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第三章
第十六話 古の作法に則り
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「…こりゃどういうこった?」
サリーは目の前の光景に、我が目を疑った。
数時間前、部下がハリーをはじめとするモナドが潜伏するアジトの場所を突き止めた。
早々に装備を纏め、サリー率いるルークスナイツは、彼らを強襲する手筈であった。
当然、激しい抵抗は予想されたが、しかし目の前の景色は予想と180°違う。
哨戒兵と思しき者達は、皆サリーたちに向かって跪いていた。
抵抗する様子は微塵も見受けられず、重火器の類の自らの足元に置いている。
少なくとも攻撃する意思がないことは明白であろう。
「お、おい! お前ら、一体何のつもりだ⁉︎」
この異常な状況に、部下の一人は思わず叫んだ。
「サリー・コーヴィック女史、そしてその隊の方々ですね」
最前に構える兵の一人が、恭しい口調とともに顔を上げた。
「お初にお目にかかります。
私共はハリー・ジダンの子飼いの者たちになります」
「まぁ、そうだろうな。見りゃわかる。
んで、これは一体どういう真似だ?」
「貴女とレイ・デズモンドはハリー大師の命の恩人。
我々が決して傷をつけてはならぬと、厳命を受けておりますゆえ」
大師とは亜人の文化圏において、最上位の敬称である。
それはアドナイ教においても、それはアラニストの中においても時折用いられる呼び名である。
「…わかってんだろ、私たちはハリーを始末しに来たんだぞ」
「承知しております。
しかし、それでも我々の主君の恩義ある方ともなれば、刃向かうわけにはいきません。
ハリー・ジダンは間も無く参りますゆえ、今しばらくのご辛抱を」
ハリーの部下には一切動じる様子が無かった。
「信じられるか! 従順なフリして、時間稼ぎしてハリーを逃す気なんじゃないのか⁉︎」
ルークスナイツの一人が疑念を剥き出しにした。
「よせ、こいつの目には嘘は無い。
それに逃げたところで、追えば良いだけの話だ。
その時こそ本当に殲滅戦になる…おそらくその事は向こうだって承知のはずだ。
時間稼ぎに大して意味がない上に、抵抗の意志がないとすれば、奴は現れるだろうよ」
サリーの言葉は事実だった。
この上更にハリーたちが彼女を謀って逃げるとなれば、今度こそ本当にルークスナイツはおろかアルマ教主国全体がモナドを許しはしない。
教会全ての力を相手取るのは避けたい彼らにとって、ここで逃げるのはデメリットしかないはずである。
そうなれば、彼らは嘘偽りなく膝をついているという事だった。
そうしてしばらくすると、ハリーが現れた。
その姿形には変わりはないが、顔や身体に幾ばくかの傷を負っているようだった。
恐らくは逃亡する際に、公国兵につけられたものであろう。
その表情には、深い翳りがあるようにも感じられた。
「久しいな」
「ああ…こんな形で会いたくはなかったけどな」
「……」
ハリーは目を伏せた。
「…私は、お前たちと闘いたくはない。
だから…都合の良い話だが、見逃して欲しい」
「それが出来ないのは、お前がよく分かってんだろ?」
「…そうだな。すまない」
そうして、しばしの沈黙が流れた。
「で、どうすんだ?
お前らが抵抗や逃亡する意思を見せなきゃ、こっちも手を出せない。
このままじゃ、決着が付かずにドン詰まりだ。
ただ時間を稼がせる気もない、どうするか案があるなら早くしな」
サリーの言った通り、このままの膠着状態はよろしくはない。
それを向こうが望んでいるとも、到底思えなかった。
「わかっている。
だからこそ…ここは、古の作法に則りたい」
「何?」
「部隊の頭目であるお前と私、二人が揃っている。
ならば二人、一対一で決着をつけたい…決闘だ」
それは古来よりの騎士道精神の則った、最後の決着の付け方であった。
お互いがお互いに限界まで力を振るうことを望まず、なおかつ必ずお互いの生死によって勝敗を決めなければならない場合は、血統による勝負が一番犠牲がなく、合理的である。
それはおそらくサリーにとっても、ベストな選択のはずであった。
「いいだろう、ここでこうしていても埒が明かない。
んで、見届け人はどうすんだ?」
「お互いの副官を出そう。
そうすれば不平はないはずだ」
「…なるほどな。
覚悟は伝わったぜ」
サリーは拳を握りしめた。
「ここじゃ人口密度が高すぎる。
もっと広いところへ移動しようぜ。」
「…そうだな」
しばらく歩いたところは、荒れ果てた平地だった。
周囲にある建造物といえば、朽ち果てて崩れ落ちた家屋がまばらに点在している程度である。
既存の環境を破壊する心配がほとんどなく、お互いの力を解放するにはベストな場所ともいえるだろう。
「ここならば、お互いに力を出し合えるな」
「ああ…本気で来い」
両者の間に、即座に張り詰めた緊張感が満ちた。
数秒か数十秒か、それとも数分間かもわからないような時間、両者は見つめ合った。
「はっ!」
「!」
先に動き出したのはハリーの方だった。
一切の予備動作を見せずに、後ろ足で大地を蹴り、サリーの顔面を目掛けて右ストレートを繰り出してきた。
紙一重のところで交わしたものの、その頬には確実にかすり傷が刻まれた。
(早い!)
即座にバックステップを踏み、距離と取ろうとしたが。
「遅い!」
ハリーの掌には、すでに術式が輝いていた。
「何⁉︎」
サリーが反応した時には、すでに遅かった。
ドンという轟音が鳴り響き、雷が彼女の真上に落ちた。
「ぐぁぁぁっ!」
その直撃を受けて、サリーの体は酷く焼け焦げ、膝をつく事となった。
「て、てめぇ…まさか雷の使い手だったとはな」
「ああ。たとえ人間の形を保ったままでも、お前に傷を負わせられるほどには、弱くはないぞ」
「ぐっ…」
しかしサリーはふらつきながらも立ち上がった。
「なるほど、今の直撃を受けて立ち上がれる程には強いようだな。
並みの人間ならば、今ので立ち上がれなくなるか、下手をすれば死んでいる所だ」
「へっ…私を、みくびるんじゃねぇよ!」
サリーは両手を強く握りしめ、炎の術式を展開させた。
「うぉらああああああああっ!」
周囲の温度が一気に上がった。
その体からは炎が渦を巻き、まるで竜巻の様にうねりながら天へと登って行った。
足元の土も急激な温度の上昇に、熱した炭のように赤い輝きを放っている。
「ガチの本気で戦う相手は久しぶりだぜ…覚悟しとけよ」
「奇遇だな、それは私も同じだ」
膨大なエネルギーの放出に、見届け人である二人はたじろぐばかりだった。
(これがモナドの本気か…隊長、頑張ってください)
(ルークスナイツ、まさかここまでとは…)
そこから先は、ただひたすらに膨大な力のぶつけ合いだった。
「ハァァっ!」
凄まじい轟音を放ちながら、ハリーの落雷が地面を幾度となく抉った。
それらを全て見切り、サリーは距離を詰めていき、掌の火球を思い切り天に掲げた。
「蒸発しな!」
サリーはボール状の大きさから一気に膨れ上がった火球を、ハリー目掛けて投げつけた。
それは地面に着弾すると同時に、大きなクレーターを作るほどの大爆発を起こした。
爆風は周囲の廃墟を風圧だけで破壊する程であり、軽い人間も吹き飛ばしかねない程である。
「ぐぉっ!」
「ぬぅぅっ!」
立会人となった互いの副官も、その身を守るのに必死である。
「甘いっ!」
「くっ!」
サリーの攻撃を躱したハリーが、その手に術式を光らせていた。
しかしそれはサリーも同じであった。
握り締めた拳には、すでに炎の術式が光り輝いている。
「はぁっ!」
「おらぁっ!」
炎と雷、その二つによる大爆発が二箇所で起こった。
蛋白質が焼ける不愉快な臭いと、物体が焦げる時の炭のような匂いが辺りに充満し、その場にいる全員の鼻腔を刺激した。
その場は煙にもくもくと包まれ、二人の状態は確認できない。
やがて視界が晴れてくると、二人とも身体中にひどい火傷を負いながらも、息を切らすことなく立っている。
「やるじゃねぇかよ」
「そちらもな」
互いに挑発的な笑みを浮かべたまま、戦いは続いた。
サリーは目の前の光景に、我が目を疑った。
数時間前、部下がハリーをはじめとするモナドが潜伏するアジトの場所を突き止めた。
早々に装備を纏め、サリー率いるルークスナイツは、彼らを強襲する手筈であった。
当然、激しい抵抗は予想されたが、しかし目の前の景色は予想と180°違う。
哨戒兵と思しき者達は、皆サリーたちに向かって跪いていた。
抵抗する様子は微塵も見受けられず、重火器の類の自らの足元に置いている。
少なくとも攻撃する意思がないことは明白であろう。
「お、おい! お前ら、一体何のつもりだ⁉︎」
この異常な状況に、部下の一人は思わず叫んだ。
「サリー・コーヴィック女史、そしてその隊の方々ですね」
最前に構える兵の一人が、恭しい口調とともに顔を上げた。
「お初にお目にかかります。
私共はハリー・ジダンの子飼いの者たちになります」
「まぁ、そうだろうな。見りゃわかる。
んで、これは一体どういう真似だ?」
「貴女とレイ・デズモンドはハリー大師の命の恩人。
我々が決して傷をつけてはならぬと、厳命を受けておりますゆえ」
大師とは亜人の文化圏において、最上位の敬称である。
それはアドナイ教においても、それはアラニストの中においても時折用いられる呼び名である。
「…わかってんだろ、私たちはハリーを始末しに来たんだぞ」
「承知しております。
しかし、それでも我々の主君の恩義ある方ともなれば、刃向かうわけにはいきません。
ハリー・ジダンは間も無く参りますゆえ、今しばらくのご辛抱を」
ハリーの部下には一切動じる様子が無かった。
「信じられるか! 従順なフリして、時間稼ぎしてハリーを逃す気なんじゃないのか⁉︎」
ルークスナイツの一人が疑念を剥き出しにした。
「よせ、こいつの目には嘘は無い。
それに逃げたところで、追えば良いだけの話だ。
その時こそ本当に殲滅戦になる…おそらくその事は向こうだって承知のはずだ。
時間稼ぎに大して意味がない上に、抵抗の意志がないとすれば、奴は現れるだろうよ」
サリーの言葉は事実だった。
この上更にハリーたちが彼女を謀って逃げるとなれば、今度こそ本当にルークスナイツはおろかアルマ教主国全体がモナドを許しはしない。
教会全ての力を相手取るのは避けたい彼らにとって、ここで逃げるのはデメリットしかないはずである。
そうなれば、彼らは嘘偽りなく膝をついているという事だった。
そうしてしばらくすると、ハリーが現れた。
その姿形には変わりはないが、顔や身体に幾ばくかの傷を負っているようだった。
恐らくは逃亡する際に、公国兵につけられたものであろう。
その表情には、深い翳りがあるようにも感じられた。
「久しいな」
「ああ…こんな形で会いたくはなかったけどな」
「……」
ハリーは目を伏せた。
「…私は、お前たちと闘いたくはない。
だから…都合の良い話だが、見逃して欲しい」
「それが出来ないのは、お前がよく分かってんだろ?」
「…そうだな。すまない」
そうして、しばしの沈黙が流れた。
「で、どうすんだ?
お前らが抵抗や逃亡する意思を見せなきゃ、こっちも手を出せない。
このままじゃ、決着が付かずにドン詰まりだ。
ただ時間を稼がせる気もない、どうするか案があるなら早くしな」
サリーの言った通り、このままの膠着状態はよろしくはない。
それを向こうが望んでいるとも、到底思えなかった。
「わかっている。
だからこそ…ここは、古の作法に則りたい」
「何?」
「部隊の頭目であるお前と私、二人が揃っている。
ならば二人、一対一で決着をつけたい…決闘だ」
それは古来よりの騎士道精神の則った、最後の決着の付け方であった。
お互いがお互いに限界まで力を振るうことを望まず、なおかつ必ずお互いの生死によって勝敗を決めなければならない場合は、血統による勝負が一番犠牲がなく、合理的である。
それはおそらくサリーにとっても、ベストな選択のはずであった。
「いいだろう、ここでこうしていても埒が明かない。
んで、見届け人はどうすんだ?」
「お互いの副官を出そう。
そうすれば不平はないはずだ」
「…なるほどな。
覚悟は伝わったぜ」
サリーは拳を握りしめた。
「ここじゃ人口密度が高すぎる。
もっと広いところへ移動しようぜ。」
「…そうだな」
しばらく歩いたところは、荒れ果てた平地だった。
周囲にある建造物といえば、朽ち果てて崩れ落ちた家屋がまばらに点在している程度である。
既存の環境を破壊する心配がほとんどなく、お互いの力を解放するにはベストな場所ともいえるだろう。
「ここならば、お互いに力を出し合えるな」
「ああ…本気で来い」
両者の間に、即座に張り詰めた緊張感が満ちた。
数秒か数十秒か、それとも数分間かもわからないような時間、両者は見つめ合った。
「はっ!」
「!」
先に動き出したのはハリーの方だった。
一切の予備動作を見せずに、後ろ足で大地を蹴り、サリーの顔面を目掛けて右ストレートを繰り出してきた。
紙一重のところで交わしたものの、その頬には確実にかすり傷が刻まれた。
(早い!)
即座にバックステップを踏み、距離と取ろうとしたが。
「遅い!」
ハリーの掌には、すでに術式が輝いていた。
「何⁉︎」
サリーが反応した時には、すでに遅かった。
ドンという轟音が鳴り響き、雷が彼女の真上に落ちた。
「ぐぁぁぁっ!」
その直撃を受けて、サリーの体は酷く焼け焦げ、膝をつく事となった。
「て、てめぇ…まさか雷の使い手だったとはな」
「ああ。たとえ人間の形を保ったままでも、お前に傷を負わせられるほどには、弱くはないぞ」
「ぐっ…」
しかしサリーはふらつきながらも立ち上がった。
「なるほど、今の直撃を受けて立ち上がれる程には強いようだな。
並みの人間ならば、今ので立ち上がれなくなるか、下手をすれば死んでいる所だ」
「へっ…私を、みくびるんじゃねぇよ!」
サリーは両手を強く握りしめ、炎の術式を展開させた。
「うぉらああああああああっ!」
周囲の温度が一気に上がった。
その体からは炎が渦を巻き、まるで竜巻の様にうねりながら天へと登って行った。
足元の土も急激な温度の上昇に、熱した炭のように赤い輝きを放っている。
「ガチの本気で戦う相手は久しぶりだぜ…覚悟しとけよ」
「奇遇だな、それは私も同じだ」
膨大なエネルギーの放出に、見届け人である二人はたじろぐばかりだった。
(これがモナドの本気か…隊長、頑張ってください)
(ルークスナイツ、まさかここまでとは…)
そこから先は、ただひたすらに膨大な力のぶつけ合いだった。
「ハァァっ!」
凄まじい轟音を放ちながら、ハリーの落雷が地面を幾度となく抉った。
それらを全て見切り、サリーは距離を詰めていき、掌の火球を思い切り天に掲げた。
「蒸発しな!」
サリーはボール状の大きさから一気に膨れ上がった火球を、ハリー目掛けて投げつけた。
それは地面に着弾すると同時に、大きなクレーターを作るほどの大爆発を起こした。
爆風は周囲の廃墟を風圧だけで破壊する程であり、軽い人間も吹き飛ばしかねない程である。
「ぐぉっ!」
「ぬぅぅっ!」
立会人となった互いの副官も、その身を守るのに必死である。
「甘いっ!」
「くっ!」
サリーの攻撃を躱したハリーが、その手に術式を光らせていた。
しかしそれはサリーも同じであった。
握り締めた拳には、すでに炎の術式が光り輝いている。
「はぁっ!」
「おらぁっ!」
炎と雷、その二つによる大爆発が二箇所で起こった。
蛋白質が焼ける不愉快な臭いと、物体が焦げる時の炭のような匂いが辺りに充満し、その場にいる全員の鼻腔を刺激した。
その場は煙にもくもくと包まれ、二人の状態は確認できない。
やがて視界が晴れてくると、二人とも身体中にひどい火傷を負いながらも、息を切らすことなく立っている。
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