上 下
77 / 124
第三章

第十四話 ガルム大公

しおりを挟む
 暗い部屋の中で、レイは思索に耽っていた。
 現在のところ彼は勾留中であり、この後に略式起訴され正式な判決が下ると聞かされている。
 言うなれば現在はハーフタイムの様な時間である。
 思いを巡らせたり戦略を練るには、まさしくぴったりな時間であった。

(サリーはうまくやってくれるかな…いや、多分大丈夫だ。相当な手練れだし、カリスマ性だってある)

 今のところ短い付き合いではあるが、レイはサリーのことを信頼はしていた。
 おそらくサリーはマリア・アレクサンドル大佐に勝るとも劣らない実力の持ち主であり、加えて部下からの人望も厚い。
 脱走したハリーに対しても、有用な対抗策を打ちだしてくれるだろう。

(…恐らくハリーは殺される、まず間違いないだろう)

 それは当然の結果である。
 レイも公国側も、結果的にハリーを生け捕りにしようとした結果、更なる犠牲を生み出す羽目になった。
 ともすれば逃亡したハリーをはじめ、それに加担した者たち全てを殲滅させるために軍は動くだろう。
 それをもはや止める道理が残っていないのが、レイを殊更に落ち込ませた。

「…また止められないのか、俺は」

 虚空に向かってレイは呟いた。
 結局また、レイは敵味方ともに犠牲が出るのを、未だ止められないでいる。
 それは軍に所属していた時から、自身が変われていない事を意味しているようにも思えた。



「おい、出ろ」



 突如として看守の声が聞こえた。
 彼は鉄格子の前で両手を後ろに組み、一切の表情を表に出さず、しかしながら何処か見下したような目線をレイに向ける。
 それはレイを些か不快にさせる事ではあったが、極力冷静に返答するよう努めた。

「出ろ? 一体どういうことだ?」
「大公宮殿まで、お前を連行しろとの命令が下った。
 詳しいことなんぞ知るか、さっさとしろ!」
「そうしたいのはやまやまだが、鍵が掛かってちゃ無理だな。
 俺に命令する前に、ここを開けてくれ」
「…けっ!」

 看守は苦々しい表情で鍵の束を取り出し、その中から一つを選ぶと、レイの扉の鍵穴に差し込んだ。
 ギィィと錆びついた不快な音が響き、扉は開け放たれた。

「口の減らねぇヤローだ。
 教会の人間じゃなきゃ、喋れない体にしてやってるぜ」

 いかにも反吐が出るといった表情で、看守は吐き捨てた。

「奇遇だな、俺もだよ」

 レイもまた、看守の眼を睨み返した。

「そっちに俺を拘束する道理がなきゃ、あんたを口が聞けなくなるほど痛めつけるなんて、小指一つで充分なんだ…その事は知っているんだろう?」
「……!」

 看守の顔から一気に血の気が失せた。
 レイの力は事前に知らされてはいるのだろう、本気になればこの程度の拘束など屁でもない事をわかっている様である。

「抵抗なんかしないから、さっさと連れてけよ」
「…ふ、ふん!」

 怯えた表情を隠すように、看守は眼を逸らした。






 シーア公国における行政の中枢、大公宮殿は公国の中央部に位置している。
 そこで大公や枢軸院の人間たちが執務を執り行う。
 レイが収容されていた場所からは、車で数時間といった距離だった。
 輸送車に揺られ、レイは考えた。

(枢軸院が俺に何の用だというんだ?)

 公国の行政が、これ以上レイに何を必要としているのか、まるで心当たりがなかった。





「こいつかそうか?」
「はい、レイ・デズモンドになります」

 そしてレイは宮殿前の公国警備兵に引き渡された。
 やはりこちらも、例に対しての敵意や警戒心を隠そうともしていない。

「こちらも手荒な真似はしない分、無駄な抵抗はしない事だな」
「…わかってるよ」

 これまでの兵隊に比べると、幾ばくかは筋の通った回答にレイは面食らった。



 豪華な構えの門以外は、それは宮殿というには少々控えめな造りだった。
 もちろん庭園を含めた敷地面積は広大で、色とりどりの花が咲き誇っている。
 しかし建物自体は乳白色の古城といった趣で、行政機関の建物と呼ぶには少々地味だった。
 その中に通されたレイは、建物の次第に奥の方に入る事となった。

「おい、どこまで行く気だ?」
「いいから歩け、着けばわかる」

 やがてレイと公国警備兵は、一際大きな扉の前に立った。
 両側にはまた別の警備兵が控え、レイたちの方に向かって敬礼した。

「では、通るぞ」
「「はっ!」」

 両側の兵士が扉を開けると、その足元には赤い絨毯が広がっていた。
 そしてそれは、部屋の奥にある玉座へと繋がるものだった。

「…あれは」
「いいからさっさ歩け!」

 警備兵に促されるままにレイは足早に歩き、そして二人で玉座の足元に跪いた。

「その男が、レイ・デズモンドか」
「はっ!」
「面と向かって会うのは初めてだな、レイ・デズモンドよ。
 私がこの国の長、ガルム・ハインツベルグ大公である」

 それは紛れもなく、シーア公国を統べる者、ガルム大公であった。
 白く長く伸びた髭と髪は、権力者にふさわしい荘厳さを醸し出してはいるものの、しかしその玉座は質素な木製で、豪奢さには欠けるものである。
 加えて大公の証である赤いローブの下は、普通の朝の服であろう。
 もちろん仕立てが上等な事は一眼でわかったが、それにしても国のトップにしては慎ましやかな方だった。

「警備兵、下がってくれ。
 この男と二人で話がしたい。」
「え⁉︎ し、しかし…」
「これは命令だ、責任は私が取る」
「し、承知いたしました…」

 警備兵は狼狽しながら、部屋を出ていった。
 大公の思惑を、レイは計りかねた。
 公国にとってレイは、自らの軍勢の勢いを削ぐ者である。
 永久中立国であるアルマ教主国に属しているとはいえ、ともすれば東アガルタ連合に味方しかねない。
 そんな男と2人きりになるという事は、文字通り自らの身を危険に晒す事に他ならない。
 するとガルム大公は人差し指をレイに向け、術式を展開した。
 すると、レイの両手首に展開されていた拘束魔法が、一瞬にして消え去った。

「⁉︎」
「貴様に抵抗の意志がない事はわかる。
 それに、この程度の拘束が意味がない事くらい、私も知っている。
 そうなれば礼儀作法上、解いておくのが筋だと思っただけだ」
「…お心遣い感謝致します、大公閣下」

 レイは素直に頭を下げた。
 人としての善悪はわからないが、少なくとも人としての器はある。
 その事はレイにもしっかりと理解できた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!

やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり 目覚めると20歳無職だった主人公。 転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。 ”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。 これではまともな生活ができない。 ――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう! こうして彼の転生生活が幕を開けた。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

処理中です...