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第一章
第三話 赦したまえ
しおりを挟む次の朝、レイとデズモンド元帥はアズリエル王国市街地にいた。
「どうだ、栄えているだろう?」
「ええ、そうですね」
確かに人や店は多く、活気豊かで栄えていた。
しかしレイが何より驚いたのは、この世界の魔法による技術水準の高さだった。
投影魔法によってテレビ電話がどんな場所でも繋がり、またそれらを利用した擬似的なテレビ番組のような物まであるほどだ。
新聞も刷られるほど製紙技術も盛んであり、人々は常日頃から新しい情報を手にできた。
メインの交通技術は確かに馬車ではあるが、遠距離の場合は車や飛空挺も用意されており、しかもそれが個人用から軍隊用の凄まじく規模の大きい物まであった。
道端で休憩中の兵士たちを見かけたが、盾や鎧に剣というスタイルではなく、黒いPコートに銃(現代より少しアニメ的な大振りタイプで、装飾が施されてはいたが)という近代的スタイルだった。
(異世界だからって、常にローテクってわけじゃないんだな…異世界転生のラノベとは違うってことか)
実際に異なる世界に生まれ変わってみると、レイが抱いていた偏見は全て覆った。
どうせ異世界人なんて未開の土人だから、俺が現代の知恵で驚かせてやろう、と考えていた。
しかし実際にこの世界で生活してみて、不便を感じたことなど一つもなかった。
むしろ頭で思い浮かべるだけで大抵のことが出来てしまうので、逆にスマートフォンを操作するより便利かも知れない。
(天気・湿度・降水確率に至るまで、頭に術式を浮かべただけでわかるからな)
そう思いながらレイは、頭の中で術式を思い浮かべた。
すると目の前にスクリーンのようなものが映し出され、その日の天気等の情報がズラリと並んだ。
街に出る前、レイは元帥からいくつかの魔法を教わっていた。その一つが、この天候予測である。
その他にもマップ表示、時計、計算といった生活に関わる魔法を全て教わった。
「なかなか気に入ってるようだね」
「ええ。俺のいた世界では、魔法なんてありませんでしたから」
科学技術やエンタメ分野こそ発展していないものの、利便性はやはりこちらの世界の方が高い。
それこそ、極めれば空をも自由に飛べるのだ。魔法社会の方がレイには魅力的に映った。
「よし、では教会に行こうか」
「教会?」
「こっちの方だ。付いてきなさい」
辿り着いた場所は、言った通りの教会だった。
四方に張り巡らされたステンドグラス、天井のシャンデリア、木製の何列にも並べられたベンチ、おおよそ現代と変わらない、一般的にイメージする教会だ。
ただ少し違うところがある。大体の場合、正面の方に預言者なり聖母なりの銅像やらが置かれているはず。
ところがこの教会は何もない。あるのは司祭が説法に使うのであろう教卓くらいのものだった。
「銅像とか、ないんですね…」
「それはそうだ。偶像崇拝は禁止だからな」
「そうなんですか?」
そう答えると、元帥は少し呆気にとられた表情を浮かべた。そして次の瞬間、苦笑した。
「そうか、まだこの世界の宗教の事は話していなかったな」
そう言って彼は鞄の中から、厚めの本を取り出した。
「私のお古で悪いが、読んでおきなさい。この世界で生活するのには必要不可欠だ」
レイはその本を受け取った。表紙には『アドナイ教 聖書』と書かれていた。使い込まれている上、かなりの重みを感じる。
読書と言ったら、せいぜい漫画程度のレイには荷が重く感じた。
(アドナイ教…か)
それが彼らの信仰している宗教のようだった。そして司祭らしき老人が教卓の前に立った。
「全能なるアドナイよ…聖母アルマ、洗礼者ミロワを現世に遣わし大いなる天主よ。
我等が罪を赦し、楽園へと導き給え……」
そう言って司祭は両手を合わせ、頭を垂れ、跪いた。すると全員が同じ様に跪いたので、レイも慌てて手を合わせ跪いた。
どうやら、これがこの世界での宗教らしい。冠婚葬祭も殆ど経験のないレイにとっては、こういった宗教的経験は未体験の事だった。
「この世界って、宗教はこれだけなんですか?」
教会を出る時、レイは何気なく尋ねてみた。
「ああ、そうだな。というか、君らの世界では宗教がいくつもあるのか?」
「え、ええ、そりゃまあ……でもいいですよね。宗教が一つしかないんだったら、争いとかも起こらなさそうじゃないですか」
レイのいた世界では、宗教が原因の戦争や虐殺が数えきれない程あった。
価値観や習慣の違い、そしてそれらを受け入れられない狭量さが生み出す悲劇は数えきれない。
そんな事がまるでなさそうな世界が羨ましく見えるのは、仕方ない事なのかもしれない。
「…そういうわけでもない」
「え?」
元帥はレイから目を背けた。心なしか、表情が曇った気がする。
「それよりも、まだ見せたいものがある。昼食を済ませたら、行こう」
「あ、はい…」
その理由は、聞けずじまいだった。
カラフルでレトロな衣装に身を包んだ吹奏楽隊が軽快な音楽を鳴らし、それを取り囲むように踊り子達が跳ぶように舞い踊っていた。
「一体何のお祭りなんですか?」
「建国300年の記念式典だ。ここには是非とも連れて来たくてな」
楽隊達の後ろには、多くの兵士らしき人間達が控えていた。
威厳を醸し出す西洋風の軍服を身に纏い、皆横一列に並び、まっすぐな姿勢を保っている。
「あの人たちは…」
「王国軍将校たちだ。私もここでスピーチをする予定になっている。観覧席はあそこだから、あの辺に座って見ていなさい」
そういって元帥は、後ろにある隊列のさらに最後尾に並んだ。
レイも指定された観覧席に座り、彼がスピーチするのを待つ。
そうして待っていると楽隊の演奏が止み、将校の一人が壇上に立った。
「皆様、本日は建国300周年式典にお集まりいただき、誠にありがとうございます!」
一斉に拍手が沸き起こった。レイもそれに倣い、乾いた拍手をする。
(あんまり楽しそうじゃなさそうだな…)
単純な国威発揚のための祭りらしい。立場上デズモンド元帥は参加しなければならないようだが、自分としては退屈で仕方がない。早く終わってくれないか…そんな風に考えていた矢先、
一つの黒い影が、群衆の真上を横切った。
「それではこれより、バリー・コンドレン将軍による開会の挨拶を……?」
突如として、広間の前に少女が降り立った。
背に生えた蝙蝠のような翼、浅黒い肌。そして何故かガタガタを震え、泣いていた。
「あ、亜人…?」
「一体なんで…」
群衆も俄かにざわめき出した。
「お、おい貴様! ここは亜人風情が立ち入れる場所では…」
次の瞬間、彼女は顔を上げ、叫んだ。
「ディミトリ共和国よ……永遠なれ!!!」
そして、彼女の周りに巨大な術式が浮かび上がり、目が潰れそうなほどの閃光が輝いた。
「なっ⁉︎」
「うわあああっ!」
「きゃあっ‼︎」
その眩しさに、レイだけでなく周りの人間も、皆一様にその両眼を覆った。
そこから一瞬遅れて、ズドンという轟音と衝撃が襲った。
そしてレイは意識を取り戻した。
「う…ぐ…」
レイの身体中に痛みが走った。轟音のせいか、耳はキーンとした耳鳴りがしている。
強く全身を打ち付けたときのように身体中が重く、周りの世界が回転しているような感覚に襲われた。
瞼は重く、目を開けることはまだ難しそうである。
そして途轍もなく周囲が生臭く、焦げ臭い。まるで鼻が切り裂かれるような感覚であった。
ふと、レイの手に何か生暖かいものが触れているのに気がついた。
ゆっくりと目を開けて見てみるとそれはタールのように黒く、そして鉄の匂いがした。
それが何なのかは、次の瞬間わかった。
「!!!!」
亡骸。
辺り一面に、死体が転がっていた。ひどく焼け焦げ、凄惨なものでは腕や首などが千切れているものさえある。
それが先ほどまで自分の周囲にいた人間だと理解するまで、レイには数秒の時間を要した。
「うわ、うわあああああっ!」
レイは悲鳴をあげ、酷く慌てふためいた。
目を覚ますと、辺りの風景は一変していた。
そこら中が瓦礫の山、辺り一面にブスブスと黒煙が上がり、所々に炎が上がっている。
「まだ息があるぞ! 早く運べ‼︎」
「お、お願い……助けてよぉ!」
「ちきしょう、クソ亜人め‼︎」
うっすらと耳に人々の怒鳴り声が聞こえた。怒号、悲鳴、哀願…様々な種類の叫びが遠く聞こえた。
そして、先ほど少女がいた場所に目がいった。
「あ…」
頭も、腕も、脚も、そして翼や指先さえ炭のように真っ黒に焼け焦げていた。年端もいかない少女が、一瞬にして自爆したのだ。
(なんだ、これは…)
「なんなんだよおおおおおおっ!!!」
叫びは、虚空に消えた。
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