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第一章
第三十三話 バディ
しおりを挟む結果的に言えば、作戦はほぼ失敗に終わった。
小隊の重要なアタッカー、ジャマールを失った代償は大きい。
制圧自体はマリアとレイで容易く行えたが、いかんせん犠牲が大きすぎた。
ジャマールは二、三日目を覚まさなかったが、ある日突然目を覚ました。
右腕を失い、さらには体に麻痺が残ることを伝えると、彼は自嘲的に笑った。
「そうか…まぁ戦場だ、何が起こっても不思議じゃねぇ」
何処か、諦めにも似た悲哀があった。
「ごめんなさい…私、なんてことを…なんて謝ったらいいか…」
ライリーは泣きながらジャマールに詫びた。
ここまで悲痛なライリーの声を初めて聞いた。
常に笑顔を絶やさず、かつ利発さを失わなかった最初の頃からは、考えられない事である。
「よせよ…仕方ねぇことだって、レイだって言ってただろ」
「でも…う、ううっ…!」
ただ泣きじゃくるライリーの肩を、優しくレイは抱き寄せた。
「これで俺も本国に移送だとよ…一足先にお暇だな」
「ジャマール…俺は…」
何と言葉をかければいいのかわからなかった。
どんな言葉も、今の彼女には慰めにすらならないだろう。
いい言葉をかけてやれない自分の無力さが、ただ腹立たしかった。
「心配すんな、俺なしでもやっていける…そのくらい自分が強いことは、わかってんだろ?」
「…でも…」
「大丈夫だ、俺が保証するぜ」
そうやってニヤリと笑うジャマールの顔は、出会った頃と全く変わらなかった。
「今回の作戦失敗の責任は私にあります…私を前線から外してください」
後日、ライリーはマリアの元を訪れていた。
ジャマールを再起不能にさせたと報告し、自ら責任を取るつもりであった。
「しかしデズモンドの報告によれば、あれは事故だったそうじゃないか。
状況的に敵味方の判別の時間さえ無かったんだろう?」
「それは彼が私を庇ってくれてるだけです…明らかにあれは私のミスでした」
「もし仮にそうだとしても、これ以上戦力を失うわけにはいかない。
もう帰って休め。それが君にとって一番必要だ」
「大佐…私は罰が欲しいんです…でないと、おかしくなりそうで…」
マリアは立ち上がり、優しくライリーの肩に手を置いた。
「カーティス上等兵も君を許している。もう忘れるんだ」
「私がっ…私自身を許せないんです…!」
「…君のように聡明すぎるのも考えものだな」
ため息が漏れた。
「デズモンドの所に行け。君には奴が必要だ」
「え…なんでレイが…」
「とぼけるな。奴を好いていることを知らないとでも思ったか?」
「……」
「私のことはいい、コーヴィックのことも気にするな。これは上官命令だ、少尉」
「…失礼します…」
レイはベッドに寝転がり、考えていた。
これで小隊からは2人欠員が出た。
リナとジャマール、2人の穴は大きい。
特にジャマールが抜けた事で、攻撃に大きな支障が出る事は想像に容易い。
何より、これ以降の作戦で精神的な支えがないことがレイにとって苦痛だった。
「…お前も、俺の側からいなくなるのか」
訓練所時代から共に過ごしてきた、いわば相棒バディとも呼べる存在は、部隊の中でもジャマールだけだった。
豪快に笑う彼が心に支柱になっていた事を、レイは強く痛感していた。
突然、ドアをコンコンとノックする音が聞こえた。
それに気付き、レイはベッドの淵に起き上がった。
「…入っていい?」
ライリーの声だった。
「ああ、いいよ」
ドアがゆっくりと開いて、ライリーが部屋に入ってきた。
顔は青白く、瞳にも全くと言っていいほど輝きがない。
彼女はレイの隣に腰掛けた。
「…私は、これからどうしたらいいの?」
「いつもと一緒だ。俺と一緒に、作戦を遂行する」
「…仲間が死ぬかもしれないのに?」
「何度も言ってるだろ、あれは事故だ! そうやって自分を責めても、何にもならないんだ‼︎」
「そうかもしれない。なら、どうすれば私は私自身を許せるようになるの?」
「……それは……」
レイは返答に窮した。
もしレイが仲間を殺したとして、どうすれば罪の意識を振り切れるのか?
その答えはレイ自身にすらわからなかった。
「…とにかく、ミスを犯したと思うなら、これ以降の働きで挽回するしかないだろ」
よく言えたものだ、とレイは自分自身に対して思った。
いい答えが浮かばないからと言って、一般論で丸め込むのか?
社会とほぼ関わりの無かった自分が?
自ら発した言葉がここまで空虚に響いたことは、彼にとって未だかつて無かった。
「…そうだね、そうだと思うよ。それで何をするの?」
「何って…作戦行動だろ」
「また虐殺が始まるの?」
「‼︎」
まさしく言葉を失った。
「私の力は…ただ人を傷付けるだけのものだったの?」
「……」
「私たちは何をしているの…?」
しばらくの間、沈黙が流れた。
そしてレイはライリーの手を取って、答えた。
「もしライリーが自分自身を許せなくても、俺は許し続けるよ。
たとえ誰を殺しても、そのためだけの力でも、きっとどうでもいいんだ。
大丈夫、俺は少なくともそう簡単には傷付けることはできないはずだ」
すると、次第にライリーの両目から涙が溢れた。
そしてレイの胸に抱きついてきた。
それをレイは優しく包み込んだ。
「…私ってズルいよね。こんな時だけ、甘えるなんて」
「いいよ、気にしなくていい」
「しばらく、このままでいい?」
「ああ」
そうして、夜は更けていった。
レイの部屋に入り、そのまま出て来ないライリーを見て、エレナは全てを察した。
「仕方ない……事だよね」
その言葉とは裏腹に、胸の中がざわつくのをエレナは抑えることができなかった。
心臓の鼓動が早くなり、全身が粟立つような不快感が襲う。
(だめだ…今日も必要みたい)
エレナは踵を返し、足早に自室へと戻っていった。
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