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第一章
第二十四話 日常の戦場・その五
しおりを挟むそれからレイたちはお互いの身の上話や、なぜ入隊したのかといった色々な話をした。
「貴族出身なら、人様に誇れるような仕事に就きなさいって…
未だにああいう家系って、そういう見栄みたいな物があるのよ」
代々相続して来た遺産で、デュボワ家は教育に力を入れて来た。
奴隷制廃止を謳ったイブラヒム王と旧知の仲だったというプライドのせいか、彼らは常に人より位の高い職業を選択するように、子にも強要した。
そしてライリーは士官学校に入学し、最終的に王国軍少尉となった。
「マジかよ、貴族っつーのも大変だな」
「まあ私も、将来普通に結婚して、旦那に頼りきりってのも嫌だったし…好都合といえばそうだったのよ」
「んな奴と貧民街フッド出身の俺とチームを組むとはね…因果なもんだな」
「本当ね」
ジャマールとライリーはお互いに笑い合った。
考えてみれば、貧民街出身と旧貴族の令嬢という組み合わせも中々無いだろう。
ドラマでも無い限り、見かけないコンビだ。
「ジャマールさんも少尉も、家族はいるんですか?」
「いるわよ」
「まぁいるわな」
「そっかー…私、孤児院出身なんで、そういうのがイマイチわからなくて…」
話によると、赤ん坊の時に捨てられたらしい。
資金的な後ろ盾のない彼女では、まともな教育を受けられなかった。
そんな彼女にとって、兵士というのは唯一彼女がなれるハイクラスな職業だったらしい。
「ああ、給付金とか退役軍人保険だろ?」
「そうです! ジャマールさんもですか?」
「大体がそうだろ」
確かにこの2人は、境遇が似ているのかもしれない。
そして入隊した理由も、そっくりだった。
「エレナはスカウトされたのよね」
「ええ…」
「珍しいわね。基本的に中立の教会が、衛生兵とはいえ王国軍への入隊を許すなんて」
神の元の平等を謳う教会にとって、有事の際にどちらかに与する事は教義に反する。
だからこそ戦争には基本的に不介入であり、せいぜい敵味方問わずに医療補助とする程度である。
だがエレナの場合のみケースが違うようだった。
「私にも、わかりません…ですがお姉様の話によれば、私は"人質"なのだと…」
「人質?」
「詳しいことはわかりません…ですが教会内にも派閥争いがあるようなので…」
お家騒動の一環で出兵が決まったらしい。
「そういや、レイの昔の話って聞いたことねぇな」
「確かにそうですね…伍長って昔はどんな人だったんですか?」
エレナとライリーの顔に少しだけ緊張が走る。
レイの出生に関することは、機密事項扱いだからだ。
「…ここよりずっと遠い場所で生まれ、育ったんだ」
言葉を慎重に選びながら、レイは答えた。
「ここに来る前は、本当に何もできなくて、何も持っていなかった。
ここに来なければ、ただひたすら惨めな一生を送っていただろう。
だから、今の状況には感謝してるよ」
日常を失っても、とは答えられなかった。
思い出したくもない日々。ただ漫然と時間だけが過ぎる日常。ぬかるんだ泥の中をひたすら歩くような人生。
それと今の人生を比べれば、遙かに恵まれている、そのはずだった。
「こうして五人でいられることが、最高に幸せだよ」
「…でも、もしかしたら」
リナが目を伏せながら言った。
「五人で帰れるかどうか、わからないんですよね」
その通りだった。
命の保証など何処にも無い。流れ弾一つで死に至る可能性は十分にある。
その事を全員肌で感じていたからこそ、俯いて黙るしかなかった。
「…そうかもしれない。でも、大丈夫だ」
その事を理解しつつも、言わざるを得なかった。
「…俺がみんなを守るよ。そのために、この力はあるんだ」
偽らざる気持ちだった。
生まれて初めて結んだ絆。それは世界に取り残されたレイの、最後に残った尊いものだった。
たとえ安らぎを奪われても、この仲間がいれば。そんな気持ちになったのは、これが初めてのことであった。
「…はい、レイ様に…守ってほしいです」
微かに顔を赤らめて、エレナが呟いた。
「ちょ、ちょっと! リナも守って下さいよ‼︎」
頬を膨らませて、リナが腕に抱きついてきた。
「べ、別に守ってもらうほど、弱くなんてないし…」
ライリーは目を逸らし、微妙にもじもじしている。
「…だから、私が…あんたの事、守るわよ」
「…ありがとう」
レイが微笑むと、ライリーは咄嗟に目を逸らした。
ジャマールはそれをにやけた表情で見つめていた。
「おーおー、羨ましい限りだな。俺もあやかりてぇよ」
「ジャマールさんは抱き心地が良くなさそうです!」
「あんたの事嫌いじゃないけど、ゴリマッチョは苦手なの」
「ひでぇ‼︎」
「ていうか、ジャマール様は普通に彼女がいらっしゃるのでは…」
全員で笑い転げた。
レイも先程までの気分が嘘のように笑った。
(守りたい)
元の世界では見つける事の出来なかったもの。
それがここには存在していた。
(だから、俺は戦う)
理由はそれだけで十分だった。
例え、それが心を少しずつ壊していく事と同じだとしても。
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