上 下
55 / 120
第二章

第十話 赦せなくとも

しおりを挟む



 数日後の夕暮れ。
 レイは海辺で沈みゆく太陽を見ていた。
 ここは聖ミロワ生誕の地をしても知られている。
 それ故にここは永久中立地帯であり、一切の戦争行為がない。
 そして澄んだ海、温暖な気候、豊かな土壌、亜人やネロ族を含めた多様な人種…まさしく楽園と呼ぶに相応しい場所であった。
 出来うるならばここに永住したいと思いつつも、それは何か違うと感じてもいた。

(…俺は、どう生きればいいんだろうか)

 すると、すぐ横に見覚えのある顔を発見した。
 修道服ではなかったので一瞬わからなかったが、アイリだった。

「シスター?」
「あら、レイさん」

 私服の彼女を見るのは初めてだった。
 そもそも教会以外で彼女を見かける事が無かった。
 長い髪は風になびき、首筋や掌には鱗がある。
 それらは初めて見るものだった。

「その掌って…」
「ああ、そうか。
 いつもは修道服で隠れてますけど、私って亜人なんですよ」

 意外だった。
 肌を晒す格好でなければ、気づかなかったろう。

「…そうだったんですか」
「ここに赴任したばかりの頃は、差別が本当にないか心配でしたけど…全然大丈夫でしたね」
「ここの生まれじゃないんですか?」
「ええ。元々はディミトリ自治区の出身です。
 教会に身を置いて、たまたまここを任されたんですよ」
「そうだったんですか…」

 彼女を横目で見た。
 鱗が夕日を反射している。
 そしてその首元には、特徴的な唐草模様のロザリオがあった。
 それにレイは何処か見覚えがあった。

「…そのロザリオは?」
「これですか? 両親が銀細工の職人でしたので、子供の頃に作ってもらったんです」

 ディミトリ自治区。
 銀細工の職人。
 肌にざわりとした感覚を感じた。

「…先の戦争で、家族はみんな殺されました。
 家業を継いだ兄夫婦と、その子供たちでさえも」

「……そうなのか」

 あの戦いの日々の中で、レイは見たようなものを見たことがある。
 鍛治職人のような、窯や工具の類のある家だ。

「…今でも、無念です。
 なぜ殺されなければならなかったのか。
 本当に殺す必要があったのか」

 その光景は、レイの記憶の奥底から呼び覚まされた。
 あの時見た遺体は六つ。
 老婆と性別のわからないもの、カップルが一組、子供と赤ん坊が一人ずつ。
 比較的損壊の少ない遺体からは、鱗が確認できた。
 その中には、特徴的な唐草模様の銀細工のを身につけているものもいた。

 掌が震え、鼓動が早鐘のように鳴りはじめた。

「…その家族って、どんな所に住んでいましたか?」
「…? どんなって…山に囲まれた田舎の村ですけど」

 あの時レイたちは周囲の山々に包囲網を張った。
 その事もよく覚えている。


「……お母さんて、頰に傷があります?」

「え? 何で知ってるんですか?」




 その瞬間、予感は確信に変わった。




 レイはその場から走り去った。
 彼女に背を向けて逃げ出した。

 息を切らせながら自室に戻り、ベッドに倒れこんだ。

(そんな、バカな……嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ‼︎)

 それはあまりにも残酷な現実だった。
 大切な人の家族を殺したのは、自分である。
 受け止めるには、あまりにも重すぎる事実だ。

(何で…なんでこんな所で…)

 なぜレイはアイリと巡り合ってしまったのか。
 それはまさしく、双方にとって運命の悪戯としか言いようがなかった。




 三日三晩、レイは外出しなかった。
 外に出るのを恐れていた。
 水さえも殆ど口にしなかった。
 その資格さえないと思っていたからだ。

(……死のう)

 ライリーやジャマールが待つ場所へ旅立とうとも思った。
 皆がやっている事ならば、責められる謂れもない。
 そう思っていた。

(でも、それなら)

 やがてレイは立ち上がり、果物ナイフを手に取った。

(それなら、せめて)






 そしてレイは教会の前に立っていた。
 その日教会は閉まっているはずだったが、アイリは中にいるはずだった。
 彼女はここで寝泊まりしているのだ。いつかはここに帰ってくる。
 そうしてレイはドアを開けた。

「…アイリ」
「やっぱり来たんですね、ここに」

 まるで待ち構えていたような面立ちだった。
 レイは彼女に近づき、そして足元に跪いた。

「…これが俺の最後の懺悔です。
 あなたに言っていない事がある」
「無理に話す事はありません。
 それで死んだ人間が…生き返るわけではありませんから」

 想像通りだった。
 彼女は全てを悟っている。
 それでもレイは決断していた。
 その口で、その言葉で告白してこそ、意味があるのだ。


「……俺が従軍中に、ある指令が下りました。
 山に囲まれた集落が民兵ゲリラのアジトになっている。
 大至急向かい、跡形もなく殲滅せよという命令でした。
 そして俺たちはそこを完全に破壊しました…ですが、そこには戦闘員など一人も居ませんでした。
 誰もがみんな民間人であり、武器の一つすら見当たりませんでした」

「…もういいです」

「聞いてください。
 その中には、体に鱗のある家族もいた…。
 そしてあなたと同じ唐草模様のアクセサリーを付けてる者もいた。
 ……あなたの家族を殺したのは、この俺です」

「………っ‼︎」

 アイリは服の端を握りしめた。

「…ずるいです、そうやって懺悔して、楽になろうだなんて」
「これで終わりなんて、思っていません」

 そうしてレイは懐に忍ばせていたナイフを、アイリの足元に置いた。

「許されたいなんて、思っていない。
 正直死のうと思ったけど、それは違う。
 俺を裁くのは俺自身じゃない。
 あなたが俺を裁いて、殺すべきだ」

 その瞬間、アイリがレイの頰を思い切り平手打ちした。

「ふざけないで! そうやって死んで全部解決するっていうの⁉︎
 あなたが死んだって、私の家族は…父は、母は、兄は、帰ってこないのよ‼︎」

「ごめんなさい…すいませんでした…」

「謝って済む話じゃないわよ! 返して、私の家族を返してよ‼︎」

「…何も出来ないんだ、俺は。
 誰よりも強い力を持っていても、結局大切な物を守れない。
 それどころか、多くのものを壊してしまう。
 だから死んだほうがいいんだ。
 あなたに殺されるべきなんだよ、俺は」

 今度は反対の頰を平手打ちされた。

「甘ったれないで‼︎
 そうやって悲劇の主人公みたいな顔したって、何も変わらないわよ!
 あなたは何もしてないでしょ⁉︎ ここで祈るだけじゃ、何もしてないのと同じよ‼︎」

 そしてアイリは、レイのその頰に触れた。

「……一度しか言わないから、よく聞いてください」

 アイリは泣いていた。
 レイが初めて見るものだった。

「私は生涯、あなたを許しません。一生かけて恨みます。
 でも…私に裁く権利はない。大いなるアドナイに代わって裁く権利を持つほど、私は偉くありません。
 天の主人は、聖ミロワは…あなたを赦すでしょう。その生涯を、償いに捧げる限り」

 そしてアイリは、服の下から唐草模様のロザリオを取り出した。

「これを持っていてください。
 いつの日も己の罪を忘れないように。
 これが、あなたに生涯背負い続ける呪いです」

「…俺は、どうしたらいい」

「簡単です。私に、私の家族に、そして他の遺族や犠牲者に報いる生き方をしてください。
 どんな方法かは問いません。私に言えるのは、ここまでです」

 レイは、そのロザリオを受け取った。

「もう、ここには戻ってこないでください。
 そして…ここに戻ってくる必要のない生き方をしてください」

「…わかりました」

 レイは立ち上がった。
 そして彼女に背を向けて歩き出した。
 それは、彼女との永遠の別れを意味した。

「…今まで、ありがとう」

 それだけ言い残して、レイはその場を後にした。

 そして残されたアイリは、聖ミロワ像の前に跪き、両手を重ねて祈った。

「聖ミロワ、そしてその聖母アルマよ…勇者、レイ・デズモンドをお守り下さい」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~

三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

処理中です...