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第三章
第十九話 B11F
しおりを挟むアズリエル王国内、深夜。
首都圏から少し外れた山間の場所に、それはあった。
王立魔導研究所と名付けられたそこは、日々最新鋭の魔法術式が開発され、ある時には市民の暮らしに役立てられ、またある時は軍事利用される。
機密性の高い施設ゆえに、その警備の厳重さも群を抜いている。四方を高い壁と有刺鉄線で囲まれ、入口や通用門にも複数の警備兵が配置され、セキュリティ面でも鉄壁であったはずだった。
その夜、突如として事件は起こった。
ドカンという大きな爆発音が、正門で鳴り響いた。
「な、何だ⁉︎」
「正面ゲートで侵入者発見! 敵は複数だ、数で押しつぶしてやるぞ!」
「バカめ、ここの厳重さを知らずに、正面からノコノコと‼︎」
正面には、何匹もの人ならざる獣の姿があった。頭が複数ある龍、巨大な角を生やした猛牛にも似た獣、そうした強大な妖じみたモノたちが、正面ゲートで警備兵たちを圧倒していた。
「くそっ、ダメだ‼︎ 抑えきれねぇ‼︎ グアッ‼︎」
「ぎゃあっ‼︎」
「ぐげっ!」
その力は凄まじく、数十人の王国軍所属の猛者たちを踏み付け、薙ぎ倒し、或いは魔法で焼き払っていった。獣化術式で力を倍増させている彼らには、通常兵士の攻撃は無効に近かった。
「なんて力だ…」
「本部から増援が来る! それまで持ち堪えろ‼︎」
何とか善戦しているようにも見えたが、背後に控える警備隊長は違った。
(……?)
彼らの戦い方が、よく見ると妙である事に気が付いたのだ。
(おかしい…こいつらの実力ならば、もっと強引に攻め込めるはずだ)
やろうと思えば、施設内に既に侵入していても、おかしくはない。それ程までに、現在の彼らの実力は圧倒的だった。
(それに、ここに侵入しようとするという事は、機密情報の奪取が基本的には目的のはず…なのに、獣化術式で理性を半減させるものか?)
もはや一度獣化術式を使えば、それは正しく獣に生まれ変わる事を意味する。時が経てば完全な魔獣となり、人としての知識や理性も吹き飛ぶのだ。
(まるで、ここで戦う事が目的のような…)
そこまで来て、警備隊長は気が付いた。
「‼︎ いかん、撤退しろ! 通用門と中枢エリアに兵を回せ‼︎」
「た、隊長⁉︎ 何を言ってるのですか、こいつらは…‼︎」
「馬鹿者、これは陽動だ! 警備の注意を引くための囮に過ぎん‼︎」
同時刻、通用門では既に警備兵達が事切れていた。
一切魔法を使わず、ナイフやブレードにより音もなく彼らを侵入者達は処理していった。
「急ぎましょ、時間は少ないわ」
「ああ」
王国軍からの増援が来るまでが、彼らのタイムリミットであった。そうすれば数に押されて、こちらが負ける。そうなる前に、中枢に保管された情報を確保する必要があった。
空高く飛び、壁と有刺鉄線を軽々と飛び越えた。センサーによる警報は鳴らなかった。既に正門に侵入者達はおり、背面にまで注意は回っていなかった。
彼らの読み通り、内部の警備は手薄になっていた。
正門の強大な敵に対処するため、最小限の人員以外は残していないようだった。次々と警備兵達を悲鳴さえあげる間も無く命を奪い、彼らは次々と下へ向かった。
目的は地下11階、最重要機密情報が秘匿されているエリアだ。この研究所は、地上エリアにて民間人用の、比較的害の少ない術式を開発している。
そして地下の下層フロアにて、軍事転用が可能な魔法や、或いは初めから軍事利用が目的の魔法の詳細な情報、そしてその術式が収められていた。最下層エリアにある術式、それがどれだけの破壊力を持つ魔法かは、誰もが容易に想像がついた。
前後から迫り来る敵を次々と始末し、遂には地下11階の扉の前に辿り着いた。
「よし、破壊するぞ!」
「いえ、ダメよ。無理に破壊すれば、施設ごと大爆発が起きるわ。機密保持のためには、人命なんてどうでも良いようね」
「しかし、ならどうする?」
「開けてもらうしかないわ」
扉の前に、彼女が放った術式が浮かび上がった。
そして重苦しい音を立てながら、扉は左右に開けていった。
「行きましょう」
「流石はモナド、と言ったところか?」
「余計な口は聞かないで。時間は少ないわよ」
室内には多くのコンピュータがあり、どうにも情報量が多く、セキュリティも厳重なようだった。
彼らの目的の物を探し出すのは、いささか時間が必要そうだった。
「どうするよ、チンタラはやってらんねぇぞ」
「わかってるわよ、無理やりにでも持ってくわ」
彼女は自らの術式ストック画面を開き、同時に掌をコンピューターにかざした。
「はああああっ…‼︎」
凄まじい勢いでストックが埋まっていった。さながらそれは、このフロアにある魔法全てを吸い上げようとしているようだった。
そしてそれが一杯になろうかという直前に、増殖が止まった。全てのデータを取り終えたのだ。
「まったく、手間取らせるわね…さぁ、行くわよ!」
しかし既に時間切れの様だった。多くの警備兵達が雪崩れ込んで来た。
「陽動作戦とは考えたな…だがこれまでだ!」
警備隊長に率いられた、警備兵達は既に銃を構えていた。
「仕方ないわね…まかり通る‼︎」
侵入者達が構えた瞬間、上階で轟音が鳴り響いた。
「なっ、何事だ⁉︎」
次の瞬間には、室内に人ならざる獣達が入り込み、そこに居た人間達を次々と薙ぎ倒していった。陽動が成功した今、彼らは正面ゲートを遂に突破し、彼女達を助けに来たのだった。
全員を処理するのに、数分と必要なかった。これで施設内の警備兵は粗方片付けた事になる。
『急ぐゾ、ダッシュつ、だ』
「ええ、わかっている」
彼女らが地上に辿り着いた時には、既に王国軍による援軍が近付きつつあった。
『行ケ、オレ、達が、引き受け、ル。どうセ、人間ニ、戻れナイ』
「俺たちもここに残るぜ。こいつらでも、あの軍勢はキツイ。あんたさえ生き残れば、この作戦は成功だ」
「俺もだ。だから、早く行きな!」
「…ありがとう、忘れないわ‼︎」
そういって彼女は飛行術式により飛び立った。
この事件は各新聞のトップニュースとなり、世界に知れ渡った。
シーア国内にいるレイとサリーにも、その情報はしっかりと届いた。
「これは恐らく…」
「ああ…モナドの仕業、だろうよ」
サリーの傷はもうすっかりと癒え、すぐにでも戦闘を始められる状態だった。
「アズリエル王国内でも、この有様か…」
「致し方ねぇだろ。
リチャード政権下じゃ、分断や格差が進むばっかりだ。
加えてモナドも動き出したとなりゃあ、こうなる事は必然だったろうよ」
「…そうだな」
自分たちが精一杯抗っても、いまだにテロは消えない。
そのことはレイの顔に深い影を落とした。
「落ち込んでる暇はねぇぞ。
シーアに来たからには、ここの一番の激戦区を停戦させる必要がある。
そうすりゃ両陣営ともに、戦意を大幅に削がれるはずだ」
「ああ…わかってるさ。
そしてその一番の激戦区が…」
「アガルタとシーアの国境線沿いってわけだ」
開戦以来、シーアとアガルタは本土制圧を目指し、総力を上げて互いの国境の防壁を突破せんとしていた。
現在のところはシーア公国が徐々に押して入るが、その分の損耗も激しく、加えて東アガルタ連合率いる亜人勢力は、その特色でもある小規模な市街地テロやゲリラ戦による奇襲で、ゆっくりとシーアを消耗させていた。
「これで両陣営が引けば、テロの名目もなくなる…国内のテロを無理やり押さえつけるよりも、直接の原因を叩く」
「そういうこった。少なくとも、もう全員戦闘を始められる準備は整ってるぜ」
サリーはチラリと後方を見た。
そこにはルークスナイツ全員が、完全武装で整列していた。
これならば一個師団を投入するような大規模な戦闘でも、十分に戦い抜くことが出来る。
「よし、行こう」
レイは、前を見据えた。
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