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第三章

第十七話 最後の手段

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 ハリーの体術と強力な魔法を織り交ぜた戦法を、サリーは巧みに躱し、時にはその身に真正面から受けながら、確実に反撃を浴びせて行った。
 お互いにお互いを削り合うような戦いに、次第に両者にも疲弊が見え始めた。

「はぁ、はぁ、はぁ…!」
「ぐぅ、ぅ…」

 サリーはゼイゼイと息を切らし、またハリーの方も片膝をついている。
 もはや消耗戦である以上、スタミナがある方が勝者となる。

「…私の勝ちだな」
「く…」

 互いの怪我こそ重傷ではあるものの、ハリーはもはや跪き、立ち上がるのも難しい状況である。
 このまま勝負が続けば、ギリギリではあるがサリーが勝つことは明白であった。

「覚悟を決めてもらうぞ」
「…そうはいかんな」

 ハリーはニヤリと口元を歪めた。

「何?」
「忘れているようだな、私には捨て身の切り札がある事を。
 そして私は、今となっては命を捨てているということをな…」

 そうして禍々しい色合いの術式が、ハリーの体を包み込んだ。

「な…しまった!」
「これガ正真正銘奥の手ダ…覚悟しテもらオう」

 その輪郭が大きく歪むと、ハリーの姿は巨大な獣と化した。
 飛空挺での戦いでレイに見せた、獣化術式である。
 以前見せたことのある巨大な深紅の体躯とサソリの尻尾は、見る者全てにとてつもない威圧感を与えた。

「た、隊長…!」

 副官も思わず声を漏らした。
 この姿になった以上、生きては戻れないことが確定しているのだから、それも致し方ない事だろう。

「がァァァっ‼︎」

 凄まじい速さで、そのハリーだった獣は突進してきた。
 その速度は、サリーでさえも一瞬対応が遅れるほどであった。

「ぐぁっ!」

 まるで大型車両には寝られたかのように、サリーの体は後方へと吹っ飛んでいった。
 そして後方にある民家の壁の残骸に背中を打ち付けられ、がっくりと力なく首を垂れた。

「ククク…よくここマデ戦っタぞ。
 ダガあと一歩届かなかったナ…」
「勝手に…勝った気になってんじゃねぇよ…」

 よろめきながらも、サリーは立ち上がった。
 しかし傍目にも分かるほど、彼女は瀕死状態だった。
 事実、立ち上がったにも関わらず、その足元はよろめいておぼつかない。

「よカろう…遊んでヤロう」

 その巨大な体躯からは想像できないほどのスピードで、ハリーは距離を詰めてきた。

「くっ!」

 サリーは咄嗟にサーベルで防ごうとしたが、それも無駄な足掻きだった。
 ハリーが尻尾を横に振って薙ぎ払うと、サリーはガードの上からでも吹っ飛び、またサーベルも音を立てて折れた。

「がっ…!」

 サリーは力なく地面に横たわった。

「ククク、もう終ワリか…ン?」

 次の瞬間、ハリーの身体が全身炎に包まれた。
 それは、サリーが最後の力を振り絞っての反撃だった。

「ど…どうだよ」
「フッ…確か二傷口には少シ滲みるが、しカし決定的なダメージは与えられテイないぞ」
「な……」

 その言葉は事実だった。
 ハリーの身体には首元や脛、胴などに幾つもの傷があり、それらが未だに血を流してはいるものの、異常なほどに硬い体毛と皮膚によって熱は完璧に遮断されているようである。

(な、なんて野郎だ…レイの奴、こんな化け物と闘って勝ったのかよ…)

 サリーは改めてレイのチート級の強さを、その身に染みて感じ取った。
 ルークスナイツ士官である自分を、死の淵まで追い詰めるような手練れと戦い、それに勝利したという事実は、彼女にとって非常に重い事実である。
 サリーは突きつけられた事実に、唇を噛みしめた。

(でも…負けらんねぇ…付いてくって、決めたからよ…‼︎)

 にも関わらず、サリーの目から闘志は消えてはいない様子だった。
 折れたサーベルで必死に体を支えながら、肩を揺らしながら立ち上がった。
 しかし誰の目にも、もはや反撃の力が残っていないのは明白である。
 額や口の端から夥しく流れた血は、地面に点々と赤黒いシミを作った。

「まだ立ち上ガるカ…いいだロウ、一思いに噛み砕いて終わラせてヤる!」

 ハリーはその大口を開け、鋭く尖った牙を見せた。
 猛獣のツノのように大きく、または刃物のように鋭いその牙で一度噛みつかれれば、一瞬で相手は絶命するであろう。
 それはまさしく、ハリーも一気に勝負を決めに来ているということを示していた。

「へっ…やれる、もんなら…やってみろよ」

 明らかな強がりとわかる台詞を、サリーは口にした。
 ここまで弱り切っていては、もはや一兵卒でも彼女を倒せるレベルである。
 しかし何故か彼女は不敵な笑みを崩そうとはしない様子だった。

「ならバお望みドオり…死ねェ!」

 四本足で大地を蹴り、ハリーは文字通り牙を剥いた。

「ぐっ!」

 辛うじて反応し、サリーは体を逸らして急所へのダメージを避けた。
 しかしやはりスピードが足りず、肩口や胸にかけてハリーの牙が貫いた。

「ぐぁぁぁっ‼︎」

 ボタボタと足元に鮮血が流れ出し、その体が中に浮いた。
 しかしなぜか、サリーの口元には笑みすら見える。

「よ…ようやく、捕まえたぜ…」

 震える手で折れたサーベルを握り締め、それをハリーの首に残る裂傷に、思い切り突き立てた。


「ギャアアアアアアア!」

 文字通り、体の内部を抉る激痛にハリーも耐えきれず、絶叫が響いた。

「これで…最後だ…」
「ナ、何⁉︎」
「体の表面を焼けないなら…中から蒸し焼きにしてやるよ!」

 その瞬間、突き刺さったサーベルに術式が輝き出した。

「はああああああああっ‼︎」
「ぐゲェアアアあああっ‼︎」

 傷口を通して身体中に直接流れ込む超高温に、ハリーは白目を剥いて絶叫した。
 身体中のありとあらゆる部分から蒸気がもれ、体内で水分が蒸発していってるのが一目瞭然である。

「グボぉあっ‼︎」

 最後には炎の塊を口から出し、その巨躯全体が炎に包まれた。
 そしてサリーももはや立ち上がる力すら残っていないと言った様子で、地面に倒れ込んだ。

「み、見事ダ…私の、負け、ダナ…」
「ああ…あばよ」

 そして炎に包まれたハリーは、やがてよろめきながら地面に倒れ込み、動かなくなった。
 先に絶命した方が負けという決闘のルールに則れば、勝敗は明白である。
 サリーは辛くも決闘に勝利し、司法取引の材料を得た。
 しかしながら追った傷も相当であり、処置が遅れれば間違いなく命に関わるだろう。

「た、隊長!」

 ルークスナイツの副官が即座に駆け寄ってきた。
 波の人間ならとっくに死んでいるレベルの重傷で、今だに息があるのは驚きでしかない。
 しかしながら、それでもサリーは虫の息であり、一刻も早い治療が望まれた。

「あ、後の奴らは…生きたまま、連行しろ……抵抗しない限り…手を、出す、な…」

 それだけ言い残すと、サリーはガックリと項垂れた。

「きゅ、救護班! 今すぐ応急処置を‼︎」

 副官は通信術式に向かって叫んだ。





「大師…安らかにお眠り下さい」

 そして残されたモナドの副官は、ハリーの亡骸に向かって敬礼するのであった。





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