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第三章
第二十五話 人質
しおりを挟むそしてほぼ同時刻のアズリエル王国。
街中は歓喜に沸いていた。
それはニコラス王子がパレードを引き連れて街に凱旋するからであり、それを知った民衆は大通りに詰めかけ、王子の姿を一目見ようと躍起になっていた。
ここのところ、リチャード王やニコラス王子の地方への行脚が比較的頻繁に見られるようになっているが、それも結局は現政権のの起こした戦争により支持率が落ち気味であるからという事情がある。
それ故に民衆にダイレクトに訴えかけ、リチャード一派に対する支持を取り戻そうという狙いがあった。
しかしそんな思惑には気付かず、大衆はただただセレブレティの代表格たるニコラス王子を一目見ようと、街頭に詰めかけていた。
やがてニコラス王子を乗せた馬車が大通りにたどり着いた。
踊り子や楽隊に導かれるようにして、ニコラス王子は優しげな笑みをその整った顔に浮かべながら、自らを受け入れる大衆に対して手を振った。
民衆もそれに応えるように、黄色い歓声を高らかに上げながら両手を振った。
「王子~‼︎ キャー‼︎」
「超イケメンよ~、サイコー!」
「うぇぇ~ん、生きてて良かったぁぁ~」
その歓声の多さが、ニコラスの求心力を物語っていた。
そうした王族の催し事ともあれば、警備も当然のように厳重である。
周囲の高い建物の上には警備兵が多く配置され、常に高所からの攻撃を警戒していた。
また地上では周辺1キロ以内に制服の警備兵、また群集の中に潜伏した私服警備兵を忍ばせ、まさに鉄壁の防護に当たっていたはずだった。
最初に違和感を示したのは、南西方面の警備兵だった。
索敵用の術式を空中の広範囲に渡って展開している最中、複数の生体反応を感知したのである。
「隊長!頭上に 複数の生体反応反応あり! 大きさから見て、ヒトと間違いありません!」
「何⁉︎ 動きはどうだ?」
「こ、こちらに向かって猛スピードで接近中です‼︎ 攻撃許可を‼︎」
「よし、撃ち落とせ‼︎」
その号令を聞き、銃を構えた瞬間が彼らの生きた最後の一瞬だった。
轟音とともに閃光が宙空に煌めき、それが兵士たちを飲み込んでいった。
建物ごと空中を警戒していた兵を排除し、地上には瓦礫が容赦なく降り注いだ。
パレードに歓喜していた人々は一転、恐慌状態に陥っていった。
「お、落ち着いて! 落ち着いて避難してください!」
「お、王子! 早くこちらへ‼︎」
「あ、ああ…ありがとう…」
警備兵たちの誘導に従い、一般市民たちの退避が始まった。
そしてニコラス王子も多数の兵に囲まれる形で、その場から足早に転移術式での移動が始まろうとしていた。
行ったことのある場所ならば、何処にでも転移出来る。
その特性を利用し、ニコラス王子を総行政府まで直接送り届けようとしたところ。
弾丸の雨が降り注いだ。
空中の脅威を排除した彼らにとって、空から標的をスナイプする事は容易であった。
ニコラスの周囲にいた兵士や要人たちは、容赦なく蜂の巣にされた。
銃槍から噴き出した血が、容赦なくニコラスの肌や服を赤く染めた。
「うわ、うわああああっ‼︎」
ニコラスは腰を抜かし、その場に崩れ落ちた。その生涯において、人が間近で殺されるところなど想像さえできなかったのだ。
その心情たるや、恐怖どころではなかった。
そんなニコラスを空中から一人の兵が猛スピードで肩を掴み、そのまま連れ去って行った。
「な、何を…‼︎」
「悪いが、一緒に来てもらうぜ。王子様よ」
そう言うと、兵士たちは全員転移魔法を展開、地上からの銃撃や魔法攻撃を擦り抜けるようにその場から脱出した。
「き、緊急事態だ! 王子が、ニコラス王子が誘拐された‼︎」
「な、何だと⁉︎」
その報は、瞬く間に世界中に広まった。
それはディミトリ特別行政区提督であるマリア・アレクサンドルの耳にも瞬時に届いた。
「くそっ!」
マリアはすぐさま立ち上がり、歩き出した。
「お、お待ちください! ニコラス様が未だ何処にいるかもわかっておりませんし、ご公務の方も…」
「どけっ‼︎」
秘書の必至の制止も聞かず、マリアは必死に執務室から出ようとした。
その時、緊急コールが鳴った。
この状況では無視するかもしたかったが、その相手がレイ・デズモンドとあっては応答しないわけにはいかなかった。
「私だ」
『大佐! ニコラス陛下が…‼︎』
「知っている。心配いらん、ニコラスは命に代えても私が助け出す。お前はアガルタの戦乱を…」
『いいえ、俺たちはティアーノへ向かいます。
彼らの本当の狙いはティアーノから反旗を翻す事なんです。
モナドの一人が告白しました。
王立魔法研究所から奪取した大量破壊魔法を使って、純粋種国家に戦争を仕掛ける気です。
恐らくは王子の誘拐も、それの一環でしょう』
「なるほどな、ティアーノ本国にいるモナドの犯行か…」
『行くつもりならば、気をつけてください。
全員が封印されていた魔法術式を使用してくると見ていいでしょう』
「安心しろ。
仮にも私はお前の上官だった者だ。
確かにお前には能力は劣るが、その辺の凡百に殺されるほど、弱いわけじゃない。お前こそ、気を付けるんだぞ」
そう言って、マリアは通信を切った。
「敵はティアーノか。恐らくは転移魔法で行けるな」
「お、お待ちください! 仮にも国のトップが…」
「お飾りのトップなど、ここで退いたって構わん!
クビならクビで好きにしろ父上にも伝えろ‼︎」
そう吐き捨てて、マリアは転移術式を展開し、その姿を消していった。
何時間か経った後のティアーノ。
エレナはゆっくりと目を覚ました。
ここ最近の重労働のせいか目覚めがすこぶる悪いが、それでも近頃は疲れが減ったようにも思えた。
それは恐らく、友人と言えるような存在が傍に居たからだろう。
しかしその朝は違った。最近は常に隣で寝ているイリーナの姿が見えなかった。
「イリーナ…早く目が覚めたのかな?」
彼女にしては珍しい事であった。
大体彼女も目覚めが悪く、大体の場合はエレナがイリーナを起こす場合が殆どなのだ。
「う~ん…、早くお仕事に行かないと」
そうして立ち上がろうとすると、足音が聞こえた。
ザッザッとリズミカルに土を踏みしめながら、着実に数多くの軍靴の音が、エレナたちが寝泊まりしているテントまで近付いてきた。
何事かとテントから顔を出して覗き見ると、確かにそれは重武装を施した兵士たちのものであった。
エレナは息を飲んだ。このエリアは基本的に教会が管轄する非武装地帯であり、兵士達が侵攻してくる事などない。
兵士達がここ一帯にやってくるという事は、その約定が破られようとしている事に他ならない。
すぐにエレナはテントから出、彼らに向かって叫んだ。
「な、何ですか、貴方達は‼︎ ここは非武装地帯ですよ! ここでの戦闘行為は…」
「知っているさ。
俺たちもここで無駄な戦闘する気はねぇよ」
そう言って男は肩に下げたマシンガンを宙に向け、引き金を引いた。
ドドドドッという音に驚いた他の教会関係者達が、一斉にテントから飛び出してきた。
「ここからこのエリアは我々が占拠する!
おかしな真似さえしなければ一切危害は加えないが、下手な真似をすればこちらも黙ってはいられないぞ」
「そ、そんな…ここには怪我人がたくさんいるんですよ! そんな中で…‼︎」
「心配しなくても、彼らは我々の元で面倒を見るわよ。
貴方達が煩わされる事も無くなるわ」
屈強な男達の中から、聞き覚えのある声が聞こえた。
そしてその声の主は、兵士達の中から姿を現した。
その獣耳や赤く染まった髪こそエレナの記憶にあるものだが、しかしその身を包む軍服と冷酷な表情と口調はまるで違った。
「イリーナ…?」
「エレナ・コーヴィック。悪いけど、今から貴女には人質になってもらうわ」
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