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第三章
第十五話 交渉
しおりを挟む「さて、レイ・デズモンドよ…少々貴公に問いたいことがある、構わんかな?」
「お答えできる事でしたら、なんなりと」
「貴公はルークスナイツを率い、この大戦に参戦しようとしている。
それはこれ以上の犠牲者が出る事や、帰還兵の心的後遺症を防ぐため、との事だな」
「相違ありません」
「そのきっかけとなったのは、かつて貴公が従軍した南北戦役…そして、その手に掛けたディミトリ・ラファトやその兵たち…そして戦死した貴公の戦友のためで、間違いはないな?」
「…戦場で死んでいった者だけではありません。
罪の意識やトラウマに蝕まれ、生き残っても自ら命を捨てた者もいました。
勝っても負けても遺恨や悲しみが残る。
だから私は、この戦いを止めたいんです」
「貴公やその仲間に殺された者たちが、そうされて然るべき者だったとしてもか?」
「…どういう意味です?」
レイは大公の言葉の意味がわからなかった。
「先の南北戦役にアズリエルに理がない事は、人並みの頭と品性を持っていれば、誰でもわかる事だ。
しかしながら、だ。
果たして魔界…ディミトリ自治区が一方的な被害者と、本当に言えるか?
かつての”血の祝祭”を引き起こし、民間人を多数犠牲にした…そしてそれを主導した、ディミトリ・ラファトも」
「……」
レイは返答に窮した。
ある程度は大公の言うことにも理があったからだ。
ディミトリ・ラファトをはじめとする亜人たちも、これまで民間人を標的にしてきた。
それを考えれば、非が一切ないわけではない事もレイは承知していた。
「もちろん最初に火種を作ったのは、我々純粋種の人間だろう。
しかしここまで報復合戦が続いた以上、どちらが悪いなどと主張してみても、所詮は水掛け論に過ぎん」
「それはそうかもしれませんが…一体何を仰りたいのですか?」
「前置きが長くなったな、本題に入ろう」
ガルム大公はレイの両眼を見た。
それはリチャード王のような濁りはないものの、強い意志を感じさせる瞳だった。
「レイ・デズモンドよ、よく聞いてくれ。
私の下に、このシーア公国の側につく気はないか?」
「…どういうことですか?」
それは突然の申し出だった。
「王国はもはや死に体だ。
アガルタやディミトリを始めとして、あらゆる亜人勢力を敵に回し過ぎた。
リチャード政権に反発する者は、もはや純粋種の人間にすら多いのだ。
それはシーア公国も例外ではない、王国に追従するような国でさえ、連日デモが起こっている。
それに、最低でも時が経てば、奴は退陣する…ニコラスに王位を継がすためにな。
そうなれば王室に求心力はなくなる。
リチャード1世の武勲によるカリスマ性が、奴の差別主義をより輝かせたのだ。
七光りのニコラスには、民を導くほどの力はない。周囲の傀儡となるだけだ。
そうなれば何が起こるか? 非純粋種による報復だ。
そしてそれに対して対抗する術も、我々にはないだろう。
亜人勢力に味方する純粋種も珍しくはない、それは貴公がいい例だろう?」
「…はい」
「で、あればだ。
教会に属していたのでは、不殺生や教会内部の権力的しがらみに囚われ、自由に行動できないことも多いはずだ。
今回こそ教皇の支援ありきで行動できたものの、次はわからん…心当たりはあるはずだ」
「……」
レイには心当たりがあった。
教皇と枢機卿たちとの争いは長く、またお互いの支持層も厚い。
この派閥争いが長期化する事も、目に見えて入ることである。
「亜人勢力を牽制する意味合いでも、また純粋種の蛮行を阻止するためにも、公国に身を置くことは貴公のプラスになる。
私はそう思っているがね」
「…本音はそれだけではないでしょう」
「何?」
「アガルタとアズリエルに挟まれたシーアの立ち位置は、年々弱体化していくばかりだ。
王国の方針に追従するだけの現状を打破し、国家として独立するためには、強大な軍事力が必要だ。
そのために俺の力が必要というわけでしょう?」
レイがそう指摘すると、大公は軽くため息を吐きながら苦笑した。
「…ふっ、やはり貴公を建前だけでは引き込めんな。
認めよう、確かに我が広告の独立独歩のため、私は貴公の絶対的な力が欲しい。
あの忌々しいリチャードに対抗できる力がな。
貴公も、現リチャード政権が気に入らないのは知っておる。
なれば我らが手を組んで、決してマイナスにはならないだろう。
お互いの利害は一致するわけだからな。
さぁ、どうする? 我々の側につけば、此度の件は全てお咎めなしとしよう。
貴公が理想を貫くためにも、これは魅力的な提案だと思うがな」
少しの間の間を置いて、レイは言った。
「…大公閣下、あなたは君主として確かにリチャードよりかは話のわかる人だ。
だがしかし、申し訳ないが…あなた方の側につくことはできかねます。」
「ほう? それは何故だ」
「確かにシーアにつけば、より直接的に両勢力を収めることが出来るかもしれない。
しかしそれも、結局は俺の力がありきの話です。
いずれ俺が寿命で死ねばその均衡は崩れるし、その前にもしかしたら、俺をも凌ぐ力を持つものが現れるかもしれない。
それに己が命を捨てたような者達は、力に怯むこともないでしょう。
そのことを俺は、先の戦争で学んでいる」
レイは拳に力を込めた。
「俺は人の、わずかに残る本能的な善性に訴えたい。
いずれは人々自身が、争いをやめられるようにしていきたい。
そのためには俺が、俺自身の暴力に頼っていては駄目なんです。
抑止力に頼っていても、結局はやり返される、遺恨はお互いに消えない。
それを止めるためには、俺は教会に身を置くのがベストだと考えます」
「…やれやれ。
期待はしていなかったが、やはり拒否するだろうとは思っていたよ」
大公はため息を吐きつつも、しかし何処となく嬉しそうな表情を浮かべた。
「貴公の考えはわかった。
しかし、ならばこれからどうする気だ?
このままいけば、貴公は実刑が下される事もあるかもしれん。
そうなればこの大戦で犠牲者は増え続けるだろう。
ルークスナイツの面々を当てにしようにも、限度がある。
さぁ、どうするかね?」
「……」
レイは返答に窮した。
ガルム大公の言っていた事は尤もである。
テロ幇助ともなれば、相当に重い刑罰が下されるのは想像に難くない。
そしてそれは今後のレイの活動において、「前科」として重い足枷にもなっていくだろう。
「お話中失礼致します、大公閣下!」
突如として、ドアが開け放たれた。
「なんだ、まだ取り込み中だぞ」
「申し訳ありません。
しかしルークスナイツのサリー・コーヴィック大隊長が、どうしても閣下にお目にかかりたいと」
「…サリーが?」
「ほう…よかろう、通せ。
一応この男は、このままここにしばらく置いておく。いいな」
「はっ!」
「お初にお目にかかります、大公閣下」
サリーは大公の目の前に跪いた。
「サリー…」
「よぉ、三日ぶりくらいか?」
横目でチラリと見るサリーと、レイは目があった。
「して、何用だ?」
「単刀直入に申し上げます。
此度の不始末は、我々にも非がある事は明白。
つきましては、それの禊を行いたく存じます」
「禊? それはどういう事だ」
「シーア公国内には、我々が取り逃したハリー・ジダンと、その仲間が潜伏しております。
その一団を我々ルークスナイツが一掃致します。
ただその見返りとして、レイ・デズモンドには寛大な処置を賜りたいと思います」
「な…!」
「ほう。自らの不始末は、自らで付けるというわけか」
「左様でございます」
「ちょ、ちょっと待てサリー!」
たまらずにレイは呼び掛けた。
「仕方ねぇよ。
こうなっちまった以上、どこかで誰かがケリを付けるしかない。
そうなれば、手を汚すのは私たちだけでいい…お前はもう、誰も殺すな」
「……」
大公はしばし思案した後、サリーに告げた。
「よかろう。
国内に潜むモナドの一行は、ルークスナイツが排除せよ。
その代わりレイ・デズモンドの実刑判決は免れるようにしよう」
「感謝いたします、大公閣下」
「なれば、早速行くがよい」
「はっ!」
サリーはルークスナイツのマントを翻し、立ち去ろうとした。
「…すまない」
レイは不甲斐なさを感じた。
重大な事をサリーに任せきりにしてしまう事も、また人の命を奪う事になってしまう事にも、無力さを感じざるを得なかった。
「…謝るのは、私の方だよ」
レイの方を振り向かずにそう言うと、サリーは立ち去った。
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