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第一章

第九話 共に

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 その夜。
 他の訓練兵たちはみんな、イビキをかいて眠っている。
 うっすらと月明かりだけが室内を照らし、微かに視界を明るくした。

「ジャマール、起きてるか?」

 ふとレイは問いかけた。

「…ああ、起きてるよ」

 幸いにも、あまり眠そうではなかった。

「何で兵士になりたいんだ?」

 考えてみれば不思議な話である。
 差別され虐げられる事など、ジャマールにもわかりきった事だったはず。
 にも関わらず、何故国家のために忠誠を誓い、敵を倒す軍に入りたいと思ったのか。
 国家は過去には差別を助長している法案さえ通し、現在もそれは続いているのにも関わらずだ。

「まあ、そりゃ金のことはあるよな。退役後は毎月補助金が出るし、色々と保険にも入れるようにもなるし…」

 確かにそれは魅力的ではあった。
 貧民街出身で高等教育を受けていないとあっては、大金を稼ぐ方法は少ないはずだ。
 非合法な手段を除くと、兵隊くらいしかないのだろう。

「でもよ、やっぱ…兵隊になりゃ、ちゃんと一人の人間として見てもらえるってゆうのが大きいかもな」
「一人の人間?」
「ここで手柄を立てりゃ、偏見を持たれずに済む。それどころか、英雄にだってなれるかもしれねぇ。俺の家族も安心して暮らせる。だからかもな」
「……」

 レイは返答に窮した。
 彼はただ流れのまま、命じられるままに来ただけだった。大層な理念や思想を持ち合わせてきてるわけではない。
 自分が言葉を発するのを、無性に恥いってしまっていた。

「…そろそろ寝るぞ」
「ああ…」

 二人は眠りについた。
 そうして夜は深まり、やがて明けていった。






 浜辺に兵士たちが、全身を泥水まみれにし、全員整列している。
 薄ら寒い風が吹きすさぶ中、皆が身体をガタガタと震わせながら凍えていた。
 新兵訓練も佳境に入っていた。
 今行われているのは、人間を生きた兵器へと変える最後の仕上げである。
 1週間ほぼ飲まず食わず、不眠不休に近い状態で心身共に極限まで全員を追い込む。
 そうすることで新兵は如何なる状況でも屈しない、真の精鋭”アズリエル王立騎士団”の一員となる。
 現在3日が経過し、全員が身体中を濡らし凍えさせることで、凍死寸前の状況まで追い込まれつつあった。
 ここでもやはりレイのチート能力は発揮された。
 他人からしたら凍え死ぬところだが、レイにしてみれば普通の冬の日と変わらないくらいだった(多少クシャミをし、教官に鉄拳を喰らいはしたが)。

 レイは隣にいるジャマールを横目に見た。

(頑張れ、ジャマール)

 その両眼に、レイはありったけの思いを込めた。
 それを察したのか、彼は微かにニヤリと笑った。







 訓練最終日。
 最後の訓練はバディと二人組でのレースだった。
 小高いな山の外周に、それぞれのペアが散らばり、皆違うスタートポジションにつく。
 剣とナイフ、拳銃やサブマシンガンの様な連射式の銃、弾丸、非常用食料、救急キットなどフル装備の状態で山頂を目指す。
 これにも制限時間が設定されており、24時間以内にゴール出来なければ失格となり、これまでの1週間は無駄となる。

 レイはやはりジャマールと組んでいた。
 流石のレイも疲労困憊だが、他の皆ほどではない。
 ジャマールはもはや身体中から生気が抜けて切っており、それでもなお両眼に光を宿していた。
 切り拓かれていない山のあぜ道を懸命に進む。
 未だ体力に幾ばくか余裕あるレイが先導する形で、ジャマールは息も絶え絶えに進んでいた。

「少し休もう、ジャマール。現地点から目標までの必要時間を逆算すれば、休息が取れる余裕がある」
「……そうか……すまねぇ……」

 小さく掠れた声で、ジャマールは答えた。
 生命力と呼ばれるものが枯渇しきっているのが、その声だけでわかる。
 半ば倒れこむ様な形で、ジャマールは地面に手を付いた。

「大丈夫だ。俺はまだ余裕があるから、何とかお前を引っ張っていける」
「すまねぇ…本当にすげぇな、お前は…」

 弱々しく彼は微笑んだ。

「…戦争に行ければ、俺は人間になれんだ」

 ジャマールは微かに呟いた。

「イブラヒム王が奴隷制を禁止しても、エドワード先王がモンゴメリー法を撤廃しても、俺は結局1人の人とは認められなかった…」

 イブラヒム王。
 確か奴隷制を撤廃し、その後の王国憲法修正の切っ掛けになった人物という話だ。
 エドワード先王の名前も、本で見た。
 デズモンド元帥に、この世界の基礎教養として与えられた書物の中に、2人の名前があった。

「何でここまでしないと、俺は普通になれないんだ…?」

 通常の人間と区別され、下に見られ、貧困に喘ぎ、誰もが産まれた瞬間から持っている、衣食住や人間としての権利を著しく侵害される。
 法律から庇護され、平和で安全な、秩序の下で暮らすという世の中の"普通"が、ジャマールにはあまりにも遠すぎたのだ。
 そのことをレイは瞬時に悟った。

「しっかりしろ、ジャマール!」

 レイはジャマールの肩を揺さぶった。

「もう少しで目的地だ。あと少しだけ頑張れば、お前は勇者にだってなれる。そんじょそこらの人間がホイホイなれるものじゃない。
 お前を見下してきた奴ら、差別してきた奴らには永久になれない者だ。それでもお前を罵る奴がいるなら、俺が許さない。
 だから、行こう。俺と一緒に、勇者になるんだ。」
「……ああ」

 レイの手を掴み、ジャマールは立ち上がった。




 しばらくすると森林地帯を抜け、山頂が見えてきた。
 未だ誰も居ないところを見ると、自分たちがトップで辿り着いたらしい。

「よし、見えてきた! このまま行くぞ‼︎」

 レイは足早に駆け出した。
 余力は少ないものの、先にゴールを確保する程度に体力が残っている。
 ジャマールに先導し、ハイペースで山頂への坂道を登って行った。
 そして最後には数メートルの岩肌があり、山頂へ辿り着くには軽いロッククライミングが必要だった。
 クライミングなど未経験にも関わらず、レイは岩を掴み、軽々と山頂まで辿り着いた。
 だがジャマールは難儀している様子だった。
 致し方のない話である。
 レイのチート能力が異常なのであって、ここまでの極限状態ならジャマールのように手こずるのが普通である。


「う…ぐ…」


 ジャマールの手は震えていた。
 もはや限界などとうの昔に超えている。
 あと1メートルの所で、動きがストップした。


「ジャマール!」


 レイは山頂から手を差し出した。
 少し驚いた顔の後、ジャマールはその手をしっかりと掴んだ。
 そしてレイは片腕でフル装備の彼を引っ張り上げた。



「…やった!」
「トップ合格だ‼︎」



 二人は思い切り抱き合った。



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