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第二章
第五話 選択、そして
しおりを挟む群がってくるゾンビのような亡者たち。
どれだけ破壊しても、再生して襲ってくる。
やがて物量に押され、体にとりつかれる。
そのままレイは蹂躙された。
悪夢で目がさめるのも、もはや日常になっていた。
満足に眠れたことは、近頃だとほぼ皆無に近いだろう。
「…くそっ」
おぼつかない足取りでベッドを離れ、部屋を出る。
義両親は留守にしているようだ。
レイにとっては好都合だった。
何か小言を聞かされることはない。
そのまま家を出ると、陽光の眩しさが目に沁みた。
市街地は相変わらず賑わっていた。
手を繋ぐカップル、笑い合う家族、大声の少年グループ。
そうした人間との隔絶感をレイは感じた。
(もう…あんな風には笑えない、俺は…変わってしまった)
自分は普通ではない。
人を大勢殺し、また殺されかけた。
ああして笑い合う人々とは違う人種なのだ。
まるで世界で最下層の人間になった気分になった。
レイはおぼつかない足取りで歩みを進めた。
「酒をくれ…一番強いヤツだ」
酒場で酒を頼むのも、もはや日常になりつつあった。
金なら使い切れないほどの報奨金と、月々の補償金があった。
昼間から入り浸るレイを店主も顔を覚えてしまい、呆れた表情を浮かべた。
「ほれ、飲みすぎんなよ」
「余計なお世話だ」
一気にショットグラスをあおり、次を注ぐ。
これが延々と続く。
もはや日常の光景をなってしまっていた。
ふと、誰かが酒場のドアを開けた。
「…レイ」
「ライリー、か」
見慣れた赤毛の、長身の麗人。
しかしその顔は血の気が失せ、まるで死体のようだった。
目もどこか虚ろで、焦点が定まっていなかった。
「久しぶりね、元気してた?」
「ああ、そっちは?」
「うーん…まあまあかな」
何ともちぐはぐな会話だった。
二人とも病んだ心持ちなのは明白だ。
「…眠れてないのか?」
「…うん、眠ると悪い夢見ちゃう」
やがてライリーもレイと同じ、強い酒を飲み干した。
それでも酔った様子がない。
相当飲んでいるのだろう。
彼女も同じ、悪夢と隔絶に苦しめられていた。
「…私たち、どうすればいいんだろ?」
「わからない…」
本当にどうすればいいか、わからなかった。
未来が見えなかった。
「ねぇ、何処か出かけない?」
「え?」
ラリーが不意に、これまでの陰鬱さを振り払うような、明るい声色で言った。
「考えてみたらさ、私たち二人っきりで出掛けた事ってないよね」
「あ、ああ…」
「じゃあさ、行こ!」
「え? あ、ちょっと…」
半ばライリーに引きずられるような形で、レイは店を出た。
二人が辿り着いた場所は、遊園地だった。
たまたま休日の昼間だったという事もあってか、親子連れやカップルたちで園内は賑わっている。
「ここって…」
「帰ってきたら、レイと一緒に遊園地行きたいと思ってたから」
そうしてライリーは、レイの掌を握った。
「女とデートしたこと、あんまりない?」
「あ、その、いや…」
「ふふっ、可愛い。さぁ、行きましょ!」
そうしてライリーはレイを引っ張っていった。
「え、お、ちょっと…」
レイはただ為すがままであった。
「ま、まさか…この世界にも絶叫マシーンがあったなんて」
「あるに決まってるでしょ。なきゃ遊園地として成り立たないわよ」
恐らくそれは、フリーフォールに近い乗り物であった。
ただレイが知っているものよりも、遥かに高度が高い。
その上、あろう事か乗客は安全装置のような物を一切つけておらず、そのままマシンに乗り込んでいた。
「これが、この遊園地の目玉なのよ」
「お、おい…安全器具とか付けないのかよ」
「安全器具? 必要ないわよ。全部魔法で固定されてるんだから」
この世界では、絶叫マシンの固定には重力魔法を用いるらしい。
しかし現世での記憶しか持たないレイにとっては、体に何も身につけないでただ落下するというのは、スリリングを通り越して恐怖でしかない。
いつの間にか、レイの身体中には冷や汗が滲み出ていた。
「ライリー…よくそんな楽しみそうにできるな」
「ふふっ、怯えちゃって。一緒なら怖くないでしょ?」
そうやって、ライリーは優しく、そして少し悪戯っぽく微笑んだ。
「…やれやれ」
ため息をつき、まさしく転生主人公の定番セリフをレイは呟いた。
十数分後。
レイは放心状態だった。
目の焦点は合わず、口から魂が抜けたような状態である。
「も~、しっかりしてよ」
飲み物を買ってきたライリー。
「ふひぇ…ありがと…」
ストロー経由で冷たい飲み物を口に含み、レイの意識は幾ばくか回復した。
「意外とレイって、ああゆうのが苦手なのね」
「…苦手って言うより、行く機会がなかったんだ…」
前世において、加藤玲という人間は引きこもりのニート同然の男だった。
共に外で遊ぶような友達を持たない男にとっては、子供の頃くらいにしかああいった楽しむ場所に行った記憶がない。
「よし! じゃあ次はもっと優しいあれにしよっか」
ライリーが次に指差したものは、ゆっくりと回るメリーゴーランドだった。
「確かに、あれなら乗れそうだな」
「でしょ? じゃ、行こ!」
そうしてレイとライリーは、様々なアトラクションを楽しんだ。
メリーゴーランド、コーヒーカップ、お化け屋敷に至るまで、普通に回るところは全て回った。
二人して笑い合いながら、しっかりと手を繋いで園内を歩き回った。
それはまるで普通の、ただのカップルの様でもあった。
「今日は、楽しかったね」
夕日の帰り道。
ライリーはそう呟いた。
「ああ、そうだな」
レイもそれに答えた。
「…こんな楽しい事を、ずっと積み重ねていければいいよね」
「え?」
ライリーは不意に立ち止まり、レイの方に向き直った。
「レイは、私と一緒に日々を過ごすのは、嫌?」
「いや、ちょっと…何を言ってるんだ」
レイはひどく狼狽した。
「私は、レイの事が好き。だから、レイの恋人として一緒に毎日いたいの」
それは不意の告白だった。
心身ともに女性たちと関係を持ったものの、こういった告白は初めて受ける。
そしてそれは、レイにとって人生初の女性からの告白であった。
「え…!」
「一緒にいたい、じゃなきゃ壊れちゃう…!」
そしてライリーは、レイの胸の中に飛び込んできた。
ライリーの体躯は引き締まっていながらも、女性的な柔らかさを持ち合わせている。
そんな身体から彼女の体温が、レイの胸にまで伝わって来た。
「毎日悪夢で飛び起きて、他の人間が信じられなくて、人混みが怖くて…そんな日々も、レイとなら超えられる。
二人でお互いの痛みを分け合えれば、きっと二人とも大丈夫よ…だから、お願い。」
ライリーの、レイを抱きしめる力が、一際強くなる。
「レイ…世界で一番愛してる」
「……」
レイも抱きしめ返そうと、手を伸ばしたその時。
『私は…誰を救えるんですか?』
脳裏にエレナの姿がよぎった。
その瞬間、レイは凍りついたように動けなくなった。
「お…俺は……」
すると、ライリーは何かを察したかのように、レイの身体から離れた。
「…わかってる。エレナのことが、好きなんだよね」
「! いや、その…」
「誤魔化さなくて大丈夫。わかってたから…全部、こうなる事も」
ライリーは、レイに背を向けた。
「ちょ、ちょっと…!」
「ごめんね。困らせるつもりなんて無かったの。エレナからあなたを横取りする気も、ないよ」
そしてライリーはレイの方を振り返った。
「今まで、本当にありがとう…さようなら」
その顔は、笑いながら泣いていた。
笑顔のはずなのに、その頬には涙が伝っている。
そしてライリーは走り去っていった。
「……ライリー」
レイは、その場を動けずにいた。
その翌朝、部屋のドアを叩く音で目が覚めた。
「起きろ、デズモンド! 早く開けるんだ‼︎」
声色からして、マリアのようだった。
かなり切迫した事態らしい。
靄のかかったような頭を振り、レイは何とか覚醒した。
部屋の鍵を開けると、マリアが飛び込んできた。
「何をやっているんだ、デズモンド! 少尉が…ライリー・デュボワが…」
何故だか酷く狼狽えた様子だった。
「少尉が自殺した…自宅で毒を飲んだんだ」
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