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第三章
第九話 あの頃とは違う
しおりを挟む「チッ、まさか奴らが絡んでるとはな…まぁ、予想できた事か。いずれにせよ、面倒な事になったな」
「関係ない。相手が誰であろうと、戦闘をやめさせる。俺たちのやる事に変わりはないさ」
しかし、次の瞬間。突如として緊急事態を告げるアラート音が、艦内に響き渡った。
「!?」
「おい、どうした!」
「左舷60度に、三体の強力な魔力反応有り! 敵襲です‼︎」
前方のメーターにも、はっきりと巨大な魔力を持った物体が三つある事を示していた。
やがてそれが肉眼で確認できるようになるまで、ほぼ時間はかからなかった。飛空挺の左側前方の上空に、巨大な術式が現れた。それは巨大な転移術式であり、その中から三つの飛空挺が現れた。そしてその船体の横に刻まれた紋章は、東アガルタ連合軍のものであった。
「飛空挺ごと転移してくるとか、とんでもねえ奴らだぜ…総員戦闘配備! この物量だ、早速だが総力戦になるぜ‼︎」
「よせっ! 180度旋回して衝突を回避するんだ‼︎ 正面からぶつかっても、こっちの被害が増えるぞ!」
「なっ…尻尾巻いて逃げろってのか⁉︎」
サリーの言葉が終わる前に、レイは全速力で甲板に向かって駆け出していた。
勢い良く甲板のドアを開け放つと、左舷上空に三隻のアガルタ製大型飛空挺が、肉眼ではっきりと確認できた。
次の瞬間、敵の飛空挺に取り付けられた砲台が全てこちらに向いている事に、レイは気が付いた。
「はああっ‼︎」
巨大な防護術式を船全体に張り巡らすと、敵からの砲撃のダメージはレイたちには一切加わらなかった。三隻の飛空挺の連続砲撃を以ってしても、レイ1人の強大な防護術式を破る事は出来ないでいた。
(目に見える砲台は…取り敢えずあそこか!)
砲台周辺に敵兵が配備されていないのを確認すると、レイはその全ての砲台に対して重力術式を放った。巨大な重力磁場にその砲台は耐えられず、ありとあらゆる角度に曲りくねり、ひしゃげていった。
「おい、一体どうする気だ!」
レイの後を追い、サリーが甲板にまで出てきた。
「後退して距離を離すんだ! 敵の砲台がほぼ全て役立たずになった以上、奴らは武器と魔法で白兵戦を仕掛けてくるだろう。そうなったら数でこっちが押し負ける。防護術式を張りながら、全力で敵と距離を離せ! 絶対にこちらの船に上陸させるな!」
「な…砲台が、全部潰れただと⁉︎」
通常はあり得ない事であった。何十人もを一気に殺傷する砲撃の何十発をレイ1人で防ぎきっているのも凄まじいが、その砲台をたった1人の魔法で全て破壊したというのは、通常の魔力係数を持つ人間には不可能だ。
「し、しかし…そうなったら、どうやって敵に攻撃を仕掛ける気だ⁉︎」
「心配するな、俺1人でなんとかなる」
「はあ⁉︎ お、お前いくらなんでも…」
「平気だ。ルークスナイツの誇りに賭けて、負けはしない」
そしてレイは上空の敵目掛けて、飛行術式を使って飛び立って行った。
(指揮官は…恐らくあの船だ)
二隻の船が前衛となり攻撃を仕掛けているに対して、後衛の船は殆ど攻撃してこない。
恐らくは指揮官となる人物が後ろで指示を出し、前方の船が手足となりレイたちを攻撃しているのだろう。
だとすれば後ろの船の指揮官を行動不能にすれば、敵軍全員が降伏するはずだ。
しかし船の甲板には敵兵たちが集合し、レイの侵入を防ぐための防護術式を幾重にも張り巡らせていた。
(悪いが、俺に通じはしない)
レイは両脇のホルスターからハンドガンを抜き、銃口が光り輝くほどの魔力を込めた。そして連射された銃弾は、光線のように軌道を描きながら防護術式を貫き、そして破壊していった。
護るものが無くなり丸裸になった船に、レイは降り立った。
「悪いが、邪魔するぞ」
「な…二十人分の障壁を破っただと⁉︎」
「怯むな! 相手は1人だ、撃ち殺せ!」
そして全員がレイにサブマシンガンを向け、発砲した。レイはそれらを全て片腕だけの術式で防いでみせた。本気になれば砲撃さえ物ともしないのだから、人が放つ銃弾などレイにとっては豆鉄砲に等しかった。
「無駄だ」
そう言うと、レイは宙に弧を描きながら跳んだ。丁度敵と垂直の位置に来た時、レイはサブマシンガンを構え、敵が持つ銃火器の類に向かって銃弾を放った。その一つ一つはレイの術式により、寸分違わず敵の武器にだけの命中した。
そしてレイが敵の背後に着地した時には、敵の武器は全て破壊されていた。
「抵抗せずに、指揮官の元に案内しろ。もうわかっただろ、あんたらが何をしても無駄だ」
「く、クソォっ…なめるな! 全員、魔法で対抗しろ‼︎」
その号令を合図に、敵兵達は炎やカマイタチ、氷塊といった魔法をレイに向かって次々と放ってきた。
レイはいつかの戦場を思い出していた。人生で初めて、その手を血で汚した、ディミトリ自治区の戦場を。
(もう、あの時とは違う)
もう誰も、殺したりしない。
その信念は、レイを確かに支えていた。
(雑兵になんて、構うだけ時間の無駄だな)
踵を返し、レイは走り出した。船内に潜入すると、敵兵は至る所に配備されており、武器や魔法といったありとあらゆる手段でレイを攻撃しようとした。
そしてその全てがレイに対して傷一つ付ける事さえ出来なかった。
(スピード勝負だな…指揮官に接近を悟られる前に、艦橋に侵入しなければ)
こちらが近づいていることを向こうが悟れば、指揮官を含む上官達は安全なエリアに退避するだろう。そうなる前にレイは敵の身柄を拘束する必要がある。指揮官が対処しきれないほどのスピードで、事にあたる必要があった。
(恐らくブリッジは、あっちの方角のはずだ)
艦橋と思しき方向に向かって、レイは走り出した。途中兵達が向かってはきたものの、全ての武装を無力化し、必要があればその場で眠らせ、すぐにその場を過ぎ去った。
そしてレイが艦橋エリアを思しき場所に辿り着くのに、そこまで多くの時間は要さなかった。
他よりも幾ばくが重厚感が漂う両開きの扉を、レイは思い切り蹴破った。
「全員抵抗するな! 指揮系統エリアを占拠した以上、もうお前らに勝ち目はないぞ‼︎」
サブマシンガンを構え、レイはブリッジクルー全員に向かって宣言した。恐らくはレイの思惑通りに行ったのだろう、クルー全員がこの短時間でレイが指揮エリアまで到達したことが信じられないといった表情だった。
しかし指揮を執っていると思しき将校のみ、両手を上げるだけでこちらを振り向く素振りさえ見せなかった。
「…全員、退避したまえ。君たちが束になっても、この男には敵わないだろう」
その言葉に従い、クルー達は全員、転移術式を使って逃げて行った。
「なるほど、噂に違わぬ力であるようだね。勇者、レイ・デズモンドよ」
その男は振り返り、レイの顔を見た。
栗色の体毛に覆われた、獣耳の亜人であった。柔和で知的な雰囲気こそあるが、兵士としての殺気や威圧感を損なってはいない、将としての器を感じさせる人物である。
「…俺を知っているようだな。ならわかるだろ、お前らが抵抗したところで無駄だ。大人しく撤退しろ」
「確かに一般兵では、君に傷一つ付けられないだろう。魔王と名高きディミトリ・ラファトを倒した男だ。…だが私相手では、少々ケースが違うと考えてもらった方が良いぞ」
そう言うと、将校は通信用術式を開き、命令した。
「奥の手を使う。全員、強化術式で援護を頼むぞ」
「…⁉︎ お前、一体何を…」
そう言うと、将校の体は禍々しい輝きを放った。
黒々とした術式の輝きは、その将校の輪郭をぼやけさせ、最終的には不定形の影のような物体にしていった。
その影は、ブリッジのガラスや機器を大きく破損させる程の強大な魔力を放った後、その体積を大きく広げていき、最終的にはレイの5倍近くの大きさとなった。
やがてそれは四足歩行の真っ赤な体毛を持った、サソリの尾を持ったおどろどろしい生物へと変化した。
「獣化術式だと⁉︎ こんな強力なものが…」
『さあ、始メようカ…コロしてしまうカモしれんかラ…気をつけるんだナ…‼︎』
その顔は人面に近く、低く濁った声を発した。
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