口調で、イリーナはレイに宣戦布告した。
「…君と、戦いたくなんてない」
「貴方の意思なんて関係ないわよ。これはある意味、運命に似たもの」
イリーナが片手をレイに向けると、一筋のレーザーに似た光が放たれた。それはレイの肩口を容赦なく焼いた。
「な…!」
「これが、秘匿されていた大量破壊魔法。
上手く使えば、一国を滅ぼすことも容易いわ。
恐らく貴方を殺せるほどの魔法といえば、もはやこのくらいのはず」
そう言うとイリーナは両手をレイの方に向けた。
その掌には、見たこともないような複雑化した術式が浮かび上がっている。
「さあ、覚悟する事ね!」
そうして放たれた極大のレーザーに、レイの身体は飲み込まれた。
普通の人間ならば、これで跡形もなく蒸発しているはずである。
「で…デズモンド!」
実際にそれらの魔法は、マリアを完膚なきまでに叩きのめしている。
チート能力を持つレイでさえも、それらに耐えれるかどうかは判りかねた。
「…これで終わりか?」
しかし、その予想を裏切り、レイはほぼ無傷で現れた。
その手には防護術式が輝いており、ほぼ全力で防ぎ切った事が窺える。
「な…⁉︎」
「確かに普通の人間なら、一瞬で蒸発してしまうだろう。
だが俺を殺すのであれば、その程度では足りないぞ」
「く…このっ!」
にも関わらず、イリーナは複数回レーザーを放った。
しかしそのどれもが、致命的なダメージを与えるには至らなかった。
「頼むから降伏してくれ!
ハリーもジャクソンも、その上君まで失うなんて、俺は嫌なんだ!」
「…敵でさえも悼むなんて。
やっぱり、あなたは…」
すると、イリーナは自嘲的な笑みを浮かべた。
「いいわ、戦うまでもなく、あなたの勝ちよ。
でも、まだ終わらせるわけにはいかない」
「え?」
するとイリーナは術式を展開した。
しかしそれは攻撃魔法ではない。
次の瞬間には、彼女の体は音もなく消え去った。
「瞬間移動魔法…撤退したのか?」
マリアは呟いた。
「いえ、逃げても無駄なことは彼女もわかっているはず……まさか!」
レイは駆け出した。
「遅かったわね、レイ・デズモンド」
「れ、レイ様…」
「す、すまねぇ、レイ…こいつ、めちゃくちゃ強くてよ」
「おい、た、助けてくれ!」
そこには、イリーナの力で拘束されたエレナ、サリー、そしてニコラス王子がいた。
そしてイリーナの手元には、高出力の光がギラギラと輝いている。
言うまでもなく、怪しい動きを見せれば、迷わず魔法を放つという意思表示だ。
「ニコラス! コーヴィック!」
「三人は人質に取らせてもらうわ…下手な言動は慎みなさい」
「もうよせ! 人質なんて取ったって、逃げ切れるわけないだろ‼︎」
「逃げる? ふふっ、面白い事を言うのね」
そういうとイリーナは、乱暴にエレナの身体を抱き寄せた。
「エレナ、悪いけど最後に付き合ってもらうわよ。
最愛の女を失いたくなければ、一切の攻撃はしないことね、レイ・デズモンド」
するとイリーナの足元には浮遊魔法の術式が光った。
おそらくは先の戦闘で破壊された屋根から、上空へと昇るのであろう。
「き、貴様! 待てっ!」
マリアの声に反応もせず、二人の体は宙に浮いた。
「…最後に、本当のことを言っておくわ」
「え?」
目を伏せたイリーナに、レイは一瞬呆気にとられた。
「…やろうと思えば、あの程度のチンピラなんて、すぐ殺せた。
だけど、貴方が助けてくれた時…本当に、嬉しかった。
純粋種の人間に、こんな人がいるんだって…。
貴方と敵対しなければ、ならないと知った時…とても辛かった。
あんなにも優しい人と、どうして………だから、ありがとう」
そう言って彼女は寂しげな、しかし優しげな笑みを浮かべた。
「あ…!」
次の瞬間には、イリーナをエレナは遥か上空へと登っていった。
「もうやめて! お願いだから生きて罪を償って、イリーナ!」
「聞けない相談よ。
ここでおめおめと私一人生き残ったら、死んでいった全ての仲間たちに顔向け出来ないわ」
「そんな…!」
二人は遥か上空へと登っていた。
そしてその頭上には辺り一体にかかるほど巨大な術式が輝いている。
眩い光を放つそれは、まさしく大地を焼き尽くすほどの超高温を持っている事を感じさせた。
「本当に、貴女はどんな時でも変わらないのね…私とはまるで正反対だわ」
そういうと、イリーナはふぅとため息を吐いた。
「私は…強く生きざるを得なかった。
生きていくためには、仮面を被って、他者を欺いて、殺して。
でも貴女といると、何故かしら…まるで今まで普通に生きてきたみたいな。
貴女を騙しているはずなのに…いつの間にか、私の方が変わっていくような気がして…」
するとエレナは首を横に振った。
「違う、そうじゃない!
私たちは一緒よ、一緒の人間なのよ!
だから、お願い…友達として、一緒に生きてよ‼︎」
「まだそんなことを言うのね…きっと、そんな所が私は大好きなんだと思うわ」
「だったら!」
「でもダメよ、私はすでに汚れているもの」
そういうと、イリーナは彼女の身体を空中に放り投げた。
「イリーナ!」
放り出されたエレナの体は、レイがしっかりと受け止めた。
「大丈夫か、エレナ!」
「は、はい…」
次の瞬間、術式が大きく輝いた。
それは見るもの全ての目を焼くような、まるで超高温を持つ恒星のようでもある。
おそらくは以前に見せた、都市を丸ごと吹き飛ばすほどの術式であることは間違いない。
その瞬間、二人は彼女の唇が動くのを見た。
もしも…私が普通に、生きていたら…
貴女と本当に友達に、なって…
誰かに一目惚れして、恋をして…
そんなことが、出来たかしら…
次の瞬間、巨大な光が辺り一帯の全てを飲み込んだ。
直視すれば目が潰れかねない程の輝きに、そこにいた全員が目を覆い、瞼を閉じた。
それは容赦なく、周囲の施設全てを悉く破壊し、最終的には眼前のもの全てを呑み込み、その圧倒的な熱で焼いていった。
「くっ!」
レイは己の全ての力を振り絞り、防護術式を展開した。
しかしその力は非常に強く、魔法による障壁を介していてもレイにダメージが伝わる程だった。
その証拠にレイの腕や額に、次々を裂傷や火傷ができていったいる。
「レイ様!」
「ぐっ…うわああああああああっ!」
全てが終わった後、そこにはレイとエレナ、そしてマリア・サリー・ニコラスを除いて何も残らなかった。
「た、助かった、のか?」
ニコラスは全ての力が抜けきったように、その場に倒れ込んだ。
「デズモンド!」
「レイ、平気か⁉︎」
ゆっくりと降りてきた二人は、さほど重傷ではないように見える。
しかし双方とも、その表情は暗かった。
「……イリーナ」
その場にエレナは膝をつき、泣き始めた。
「うっ…ひっく…どうして…イヤだよ…」
その背中を、レイは優しく抱きしめた。
「俺は…あの子を死なせるために、助けたわけじゃないのに…!」
「そんな…」
「くそっ…!」
マリアやサリーも、やりきれないように目を伏せた。
「……」
その光景は、確実にニコラス王子の中にな、何かを残していた。
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