88 / 131
第三章
第二十五話 人質
しおりを挟むそしてほぼ同時刻のアズリエル王国。
街中は歓喜に沸いていた。
それはニコラス王子がパレードを引き連れて街に凱旋するからであり、それを知った民衆は大通りに詰めかけ、王子の姿を一目見ようと躍起になっていた。
ここのところ、リチャード王やニコラス王子の地方への行脚が比較的頻繁に見られるようになっているが、それも結局は現政権のの起こした戦争により支持率が落ち気味であるからという事情がある。
それ故に民衆にダイレクトに訴えかけ、リチャード一派に対する支持を取り戻そうという狙いがあった。
しかしそんな思惑には気付かず、大衆はただただセレブレティの代表格たるニコラス王子を一目見ようと、街頭に詰めかけていた。
やがてニコラス王子を乗せた馬車が大通りにたどり着いた。
踊り子や楽隊に導かれるようにして、ニコラス王子は優しげな笑みをその整った顔に浮かべながら、自らを受け入れる大衆に対して手を振った。
民衆もそれに応えるように、黄色い歓声を高らかに上げながら両手を振った。
「王子~‼︎ キャー‼︎」
「超イケメンよ~、サイコー!」
「うぇぇ~ん、生きてて良かったぁぁ~」
その歓声の多さが、ニコラスの求心力を物語っていた。
そうした王族の催し事ともあれば、警備も当然のように厳重である。
周囲の高い建物の上には警備兵が多く配置され、常に高所からの攻撃を警戒していた。
また地上では周辺1キロ以内に制服の警備兵、また群集の中に潜伏した私服警備兵を忍ばせ、まさに鉄壁の防護に当たっていたはずだった。
最初に違和感を示したのは、南西方面の警備兵だった。
索敵用の術式を空中の広範囲に渡って展開している最中、複数の生体反応を感知したのである。
「隊長!頭上に 複数の生体反応反応あり! 大きさから見て、ヒトと間違いありません!」
「何⁉︎ 動きはどうだ?」
「こ、こちらに向かって猛スピードで接近中です‼︎ 攻撃許可を‼︎」
「よし、撃ち落とせ‼︎」
その号令を聞き、銃を構えた瞬間が彼らの生きた最後の一瞬だった。
轟音とともに閃光が宙空に煌めき、それが兵士たちを飲み込んでいった。
建物ごと空中を警戒していた兵を排除し、地上には瓦礫が容赦なく降り注いだ。
パレードに歓喜していた人々は一転、恐慌状態に陥っていった。
「お、落ち着いて! 落ち着いて避難してください!」
「お、王子! 早くこちらへ‼︎」
「あ、ああ…ありがとう…」
警備兵たちの誘導に従い、一般市民たちの退避が始まった。
そしてニコラス王子も多数の兵に囲まれる形で、その場から足早に転移術式での移動が始まろうとしていた。
行ったことのある場所ならば、何処にでも転移出来る。
その特性を利用し、ニコラス王子を総行政府まで直接送り届けようとしたところ。
弾丸の雨が降り注いだ。
空中の脅威を排除した彼らにとって、空から標的をスナイプする事は容易であった。
ニコラスの周囲にいた兵士や要人たちは、容赦なく蜂の巣にされた。
銃槍から噴き出した血が、容赦なくニコラスの肌や服を赤く染めた。
「うわ、うわああああっ‼︎」
ニコラスは腰を抜かし、その場に崩れ落ちた。その生涯において、人が間近で殺されるところなど想像さえできなかったのだ。
その心情たるや、恐怖どころではなかった。
そんなニコラスを空中から一人の兵が猛スピードで肩を掴み、そのまま連れ去って行った。
「な、何を…‼︎」
「悪いが、一緒に来てもらうぜ。王子様よ」
そう言うと、兵士たちは全員転移魔法を展開、地上からの銃撃や魔法攻撃を擦り抜けるようにその場から脱出した。
「き、緊急事態だ! 王子が、ニコラス王子が誘拐された‼︎」
「な、何だと⁉︎」
その報は、瞬く間に世界中に広まった。
それはディミトリ特別行政区提督であるマリア・アレクサンドルの耳にも瞬時に届いた。
「くそっ!」
マリアはすぐさま立ち上がり、歩き出した。
「お、お待ちください! ニコラス様が未だ何処にいるかもわかっておりませんし、ご公務の方も…」
「どけっ‼︎」
秘書の必至の制止も聞かず、マリアは必死に執務室から出ようとした。
その時、緊急コールが鳴った。
この状況では無視するかもしたかったが、その相手がレイ・デズモンドとあっては応答しないわけにはいかなかった。
「私だ」
『大佐! ニコラス陛下が…‼︎』
「知っている。心配いらん、ニコラスは命に代えても私が助け出す。お前はアガルタの戦乱を…」
『いいえ、俺たちはティアーノへ向かいます。
彼らの本当の狙いはティアーノから反旗を翻す事なんです。
モナドの一人が告白しました。
王立魔法研究所から奪取した大量破壊魔法を使って、純粋種国家に戦争を仕掛ける気です。
恐らくは王子の誘拐も、それの一環でしょう』
「なるほどな、ティアーノ本国にいるモナドの犯行か…」
『行くつもりならば、気をつけてください。
全員が封印されていた魔法術式を使用してくると見ていいでしょう』
「安心しろ。
仮にも私はお前の上官だった者だ。
確かにお前には能力は劣るが、その辺の凡百に殺されるほど、弱いわけじゃない。お前こそ、気を付けるんだぞ」
そう言って、マリアは通信を切った。
「敵はティアーノか。恐らくは転移魔法で行けるな」
「お、お待ちください! 仮にも国のトップが…」
「お飾りのトップなど、ここで退いたって構わん!
クビならクビで好きにしろ父上にも伝えろ‼︎」
そう吐き捨てて、マリアは転移術式を展開し、その姿を消していった。
何時間か経った後のティアーノ。
エレナはゆっくりと目を覚ました。
ここ最近の重労働のせいか目覚めがすこぶる悪いが、それでも近頃は疲れが減ったようにも思えた。
それは恐らく、友人と言えるような存在が傍に居たからだろう。
しかしその朝は違った。最近は常に隣で寝ているイリーナの姿が見えなかった。
「イリーナ…早く目が覚めたのかな?」
彼女にしては珍しい事であった。
大体彼女も目覚めが悪く、大体の場合はエレナがイリーナを起こす場合が殆どなのだ。
「う~ん…、早くお仕事に行かないと」
そうして立ち上がろうとすると、足音が聞こえた。
ザッザッとリズミカルに土を踏みしめながら、着実に数多くの軍靴の音が、エレナたちが寝泊まりしているテントまで近付いてきた。
何事かとテントから顔を出して覗き見ると、確かにそれは重武装を施した兵士たちのものであった。
エレナは息を飲んだ。このエリアは基本的に教会が管轄する非武装地帯であり、兵士達が侵攻してくる事などない。
兵士達がここ一帯にやってくるという事は、その約定が破られようとしている事に他ならない。
すぐにエレナはテントから出、彼らに向かって叫んだ。
「な、何ですか、貴方達は‼︎ ここは非武装地帯ですよ! ここでの戦闘行為は…」
「知っているさ。
俺たちもここで無駄な戦闘する気はねぇよ」
そう言って男は肩に下げたマシンガンを宙に向け、引き金を引いた。
ドドドドッという音に驚いた他の教会関係者達が、一斉にテントから飛び出してきた。
「ここからこのエリアは我々が占拠する!
おかしな真似さえしなければ一切危害は加えないが、下手な真似をすればこちらも黙ってはいられないぞ」
「そ、そんな…ここには怪我人がたくさんいるんですよ! そんな中で…‼︎」
「心配しなくても、彼らは我々の元で面倒を見るわよ。
貴方達が煩わされる事も無くなるわ」
屈強な男達の中から、聞き覚えのある声が聞こえた。
そしてその声の主は、兵士達の中から姿を現した。
その獣耳や赤く染まった髪こそエレナの記憶にあるものだが、しかしその身を包む軍服と冷酷な表情と口調はまるで違った。
「イリーナ…?」
「エレナ・コーヴィック。悪いけど、今から貴女には人質になってもらうわ」
0
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

器用貧乏の底辺冒険者~俺だけ使える『ステータスボード』で最強になる!~
夢・風魔
ファンタジー
*タイトル少し変更しました。
全ての能力が平均的で、これと言って突出したところもない主人公。
適正職も見つからず、未だに見習いから職業を決められずにいる。
パーティーでは荷物持ち兼、交代要員。
全ての見習い職業の「初期スキル」を使えるがそれだけ。
ある日、新しく発見されたダンジョンにパーティーメンバーと潜るとモンスターハウスに遭遇してパーティー決壊の危機に。
パーティーリーダーの裏切りによって囮にされたロイドは、仲間たちにも見捨てられひとりダンジョン内を必死に逃げ惑う。
突然地面が陥没し、そこでロイドは『ステータスボード』を手に入れた。
ロイドのステータスはオール25。
彼にはユニークスキルが備わっていた。
ステータスが強制的に平均化される、ユニークスキルが……。
ステータスボードを手に入れてからロイドの人生は一変する。
LVUPで付与されるポイントを使ってステータスUP、スキル獲得。
不器用大富豪と蔑まれてきたロイドは、ひとりで前衛後衛支援の全てをこなす
最強の冒険者として称えられるようになる・・・かも?
【過度なざまぁはありませんが、結果的にはそうなる・・みたいな?】

クラス転移で神様に?
空見 大
ファンタジー
空想の中で自由を謳歌していた少年、晴人は、ある日突然現実と夢の境界を越えたような事態に巻き込まれる。
目覚めると彼は真っ白な空間にいた。
動揺するクラスメイト達、状況を掴めない彼の前に現れたのは「神」を名乗る怪しげな存在。彼はいままさにこのクラス全員が異世界へと送り込まれていると告げる。
神は異世界で生き抜く力を身に付けるため、自分に合った能力を自らの手で選び取れと告げる。クラスメイトが興奮と恐怖の狭間で動き出す中、自分の能力欄に違和感を覚えた晴人は手が進むままに動かすと他の者にはない力が自分の能力獲得欄にある事に気がついた。
龍神、邪神、魔神、妖精神、鍛治神、盗神。
六つの神の称号を手に入れ有頂天になる晴人だったが、クラスメイト達が続々と異世界に向かう中ただ一人取り残される。
神と二人っきりでなんとも言えない感覚を味わっていると、突如として鳴り響いた警告音と共に異世界に転生するという不穏な言葉を耳にする。
気が付けばクラスメイト達が転移してくる10年前の世界に転生した彼は、名前をエルピスに変え異世界で生きていくことになる──これは、夢見る少年が家族と運命の為に戦う物語。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる