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第一章
第二十三話 日常の戦場・その四
しおりを挟むもはや日も沈もうかという時刻、レイはふらつく足取りで酒場に辿り着いた。
街の飲んだくれ達で騒がしい店内を横切り、レイはカウンター席に腰掛けた。
「…一番強い酒をくれ」
「あいよ。飲み過ぎんなよ」
グラスに出された琥珀色の酒を、レイは思い切り飲み干した。
喉の奥が焼けるような感覚を味わいながら、叩きつけるようにグラスを置いた。
しかし濃いアルコールを以ってしても、レイの不安や胸のつかえは取れなかった。
それどころか更に深くなっている気さえしてくる。
「…二杯目」
「やたら酒が進むなぁ、仕事で失敗でもしたかい?」
酒場のマスターと思しき人物が声をかけてきた。
その明るく気さくな対応から、こうした客には慣れている事が容易に想像出来る。
「…そういうわけじゃない」
「まぁ、金がある内は好きなだけ飲みな」
そう言って彼は立ち去っていった。
(余計なお世話だよ)
飲んだところで何も変わらない、でも飲まずにはいられない。そんな気持ちを抱えながら二杯目に手をかけると、入口の方でまたドアを乱暴に開ける音が聞こえた。
「……ジャマール!」
「おう、レイかよ」
どこか険しい表情で、ジャマールはレイの横の椅子に座った。
初めて出会った時のような、豪快な明るさは無かった。
「お前も飲んでんのか」
「ああ、ジャマールもか?」
「飲まねぇとやってらんねぇんだよ。おう、俺も同じの一杯くれ」
レイと同じ一番強い酒のグラスを、ジャマールは一気に飲み干した。
そこでレイは、初めてジャマールの頬が少し腫れている事に気がついた。
「…ケンカしちまった」
「ケンカ? ひょっとして、彼女とか?」
「ああ…普段だったら流せるはずの事が、やたらイラつきやがる…どうなってんだよ、俺は…」
「……」
沈黙が流れた。
レイにはジャマールの気持ちが痛いほどよくわかった。
街行く人々の脳天気な顔が苛立ってしょうがない、そんな感情に常にレイも戸惑っている。
「…とりあえず、飲もう」
「ああ、そうすっか」
結局2人合わせて、何本ものボトルを空にした。
戦友と二人で楽しむ打ち上がる、というわけにもいかなかったが、しかし同じ戦いを生き抜いたもの同士しか分かり合えないものがそこにはあった。
千鳥足になりながら、彼らは町外れの小高い丘に来ていた。
「ほぉ、いい眺めだな」
「だろ? 俺のお気に入りなんだぜ」
暫く景色を眺めていると、見覚えのある姿を眼下に発見した。
腰まであるワインレッドの髪、長身と凛とした顔立ち。
しかしどこか表情は暗く、虚ろな目でとぼとぼと歩いていた。
気がつけば、レイはライリーに向かって駆け寄っていた。
「ライリー!」
「……レイ、それにジャマールも」
ライリーはレイたちに気がついたようだった。
「2人で飲んだ帰りなんだ。ライリーは?」
「……」
ライリーはただ俯いて、黙り込むだけだった。
「まぁ、向こうで話そう」
「…うん」
「…マジかよ」
「自分で自分が信じられないの…丸腰の民間人に向かって暴力を振るうなんて」
二人は座り込み、ライリーの話を聞いていた。
レイには想像もできなかった。
優しく理知的なライリーが、激情の赴くままに他人の暴力をふるうとは。
ジャマールもそれは同じようで、目を丸くして聞いていた。
「私…おかしくなっちゃったのかな」
「…それは、俺たちも同じだよ」
「そうだな。少なくとも、お前を責める資格はねぇよ」
「…そうなの?」
「ああ。俺も…なんかいろんなものがイラついてしょうがないんだ」
「俺もだぜ。そのせいで彼女と喧嘩するハメになっちまった」
「……」
「きっと、みんな同じだよ」
ライリーはどこか安心した様子だった。
「あっ、伍長!」
場に似合わない明るい声色が響いた。それはリナの声であり、後ろにはエレナを連れている。
リナは幾ばくか明るい表情だが、エレナは今にも泣き出しそうな表情だ。
「…レイ、様…」
「エレナ…」
エレナは一瞬だけレイの目を見ると、またすぐに俯いた。
何が起こっているのかは、大体が察しがついた。ここにいる人間は、皆同じような目に合っているからである。
「もう大丈夫だよ」
「……っ」
いつの間にか、エレナの目には大粒の涙が浮かんでいた。
彼女が泣き出す前に、レイはエレナを抱きしめた。
「何も、心配しなくていい」
「うっ…っく…」
誰もが普通に生きられない。
ここにいる全員が、同じだった。
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