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第一章
第三十話 誰を、そして誰が
しおりを挟む敵は爪を振り払い、リナを乱暴に地面に放った。
その小さな体は内臓を撒き散らし、後ろに転がった。
「軍人ニシては骨がなカっタな…さぁ、次は貴様ノ番カ?」
次々と脇道の方から、新たなる敵兵がゾロゾロと現れた。
その数はざっと十人以上はあり、レイが普通の兵士だったならば、絶体絶命の状況かもしれない。
レイは目の前の状況に、ただ手を震わせたままであった。
「なァに、仲間の元二送っテ…」
敵が最後まで言葉を言い終わらないうちに、レイの絶叫が辺り一面に轟いた。
「うわああああああああっ‼︎」
レイは目に見える全ての敵に向かって、渾身の重力魔法を放った。
一瞬にして全員が黒い重力球に巻き込まれ、全身の骨が砕ける音を聞きながら、四肢も胴体も有り得ない方向に曲がるのを目にする羽目になった。
「グギぃっ!」
「ゴゲぁッ!」
「ギャアああっ!」
敵は断末魔の悲鳴をあげ、身体中をあらゆる方向に捻らせた。
リナと同じく骨や内臓をばら撒きながら、全員がグロテスクな姿を晒すこととなった。
「リナ‼︎」
すぐさまレイは、リナの元に駆け寄った。
幸にしてまだ息はあるようだが、しかし全身の何箇所もを鉤爪で貫かれており、もう長くないことは明白な状態である。
「あ、あはは…自分の、内臓…初めて見た…」
「リナ! 待ってろ、今エレナの元に…」
「む、無駄ですって…骨まで見えてたら、助から…ない…です、よ…」
リナの言うとおり、すでに所々から内臓や骨が見えており、そもそもの出血量からしても助けられる状態ではない。
レイが回復魔法をマスターしていても、結果は同じだろう。
「ど、どうしよ…伍長と、二人っきりになりたいって、思ってたけど…こんな、形で…叶うなんて…」
「リナ……」
これが最後の言葉になることを予期し、レイはリナの手を優しく握った。
するとリナは、もうほぼ残ってはいないであろう力を振り絞り、その手を握り返してきた。
「せ、戦場で、出会ってなければ…普通に、私…告白して、付き合ってとか…出来たかな…」
「…そうかもしれない」
「ふふっ…だったら、よかったのになぁ…」
力なく、リナは笑った。
「伍長…大好き、です……お先、に……」
そう言って、リナの腕から力が抜けた。
「リナ…!」
レイは亡骸となったリナを抱き締める事しかできなかった。
目の前で、大切な人が命を奪われる。その絶望と悲しみを、レイは初めて味わう事となった。
「なんで、だよ……」
レイは自らが許せなかった。
誰よりも強い力を持っていながら、なぜ彼女を守る事が出来なかったのか。
そのための力ではないと言うのか。
ただただ無力感だけが、レイを責め苛んだ。
「ウ、ぐゥ…」
微かに呻くような音が聞こえ、レイは振り返った。
幸か不幸か、敵の1人はまだギリギリ生きているようだった。
だがもう長くない事は一目瞭然である。
全身がほぼねじ切れている状態では、少なくともレイに向かって抵抗する事は、到底叶わないだろう。
「ゆ、許サナい……か、母ちゃンを…村ヲ…返せ…」
「村?」
「オ、お前らが…焼いタ…村、だ…」
「……‼︎」
その瞬間、レイはすぐに気が付いた。
彼らは騎士団が殲滅した村の生き残りである。
レイの記憶では、死体には女性や老人が多く、若い男は少なかったのを覚えている。
また作戦が日没前ということもあり、若い男たちが仕事に出かけている時間帯という事も十分に考えられた。
現に彼らは今まで相手にしてきたような、専門的な重火器による武装をしていない。
のであれば、軍属の人間ではない事は明白である。
「こ、これデ終わラない…周りの、集落一体ガ…動キ出シた……」
「何⁉︎」
「お前ラは、終ワリ、だ……」
それだけ行って、男は事切れた。
上空を見上げれば、空には同じように獣化魔法で獣の化した者たちが、千人近い群れで上陸しようとしていた。
恐らくは男の言った通り、被害にあった村の生き残りや、その周辺の集落の連合体だろう。
「…そんな…嘘だ…」
だとしたら、誰を恨めばいいのか?
その答えが見つかることは、永久になかった。
「やめてくれ…頼むから、やめてくれ…」
レイは両手をきつく握り締めた。
その間にも獣達は上陸し、基地を蹂躙せんとしていた。
すでに戦闘は始まっており、あたりでは銃声や絶叫が止む事なく続いている。
誰かが敵を排除しなければ、確実に全滅である。そしてその”誰か”は、明白であった。
「やめてくれえええっ‼︎」
レイは文字通り無双した。
襲いくる敵全てを切り裂き、燃やし尽くし、打ち砕いた。
その度に敵は断末魔の悲鳴を上げ、レイに向かって返り血を浴びせてきた。
誰一人としてレイに叶う者はいなかった。
ただただ圧倒的な力の前に、敵はなす術なく駆逐されていくのみであった。
そしてそれが本当に殺されるべき相手なのか、それは誰にも分からなかった。
全てが終わった。
レイは全身を真っ赤に染め、所々抉れて燃えている地面に崩れ落ちた。
あたり一面には敵味方問わず、多数の屍が転がっていた。それは凄惨な有様である。
「うわああああああっ!」
ただ絶叫だけが、虚空に消えていった。
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