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第三章
第十二話 シーア公国
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それはシーア公国軍からの緊急コールだった。
『こちらはシーア公国陸軍第7部隊隊長のアルベルト・ローレンスである。
そちらはルークスナイツの一個大隊とお見受けする。そちらの責任者はいらっしゃるかな?』
その問い掛けには、サリーが応じた。
「こちら、ルークスナイツ特殊大隊隊長のサリー・コーヴィックだ。
緊急コールとは何事だ? 上陸許可はとってあるはずだが」
『確かにそれは受理している。用件は、そこにいるモナドの事だ。
先ほど、大規模な戦闘による魔力の炸裂を感知した。波長パターンから亜人である事は明らかだ。その上、これだけの魔力係数を叩きだすのは、モナドの人間をおいて他にはおるまい』
「…確かに亜人は確保してはいるが、モナドかどうかは判りかねる。それはあんたらも同じなんじゃないのか?」
『シラを切っても無駄だ。そこにいるのはハリー・ジダンだろう? こちらが唯一把握しているモナドの構成員だ。
そちらが奴を庇いだてする場合、我々も強硬手段を取らせてもらう。以上だ』
そう言って、通信は途切れた。
「どうやら筒抜けらしいな。どうするよ、レイ?」
「…ここで抵抗しても、みんなの立場が危うくなるだけだ。
向こうが先に武力に訴えなければ、大人しく身柄を引き渡すしかないだろう」
「…仕方ねぇか」
サリーは溜息を吐いた。
数十分後に到着した飛空挺発着場では、シーア公国軍一個大隊がレイたちを完全武装で出迎えた。さながらそれは、抵抗すれば迷わず武力によりそちらを制圧すると高らかに叫んでいるかのようだった。
通信で話していたアルベルト・ローレンスもそこにいた。その場にいる大隊の指揮は、想像通り彼が執っているようだ。
「シーア公国へようこそ、コーヴィック女史に勇者レイ・デズモンド。こちらもこうした歓迎の仕方は本意ではないのだがね、何せ目的の人物が人物なだけに、御容赦願いたい」
白々しい事を、とレイは思った。アルベルトの目は明らかに殺気立っているし、背後の兵たちも明らかにレイたちを敵視している。仮にレイたちがハリーを捕獲していなくても、彼らは武力に訴えていた可能性も高かった。
「それで、奴を含めた捕虜は、中にいるのかね?」
「ああ。全員ふん縛ってあるよ。封印術式もかけてあるから、魔法も使えないはずだ」
返答するサリーの顔にも、どこか嫌悪感が浮かんでいた。
「よし、連れて行け!」
アルベルトの指揮により、兵士たちが一斉に中に突入した。
「おい、さっさと来い!」
「なっ、てめぇ、何しやがる‼︎」
「うるせぇ‼︎」
中で多数の人間が暴れまわっている音が聞こえた。
兵士たちが捕虜に対して暴行を加えているのは明らかだ。
「おい、彼らは抵抗できないんだぞ。もう少し穏便にいったらどうなんだ?」
「悪いが君を含め、全員が我々にとって脅威的存在なのでね。最大限の防衛行為をさせてもらっているよ」
歯牙にも掛けないようなアルベルトの態度に、レイは腸が煮えるような感覚を覚えた。
「…ならわかるよな。やろうと思えば、俺はあんたらを一人で皆殺しに出来るんだぞ」
途端にアルベルトの顔色が変わった。
「あんたらが無用な暴力に訴えないという前提があるからこそ、俺は無抵抗なんだ。
そちらがその前提を覆すなら、俺も手荒な事をせざるを得ない」
アルベルトの額には、微かに脂汗が浮かんでいた。
「心配しなくても、全員の身柄は引き渡す。その代わり、不当な暴力は止めろ」
「…おい、殴るよりも先に連れて来い‼︎ 出来うる限り無傷で連れて来るんだ!」
そうして、ハリーを含めた全員は軍に引き渡された。
そして町外れの教会に、レイたち一向は滞在していた。
教会というのは国内に於いては、ある種の治外法権でもある。
それ故にルークスナイツが滞在し、また武器などを貯蔵しても、それを各国の司法は咎める事が出来ない。
「帰ったぞ」
サリーは地下室のドアを開け、レイに呼びかけた。
教会の地下には数人が居住できるスペースがあり、レイとサリーを始めとする数人はそこを利用していた。
この教会を始めとした各拠点に分散し、目的地にて合流するという手筈だった。
「おかえり。どうだった?」
「最近の市場は賑わってないな。
戦争状態で貿易がガタガタになっちまってんだろうよ。ほれ、肉とパンな」
「お、ありがとう」
わざわざサリーが夕食の買い出しを買って出てくれたのだ。
他の兵士たちは哨戒任務にあたっており、現在はサリーとレイの二人きりである。
そんな中で、サリーが突如として問いかけてきた。
「…なぁ、一つ聞きたいんだけどよ」
「何?」
「お前はつまり、この世界から戦争を無くすために戦ってる、っていう解釈でいいんだよな?」
「ああ、そうだよ」
レイは軽く頷いた。
「そうは言ったってお前…人間がいれば争いは起こる、それは人類って種が始まった時からじゃないのか?
身も蓋もない言い方をすれば、人類史イコール戦争なんて解釈さえ出来ちまうかもしれない。
お前が前に生きていた世界でも、そうだったんじゃないのか?」
「…俺が転生してきたって、知ってるのか」
「一応な、エレナから聞いてはいるよ。
ただ機密事項だから、詳しい話は聞いてねぇ。安心しな」
サリーはレイの隣に腰掛け、真っ直ぐにその目を見つめてきた。
「んな事よりもよ…お前、人間の本能みたいなもんに抵抗する気でいんのか?
いくらお前が強くたって、マジでやろうと思ったら、お前が全世界に独裁政権でも築くしかないんじゃないか?」
「そんなものは、俺は求めていない」
「知ってるよ。お前がそんな奴じゃない事は、十分わかってるつもりだ。
でもだからこそ…不安なんだよ。
人間の醜さとか業っていうか…そんなものに立ち向かって、最後にはお前が打ちのめされちまうのが」
サリーの目には不思議な輝きが宿っていた。
姉妹であるエレナとはもちろん瞳の色は一緒だったが、どこかしかライリーやリナにも同じような輝きが宿っていたようにレイは記憶していた。
どこか試されているような感覚に陥り、レイは答えた。
「…確かにサリーの言う通りだ。
人類は文明が始まってから、争いをやめられない。
それは俺が前に生きてきた世界でもそうだったよ。
人種、宗教、領土、経済格差…ありとあらゆる事で争いは起こる。
ここと全く一緒だよ。
でも、だからこそ…誰かが立ち向かわないといけないんだ。
ここでみんながダンマリになってしまったら、何も変わらない。
たまたまこんなにも強大な力を持ってしまった俺だからこそ、何かできる事があるはずだと思うだけだ」
「…私にゃ想像もつかないな」
サリーは軽く溜息をついた。
「私も何人も人を殺してきてるけど…もういい加減慣れちまったよ。
どいつもこいつも見境なしに暴力を振るってくる、そういうもんだって理解してる。
だからこそよくわからないよ、死んだ仲間のためとはいえ、なんでお前がそこまで頑張れるのか」
「確かに、敵が俺たちに害を加えようとするなら、こっちも身構えなきゃならないとは思うよ。
でも俺は…俺たちは、何人もの罪のない一般人の命を奪ってしまった。
その罪の意識に耐えかねて、自殺してしまった仲間もいる。
もうあんな事は…二度と繰り返してはいけないんだ。
ましてや、それが国の上層部のエゴによって起こる戦争なら、尚更だ…俺は、もう逃げたりはしたくないんだ」
「…はぁ、わかったよ」
呆れ返ったように、しかしどこか笑ったようにサリーは返した。
「もうどこまでだって付き合ってやるよ…ここまできたら一蓮托生だからな」
「…ありがとう、やっぱりサリーは優しいよな」
レイは優しく微笑んだ。
するとサリーは突如として頬を赤らめた。
「う、うるせぇ! ほっとけ」
「意外と可愛いところあるよな、サリーって」
「て、てめぇおちょくってるな!? この野郎殺すぞ!」
拳を振り上げてサリーはレイを脅した。
「おわっ、ちょ、ちょっと待…」
「隊長、隊長ー‼︎」
突如として、入り口付近を見回っていた哨戒兵の声が響いた。
見るとそこには、息を切らして駆け込んできた兵士の姿があった。
『こちらはシーア公国陸軍第7部隊隊長のアルベルト・ローレンスである。
そちらはルークスナイツの一個大隊とお見受けする。そちらの責任者はいらっしゃるかな?』
その問い掛けには、サリーが応じた。
「こちら、ルークスナイツ特殊大隊隊長のサリー・コーヴィックだ。
緊急コールとは何事だ? 上陸許可はとってあるはずだが」
『確かにそれは受理している。用件は、そこにいるモナドの事だ。
先ほど、大規模な戦闘による魔力の炸裂を感知した。波長パターンから亜人である事は明らかだ。その上、これだけの魔力係数を叩きだすのは、モナドの人間をおいて他にはおるまい』
「…確かに亜人は確保してはいるが、モナドかどうかは判りかねる。それはあんたらも同じなんじゃないのか?」
『シラを切っても無駄だ。そこにいるのはハリー・ジダンだろう? こちらが唯一把握しているモナドの構成員だ。
そちらが奴を庇いだてする場合、我々も強硬手段を取らせてもらう。以上だ』
そう言って、通信は途切れた。
「どうやら筒抜けらしいな。どうするよ、レイ?」
「…ここで抵抗しても、みんなの立場が危うくなるだけだ。
向こうが先に武力に訴えなければ、大人しく身柄を引き渡すしかないだろう」
「…仕方ねぇか」
サリーは溜息を吐いた。
数十分後に到着した飛空挺発着場では、シーア公国軍一個大隊がレイたちを完全武装で出迎えた。さながらそれは、抵抗すれば迷わず武力によりそちらを制圧すると高らかに叫んでいるかのようだった。
通信で話していたアルベルト・ローレンスもそこにいた。その場にいる大隊の指揮は、想像通り彼が執っているようだ。
「シーア公国へようこそ、コーヴィック女史に勇者レイ・デズモンド。こちらもこうした歓迎の仕方は本意ではないのだがね、何せ目的の人物が人物なだけに、御容赦願いたい」
白々しい事を、とレイは思った。アルベルトの目は明らかに殺気立っているし、背後の兵たちも明らかにレイたちを敵視している。仮にレイたちがハリーを捕獲していなくても、彼らは武力に訴えていた可能性も高かった。
「それで、奴を含めた捕虜は、中にいるのかね?」
「ああ。全員ふん縛ってあるよ。封印術式もかけてあるから、魔法も使えないはずだ」
返答するサリーの顔にも、どこか嫌悪感が浮かんでいた。
「よし、連れて行け!」
アルベルトの指揮により、兵士たちが一斉に中に突入した。
「おい、さっさと来い!」
「なっ、てめぇ、何しやがる‼︎」
「うるせぇ‼︎」
中で多数の人間が暴れまわっている音が聞こえた。
兵士たちが捕虜に対して暴行を加えているのは明らかだ。
「おい、彼らは抵抗できないんだぞ。もう少し穏便にいったらどうなんだ?」
「悪いが君を含め、全員が我々にとって脅威的存在なのでね。最大限の防衛行為をさせてもらっているよ」
歯牙にも掛けないようなアルベルトの態度に、レイは腸が煮えるような感覚を覚えた。
「…ならわかるよな。やろうと思えば、俺はあんたらを一人で皆殺しに出来るんだぞ」
途端にアルベルトの顔色が変わった。
「あんたらが無用な暴力に訴えないという前提があるからこそ、俺は無抵抗なんだ。
そちらがその前提を覆すなら、俺も手荒な事をせざるを得ない」
アルベルトの額には、微かに脂汗が浮かんでいた。
「心配しなくても、全員の身柄は引き渡す。その代わり、不当な暴力は止めろ」
「…おい、殴るよりも先に連れて来い‼︎ 出来うる限り無傷で連れて来るんだ!」
そうして、ハリーを含めた全員は軍に引き渡された。
そして町外れの教会に、レイたち一向は滞在していた。
教会というのは国内に於いては、ある種の治外法権でもある。
それ故にルークスナイツが滞在し、また武器などを貯蔵しても、それを各国の司法は咎める事が出来ない。
「帰ったぞ」
サリーは地下室のドアを開け、レイに呼びかけた。
教会の地下には数人が居住できるスペースがあり、レイとサリーを始めとする数人はそこを利用していた。
この教会を始めとした各拠点に分散し、目的地にて合流するという手筈だった。
「おかえり。どうだった?」
「最近の市場は賑わってないな。
戦争状態で貿易がガタガタになっちまってんだろうよ。ほれ、肉とパンな」
「お、ありがとう」
わざわざサリーが夕食の買い出しを買って出てくれたのだ。
他の兵士たちは哨戒任務にあたっており、現在はサリーとレイの二人きりである。
そんな中で、サリーが突如として問いかけてきた。
「…なぁ、一つ聞きたいんだけどよ」
「何?」
「お前はつまり、この世界から戦争を無くすために戦ってる、っていう解釈でいいんだよな?」
「ああ、そうだよ」
レイは軽く頷いた。
「そうは言ったってお前…人間がいれば争いは起こる、それは人類って種が始まった時からじゃないのか?
身も蓋もない言い方をすれば、人類史イコール戦争なんて解釈さえ出来ちまうかもしれない。
お前が前に生きていた世界でも、そうだったんじゃないのか?」
「…俺が転生してきたって、知ってるのか」
「一応な、エレナから聞いてはいるよ。
ただ機密事項だから、詳しい話は聞いてねぇ。安心しな」
サリーはレイの隣に腰掛け、真っ直ぐにその目を見つめてきた。
「んな事よりもよ…お前、人間の本能みたいなもんに抵抗する気でいんのか?
いくらお前が強くたって、マジでやろうと思ったら、お前が全世界に独裁政権でも築くしかないんじゃないか?」
「そんなものは、俺は求めていない」
「知ってるよ。お前がそんな奴じゃない事は、十分わかってるつもりだ。
でもだからこそ…不安なんだよ。
人間の醜さとか業っていうか…そんなものに立ち向かって、最後にはお前が打ちのめされちまうのが」
サリーの目には不思議な輝きが宿っていた。
姉妹であるエレナとはもちろん瞳の色は一緒だったが、どこかしかライリーやリナにも同じような輝きが宿っていたようにレイは記憶していた。
どこか試されているような感覚に陥り、レイは答えた。
「…確かにサリーの言う通りだ。
人類は文明が始まってから、争いをやめられない。
それは俺が前に生きてきた世界でもそうだったよ。
人種、宗教、領土、経済格差…ありとあらゆる事で争いは起こる。
ここと全く一緒だよ。
でも、だからこそ…誰かが立ち向かわないといけないんだ。
ここでみんながダンマリになってしまったら、何も変わらない。
たまたまこんなにも強大な力を持ってしまった俺だからこそ、何かできる事があるはずだと思うだけだ」
「…私にゃ想像もつかないな」
サリーは軽く溜息をついた。
「私も何人も人を殺してきてるけど…もういい加減慣れちまったよ。
どいつもこいつも見境なしに暴力を振るってくる、そういうもんだって理解してる。
だからこそよくわからないよ、死んだ仲間のためとはいえ、なんでお前がそこまで頑張れるのか」
「確かに、敵が俺たちに害を加えようとするなら、こっちも身構えなきゃならないとは思うよ。
でも俺は…俺たちは、何人もの罪のない一般人の命を奪ってしまった。
その罪の意識に耐えかねて、自殺してしまった仲間もいる。
もうあんな事は…二度と繰り返してはいけないんだ。
ましてや、それが国の上層部のエゴによって起こる戦争なら、尚更だ…俺は、もう逃げたりはしたくないんだ」
「…はぁ、わかったよ」
呆れ返ったように、しかしどこか笑ったようにサリーは返した。
「もうどこまでだって付き合ってやるよ…ここまできたら一蓮托生だからな」
「…ありがとう、やっぱりサリーは優しいよな」
レイは優しく微笑んだ。
するとサリーは突如として頬を赤らめた。
「う、うるせぇ! ほっとけ」
「意外と可愛いところあるよな、サリーって」
「て、てめぇおちょくってるな!? この野郎殺すぞ!」
拳を振り上げてサリーはレイを脅した。
「おわっ、ちょ、ちょっと待…」
「隊長、隊長ー‼︎」
突如として、入り口付近を見回っていた哨戒兵の声が響いた。
見るとそこには、息を切らして駆け込んできた兵士の姿があった。
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