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第二章

第十二話 真価

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 その独房は地下深くにあった。
 凶悪犯罪者を隔離するため、1フロアにつきたった一つの独房があり、そこに凶悪犯は収容される。
 それは他の囚人との連携やコミュニケーションを断つための手段である。
 レイはそこに手枷と足枷をはめられ、壁に鎖で繋がれた状態だった。
 俯きながら座っているレイの前に、一人の男が現れた。

 デズモンド元帥だった。

「馬鹿だ馬鹿だとは思ってはいたが…まさかここまで愚かな真似をするとは」

「……」

「デモに参加した人間の内、127人が重軽傷、16人が死亡した。これはお前が招いた事だぞ」

「この殺人狂め…」

「売国的行為を軍人として見過ごすわけにはいかん。
 死人が出たとしても、それは事故だ」

「愛国者なら人殺しも正当化されるのか? 反吐がでるぜ。
 できれば一発ブン殴ってやりたいところだ」

「それが無理なのはわかるはずだ。
 その鎖は魔力の放出を封じる。
 どう足掻こうと無駄な事だ。
 いかに馬鹿でも、そのくらいはわかるだろう?」

「…けっ」

「何故そこまで戦争に反対する?
 上辺だけの綺麗事を振りかざして、国を分断させて何になる?
 今は王国一丸となり、南の逆賊を撃ち取らねばならんというのに」

「上辺だけだと…? あんたと違って、俺は見てきてるんだよ。
 敵味方、兵士も民間人も関係なく、命が奪われていく様をな。
 それに差別でこの国を分断しているのは、今のリチャードがやってる政治だろ?」

 モーガンは頭を抱えた。

「いい加減現実を見たらどうなのだ!
 大体、そこまで自分が見てきたと言うのなら、あの忌まわしい血の祝祭を忘れたとは言わさんぞ。
 あの犠牲者たちや、その遺族の無念はどうなる?
 犠牲者は皆、貴様の言うところの民間人だ。
 愛国者たちは忘れておらんぞ!
 罪には罰を、それがこの世の道理なのだ‼︎」

「道理だって? 何処に道理があるんだよ!
 入植時代に人を殺して、その報いでテロが起きて、その報復で戦争が起きる、ただの負の連鎖じゃないか‼︎
 現にディミトリ自治区跡じゃ、未だに武装ゲリラによる蜂起が相次いでる。俺が知らないとでも思ったか?
 そんな終わらないサイクルを維持するために、前線で兵士達は犠牲になるのかよ⁉︎
 現実を見てないのは、あんたらの方だ!
 そうやって憎しみを捨て去らないから、死人だけが増えるんだよ‼︎
 エレナは、ライリーは、リナは、ジャマールは…そんな事のために死んだのか⁈
 返せ! 俺の仲間を返せっ、返せよおっ‼︎」

 モーガンは深く溜息をついた。

「貴様の処遇は追って伝える。
 しばらくはそこで頭を冷やしておく事だな」

 そうして彼は立ち去った。
 その背中には、最早暖かさの欠片もない。
 最後にはレイだけが残された。

「……ちきしょう」




 どれ程の時間が過ぎたのか、レイには見当もつかなかった。
 半日が過ぎたのか、或いは数分しか過ぎていないのかもしれない。
 この薄暗い牢獄という環境は、時間の感覚を奪うには十分過ぎた。
 すると、コツコツという靴の音を響かせて、看守らしき人間がレイの独房の前に立った。
 恐らくは異常がないか見回っているのだろう。

「異常なし、か…しかし、あんたもバカな真似をしたもんだよなぁ?」
「…バカな真似だと?」





 レイの中で、何かが切れるような音がした。





「そうだよ。せっかく救国の勇者なんて呼ばれるほど持て囃されて、それなのにわざわざ反戦デモなんかに参加してこのザマだろ? バカバカしくてしょうがないぜ」

「…このまま人が殺されるのを、黙って見てはいられない」

「よく言うな、結局あんたも1人の平凡な人間じゃないか?
 あんなデモなんかで戦争が終わりゃ、苦労しねぇよ。
 それにどれだけ強くたって、この戦争は終わるわけないだろ」

「…そう思うか?」

「あぁ?」

「生憎俺は只の人間じゃない、一度死んで生まれ変わった男だ。
 果たしてこの力で世界を救えないのかどうか、試してみようじゃないか」

 そう言うと、レイは両手を握りしめ、腕を思い切り前に出した。


「はあああああっ‼︎」


 ガキン‼︎


 鈍い音を立てて、レイの腕の鎖が千切れた。


「な…⁉︎」


 更にレイが片脚を蹴るように前に出すと、同じように足を繋いでいた鎖が切れた。

「そそ、そんなバカな…! な、な、なんで…⁉︎」

 看守は驚き、慌てふためいていた。
 余程目の前の光景が信じられないのだろう。
 腰を抜かして地面に尻餅をついていた。

「ま、魔法は使えないはずなのに…」

「魔法で千切ったわけじゃない。
 ただ単に、物理的な力で引きちぎっただけだ」

 そして手首と足首に嵌ったままの、煩わしい手枷と足枷を素手で無理矢理壊して外した。

「この枷は魔力の放出を防ぐだけで、体内の魔力自体を無効化するわけじゃない。
 なら俺の肉体を強化するような魔法を、体内で展開する事は出来るはず。
 筋肉や骨や皮膚…神経の一本一本に至るまで、ギリギリまで強化した。
 素手で鋼鉄を引きちぎれるほどパワーを発揮し、またそれに耐えられるほどにな」

「だ、だからって…それはミスリル合金だぞ!
 通常の弾丸では傷一つ付かない程の強度なんだぞ⁉︎
 それを壊せるほど肉体を強化するなんて…人間のレベルじゃないぞ!」

「確かに肉体を強化するだけじゃ外せないだろう。
 だが俺はいわゆる、異世界チート勇者ってやつなんでな。
 常人じゃ到達できないレベルの事が出来るんだよ」

 そうして彼は、独房の鉄格子に手を掛けた。

「この程度で、俺を閉じ込められると思うな」

 まるで飴細工のように鉄格子がグニャリと歪み、人一人が通れる程のスペースが出来た。

「わ、わひゃあああっ‼︎」

 看守は殆ど四つん這いに近い状態で逃げ出していった。
 レイにとっては丁度良かった。
 今のこの状態では、いとも容易く殺してしまうだろうからだ。

(取り敢えずは、外に出ないとな)

 そうしてレイは転移術式を展開した。


 遥か上空にレイは浮遊していた。
 外はすっかり夜になっていた。
 東の方に三日月が見えるところを見ると、まだ日が沈んですぐのようだ。

(アレを回収する必要があるな)

 感覚を研ぎ澄ますと、自らの魔力を秘めた物の気配を感じた。

(こっちの方角だな)

 そうしてレイは、ジェット機のようなスピードで発信した。
 マッハの速度の中で無事でいられるのは、肉体を強化したお陰だろう。
 遥か南の方の、自分の魔力の残り香を頼りに、レイは飛び続けた。

(俺のこの力が、戦いを終わらせられるかどうか…見せてやるよ)


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