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第三章

第二話 カイル

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 そうして飛空挺を乗り継ぎ、最終的にレイはアルマ教主国へと辿り着いた。
 そこにはエレナが待っていた。

「レイ様、お帰りなさい」
「ああ、ただいま。それで、患者達の具合はどうだ?」
「半分以上は好調な兆しを見せてはいますが…それでも進捗が滞っている患者もいるようです」
「それは仕方がない。俺たちが一人一人サポートしていこう」
「はい」


 レイは現在、アルマ教主国に身を寄せていた。
 エレナを助けたその功績から、レイは教会内のアラニスト(融和主義者)達の信頼を勝ち得た。
 彼らも保守派に対抗するためのヒーローを欲していたこともあり、すんなりと永住権は手に入った。
 コーヴィック家との繋がりを得られた事は、非常に大きかった。
 アルマ教主国というのは、永久中立国である代わりに、外部の人間を住人として受け入れる事はまず無い。
 敬虔な信者であっても、相応の働きをしたものでなければ、その地を踏むことさえ許されないのだ。
 その点レイは名家の娘の命を助け、更には一人の死者をも出さずに戦争を終わらせたという功績があった。
 現教皇をトップに置いた穏健派達は、レイを歓迎した。


 そしてレイ達は市街地にある病院へと辿り着いた。
 そこは戦争神経症患者の中でも、特に重篤な患者が収容されていた。
 全世界に広がる教会関係の病院の中で、現地の人間の手に負えないと判断された患者のみが、ここに移送される。
 患者の国籍も様々で、アズリエルやディミトリ自治区出身者や、中にはアガルタ出身の者までいた。
 現在のレイの主な仕事は、彼らのような帰還兵の心的・外的障害取り除いていくことだった。
 レイは魔法により脳内物質をコントロールするという外科的アプローチを得意としており、多くの患者のストレスを大幅に軽減はしたものの、根本的治療には至っていないのが現状である。


「よし、まずは全員に魔法を掛けましょう。回診に行ってきます」


 一人一人の病室を回り、魔法をかけていく。
 ここまで数の多い患者に、精密かつ効果の高い魔法を使えるのはレイのみだと言われている。
 それは彼の魔力係数や総魔力値の高さのなせる業であった。
 実際にレイが治療に当たってから、患者の回復速度は格段に早くなっていた。
 しかし中には、心の傷が非常に奥深くまで届いてしまっている者もいる。
 現在レイが魔法をかけている、カイルもその一人だった。

「カイル、調子はどうだ?」
「…まぁまぁだよ」
「さぁ、今日も始めるぞ。目を閉じてくれ」

 目を閉じたカイルの額に、術式が浮かび上がった。
 単なる鬱ならば、これ一回でかなり改善する。
 しかしカイルのような患者にとって、これは一時的な処置にしかならない。
 拭い去れない、忘れがたい戦争体験は、心の奥底に根を張っているからだ。

 カイルはティアーノ出身にしては比較的珍しい、純粋種の人間である。
 三度に渡り志願兵として国境警備隊に入隊、幾度となく死線を潜り抜けた歴戦の猛者だった。
 10年近い戦いに中で勇敢に戦死するはずが、突如として戦争は終結。
 そして帰国した後に、トラウマによる悪夢や鬱を発症し、何度も自殺未遂を起こした。
 彼はこの病院において、進捗状況が悪いグループの一人だった。

「カイルは相変わらず、か…」
「ええ。今でも毎夜、悪夢にうなされているようです」
「とはいえ、改善の兆しは見えてきている。このまま認知療法を続けよう」

 レイは未だに彼と初めて出会ったときの事を覚えていた。
 彼はレイの顔を知っていた。
 ティアーノ出身者にとって、彼は戦争を終わらせた張本人であり、知らない人間はいなかった。
 いきなり胸ぐらを掴まれ、殴られたことは衝撃的だった。

『てめぇがっ…てめぇが戦争を終わらせるから…俺はあそこで死ねるはずだったのに‼︎』
『お前のせいだ! 何で死なせてくれなかったんだ‼︎ 偽善者め‼︎』

 レイは胸のロザリオを握りしめた。

(諦めない…諦めたくはない)


 数日後、レイはカイルと共にレストランで食事をしていた。
 これは疑似体験療法の一環であり、付き添いの人間と共に外出許可をもらい、買い物や食事を楽しむ。
 平和な日常を思い出すための、認知療法の一つでもあった。
 今回は珍しくレイが一緒に付き添った。
 というのも、レイのスケジュールが珍しく空いており、たまたま彼の外出スケジュールと被ったのだ。

「ここのレアステーキはマジで美味いぞ。おすすめだ」
「…そうかよ」

 カイルは額に冷や汗と浮かべていた。
 彼は今、入り口に背を向けて座っていた。
 彼のように戦場の記憶を持つ者にとっては、敵に背を見せることは死を意味した。
 次の瞬間には敵が入って来て、カイルを殺すかもしれない。
 そんな不安を彼は抱えながら生きていた。

「…不安か?」
「当たり前だろ。普通だったらありえねぇよ」
「普通? 普通ってのはどんなだ?」
「…知るか」

 レイはカイルの目を見て言った。

「思い出してみろ。子供の頃、レストランで飯を食うとき、そんな風に不安だったか?」
「…そうじゃない」
「なら大丈夫さ。味わって食おうぜ」

 一つ一つ、平和な日常を思い出させていく。
 それがこの治療法だった。
 そうして平和な社会生活に順応させていく事が、目標である。

 食事を終えた二人は、公園のベンチに座り込んだ。

「いやー、食った食った。どういう肉使ってるんだろうな?」
「……」

 相変わらずカイルは周囲を気にしているようだった。

「…戦場で、仲間はいたか?」

 レイはマニュアル外の質問をした。

「…いたよ」
「どのくらいだ?」
「部下が10人…皆殺されちまった」
「…俺の仲間も、みんな死んだ」

 カイルは意外そうな顔をした。

「みんな死んで…俺は一人になった。
 世界の全てが、怖くて仕方がなかった。
 でも今は、何とかエレナと一緒に生きてる。
 俺は、帰ってこれたんだ。
 みんなそうだよ…いつかは、帰ってこれる」
「…そうなのか?」
「そうだよ。
 皆んな、勇気を振り絞って武器を手に取る。
 でもいつかは、それを手放す時が来るんだ。
 その時は、武器を捨てる勇気が必要になる。
 何度も戦う勇気を持っているのなら、簡単な事だ」
「……」
「いい天気だ。もう少し日差しを浴びていようぜ」

 穏やかな陽光は、二人を優しく照らした。



 数日後。

 レイはカイルの所に回診に来た。
 するとカイルは突如として神妙な顔になった。

「先生…」
「どうしたんだ?」
「今日、初めて…悪夢を見なかったよ」

 レイは優しく微笑むと、カイルの肩を叩いた。

「おかえり…カイル」
「…ただいま」


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