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序章
プロローグ
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かの者は降臨した。
そこには未だ天地の区別さえなく、時間も存在していなかった。
どこにも立てない、たゆたい彷徨うだけの彼はこう唱えた。
大地あれ。
こうして彼は大地に降り立った。
この時に大地と空は分かたれ、重力が生じた。
そうして降り立った場所は何もなかった。
地面の感覚はわかるが、光も闇もないので、視界には何も映らないのだ。
光あれ。
そう唱えると、辺りが一斉に明るくなった。
こうして昼ができた。
しかし、どれだけ時間が経っても明るいままで、うまく寝付くことが出来なかった。
闇あれ。
次にそう唱えると、今度は辺りが真っ暗になった。これで彼は安らかに眠りにつくことが出来た。
こうして夜が生まれた。
彼は次々と自らが生きるための物を生み出した。
家畜、作物、家、炎、水、風…あらゆる物が創り出された。
たが彼は孤独だった。
そのため、彼はその血と肉を使い、自らの現し身を作り出した。
そして人間が生まれた。
神の模造品、人類の誕生の瞬間である。
【アドナイ教聖書 創世記より抜粋と要約】
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
昼過ぎに、気怠げに目が覚めた。見馴れた乱雑で汚らしい部屋。
加藤玲は、いつも通り身体を起こし、時刻を確認した。
「今日はバイトか…」
頭を軽く掻くと、少しばかりフケが出た。
そのまま緩慢な動作で着替える。古くて洒落っ気のかけらも無い服だ。
全身真っ黒で色がくすんだ服を着ているのも、楽だからである。
ただそれだけで、ファッションセンスのかけらもない服をいつも着まわしている。
階段を降り居間に入ると、母の姿があった。
昼食の後片付けをしているようだ。シンクで皿を洗っている。
それを視界の片隅に納めただけで、無言で玲は出て行った。
それも当然の話で、彼は両親に対して何の感慨も無かった。
休みの日に食事を自分の部屋に運んでくる以外に彼らが玲に近づく事は無かったし、玲も彼らにわざわざ話しかける事も無かった。
バイト中。
いつものように俯き加減で仕事をする。
出来うる限り他人と目を合わせたくないからだ。
「…らっしゃっせー…」
か細い声で呟くが、誰の耳にも届かない。
誰にも届ける気がないのだから当然だ。
チッと店長が軽く舌打ちしたのが聞こえた。
「加藤君さあ…もう少し元気よく明るくできないの? もう31でしょ?」
「す、す、すみません…」
「謝るくらいなら仕事してくんない? 給料は皆と同じなんだからさぁ」
嫌味を言われるのも、それに対してどもり気味に謝るのも、いつもの事だった。
同僚ともまともに話せない社会不適合者。それが加藤玲という人間だった。
(まあ完璧なニートよりかはマシだろ)
週一、二回のバイトをしている分、他のヤツよりまだいいと自分に言い聞かせ、微かな優越感に浸る。
そこまでが彼のルーティンだった。
適当に夕食を外で済ませ、玲は家路に着いた。こうして週一ペースのキツイ日は終わる。
(あーあ、明日は一日中ネトゲしよ)
楽なはずの明日に思いを馳せた。
信号待ちでふと立ち止まり、何故か考えた。
(俺は、何やってきたんだろ)
30年以上の人生を振り返ってみても、虚しい思い出しかなかった。
幼い頃は、まだ努力しようとする気概があった。
だが努力するだけ無駄だということに気付かされていくだけの現実に、玲は次第に疲弊していった。
(よくあるチート転生とか無いかなぁ)
今流行りのライトノベルのテンプレートである、異世界チート転生だ。
何の努力もせず、周りは自分を持ち上げ、女は選り取り見取り。まさしく楽園のような世界だ。
周りからしてみれば不愉快極まりないが、当の本人は気にもならないだろう。
そんな風に考えていたら、
甲高いクラクションの音が響いた。
(え?)
気付けば、大型トラックが目の前にあった。
居眠り運転か、それとも玲が無意識のうちに飛び出していたのか、いずれにせよトラックとの距離はどうあがいても回避不可能な域まで近づいていた。
玲は、死を確信した。
(マジか、死ぬのか?)
意外にも落ち着いている自分自身に驚いた。
いや、戸惑う暇もなかったというのが正確かもしれない。
あまりに衝撃的な事は、脳が処理するのに少し時間がかかるようだ。
(それでもいいか…だけど)
願わくば、もっとマシな人生を歩みたい。
強大な力を持って生まれ変わりたい。
社会的に高い地位を得たい。
そんな都合のいいことを願いながら、
玲は、突っ込んできたトラックに跳ねられた。
そうして彼の第1の人生は終わった。
次に目覚めた時、玲は極彩色の世界にいた。
辺り一面に花々が咲き誇り、風が吹くと花弁が宙に舞った。
赤、白、青、緑、あらゆる色が青空に舞った。
(…ここが天国、なのか?)
まさしく楽園と呼ぶに相応しい光景だった。
天国に行けるほど、玲は自分が上等な人間だとは思っていなかった。
だがそれでも美しい光景だ。
そしてその光景の先に、人がいるのを見つけた。
(…あれは)
その後ろ姿には見覚えがあった。
(おじいちゃん?)
その刹那、何かに身体中を掴まれたような感覚に陥った。
一瞬にして視界がブラックアウトし、加藤玲は深く堕ちていった。
そこには未だ天地の区別さえなく、時間も存在していなかった。
どこにも立てない、たゆたい彷徨うだけの彼はこう唱えた。
大地あれ。
こうして彼は大地に降り立った。
この時に大地と空は分かたれ、重力が生じた。
そうして降り立った場所は何もなかった。
地面の感覚はわかるが、光も闇もないので、視界には何も映らないのだ。
光あれ。
そう唱えると、辺りが一斉に明るくなった。
こうして昼ができた。
しかし、どれだけ時間が経っても明るいままで、うまく寝付くことが出来なかった。
闇あれ。
次にそう唱えると、今度は辺りが真っ暗になった。これで彼は安らかに眠りにつくことが出来た。
こうして夜が生まれた。
彼は次々と自らが生きるための物を生み出した。
家畜、作物、家、炎、水、風…あらゆる物が創り出された。
たが彼は孤独だった。
そのため、彼はその血と肉を使い、自らの現し身を作り出した。
そして人間が生まれた。
神の模造品、人類の誕生の瞬間である。
【アドナイ教聖書 創世記より抜粋と要約】
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
昼過ぎに、気怠げに目が覚めた。見馴れた乱雑で汚らしい部屋。
加藤玲は、いつも通り身体を起こし、時刻を確認した。
「今日はバイトか…」
頭を軽く掻くと、少しばかりフケが出た。
そのまま緩慢な動作で着替える。古くて洒落っ気のかけらも無い服だ。
全身真っ黒で色がくすんだ服を着ているのも、楽だからである。
ただそれだけで、ファッションセンスのかけらもない服をいつも着まわしている。
階段を降り居間に入ると、母の姿があった。
昼食の後片付けをしているようだ。シンクで皿を洗っている。
それを視界の片隅に納めただけで、無言で玲は出て行った。
それも当然の話で、彼は両親に対して何の感慨も無かった。
休みの日に食事を自分の部屋に運んでくる以外に彼らが玲に近づく事は無かったし、玲も彼らにわざわざ話しかける事も無かった。
バイト中。
いつものように俯き加減で仕事をする。
出来うる限り他人と目を合わせたくないからだ。
「…らっしゃっせー…」
か細い声で呟くが、誰の耳にも届かない。
誰にも届ける気がないのだから当然だ。
チッと店長が軽く舌打ちしたのが聞こえた。
「加藤君さあ…もう少し元気よく明るくできないの? もう31でしょ?」
「す、す、すみません…」
「謝るくらいなら仕事してくんない? 給料は皆と同じなんだからさぁ」
嫌味を言われるのも、それに対してどもり気味に謝るのも、いつもの事だった。
同僚ともまともに話せない社会不適合者。それが加藤玲という人間だった。
(まあ完璧なニートよりかはマシだろ)
週一、二回のバイトをしている分、他のヤツよりまだいいと自分に言い聞かせ、微かな優越感に浸る。
そこまでが彼のルーティンだった。
適当に夕食を外で済ませ、玲は家路に着いた。こうして週一ペースのキツイ日は終わる。
(あーあ、明日は一日中ネトゲしよ)
楽なはずの明日に思いを馳せた。
信号待ちでふと立ち止まり、何故か考えた。
(俺は、何やってきたんだろ)
30年以上の人生を振り返ってみても、虚しい思い出しかなかった。
幼い頃は、まだ努力しようとする気概があった。
だが努力するだけ無駄だということに気付かされていくだけの現実に、玲は次第に疲弊していった。
(よくあるチート転生とか無いかなぁ)
今流行りのライトノベルのテンプレートである、異世界チート転生だ。
何の努力もせず、周りは自分を持ち上げ、女は選り取り見取り。まさしく楽園のような世界だ。
周りからしてみれば不愉快極まりないが、当の本人は気にもならないだろう。
そんな風に考えていたら、
甲高いクラクションの音が響いた。
(え?)
気付けば、大型トラックが目の前にあった。
居眠り運転か、それとも玲が無意識のうちに飛び出していたのか、いずれにせよトラックとの距離はどうあがいても回避不可能な域まで近づいていた。
玲は、死を確信した。
(マジか、死ぬのか?)
意外にも落ち着いている自分自身に驚いた。
いや、戸惑う暇もなかったというのが正確かもしれない。
あまりに衝撃的な事は、脳が処理するのに少し時間がかかるようだ。
(それでもいいか…だけど)
願わくば、もっとマシな人生を歩みたい。
強大な力を持って生まれ変わりたい。
社会的に高い地位を得たい。
そんな都合のいいことを願いながら、
玲は、突っ込んできたトラックに跳ねられた。
そうして彼の第1の人生は終わった。
次に目覚めた時、玲は極彩色の世界にいた。
辺り一面に花々が咲き誇り、風が吹くと花弁が宙に舞った。
赤、白、青、緑、あらゆる色が青空に舞った。
(…ここが天国、なのか?)
まさしく楽園と呼ぶに相応しい光景だった。
天国に行けるほど、玲は自分が上等な人間だとは思っていなかった。
だがそれでも美しい光景だ。
そしてその光景の先に、人がいるのを見つけた。
(…あれは)
その後ろ姿には見覚えがあった。
(おじいちゃん?)
その刹那、何かに身体中を掴まれたような感覚に陥った。
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