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第一章
第四十二話 勝利と汚物
しおりを挟む「……なら、なんで」
「?」
「あんなに、無用な人死にを起こす必要があったんだ」
数多の死体の山が築かれた。
翼の生えた無垢な少女から始まり、多くのアズリエルの民間人が死んだ。
その光景は今でもレイの網膜に焼き付いて離れなかった。
平和な景色を一瞬で地獄に変えた、”血の祝祭”である。
「あんな女の子が…お前らの仲間だったんだぞ!」
「簡単な話だ。女子供でさえ貴様ら純粋種の人間が憎くて仕方ないからだ。
我々の歴史を知れば、憎まずにはいられないだろう。
ましてそれが自らの貧困を生み出しているとなれば、なおさらな」
「そんな…あんな子供に憎しみを植え付けて、人間爆弾にして…あんまりだと思わないのか⁉︎」
「貴様らがそれを言うか? 今も昔も、奪い殺し続けている貴様らが?」
「だったらどうした! 結局のところ、お前はただの人殺しだ‼︎
被害者ぶってみても、結局は弱いものを利用して大量殺戮を繰り返しているだけだ‼︎」
「よく言えたものだ。その原因が貴様ら自身にあると、まだ気付かんのか?」
「違う‼︎ あの子達を駆り立てたのは、他ならない貴様らだ‼︎」
「必死だな。そうまでして自分が正しいと信じたいか?」
「黙れぇぇぇぇっ‼︎」
レイは我を忘れてディミトリに飛びかかった。
しかし冷静さを欠いた攻撃を容易く読まれる。ディミトリは紙一重で攻撃をかわし、カウンターのボディブローを喰らわせた。
「うぐっ‼︎」
その強烈さに、レイの体はくの字に曲がった。
「頭に血が上っては、いい戦いはできんぞ」
ディミトリはそのまま両手で衝撃魔法の術式を放った。
それを真正面から喰らったレイは、奥の壁の方まで吹っ飛んだ。
背中を壁に強かにに打ち、脳髄が沸騰するような感覚をレイは味わった。
「う…ぐ…」
「やはり練度に差があるようだな。どうする? このままでは勝てんぞ」
挑発するようなニヤニヤ笑いを浮かべるディミトリ。
その姿を見ると、レイの中に例えようもない憤怒と憎悪が滾った。
(殺す……こいつだけは、なんとしてでもこの世から消し去る‼︎)
目の前の男が、あの少女の、リナの、全ての敵味方の死の原因である。
そう考えると、頭と心臓にマグマのような熱が生まれた。
「うわああああっ‼︎」
「くっ!」
全力でレイは衝撃魔法を放った。
今度はディミトリが吹っ飛び、レイとは反対側の壁に激突した。
「ふふっ…こうでなくてはな。さあ、もっと抵抗してみろ‼︎」
十数分間、全力のぶつかり合いが続いた。
衝撃、爆炎、氷結、雷撃といった、あらゆる属性の魔法がぶつかり合い、弾ける。
その威力は完全に拮抗しており、互いに一進一退を繰り返していた。
なんとかレイはクリーンヒットを当てることはできたが、その分何度か痛烈な攻撃を食らった。
続く激戦に両者の息は乱れ、次第に肩で息をするようになっていった。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
「くくく、スタミナが切れてきたか? 安心しろ、我も中々に消耗している」
しかしディミトリは未だ余裕の笑みを浮かべている。
彼のいった通り、実戦経験や練度はレイよりディミトリの方が上だ。
(ダメだ…このままじゃ、いずれ負ける)
レイもそのことに気付き始めていた。
完璧に五分五分のこの戦闘を続けたとして、最後には実戦の勘がものを言う。
その点に関して、ディミトリは優位に立っていた。
お互いに99%消耗しきったところで、最後に立っているのはレイではないだろう。
(どうすれば…何か打開策は…)
何か、この状況を破るものが必要だった。
そして、それはレイの視界の端に映った。
カインの亡骸、その手に握られたミスリルの大剣。
(純粋なミスリルは、ブースターになる…)
かつてのカインの言葉だった。
その言葉を信じるならば、あの大剣は勝機に繋がるかもしれない。
まずレイは最初に、魔王に飛びかかった。
「ふっ、また直線攻撃か?」
もはや読めているといった表情のディミトリである。
しかしレイは直前でステップを踏み、横に跳ねた。
「⁉︎」
その行動にディミトリは意表を突かれた。
そしてレイはカインの亡骸の前に立った。
「悪いが、借りるぞ…‼︎」
死後硬直が始まりつつあるその手から、無理やり大剣をもぎ取った。
やはりサーベルに比べれば相当な重さだが、それでも扱えない程ではない。
すると、大剣が眩いばかりに輝いた。
「な…その剣、純ミスリル製か‼︎」
魔王もレイの作戦に気づいたようだった。
「はああああっ‼︎」
剣に術式が輝き、カインと同じ波動が剣から放たれた。
やはりカインとレイのとでは威力が違うらしく、魔王の体に大きな裂傷をいくつも作った。
「ぐあっ‼︎」
その衝撃に、ディミトリは思わずたじろいだ。
その一瞬の隙を、レイは見逃さなかった。
「うおおおおおっ!」
突進した。
そして、敵の胸に大剣を突き立てた。
「ぐふぉっ‼︎」
「わあああああああっ‼︎」
そこでレイの理性は完璧に切れた。
激情に突き動かされるまま、何度もディミトリを切り裂いた。
やがて地面に崩れ落ちても、レイはまだ攻撃をやめなかった。
仰向けに倒れたディミトリに向かって、剣を幾度となく突き立てた。その度にディミトリは白目を剥き痙攣したが、それを確認する暇もなくレイは剣を振り下ろした。
やがて巨大な剣が折れると、今度は拳を振るった。その体に無事なところが無いように、その存在全てを殺すように。
いつしかその音もドカッ、ゴッといった音から、グチャ、ドチャッと湿り気を帯びたものになった。
もはやディミトリの体はピクリとも動かなくなっていた。
数十分後。
息を切らしたレイは、正気を取り戻した。
「……‼︎」
そして見た。
自らの血に染まった両手が。
そして人の形すら保っていない、死体とも呼べないような血肉の塊を。
「うわ、わあああっ!」
あまりの恐ろしさにレイは腰を抜かし、悲鳴をあげた。
臓物、眼球、脳漿、あらゆるものが無造作に飛び散った姿。
そのグロテスクな様は紛れもなく、レイの手によるものだった。
「う…うぶっ…おぅぐえええええっ」
あまりの衝撃に、レイはその場で嘔吐した。そのまま吐き出された胃酸は、容赦無く舌を焼いた。
そしてあまつさえ涙を流しながら、レイは失禁した。垂れ流しの汚物が床を汚した。
(だ、誰か…助けて…)
惨めに床を這い蹲り、その恐ろしい光景から背を向け逃げようとした。
そしてそこでレイの意識は途切れ、床に崩れ落ちた。
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