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第三章

第一話 売国奴

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「ご紹介に預かりました、レイ・デズモンドです。
 本日はこのような場にお招きいただき、ありがとうございます」

 研究者や芸術家など、様々な分野の識者達が集まる講演会。
 その壇上に、レイはゲストとして登壇していた。
 テーマは"戦争の犠牲と帰還兵"である。

「皆様は、私の事をご存知でしょうか?
 マリア・アレクサンドル女史の"真なる戦い"に出てくる伍長、あれが私になります。
 彼女がまだアズリエル軍大佐であった頃、我々は出会いました。
 本日お話しするのは、その時我々に何があったのか、そして私が何を知ったかと言うことです」

 一呼吸置いて、レイは語り始めた。

「ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、私はマリア・アレクサンドル大佐の指揮の元、旧ディミトリ自治区での作戦に参加しました。
 その中で市民の虐殺や、非武装の人間を含む殲滅戦を命じられ、その結果多数の命を奪いました。
 釈明の余地はありません、全ては私の悪行です。
 それらを踏まえた上で、私の話を聞いてください。
 戦場で多くの人間が、暴力により傷つき死んでいきます。その事はここに居る多くの方がご存知でしょう。
 ですが、兵士を死に至らしめるのは暴力だけではないというのを、皆様はご存知でしょうか?」

 聴衆が微かにざわめいた。

「まずは、私が体験したケースについてお話ししましょう。
 伍長として小隊を率いた私は、戦争の最前線に送り込まれました。
 前哨地域を死守するため、前任のアタッカー達と共に、常に敵のゲリラ戦術を警戒しながら日々を過ごしました。
 そして多くの人間を犠牲にしながら、最終的にはディミトリ・ラファトを倒したのです。
 伝令兵と後任のアタッカーを除いて、何とかアズリエルの土を再び踏む事は出来ました。
 これで戦争は終わったと、我々を含めて誰もがそう思いました。
 しかし、それは誤りでした…我々の戦いは、戦地を離れても終わる事はなかったのです。
 群衆の中でに暗殺者がいるようが気がして、人だかりを常に避けるようになりました。
 そして毎晩悪夢にうなされ、それを忘れるために毎日酒を飲みました。
 死んでいった仲間や、殺す必要のなかった人々…それらの影を心にずっと引きずり続けていました。
 最終的に、私と共に戦った少尉は、自ら死を選びました。自分が背負った闇から逃れるために」

 人々が息を飲む声が少し聞こえたような気がした。

「幸いなことに現代では、混沌とした戦場と、人々が暮らす平和なエリアは別たれています。
 危険がないわけではありませんが、戦場よりは危険度が天文学的に低いでしょう。
 特に我が王国では、屈強なアズリエル王国軍、特に精鋭揃いとも呼べるアズリエル王立騎士団を派遣し、敵を薙ぎ倒す。人々はそれをディナーを楽しみながらニュースで知る。
 しかしそれは兵士達にとって、どのように映るのでしょうか?
 周りに転がる多くの死体、火薬と血の匂い、引き金を引く感触、耳に残る断末魔、カラカラと乾いた空気の味…そしてなにより、いつ死ぬかわからない恐怖の中で、兵士は過ごしています。
 その次の日には、人々が笑いながら流行りのファッションやお茶について話している中に放り込まれるのです」

 改めてレイは、聴衆を見渡した。

「兵士を暴力以外で死に至らしめるもの…それは"トラウマ"です。
 我々は皆、戦争による心的外傷を負っていました。
 それは我々だけではありませんでした。この図をご覧ください」

 レイの頭上に術式によるグラフが現れた。
 そこには二つの棒があり、右の棒の方が左より2倍以上長かった。

「こちらはここ数年の戦争による犠牲者の数です。
 数値にして10000人近く…これだけでも十分な悲劇です。
 しかしこちらのはもっと悲惨です。この左の棒が、退役軍人の自殺者数です。
 その数はゆうに20000人を超えています。
 戦場で犠牲になる人間よりも、平和で待ち焦がれていたはずの故郷で、それに適応出来ずに死んでいく人間の方が2倍以上多いのです。
 この数字だけ見ても、戦争における心の傷が如何に深刻であるか、お分りいただけたと思います」

 呼吸を整え、レイは続けた。

「戦争は我々の得意分野です。そのために武器を取ることを、我々は躊躇いません。
 ですが戦争を止めること、そしてそのために武器を手放すこと…それはどうにも上手くいきません。
 表面上は戦争が終わったように見えても、その心は銃の引き金に掛かったままなのです。
 私たちは、その手を開いていかねばなりません。
 それは誰のためでもない、我々自身のためなのです。
 武器を手に取る勇気があるのなら、武器を手放す勇気も我々は持てるはず。
 我々は誇り高きアズリエル臣民なのですから。
 どうも、ありがとうございます」

 拍手喝采が鳴り響いた。
 レイのスピーチに、聴衆は惜しみない賛辞を送った。
 そしてレイは一礼し、マントを翻して舞台から去っていった。



 帰りの廊下でも、レイのスピーチは取り巻きからベタ褒めされた。

「素晴らしいスピーチでしたね! これでアラニズムへの支持率も上がりますよ」
「ありがとう。上手くいったかどうかは、わからないけどな」

 やがてレイ達が通用口から外に出ると、景色は一変した。
 多くの純粋な人間が詰め掛け、レイ達に罵詈雑言を浴びせた。

『売国奴ー‼︎」
『純粋種の人権を守れー!』
『先天的犯罪者の非人種を許すなー‼︎』

 中には石を投げつけてくる輩もいた。
 当然レイには当たったところで痛くも痒くも無い。
 そんなことも知らずに、群衆はやりたい放題だった。

「通して、通してください!」
「道をあけろ、この野郎‼︎」

 周りの人間が群衆を掻き分け、レイは何とか車に乗り込むことができた。

「差別主義者が、ふざけやがって…大丈夫ですか?」
「ああ、平気だ。出してくれ」

 そうして車は発信した。
 目指すのは、飛空挺乗り場である。

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