上 下
32 / 123
第一章

第三十一話 終わらない

しおりを挟む

「嫌、嫌あっ! こんなのやだよおっ! リナ‼︎」

 エレナは既に命の無い彼女を抱きかかえ、号泣した。
 かつては彼女と仲の良かったエレナであったから、その悲しみは容易に想像できる。
 そんな彼女に対して、レイはただその肩を抱きしめるだけで精一杯だった。

「…っく、うっ…ひっく…」

 ライリーも泣いていた。
 同じ部隊の犠牲者が、無邪気で明るいリナというのは、殊更に酷い話でもある。

「…ちきしょう」

 ジャマールは俯いていた。
 ただ拳を握りしめているその姿は、レイと同じく自らの無力さに憤っているようにも見える。



 リナの遺体は、他の隊員と同じく本国に移送され、火葬されるという。
 すでに多くの亡骸を乗せた飛空挺は飛び立った後だった。

 昨夜の襲撃で、マリアたちは約半数の戦力を喪失した。
 レイとマリアの奮戦により何とか敵を退けられはしたものの、一般兵との戦力差は大きく、多くの兵が死んだ。
 これを上層部は憂慮し、以前よりも殲滅戦を中心に作戦を立てる方針を打ち立てた。
 マリアは最後まで反対したが、結局は上からの圧力に負けた。
 そして賛成者にはモーガン・デズモンド元帥もいたそうだ。

(元帥…あんたまでもが…)

 その事は、レイに少なからずショックを与えた。
 義理の父親が殺戮に加担しているというのが信じられなかった。
 人種差別にも反対し、異世界の住人であった自分を義理の息子として扱ってくれたデズモンド元帥が、一方的な殲滅作戦を支持しているのである。
 現実を前に、レイはただ項垂れる事しか出来なかった。

(リナ…)

 未だに覚えている。
 無邪気で幼い笑顔、低い身長、レイの名を呼ぶ声。
 それらは脳裏に焼き付いたように離れないものだった。
 もうリナは永久に笑いかけてはくれない。写真の中でしか顔を見ることはない。
 永遠に歳を取ることはない。
 声を聞くことさえ、叶わない。
 これから先触れる事もできない。
 そう考えるだけで、レイの目から涙が出た。
 昨夜は全員で泣き喚いたのにも関わらず。

『ゆ、許サナい……か、母ちゃンを…村ヲ…返せ…』

 なぜリナが死ななければならなかったのか、レイはふと理不尽な思いに駆られた。
 彼女はあくまで伝令兵であり、今回の作戦には参加していない。
 戦闘能力自体が乏しいのにも関わらず、軍人の一人として殺された。
 しかし大元を作ったのは、間違いなくレイたちである。
 そして向こうからすれば、同じ軍属である彼女を殺すことに対して、抵抗はないだろう。
 そしてそれを咎める資格が自分たちにないことも、レイは十分に承知していた。

(…俺は、無力だ)

 誰よりも強い力を持っていながら、大切な仲間を守れなかった。
 そしてこの喪失感を埋める術さえ知らない。

「俺が死ねばよかったんだ…!」

 手を下したのはレイたちだった。
 しかし仲間が死ぬのは耐えられない。
 ならば自分だけが死ねばいい。レイはそう考えた。

「それは違うわよ、レイ」

 いつの間にか隣には、ライリーが立っていた。

「あれは私たちの罪、貴方だけが背負っていいものじゃないわ。
 リナが死んだのは…きっと私たち全員の責任よ」

 そうして彼女はレイの隣に座った。

「死ぬときは私も一緒よ。あなたと共に逝きたい」
「そりゃ俺もだぜ」

 いつの間にかジャマールも現れた。
 彼もまたレイの隣に腰かけた。

「お前一人で背負うんじゃねぇよ…俺だって辛いんだぜ」
「…そうだな」

 そこには確かな温もりがあった。それだけが、レイの支えだった。
 そしてレイの全てだった。





 エレナの目の下のクマは日に日に深くなっていった。
 犠牲者は毎日大なり小なり出る。運良く生き延びても、腕や足を片方か両方失なう者も珍しくはなかった。
 特に今回の戦闘では、何十人もの兵士の治療を担当し、半数以上が死亡し、さらにはエレナが特に心を許していたリナまでもが死んだ。
 レイをはじめとした何人かが補助に回ったが、大抵の場合は無駄だった。
 軽傷の患者はレイやエレナの魔法で何とかなったが、重傷者はほぼ死にかけの場合が多く、回復の甲斐なくショック死か失血死した。

「…あと何人、死ぬんですか?」

 レイは何も答えられなかった。

「私は…誰が救えるんですか?」

 もはや眼の光の消えたエレナを、ただ抱きしめた。
 それしか何も出来なかった。

「リナ…どうして、どうして…!」
「ごめん…俺が、無力だから…」
「うっ…ひっく…」

 時だけが、無情に流れていった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

処理中です...