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第二章

第十一話 シュプレヒコールの中で

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 モーガン・デズモンド元帥にとって、その日はいつもと変わらない1日であるはずだった。
 ほぼ名誉職に等しい元帥であるという事は、楽ではあるが少々退屈な日々を送る事であった。
 普段は事務仕事がメインであり、それも将軍から毎度送られてくる大量の書類にサインするだけの、単調な仕事だ。
 最前線で体を張ることは稀であり、子供のいないデズモンド夫妻には十分すぎるほどの収入を貰ってはいたので不満はなかったが、それでも些か退屈を覚える。
 だが今日は一つだけ何時もとは違う予定があった。
 その予定をこなすため、モーガンは家を出る準備をしていた。

「じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい、帰りは遅くなりそうかしら?」

「予定通りなら、夕食には間に合う。心配はいらん」

「ふふっ、なら良かったわ」

 そんなやり取りの後で家を出る。
 我ながら良き妻を持ったものだとモーガンは感じていた。
 仕事に一切口を出さず、自分の帰りを待ってくれている出来た妻だ。
 不出来で反抗的な義理の息子がいたが、それも今は放逐した。
 この暖かで優しい日々はいつまでも続く。
 そう信じて疑わなかった。




「上機嫌ですな、元帥」

 会場には王室統制局長、アーヴィス・ムゥの姿もあった。

「まぁ、今日はデスクワークではないのでね」
「私もですよ。どうも長時間椅子に座っていると、腰が痛くて」

 そんな風に世間話に花を咲かせる。
 しかしモーガンはこの男を心の底では好いていなかった。
 現リチャード国王の腰巾着であり、それだけで実力以上の評価をされている。
 だがこのような男とも、上手くやっていかねばならない。
 それがこの世界で生きる秘訣でもあった。


 南方戦線への兵役リクルート。
 そのための講演に元帥とアーヴィスは赴いていたのであった。
 術式で表示されたスクリーンには、リチャード王のスピーチが表示される。
 これを全国に生中継し、アズリエルの多くの場所で新たな兵士を募る。
 それが今回の仕事の内容だった。


 会場は、かつて血の祝祭で破壊された公園だった。
 現在は完全に修復され、元通りになっていた。
 この場所でアズリエルへの脅威に対する勇気や、先の戦争での勝利を訴え、愛国心を刺激する。
 完璧な筋書きであった。
 こうして新たな兵を確保し、南方戦線を平定する。
 魔界を掌握し、ミスリル資源を独占した今、あとはそれを使う人間だけなのだ。


 定刻になり、公園には群衆が詰めかけていた。
 その中でスピーチをするのは、緊張するが優越感もあった。

「では皆さん、お集まりですかな」

 アーヴィスが拡声術式を通し、皆に話しかけた。

「それではこれより、アズリエル王国軍と王室による講演を始めます」

 一斉に拍手が沸き起こった。
 この国への愛の賜物だろう。

「ではまず最初に、リチャード王の御言葉から、始めさせていただきましょう」

 スクリーンにリチャード王の上半身が映し出された。
 この映像は他の開催場所でも流れており、より多くの参加者への訴求力を狙ったものである。

『ご機嫌よう、王国臣民諸君。
 私がリチャード現国王である』

 会場が歓声に包まれた。

『知っての通り、ここより遥かに南の地では、未だ戦いが繰り広げられている。
 我らがアズリエル王国を愛し、敬う若者たちの命が奪われ続けているのだ。
 この現状を打破するために、我々は……」


 …を…すな…!


 …から…ろ…!


 ふと、遠くの方から声が聞こえた。
 誰かが大声でこちらに向かって叫んでいるようだ。
 モーガンは背後を見やった。


 亜人の兄弟たちを殺すなー!


 南方戦線から直ちに撤退しろー!


 それは反戦デモの集団によるシュプレヒコールだった。

「やれやれ、また頭がお花畑の連中ですか。困ったものですな」

 アーヴィスが肩を竦めた。

「仕方がない、警備兵に全員駆除してもら…」

 そこまで言って、モーガンは気が付いた。
 その先陣を切る男の一人は、モーガンのよく知る人物だったからだ。

「…レイ⁉︎」
「何ですと?」

 それは確かに救国の勇者、レイ・デズモンドその人であった。
 群衆の先頭に立ちながら、シュプレヒコールを叫び続けている。
 その首元には、唐草模様のロザリオが輝いていた。
 彼は拡声術式を展開し、そこに集まった群衆に語りかけた。

「皆さん、聞いて下さい!
 私はレイ・デズモンド、かつて救国の勇者と呼ばれた元兵士です!
 我々は真実を伝えるためにここに来ました‼︎」

 気でも狂ったのかとモーガンは思った。
 かつては軍の一員、しかも選ばれた聖騎士団として戦った男が反戦デモに参加するなど、正気の沙汰とは思えなかった。

「現政権が推し進める全ての戦争は間違っているんです!
 私はかつてディミトリ自治区での戦争に従軍し、その目で様々な戦争犯罪を目撃しました。
 無抵抗な市民への虐殺や略奪、口に出すのもおぞましい行為を、軍上層部は揉み消したんです!
 メディアで報道される数は少ないですが、私の他にも目撃した人間は数多くいるんです‼︎」

「何を言っているんだ、あいつは! 警備兵‼︎ あいつらをつまみ出せ‼︎」

「はっ!」

 レイの周りの警備兵が掴みかかり、追い出そうとした。
 だが彼の体は頑として動かなかった。
 それもそのはず、身体能力が桁違いなのだ。
 常人では押し倒すことも不可能に近いだろう。

「皆さん、十戒を思い出して下さい!
 我の上に立つ物を作るなかれ、神を模すなかれ、殺すべからず、奪うべからず、姦淫するべからず、偽るべからず、盗むべからず、神を名乗るべからず、神に背くべからず、闘うべからず!
 これらの信念があるからこそ、アズリエル王国は近代的な立憲君主国として存在出来たんです!
 ですが現リチャード王や軍上層部は、他国の民を殺し、奪い、強姦し続けている。
 これらの行いは背信行為であると言っても過言ではないはずです!
 皆さん、どうか誇り高きアズリエル王国臣民として、今一度思い出して下さい‼︎
 天の主人アドナイが、そしてその代弁者たる聖ミロワが、果たしてこれらを許すのかどうかを‼︎」


 リチャード王は退陣しろー‼︎  


 南方戦線から撤退しろー‼︎


 デモはますます激しさを増した。

「ええい、何をやっているんだっ! 」

 アーヴィスも苛立ちを隠せない様子だった。

「仕方がない、魔力神経毒を使え! レイならばそれも耐えられるはずだ‼︎」
「はっ‼︎」

 レイを取り押さえている警備兵の一人が、一発の弾丸を放った。
 通常の弾ならばまだ耐えられるレイだが、この毒を含んだものには耐えられなかった。
 魔力の流れに直接作用するこの毒は、魔力係数の高いレイには殊更効いた。

「ぐが…あっ…‼︎」

 たまらず床に倒れこむレイ。
 そんな彼に何人かが駆け寄り、後ろの人間は抗議の声を上げた。

「レイさえ無力化すれば恐れることはない、鎮圧しろ!」

 その元帥の一声で、警備兵が一気にデモ隊に突撃した。
 一気に公園の中はパニックになった。
 デモ隊を武力で鎮圧する警備隊。
 警棒で非武装の民間人を殴る蹴る、そして発砲する。
 朦朧とする意識の中で、レイは叫んだ。

「よせっ…! 相手は民間人なんだぞ…武器なんて持ってない…‼︎」

 レイは術式が展開できなかった。
 魔力の供給を阻害する毒とあっては、さすがのレイも太刀打ちできなかった。
 ぼやけた視界の中で、地面を流れる血が見えた。
 何人ものデモ参加者が倒れているのが目に見えた。

「やめろおおおおおっ…‼︎」

 掠れた声は、誰の耳にも届く事は無かった。


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