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第三章

第二十八話 突撃

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「さて…私の弟や友人を傷物にしてくれたんだ。
 私はデズモンドと違って気が短いからな、早めに降参しないと殺してしまうぞ」
「その言葉、そのままお返しするわよ」
「…初めてだよ、ここまでコケにされたのはな」

 マリアの額に、微かに青筋がたった。
 その声の震え具合や表情から、心のうちは相当に荒ぶっているのが窺える。

「はぁぁぁぁぁ…!」

 その瞬間、空気が一瞬にして輝いた。
 あまりの急激な温度の低下に、凍りついた空気が光を反射したためである。
 一瞬にして周囲は氷点下を切り、辺り一面に霜や氷柱が出始めた。

「コーヴィック…悪いが、弟を守ってやってくれ。
 並の人間なら、とっくに骨髄まで凍ってるところだからな」
「は、はい…」

 マリアの言葉は正しかった。
 ニコラスとエレナは魔法の加護があるから耐えられるものの、それでも顔に痛みが走るほどの寒さを感じていた。

「面白い…流石は元王国将校、といったところかしら。
 七光りのお飾りとはいえ、退屈はしなさそうだわ」
「減らず口を…叩くなぁぁぁっ!」

 一瞬にしてマリアは飛びかかり、イリーナをサーベルの一閃だけで吹き飛ばした。

「ぐっ!」

 その小さな体躯は、壁を思い切り突き破り、外へと思い切り放り出された。
 間髪入れずにマリアが、猛スピードで空中まで追いかけてきた。

「はああああああっ‼︎」

 残像が見えるほどの速さで、マリアはイリーナに空中で斬撃を叩き込んだ。
 その余りのスピードには、イリーナの身体が重力に従って落ちていかず、そのまま空中で切り刻まれるほどである。

「どりゃあっ!」
「くっ‼︎」

 最後の一撃とばかりに、マリアは上空から大上段の構えで、縦一文字にイリーナに斬りかかった。
 すかさずそれにイリーナは反応し、目の前に防御術式を展開した。
 しかしそれを見ても、怒り心頭のマリアが手を緩める訳はない。
 そのまま全力でサーベルを振り下ろし、防御術式ごとイリーナを地面に向かって吹き飛ばした。
 猛スピードでイリーナは地面に激突し、地面に壊れた瓦礫と土埃が激しく舞った。

「これで終わりにしてやる…!」

 空中で両手を広げたマリアの背後に、巨大な術式が展開された。
 半径十メートルを優に超えるそれから、無数の氷でできた剣や刀、槍といった武器が飛び出した。
 一瞬にして複雑な造形の武器を無数に生み出せるのは、マリアの恐らくはレイの次に高い魔力と、それ以上の戦闘センスのなせる技である。

「死ねぇ‼︎」

 マリアが指先を地面に向けると、その無数の武器は一直線にイリーナが落ちた辺りに降り注いだ。
 普通ならばこれで敵は全身を串刺しにされ、もはや原型すら留めないだろう。
 しかしそれでも飽き足らず、マリアはトドメと言わんばかりに、巨大な術式を再度展開した。

「うおおおおおおああああああぁぁぁっ‼︎」

 渾身の力を振り絞ったのがわかる雄叫びと共に、イリーナの落ちた辺りから巨大な氷塊が現れた。
 もはやその魂までも凍死させようというような、凄まじい超低温の放出である。
 それは徐々に枝分かれするように、新たな氷塊がツララのように伸びていき、最後には四方八方に尖った氷柱が伸びていた。

「…ふっ、これで終わりとはな」

 マリアは勝ち誇った、余裕の笑みを浮かべた。

 しかしそれを覆すような出来事は、そのすぐ後に起こった。

 その巨大な氷塊に、突如としてヒビが入った。

「⁉︎」

 マリアが反応するのとほぼ同時に、その巨大な氷塊が爆散した。
 四方八方にその欠片を撒き散らし、巨大な魔力の放出による強風が吹き荒れた。

「なるほどね。これがあなたの実力…モナドであろうと、確かに貴女に敵う物は5人といないでしょう。
 しかし相手が悪かったわね」
「な…何だと⁉︎」

 その中から、ほぼ無傷に近いイリーナが現れた。
 圧倒的なまでの攻撃を受けてもなお、致命的なダメージは全くない様子である。
 それはマリアを驚愕させるには充分すぎる光景だった。

「お、おのれっ!」

 それでもマリアは、負けじと氷結魔法を展開し続けた。
 しかしそれらは、イリーナの発する真っ赤な防護術式によって、瞬く間に水蒸気へと変わっていった。

「な…!」
「禁忌の術式を奪取した今、もはやあなた程度では私に敵わないわよ」

 そうしてイリーナは右手をマリアの方へと翳した。
 その手からは術式が発せられると、一瞬にして轟音が響き渡る。
 マリアの目の前で大爆発が起こった。

「ぐあっ!」

 その衝撃に、吹っ飛ばされるマリア。
 しかし何とか、持ち前の胆力と体力で踏ん張った。

「さすがね、タフさも尋常ではないわ。しかしどれだけ私の相手になれるかしら…?」

 イリーナの幼さが残る顔に、酷薄な笑みが浮かんだ。






「こちらが、偵察隊より送られてきた画像です」

 サリーの部下である兵士が、術式のモニター上にティアーノの画像を映し出した。
 そこには周囲全てを防護術式で完璧に守られた、古びた中規模の要塞が映っていた。

「厄介だな…砲撃や魔法攻撃も効かないってのは、本当か?」

「はい。先ほど連合軍による空爆と魔法術式による集中砲火が行われましたが、傷一つつけられなかった模様です。
 既存の防護術式とは違い、外部からの魔術的・物理的干渉を遮断する仕組みのようです。
 恐らくこれも、王立魔法研究所にて秘匿されていた術式の一つと予想されています」

「これを破ることができるのは、恐らく…」

「…俺だけ、ということか」

 チート能力を持つレイでしか、この規格外の魔法を打ち破る術を持たない。それは予想できた話ではあった。

「俺の見立てでは、人一人くらいが通れる小さな穴を、数秒間だけ開けることぐらいは出来るはずだ。
 この術式が処理できないほどの魔力を一点集中で叩き込めば、それが可能なはず」

「術式自体を破壊することは出来ないのか?」

「流石に難しいな…」

「なるほどな。よし、決定だ!」

 サリーは周りを見渡し、部下全員に通達した。

「要塞内部には私とレイで侵入する! お前らは本隊に合流の後、後方待機だ!」

 しかし部下たちは納得いかない様子で反論した。

「た、隊長! しかしそれではあまりにも危険です‼︎」
「俺たちは後ろで黙ってられるほど、臆病じゃないですよ!」
「うるせえ! さっきもレイが言っただろ、こいつの力を以ってしても、人一人が入れるかどうかのスペースしかないんだ、だったらこの二人が行くのが道理だろうが」

 この中では確かに、サリーの力はずば抜けている。
 レイを除けば、この大隊全員を相手に出来る人間は彼女をおいて他にいないだろう。
 一番戦力的な補助になるのはサリーに決まっていた。

「しかし、二人分の穴が開けられるかどうかは…」
「くっついていきゃいいだろうが」

 そう言ってサリーは腕を絡ませると、周りからは騒めきが起こった。

「お、おいサリー…」
「ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇよ。作戦なんだからしょうがねえって事にしとけ」

 そう言いながらもサリーの頰は仄かに赤かった。

「役得だな…」
「どうしよう、後でエレナ様にお伝えした方が良いかな?」
「あたし賛成。超女ったらしっぽいじゃん」

 そう兵士たちが仲間内同士で耳打ちし合っているのをレイは見逃さなかった。

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