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第三章
第十四話 ガルム大公
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暗い部屋の中で、レイは思索に耽っていた。
現在のところ彼は勾留中であり、この後に略式起訴され正式な判決が下ると聞かされている。
言うなれば現在はハーフタイムの様な時間である。
思いを巡らせたり戦略を練るには、まさしくぴったりな時間であった。
(サリーはうまくやってくれるかな…いや、多分大丈夫だ。相当な手練れだし、カリスマ性だってある)
今のところ短い付き合いではあるが、レイはサリーのことを信頼はしていた。
おそらくサリーはマリア・アレクサンドル大佐に勝るとも劣らない実力の持ち主であり、加えて部下からの人望も厚い。
脱走したハリーに対しても、有用な対抗策を打ちだしてくれるだろう。
(…恐らくハリーは殺される、まず間違いないだろう)
それは当然の結果である。
レイも公国側も、結果的にハリーを生け捕りにしようとした結果、更なる犠牲を生み出す羽目になった。
ともすれば逃亡したハリーをはじめ、それに加担した者たち全てを殲滅させるために軍は動くだろう。
それをもはや止める道理が残っていないのが、レイを殊更に落ち込ませた。
「…また止められないのか、俺は」
虚空に向かってレイは呟いた。
結局また、レイは敵味方ともに犠牲が出るのを、未だ止められないでいる。
それは軍に所属していた時から、自身が変われていない事を意味しているようにも思えた。
「おい、出ろ」
突如として看守の声が聞こえた。
彼は鉄格子の前で両手を後ろに組み、一切の表情を表に出さず、しかしながら何処か見下したような目線をレイに向ける。
それはレイを些か不快にさせる事ではあったが、極力冷静に返答するよう努めた。
「出ろ? 一体どういうことだ?」
「大公宮殿まで、お前を連行しろとの命令が下った。
詳しいことなんぞ知るか、さっさとしろ!」
「そうしたいのはやまやまだが、鍵が掛かってちゃ無理だな。
俺に命令する前に、ここを開けてくれ」
「…けっ!」
看守は苦々しい表情で鍵の束を取り出し、その中から一つを選ぶと、レイの扉の鍵穴に差し込んだ。
ギィィと錆びついた不快な音が響き、扉は開け放たれた。
「口の減らねぇヤローだ。
教会の人間じゃなきゃ、喋れない体にしてやってるぜ」
いかにも反吐が出るといった表情で、看守は吐き捨てた。
「奇遇だな、俺もだよ」
レイもまた、看守の眼を睨み返した。
「そっちに俺を拘束する道理がなきゃ、あんたを口が聞けなくなるほど痛めつけるなんて、小指一つで充分なんだ…その事は知っているんだろう?」
「……!」
看守の顔から一気に血の気が失せた。
レイの力は事前に知らされてはいるのだろう、本気になればこの程度の拘束など屁でもない事をわかっている様である。
「抵抗なんかしないから、さっさと連れてけよ」
「…ふ、ふん!」
怯えた表情を隠すように、看守は眼を逸らした。
シーア公国における行政の中枢、大公宮殿は公国の中央部に位置している。
そこで大公や枢軸院の人間たちが執務を執り行う。
レイが収容されていた場所からは、車で数時間といった距離だった。
輸送車に揺られ、レイは考えた。
(枢軸院が俺に何の用だというんだ?)
公国の行政が、これ以上レイに何を必要としているのか、まるで心当たりがなかった。
「こいつかそうか?」
「はい、レイ・デズモンドになります」
そしてレイは宮殿前の公国警備兵に引き渡された。
やはりこちらも、例に対しての敵意や警戒心を隠そうともしていない。
「こちらも手荒な真似はしない分、無駄な抵抗はしない事だな」
「…わかってるよ」
これまでの兵隊に比べると、幾ばくかは筋の通った回答にレイは面食らった。
豪華な構えの門以外は、それは宮殿というには少々控えめな造りだった。
もちろん庭園を含めた敷地面積は広大で、色とりどりの花が咲き誇っている。
しかし建物自体は乳白色の古城といった趣で、行政機関の建物と呼ぶには少々地味だった。
その中に通されたレイは、建物の次第に奥の方に入る事となった。
「おい、どこまで行く気だ?」
「いいから歩け、着けばわかる」
やがてレイと公国警備兵は、一際大きな扉の前に立った。
両側にはまた別の警備兵が控え、レイたちの方に向かって敬礼した。
「では、通るぞ」
「「はっ!」」
両側の兵士が扉を開けると、その足元には赤い絨毯が広がっていた。
そしてそれは、部屋の奥にある玉座へと繋がるものだった。
「…あれは」
「いいからさっさ歩け!」
警備兵に促されるままにレイは足早に歩き、そして二人で玉座の足元に跪いた。
「その男が、レイ・デズモンドか」
「はっ!」
「面と向かって会うのは初めてだな、レイ・デズモンドよ。
私がこの国の長、ガルム・ハインツベルグ大公である」
それは紛れもなく、シーア公国を統べる者、ガルム大公であった。
白く長く伸びた髭と髪は、権力者にふさわしい荘厳さを醸し出してはいるものの、しかしその玉座は質素な木製で、豪奢さには欠けるものである。
加えて大公の証である赤いローブの下は、普通の朝の服であろう。
もちろん仕立てが上等な事は一眼でわかったが、それにしても国のトップにしては慎ましやかな方だった。
「警備兵、下がってくれ。
この男と二人で話がしたい。」
「え⁉︎ し、しかし…」
「これは命令だ、責任は私が取る」
「し、承知いたしました…」
警備兵は狼狽しながら、部屋を出ていった。
大公の思惑を、レイは計りかねた。
公国にとってレイは、自らの軍勢の勢いを削ぐ者である。
永久中立国であるアルマ教主国に属しているとはいえ、ともすれば東アガルタ連合に味方しかねない。
そんな男と2人きりになるという事は、文字通り自らの身を危険に晒す事に他ならない。
するとガルム大公は人差し指をレイに向け、術式を展開した。
すると、レイの両手首に展開されていた拘束魔法が、一瞬にして消え去った。
「⁉︎」
「貴様に抵抗の意志がない事はわかる。
それに、この程度の拘束が意味がない事くらい、私も知っている。
そうなれば礼儀作法上、解いておくのが筋だと思っただけだ」
「…お心遣い感謝致します、大公閣下」
レイは素直に頭を下げた。
人としての善悪はわからないが、少なくとも人としての器はある。
その事はレイにもしっかりと理解できた。
現在のところ彼は勾留中であり、この後に略式起訴され正式な判決が下ると聞かされている。
言うなれば現在はハーフタイムの様な時間である。
思いを巡らせたり戦略を練るには、まさしくぴったりな時間であった。
(サリーはうまくやってくれるかな…いや、多分大丈夫だ。相当な手練れだし、カリスマ性だってある)
今のところ短い付き合いではあるが、レイはサリーのことを信頼はしていた。
おそらくサリーはマリア・アレクサンドル大佐に勝るとも劣らない実力の持ち主であり、加えて部下からの人望も厚い。
脱走したハリーに対しても、有用な対抗策を打ちだしてくれるだろう。
(…恐らくハリーは殺される、まず間違いないだろう)
それは当然の結果である。
レイも公国側も、結果的にハリーを生け捕りにしようとした結果、更なる犠牲を生み出す羽目になった。
ともすれば逃亡したハリーをはじめ、それに加担した者たち全てを殲滅させるために軍は動くだろう。
それをもはや止める道理が残っていないのが、レイを殊更に落ち込ませた。
「…また止められないのか、俺は」
虚空に向かってレイは呟いた。
結局また、レイは敵味方ともに犠牲が出るのを、未だ止められないでいる。
それは軍に所属していた時から、自身が変われていない事を意味しているようにも思えた。
「おい、出ろ」
突如として看守の声が聞こえた。
彼は鉄格子の前で両手を後ろに組み、一切の表情を表に出さず、しかしながら何処か見下したような目線をレイに向ける。
それはレイを些か不快にさせる事ではあったが、極力冷静に返答するよう努めた。
「出ろ? 一体どういうことだ?」
「大公宮殿まで、お前を連行しろとの命令が下った。
詳しいことなんぞ知るか、さっさとしろ!」
「そうしたいのはやまやまだが、鍵が掛かってちゃ無理だな。
俺に命令する前に、ここを開けてくれ」
「…けっ!」
看守は苦々しい表情で鍵の束を取り出し、その中から一つを選ぶと、レイの扉の鍵穴に差し込んだ。
ギィィと錆びついた不快な音が響き、扉は開け放たれた。
「口の減らねぇヤローだ。
教会の人間じゃなきゃ、喋れない体にしてやってるぜ」
いかにも反吐が出るといった表情で、看守は吐き捨てた。
「奇遇だな、俺もだよ」
レイもまた、看守の眼を睨み返した。
「そっちに俺を拘束する道理がなきゃ、あんたを口が聞けなくなるほど痛めつけるなんて、小指一つで充分なんだ…その事は知っているんだろう?」
「……!」
看守の顔から一気に血の気が失せた。
レイの力は事前に知らされてはいるのだろう、本気になればこの程度の拘束など屁でもない事をわかっている様である。
「抵抗なんかしないから、さっさと連れてけよ」
「…ふ、ふん!」
怯えた表情を隠すように、看守は眼を逸らした。
シーア公国における行政の中枢、大公宮殿は公国の中央部に位置している。
そこで大公や枢軸院の人間たちが執務を執り行う。
レイが収容されていた場所からは、車で数時間といった距離だった。
輸送車に揺られ、レイは考えた。
(枢軸院が俺に何の用だというんだ?)
公国の行政が、これ以上レイに何を必要としているのか、まるで心当たりがなかった。
「こいつかそうか?」
「はい、レイ・デズモンドになります」
そしてレイは宮殿前の公国警備兵に引き渡された。
やはりこちらも、例に対しての敵意や警戒心を隠そうともしていない。
「こちらも手荒な真似はしない分、無駄な抵抗はしない事だな」
「…わかってるよ」
これまでの兵隊に比べると、幾ばくかは筋の通った回答にレイは面食らった。
豪華な構えの門以外は、それは宮殿というには少々控えめな造りだった。
もちろん庭園を含めた敷地面積は広大で、色とりどりの花が咲き誇っている。
しかし建物自体は乳白色の古城といった趣で、行政機関の建物と呼ぶには少々地味だった。
その中に通されたレイは、建物の次第に奥の方に入る事となった。
「おい、どこまで行く気だ?」
「いいから歩け、着けばわかる」
やがてレイと公国警備兵は、一際大きな扉の前に立った。
両側にはまた別の警備兵が控え、レイたちの方に向かって敬礼した。
「では、通るぞ」
「「はっ!」」
両側の兵士が扉を開けると、その足元には赤い絨毯が広がっていた。
そしてそれは、部屋の奥にある玉座へと繋がるものだった。
「…あれは」
「いいからさっさ歩け!」
警備兵に促されるままにレイは足早に歩き、そして二人で玉座の足元に跪いた。
「その男が、レイ・デズモンドか」
「はっ!」
「面と向かって会うのは初めてだな、レイ・デズモンドよ。
私がこの国の長、ガルム・ハインツベルグ大公である」
それは紛れもなく、シーア公国を統べる者、ガルム大公であった。
白く長く伸びた髭と髪は、権力者にふさわしい荘厳さを醸し出してはいるものの、しかしその玉座は質素な木製で、豪奢さには欠けるものである。
加えて大公の証である赤いローブの下は、普通の朝の服であろう。
もちろん仕立てが上等な事は一眼でわかったが、それにしても国のトップにしては慎ましやかな方だった。
「警備兵、下がってくれ。
この男と二人で話がしたい。」
「え⁉︎ し、しかし…」
「これは命令だ、責任は私が取る」
「し、承知いたしました…」
警備兵は狼狽しながら、部屋を出ていった。
大公の思惑を、レイは計りかねた。
公国にとってレイは、自らの軍勢の勢いを削ぐ者である。
永久中立国であるアルマ教主国に属しているとはいえ、ともすれば東アガルタ連合に味方しかねない。
そんな男と2人きりになるという事は、文字通り自らの身を危険に晒す事に他ならない。
するとガルム大公は人差し指をレイに向け、術式を展開した。
すると、レイの両手首に展開されていた拘束魔法が、一瞬にして消え去った。
「⁉︎」
「貴様に抵抗の意志がない事はわかる。
それに、この程度の拘束が意味がない事くらい、私も知っている。
そうなれば礼儀作法上、解いておくのが筋だと思っただけだ」
「…お心遣い感謝致します、大公閣下」
レイは素直に頭を下げた。
人としての善悪はわからないが、少なくとも人としての器はある。
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