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第一章

第六話 洗礼

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 見たことのない大柄な子供が、自分を見下ろしていた。

『おっしゃー、今日は何の技かけて遊ぶかな』
『とりあえず三角絞めでいいんじゃね?』

 自分が怯えているのは、何となくわかった。

『や、やめ…』
『よっしゃ、先ずはエビ固めからだな♪』

 そこから先は真っ暗だった。

 ただ激情を自らの中に感じた。

 憤怒、絶望感、憎悪…

 あらゆる負の感情に、飲まれていった。









 目覚めると、馬車の中だった。


「やっとお目覚めかぁ?」


 どうやら隣の男の肩にもたれかかっていたらしい。

「あ、ああ、すみません…」
「これから地獄の始まりだってのに、図太い神経してんなぁ」

 その男はカラカラと笑った。
 日焼けではない、生まれつきであろう真っ黒とした肌に、猛々しく隆起した筋肉。
 両サイドを刈り上げた、チリチリの短髪にワイルドな髭。
 前の世界では縁もレイと所縁もないような男だ。
 ゆっくりと馬車に揺られて、既に6時間が経っていた。
 レイとその他候補者を乗せた馬車は、西海岸沿いの新兵訓練所に向かっていた。


(あれは…見たことの無い顔だったな)


 レイは先程見た夢について考えていた。
 どこかの苛められっ子の視点の夢のようだったが、レイ本人ではなかった。
 苛めっ子たちの顔に全く見覚えがなかったからだ。

「そろそろ見えてきたぜ…あれだ」

 参加者の一人が、指差した。
 辺り一帯を有刺鉄線に囲まれたそこには、小さな煉瓦造りの建物が何件かあった。
 外の開けた場所には巨大なアスレチックのようなものが多数並んでおり、いかにも映画に出てきそうな訓練所といった趣である。


(うわぁ…流石に不安になってきた)


 それもそのはず、兵隊としての訓練は映画の中だけでしか見たことがなかったが、それでも非常に過酷なものだというのは常識として知ってはいた。
 先の暴漢撃退の件があるとはいえ、どれだけ体が持ちこたえてくれるかどうか未知数な以上、レイが不安がるのも無理はない。
  
「やっと緊張したツラしてきたな、ははは」
「はあ…」

 肌の黒い男が笑った。
 しかし周りの男たちはニコリともせず、それどころかレイたちを睨みつけているようにも見えた。


(???)


 そうこうしているうちに、馬車が止まった。

「さあ、着いたぞ! さっさと降りな‼︎」

 馬車の御者が急かした。
 恐らく彼も軍隊関係者なのだろう、かなり口が悪い。




 まず全員が通されたところは宿舎だった。
 各自のベッドや荷物置きは、事前に渡された紙に書かれていた。
 全てのベッドは二段式になっており、二人で共有する形になっていた。

「よぉ、俺たちがペアみたいだな」
「え、ああ…」

 先ほどの陽気な肌の黒い男だ。
 レイは少しだけ安心した。
 少なくとも悪人ではないぶん、ペア同士で揉めることは少なそうである。


「おいおい、非人種の分際でなに調子こいてんだよ?」
「国を守るような重要な役目は、黒虫の役目じゃねぇんだよ」


 屈強な男二人が彼に因縁をつけてきた。
 そこまできて、レイは初めて気がついた。
 志願兵は彼を除いて肌が白く、目の色が鮮やかな青や緑であり、当てはまらないのはレイと肌の黒い彼だけだ。

「おいおい、ご挨拶じゃねぇか?」

 彼は睨み返した。口元は笑っていたが、眼は怒りに満ちていた。

「お、おい、やめろよ…」

 レイがおずおずと止めに入った。
 チート能力を授かっても、心根が変わるのには時間が必要なようだ。

「うるせえ! 調子こいてんなよ」
「先ずはてめえから躾けてやろーかぁ?」

(おいおい…このパターン、この前もあったぞ)

 レイは運命を呪った。
 人を助けようとすると、どうしてこうもタチの悪い輩に絡まれるのか。

「おい、そいつは関係ねぇだろ!」

 肌の黒い男が叫んだ。

「おらぁ!」

 輩がレイの顔面を思い切り殴った。

(…やっぱり痛くない)

 平気な様子のレイを見て、そこにいる全員が驚愕の表情を浮かべた。

「こ、このヤロー‼︎」

 逆上してまた襲い掛かってきた。

 その次の瞬間ーーー





「静かにしろ‼︎」





 怒声が部屋中に木霊した。
 その場にいた全員が横一列に整列し、一斉に気を付けの姿勢を取った。
 ワンテンポ遅れる形でレイも列に加わり姿勢を正したが、幾ばくか滑稽に移ってしまった。

(カッコつかねぇ…)

 先ほどの怒声の主と思われる男は、後ろに手を組みながら歩いてきた。
 コツコツと軍靴の音を響かせ、屈強な取り巻き二人を引き連れながら、そこにいる全員の顔を見渡した。
 まさしく戦争映画のテンプレ鬼教官といった趣で、そこにいる全員を静かにさせるには十分だ。

「私が貴様らの上官であり神でもある、ヴィクトル・リー軍曹である。
 神である私に対する答えは常に『はい、上官殿』か『いいえ、上官殿』だ。いいかゴミ屑ども!」


「「「「「はい、上官殿!」」」」」


「ふざけるな! でかい声を出せ、このオカマども!!」


「「「「「はい、上官殿!!!」」」」」


「私の使命は貴様らゴミ屑を、王国のために生き、王国のために死ぬ、生きた兵器にする事だ。
 その時まで貴様らには人ではない! 虫にも劣るクソ野郎どもだ! 承知したか!!!」


「「「「「はい、上官殿!!!」」」」」


「ここで行われるのは只の新兵訓練ではない。
 アズリエル王国最強と言われる精鋭”アズリエル王立騎士団”のための訓練所だ! 
 この誉れを汚すことは許さん!!!」

 まさしく鬼教官だ。
 30年以上生きてきて、スポーツどころか部活すらろくに経験のないレイにとっては、まさしく戦々恐々である。
 その鬼教官・リー軍曹は例の隣の、肌の黒い男の前でふと歩みを止めた。

「おい、黒虫!名を名乗れ!」

「ジャマール・カーティスであります、上官殿!」

 どうやら彼はジャマールという名前のようだった。
 先程も『黒虫』というのが差別用語であるようだ。
 少なくとも褒め言葉でない事だけは、流石のレイでも理解できた。

「なぜ黒虫が志願した?」
「王国民としての忠誠心を見せるためであります!」

 突然軍曹がジャマールにボディブローを喰らわせた。
 軽く呻き声をあげながら、その場に膝をつけようとしたが、軍曹はそれさえも許さなかった。

「ふざけるな、そんな事で何が忠誠だ!銃弾で蜂の巣にされても倒れんぐらいの根性を見せろ!!」
「はい、上官殿!!」

 新兵にとっては、ある種の洗礼に近いのだろう。
 全員が怯え緊張しながらも、平静な顔を保っていた。
 ふと軍曹がレイの方を見た。

(おいおい、こっち見んな!)

 そんな思いとは裏腹に、軍曹は例の目の前に立った。

「貴様は誰だ、チビのエテ公!」

 悪い予感が的中した。
 軍曹はレイを全力で睨みつけ、威圧した。

「レレレ、レイ・デズモンドであります、上官殿‼︎」

 少しだけ声が上擦った。
 周りの志願兵たちが笑いを堪えているのが、何となく空気で伝わった。
 しかし軍曹は全く応えず、逆に気迫を増して迫ってきた。

「貴様か、元帥閣下の所のお坊っちゃんは?」
「はい、上官殿!」
「我々はパパとママほど甘くないぞ、このサル野郎!」


 思いっきり軍曹はレイの足を踏んだ。


 が、まったく痛みを感じた様子がない。


「こ、この…!」


 腹や脛を数回、思いっきり殴る蹴る。
 だがレイは全く応えず、緊張した面立ちではあるものの、一切ダメージを受けていない。
 これには流石に軍曹もたじろいだ様だった。

「か、可愛がってやるから覚悟しておく事だな!」
「はい、上官殿‼︎」

 心底レイは安堵した。
 あまりにも高い緊張感で、窒息しそうであった。

「10分後に初日のトレーニングを始める! 10分以内に着替えてグラウンドに集合せよ‼︎」

「「「「「はい、上官殿!!!」」」」」



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