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第一章
第十一話 前衛部隊
しおりを挟むちょうど日が暮れる頃に、飛空挺は前線基地にたどり着いた。
辺りは土埃を含んだ風が吹き、地面は水分をほとんど含んでおらず、カラカラに乾いてひび割れていた。
本営となる建物が立っている以外は、巨大なテントが何十個も建てられているだけだった。
そして現在、レイを含む補充人員は全員、建物の中にある作戦司令室に集められていた。
「ようこそ、諸君。ここが敵との戦いの最前線だ」
魔法で映し出されたモニターの前には、金髪の凛々しい表情の女性が立っていた。
女性らしい起伏に富んだ体型と、戦闘用に研ぎ澄まされた精神を感じさせる、まさしく女性士官といった趣きだ。
「私はマリア・アレクサンドル大佐だ。この中隊の指揮を任されている。よろしく頼む」
全員が敬礼した。
上官が女という事で見下した態度をとる輩が出るかと思われたが、意外にも皆そういった事は表に出さず、素直に礼を尽くした。
「まずはこれからの方針について話しておかねばなるまい。
レイ・デズモンド伍長、ジャマール・カーティス上等兵、ライリー・デュボワ少尉、エレナ・コーヴィック衛生兵、リナ・クロウ上等兵!」
レイ、ジャマール、ライリーの他に、先ほどの栗色の長い髪をした女と、短い黒髪の背の低い女が立ち上がり、敬礼した。
「彼ら五人が攻撃の前衛となり、前線を切り開いていく。また撤退時には彼らに殿しんがりを務めてもらう。
我々は最大限彼らを援護し、最小限のダメージで敵を制圧していく。それが我々の基本方針となる。以上だ」
レイの身体が強張った。
これから最前線で戦うことになる。
しかも仲間はたった4人だけ。
それはレイを戸惑わせるには充分な事実だった。
その後は詳細な戦況や、判明している分の敵の拠点などの説明に充てられたのち、解散となった。
「デズモンド伍長は残れ。衛生兵と少尉もだ」
少しだけ、ギクリとなった。
前の世界の経験からいくと、こうして呼び止められるケースというのは、何かしらを咎められる時だ。
全くの初対面で無礼も何もないはずと思いはしたものの、嫌な予感を感じながらレイは足を止めた。
次々と兵たちが出て行き、最終的にレイとライリー、そしてエレナと呼ばれた栗色の髪の女が残された。
「本物を見るのは初めてだな。まあ、掛けてくれ」
意外にも柔らかな表情で、着席を促された。
レイを含めた3人は大人しく席に着いたが、レイ一人が状況を読み込めていないようだった。
現に他の二人がある程度わかったような顔をしている。
「改めて自己紹介しよう。私はマリア・アレクサンドル大佐だ。君が元帥の養子、デズモンド伍長だな」
「はっ」
「異なる世界から来たというのは、本当なのか?」
微かに体が揺れた。
レイが異世界から転生して来たことは、今の所政治家か元帥クラスの人間しか知らないはずだった。
少なくともレイはそう教えられていた。
「一応君のことは聞いてはいる。上級士官たちは皆知っていることだ。ここにいるデュボワ少尉とコーヴィック衛生兵も知っている」
2人が頷いた。
「生まれ変わって早々に戦場の最前線に配置というのも、我々としては心苦しいが…現状では君以外に頼る人間がいないのが現実だ」
「…承知しております」
「少尉とは面識があったはずだな。では、彼女に挨拶したまえ」
そう言って彼女はエレナと呼ばれた女性を見た。少々バツが悪そうにしているところを見るに、レイたちに比べて訓練経験が乏しいことは明らかだ。
「はじめまして、エレナ・コーヴィックです」
「え? は、はい…」
少々面食らった。
シビアな訓練を積み重ねてきた者たちが集まっている中で、彼女だけが唯一優しげで人を包み込むような笑みを浮かべていた。
軍隊的な挨拶が身に染み付きすぎたせいもあるのだろうし、何より周りが戦闘に特化した人間ばかりなのもあって、彼女の存在は浮いて見えた。
「これかた君たちは一心同体だ。
しばらく自由時間だ、お互いの身の上でもよく話し合っておくといい」
マリアは三人に微笑み掛けた。
それは何処か、軍人らしくない、暖かなものを感じさせた。
「まさか、少尉と一緒になるとは…驚きました」
そういうと、ライリーはクスリと口元に手を当てて微笑した。
「敬語じゃなくていいって言ったでしょ。
これからは正真正銘の仲間なんだから、仲良くやりましょ!」
そう言ったライリーの笑顔に、やはり何処か育ちの良さのような物を感じた。ジャマールの話しでは、彼女は古い貴族の出身とのことだ。
そして何より、彼女はレイたちと違い上級士官であり、恐らくは士官学校出身だ。にも関わらず、立場が下の者にさえ笑いかける優しさが彼女にあった。
「それで、えっと…」
エレナの方を見た。
「エレナ…だっけ?」
「はい、エレナ・コーヴィックです」
「悪い意味で捉えて欲しくないんだけど…何か、軍人っぽくないよね」
気を悪くするかと思いつつ、レイは正直に言った。
ライリーやマリアに比べて、軍人的な訓練を積み重ねたような空気が無かった。
加えて彼女が見せる、包み込むような優しい笑みは、戦闘行為というものからはおよそ掛け離れて見えた。
「それもそうだと思います。私、元々は軍人ではないので…」
「軍人じゃない?」
「ここに入隊する前は、アドナイ教の友愛会の医療補助士として働いていました」
彼女曰く、元々は教会本部のあるアルマ教主国という島国に住んでいたらしいが、アズリエルに移動となり、永住権も得たらしい。
その過程で軍から衛生兵としてスカウトされ、今に至るらしい。
「基本的に中立な立場の教会としては珍しい事なんですが…よろしくお願いします」
彼女は微笑んだ。
それだけでレイは心の中の何かが軽くなったような心地になった。
隣でライリーが悪戯っぽく笑った。
「彼女は一応非戦闘員だから、守ってあげなきゃね」
「あ、ああ…」
「おお、戻ってきたか」
「お疲れ様です、伍長殿!」
テントにはジャマールとリナと呼ばれた伝令兵がいた。
リナは短い黒髪の女性で、どちらかと言うと素早い小動物のような印象があった。
彼女の快活さと愛嬌のある顔立ちがそう思わせるのだろう、人から好かれるタイプの人間だ。
「ジャマール上等兵からお話を聞いておりました!
何でも他の志願兵をモノともしない強さで、尚且つ人種差別をしない高潔な心の持ち主と伺っております!」
「いや、高潔って…そりゃ言い過ぎだよ」
「デズモンド伍長の元で戦えるのは光栄であります! よろしくお願いします!」
頬が紅潮するのをレイは感じた。
別に何か特別な事をしたわけではない、ただ良識に則った行動をしただけなのだ。褒められるような、敬われるような事は何一つしていない、そう思っていた。
「よかったなぁ、美人どころが多い小隊だぞ」
ジャマールがニヤニヤと笑いながらレイの肩に手を置いた。
そこまできて、レイはふとあることに気がついた。
(もしや、これは…異世界チーレムか!?)
もはや疑う余地は無かった。
生まれ変わった異世界、チート級の能力、慕ってくれる美少女たち。まごう事なき現世で夢にまで見た異世界チート転生ハーレムである。
若干化学技術が発展しており、友人ポジションの人物ジャマールもいるが、関係ない。
むしろローテク過ぎても不便だし、同性の友達がいないのも、それはそれで寂しいものだ。
改めて彼女たちを見た。
強さと聡明さを併せ持つライリー。
全てを包み込んでくれるようなエレナ。
一緒にいるだけで楽しくなるリナ。
(……いよっしゃああああ‼︎)
心の中でレイは思い切りガッツポーズした。
現世では友達さえいないも同然、女性と話した回数など片手で数える程度なのだ。
この世の春が来たれり、と思うのも無理は無かった。
今立っている場所が、戦場だと忘れるのも。
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