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第二章
第一話 帰還
しおりを挟む「ああ、良かった! 戻ってきたのね‼︎」
帰国して、レイはフランソワからの抱擁を受けていた。
デズモンド邸の玄関は相変わらず広く、そして豪奢だ。
「おかえり、レイ。よくぞ帰ってきてくれた」
その顔は相変わらず紳士的な微笑みを浮かべていた。
だがレイにはその顔が、何よりも忌まわしく感じられた。
「さぁ、今夜はご馳走ね! 腕がなるわ」
「酒も特注のものを用意しておいた。遠慮せずに飲め!」
彼らは何をいっているのか?
何かを祝う気分にはなれなかった。
「そうですか…すいません、用意ができたら呼んでください」
「おい、レイ⁉︎」
逃げ去るように走り抜け、自室に入った。
会話を続けたくなかった。
レイの心には不快感しかなかったからだ。
「今後しばらくは、各地のパーティーや催事に参加してもらうぞ。
今や戦争に勝利して、国中がお祭りムードだからな」
「……」
テーブルに並べられた料理を黙々と口に運ぶ。
そして時々、グラスに注がれた酒を一気に煽る。
酔いがまわる事で、何かを忘れられそうな気がした。
「息子が名実共に勇者になるとは…私も誇らしいぞ」
「…勇者?」
その言葉が、レイの耳についた。
「俺が勇者? 何処を見てそう思うんですか?」
「何処…それは、今まで打ち立ててきた戦果を見れば明らかだろう」
「民間人まで含めた人殺しが、戦果ですか?」
全員の手が止まった。
「…何を言ってる?」
「言葉通りの意味です。民間人を含めた殲滅という指令を俺たちは受けました。あなたを含めた上層部からね」
フランソワ夫人は、痛ましいとでも言いたげに口を両手で覆った。
「やめろ! 祝いの席で言うことか‼︎」
「じゃあお祝いはいいです。ご馳走様です」
そう言い捨て、レイは席を立った。
徐々に腹の底が煮えるような感覚に陥ったからだ。
数日後。
レイ、エレナ、ライリー、マリアの四名は、王宮で開かれるパーティーに主賓として招待されていた。
男は礼服、女はドレスを纏い、美酒と勝利に酔うパーティーだった。
そこは国中の富裕層が一堂に会していた。
「パーティー、か…馴染めないわよね。なんか」
「…私もです」
「……」
馴染めないどころの話ではなかった。
レイにとって、彼らは高みの見物を決め込んでいた連中に過ぎない。
安全なところから、仲間達が死んでいくのを眺めていたのだ。
白々しい気分に満たされていた。
マリアは大物達とのコネがあるのか、方々に挨拶に回っていた。
しかしその表情は何処か暗い。
「おお、これはデュボワ大尉ではありませんか! 此度の戦果は聞いておりますよ」
「コーヴィック様、あなたのお話は聞いておりますよ…」
いつしか二人も声をかけられ、取り巻きが出来ていた。
ため息をつき、その場から離れた。
あんな風に握手を求められたりするのも不快だからだ。
ましてや勇者とみなされているレイは、もっと人が群がる可能性が高いからだ。
ふと、壁に掛けられた大きな絵画に目がいった。
風景画のようでもあるが、少し違う。
なぜなら、そこにはレイの姿があったからだ。
彼が城の前に立ち、勝鬨を上げている。
それに応えて周りの兵士が両手を上げる絵だ。
「…あの、あなたはデズモンド伍長ですか?」
背中から声をかけられた。
そこには、老婆が立っていた。
このパーティーにいる群衆とは、少し毛色が違うように思えた。
というのも、全体的に小綺麗に纏まってはいるものの、質素な空気が漂っていた。
「…そうですが」
「まあ、あなたが…私はアリシア・クラム。カイン・クラムの祖母にあたります」
カインの親族だった。
しかしその表情は暖かで人間味があり、とてもカインの酷薄な顔とは結びつかなかった。
「そうでしたか…」
「あの子が戦死したと聞いて…最期にどんな風だったかを、あの絵の勇者様にお聞きしたくて」
「あの絵って…」
「はい、あちらの」
先ほど目についた絵だ。
「あれは誰が書いたんですか?」
「同じ帰還兵の方が描かれたと聞いてますが…魔王を討伐した際の光景を、そのまま描写したものだとか」
「…何ですって?」
あんなものは出鱈目だ。
あの戦場にいたなら知っている。
レイは最後には汚物を垂れ流しながら失神して、そのまま基地まで搬送されたのだ。
およそこの絵に描かれているような、勇ましい姿など一度も見せていなかった。
(プロパガンダかよ…)
レイは拳を握りしめた。
「あの子は、両親が殺されてからずっと、兵士になるんだと意気込んでいましたので」
「…殺された?」
「はい…」
それは、初めて聞かされる話だった。
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