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第三章

プロローグ

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 何処かの時代の、名も無き場所。


 その男は全身を赤く染めながら、己が住処へ帰ろうとしている所だった。
 右手には鈍く光る剣、左手には鋭く尖ったダガーを持ち、ずかずかと大股で歩みを進めている。

 男は戦の帰りだった。
 自らの住む村は数多くの集落に囲まれており、それはつまり敵対勢力が多いということを意味してもいた。
 幾度となく小競り合いが起こったものの、男の出現で一気に勢力は変わった。
 その男は驚異的な臂力と、火や水を自在に操る超能力じみた不可思議な術、それにより敵対勢力の全てを圧倒した。
 結果として彼に付き従わないものに対しては、屍となって彼の足元に転がる他はなかった。
 そうして男は今、全身を返り血に染めて家路についているというわけである。

「帰ったぞ」

 彼がそう言っても、中にいる伴侶らしき女性は全くの反応がなかった。
 彼女についてよく知っている人間でなければ、まるで生きていないかのように見えても仕方がない。
 しかしそれは単純に彼女自身の嫌悪感から来る単なる無視であり、そのことをよく男もわかっていた。

「どいつもこいつも、揃いも揃って口先だけのバカどもで嫌になるぜ。
 一人だからと舐めた口を叩いてみせても、最後には命乞いしやがる。
 特に"自分はどうなってもいいから、嫁と子供だけは助けてくれ"なんて言ってたバカもいたな
 まあ、目の前で嬲って殺してやったあと、みんな仲良くあの世に送ってやったがな」
「……」

 男の武勇伝にも、女は眉一つ動かさず、ただ押し黙ったままだった。

「全く、いつも無愛想な女だ…まあいい、今日は土産があるぜ」

 男が懐から何かを取り出し、女の方に放り投げた。
それは希少な宝石をあつらえた、金色のアクセサリーだった。
眩い輝きを放つそれは、一目で高価な物だとわかる。
たが女は一瞥すると、吐き捨てるように言った。

「……穢らわしいわ」
「おいおい、こいつの何処が不満なんだ。
この辺じゃ滅多にお目にかかれない石だぜ?」
「そんな血に塗れた手で渡されたって、嬉しくもなんともないわよ!」











「どれだけ力があったとしても、人の心までは支配できないはずよ!」










 レイ・デズモンドが南北の戦争を終結させてから、2年近い月日が流れようとしていた。
 その間、世界情勢は大きく変わりつつあった。

 マリア・アレクサンドル大佐の除隊と、ディミトリ自治区暫定政府の総督に赴任したことは、大きな話題となった。
 たがそれ以上に話題となったのは、彼女による告発本の出版だろう。
 マリアは除隊してすぐ、自らの戦争体験として現在のアズリエル軍内部の腐敗を暴露した本を出版した。
『真なる戦い』と名付けられたその本は、アズリエル全土に衝撃をもたらした。
 自らの戦争行為の一切を正義と信じて疑わなかった民衆は、一気に騒然となった。
 これを受けて、世論は真っ二つに割れることとなった。
 一つは既得権益の保護を優先する富裕層や、亜人に己が利益を奪われたと主張する他人種排斥派による、更なる軍備増強と戦線拡大。
 そしてもう一つは他人種が多くを占める貧困層や、敬虔なアドナイ教信者や知識人たちを中心とした、軍縮や民族的和平だった。
 この二つの勢力による論争は、熾烈なものとなった。
 片方は綺麗事ばかりで本当に報われない人間を無視する、詭弁に満ちた偽善者と罵った。
 そしてもう一方は、動物的攻撃本能のままに他方を差別し攻撃する野蛮人と激しく非難した。


 また、この本の出版による影響は他にもあった。
 現職のアズリエル軍将校や一般兵たち、その全体のおおよそ三分の一が降格や不名誉除隊といった、何らかの処分を受けていた。
 しかしバリー・コンドレン将軍やモーガン・デズモンド将軍といったトップの人間は、僅かに謝意を表明する声明を発表しただけであり、何ら処分を受けなかった。
 この自体は現在のアズリエル軍への不信感を増大させた。
 マリアがディミトリ方面の総督を任されているのも、半ば王室からの放逐と見られているのが現状である。
 現在の旧ディミトリ自治区は武装ゲリラが跋扈し、半ば内戦状態に近い状態だからだ。



 そしてティアーノ方面の混乱も悲惨なものであった。
 敗戦の責任を取り、グレイ・ハキム総統は正式に辞任したが、その後任であるジェフリー・アベドはアズリエルによる傀儡政権であるという事は、皆周知の事実だった。
 現に彼は政策として、民族融和を建前とした貿易関税撤廃や、アズリエル軍との連合を推し進めていった。
 当然これは国内で大きな反発を招き、連日市街地ではデモや暴動が連発した。
 独立独歩を訴える民衆の声は、日々高まるばかりであった。



 東アガルタ連合とシーア公国の緊張も、いよいよ頂点にまで達そうとしていた。
 世界中で湧き上がりつつある民族的独立の流れに、アガルタ方面は大いに沸いた。
 国民全体が一丸となり、人種的平等を勝ち取ろうという空気が流れていた。
 その一方で、シーアはこれを暴力的テロを扇動していると認識し、アガルタの風潮を痛烈に批判した。
 国境沿いで続いていた小競り合いは徐々に規模をまし、全面戦争に発展するのも時間の問題と思われているのが現状である。




 そしてレイ・デズモンドは今、多くの人間に囲まれながら、細長い廊下を闊歩していた。
 アドナイ教の紋章が印されたローブを纏い、彼は道の先にある光を目指していた。


(行ってくるよ…みんな)


 そして、彼は喝采を浴びながら、舞台に立った。




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