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第二章
最終話 レイ・デズモンド
しおりを挟むいつの間にか、レイはいつかの町が見渡せる丘に来ていた。
五人でお互いの身の上を話し合った、あの場所だ。
その時の光景を思い浮かべる度、使命感に似た感情が湧き上がってくるのがわかる。
(俺が、この力を与えられた事に意味があるとしたら…それはきっと、この悲しみの連鎖を断ち切るためだ)
レイは胸のロザリオを握りしめた。
(アイリ…あんたに恥じない生き方を、してみせるよ。出来るかどうか、じゃない。きっとやらなければならないんだ)
その一生を、罪を贖うことに捧げる。
レイは自覚していた。
数多くのものを奪い奪われ、そして人ならざる力を持つ自分にしか出来ないことがあることを。
そして償いに生涯を捧げることが、自分の義務であると。
(…昔だったら、考えられなかったな。こんな気持ちになるなんて)
まだ自分が生まれ変わる前の時代に想いを馳せた。
ただ目的もなく、息をしているだけの存在。
まるで生きながら死んでいるかのような日々だった。
「レイ様?」
背後でエレナの声がした。
「…ここにいらしてたんですね」
「ああ…今となっては、なんか懐かしいよな」
「ええ…」
二人でその場に座り込んだ。
「…何か、考え事ですか?」
「え? ああ…昔の事を、少し思い出してたんだ」
「昔の話って、ここに生まれ変わる前の話ですか?」
「そうだよ。本当に何もない…虚ろな毎日だった。
30歳を過ぎても親元を離れなかったし、定職にもつかなかった。
何のために生きているのかもわからない…ただ生きているだけの屍だ」
「…そうだったんですか」
「今できる事をしっかりやれ、怠けた生き方をするなって…そうお祖父ちゃんは言ってのにな」
「お祖父様、ですか?」
「ああ。母方のな」
今でも鮮明に思い出すことができる。
自分に対して優しげに微笑みかける姿を。
「懐かしいな…俺、昔はお祖父ちゃんっ子だったんだ」
「だった? 今は違うんですか?」
「もう亡くなったからな…」
「あ…ごめんなさい」
「いいんだ。大往生だった。でもそれが、子供の頃の俺には納得できなかったんだ」
それは加藤玲と呼ばれた少年が、子供の頃の話。
祖父は天寿を全うする直前だった。
日に日に祖父の手足は瘦せ細り、笑顔からは生気が消えていった。
当時の玲には耐えられなかった。
常に優しく力強かった祖父が、弱りながら死んでいくという事実を受け入れられなかった。
時折玲は泣き出す事もあった。
そんな彼を見かねてか、両親はこう言った。
「俺が良い子にしてれば、きっとお祖父ちゃんは元気になる。
だからどんな時もいい子でいなさいと、父も母もそう言ったんだ」
良い子にしてれば、お祖父ちゃんは元気になる。
玲にとって、それは最後の希望でもあった。
その日から、玲は必死で"良い子"になろうとした。
自宅では勉強を欠かさず、成績は常にトップ3をキープ。
ルール違反を見逃さず、発見次第友達でも注意した。
イジメや暴力を見たら即座に自分が止めに入り、たった一人でも苛めっ子に立ち向かった。
そんな日々が続いたある日。
遂に、祖父は亡くなった。
玲は呆然となった。
良い子にしていれば、祖父は帰って来るのではなかったのか?
両親は自分に嘘を吐いたのか?
そして、自分の努力は何だったのか?
そのことは、四六時中玲を苛んだ。
「でも本当に辛い事は、まだ始まっちゃいなかった」
その日からしばらくして、玲は新たなイジメのターゲットとなった。
周りからすれば、加藤玲は良い子ぶってる空気の読めないやつという認識だったからだ。
直接的な暴力も振るわれたが、上履きが無くなったり、教科書に落書きされたりという陰湿なものもあった。
ある日、玲は複数のクラスメイトに暴力を振るわれていた。
そこに、かつて玲が助けたいじめられっ子が通りかかった。
クラスメイトたちは彼を呼び止め、彼に玲を殴るように言った。
玲は、彼が助けてくれるのを期待した。
かつて助けた恩を、彼も忘れてはいないはず。
彼は玲を思い切り殴った。
羽交い締めにされた玲を何度も殴り、蹴りつけた。
そして玲が動かなくなった後、苛めっ子たちと親しげに笑いながら消えていった。
それは、玲の心を完璧に折った。
「その日から、俺は頑張る意味を疑うようになった。
結局頑張ったところで、何にもならないんじゃないか?
努力しても全ては無駄なんじゃないか?
いつも心の何処かで、そう考えるようになった。
そうやって、俺の毎日は色褪せていった…」
中学に進学しても、友達はあまりできなかった。
裏切られるのを恐れていた上、裏切られない努力の意義すら疑い始めていたからだ。
成績も下がる一方だった。
両親の"勉強しないと将来ダメになる"という言葉さえ、その頃の玲には虚しく響くばかりだった。
最終的には学校に行く意義さえ見出せず不登校に陥り、卒業式にすら参加できなかった。
高校に何とか進学しても、一年と持たずに退学。
そのまま10年以上引き篭もった。
部屋を出るように言ってくる家族に対していう言葉は、いつも決まっていた。
『俺を騙したくせに、俺を外に出してまた裏切られろってのか⁉︎』
そう言うと、両親は黙るしかなかった。
そうしてズルズルと引きこもりを続け、遊ぶ金が欲しくなればほんの少しバイトをして…そんな中、事故にあう事となる。
「それから、知っての通りだ。
王立騎士団に入団して、北方戦線に従軍して…みんなに出会った。
とてつもない力を得て、そして仲間たちがみんな死んで…やっぱりやるだけ無駄なのかって思ったよ。
でも今は、できる事をやって良かったと思ってるよ…エレナを取り戻せたから」
「…はい」
風はただ、優しく吹いていた。
二人は手を繋ぎ、景色をただ眺めていた。
リチャード王は未だ玉座から動かなかった。
傍らにはアーヴィスが控え、怖々とその顔色を伺っていた。
「進捗はどうなっている?」
「はっ、研究所からの報告によれば、既に成長率は全ての個体が70%を越えたとの事です」
「うむ…85%を越えたところでフェイズ2に移行しろ。全実験体に実戦テストを導入、実用を急がせろ」
「ははっ、そのように…」
「お前も直接観察してこい。尻を叩いてやる事だな」
「は、はいっ!」
そう命令すると、すぐに転移術式を使い消えていった。
リチャードでさえもあの卑屈さには辟易とするが、使える駒であることは間違いない。
(使える内は使わせてもらうさ…全ての物にな)
そうしてリチャードは傍らにあった新聞をチラリと見た。
見出しには"勇者レイ・デズモンド、ティアーノ共和国首都ベインを無血開城!"の文字が踊っていた。
それを見てリチャードはほくそ笑んだ。
「せいぜい足掻くことだ…踊っている事にも気付かずな」
そうしてリチャードは虚空を眺めた。
(所詮はお前も人形にすぎないのさ…"本当のお前自身"を錯覚している限り、な)
その不気味な笑い声は、静かに部屋に響いた。
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