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2節[第二章]
第七十話『私の英雄』
しおりを挟む色んなことを考えていた思考が停止した。
エイム様は最初から気づいていた?
否、そんなはずは無い。だってそれなら…
私はいらない…
「どうしてそう思われるのですか…?」
震える手を必死に隠してエイム様に問いかける。もしも全てを知っていると言われたら、私が悪役令嬢であることを知っていたら、私をあえて傍に置いていたら…
考えがまとまらず思考が定まらない。ただ、恐怖だけが私の中で渦巻いている。
そんな私を見て気づいたのかエイム様は優しく私の頭を撫でた。怖がっている私を落ち着かせるために割れ物を扱うような手つきで。
これも演技なのかと疑う自分もいたが、信じたいという気持ちがあるなら勇気を出さなければと心に決めた。
「君が話せるなら話してくれるでいいんだ。無理強いはしたくない。」
嘘をついている目でないことは見れば分かった。エイム様は真剣に私に向き合ってくれている。
私を底なしの闇から救ってくれたエイム様。
彼を信じる勇気を、私も出さなきゃ。
「エイム様…私の話を信じてくださいますか?」
「もちろん、君の言うことは全て信じるよ。」
間髪入れず来た返事に思わず涙が出そうになる。彼はもう随分前から私に勇気を出してくれていたんだ。
「本当に信じ難い話なんですが…私の本当の名前は園田萌、別世界で死にこの世界にやってきた転生者なんです。」
にわかに信じ難い話。いくらエイム様でも疑いの目を向けるだろうと考えてしまった。恐る恐る彼の顔を見ると、興味深かそうな顔をして私を見つめていた。
「別世界とは一体どんな所なんだ?この世界とは何が違うんだ?」
「えっと…この世界では馬車が移動の基本なんですけど、私のいた世界では車という乗り物があって…」
「ほう!乗り物が違うのか!なら服や街並みも違うのだろう?」
エイム様は私の想像よりはるかに私のいた世界に興味を示した。オタクの私が推しを語る時に似た雰囲気に思わず緊張が緩む。
「洋服はドレスではなくてもっとシンプルなものがあって…」
「どんな物なんだ??」
「そうですね…例えば…」
エイム様が差し出した紙にある程度の形を描いていく。何度も頷きながら紙を眺めるエイム様は、昔勉強を教えていた弟のように思えた。
その後、私が転生者だという事には一切触れずに転生前の世界について質問攻めされた。
家や流行、食べ物から動物まで幅広く、エイム様は興味を示した。一つ一つ答えると何度も頷きながら「なるほど…」「そういう考えが…」「街の発展の知識に…」と呟いていた。
転生した時から薄々私のいた世界より発展が遅れているとは感じていた。消して不便では無いが、この世界が当たり前のエイム様からすれば新しい知識だろう。
肝心なことに質問をしないエイム様に私はなぜか安堵していて、転生者だろうとなかろうと君は君だろ?と言われている気がしてしまうのだ。
「君の知識は素晴らしいな!君が転生者?とやらなら、君はきっと神が我々に知識の女神として与えてくださったのだな!」
「めっ女神ですか!?」
「我々にはない発想が沢山聞けた。私は君が転生者だと明かしてくれてとても嬉しい!」
両手を握りしめ、私にキラキラした目を向けるエイム様はまるで知りたがりの子供だ。乙女ゲームの主人公とは思えないほど無邪気。
「エイム様って新しい知識には無邪気な子供のように飛びつくんですね!」
「なっ!子供ではない!ただ興味があるだけで…。」
拗ねたようにそっぽをむく姿なんてそれこそ子供だ。私がクスクスと笑う中、少し顔を赤くしてエイム様は拗ねている。
今まで怖がっていたのが馬鹿らしい。
こんな風に反応してくれるなら、私からエイム様に聞きたいことを聞けるかもしれない。
「エイム様?私が転生者ということは、レインでは無いという事です。レインがどこに行ったかは気にならないのですか?」
一瞬真顔に戻ったエイム様は少し目を下にそらし、ゆっくりと息を吐いて私の目を見た。
「君には言っていなかったが、レインは体が弱いのに無理をするような子だった。それが祟って、医師から体を崩しやすいから注意するように言われていたんだ。」
レインの体が弱いのは知っている。でも、レインが死ぬほど体調を崩すシーンなんてなかったはず。
私が転生したせいでレインというキャラクターが死んでしまったのではいかと考えなかった事はない。
でも、実際何があったのかは私には分からない。こればかりはエイム様に聞かなければいけないと思っていた。
私は静かにエイム様の言葉を聞く。
「彼女が倒れたと聞いて駆けつけた際に医師が言っていた、起きたのは奇跡だと。きっと彼女は本当なら死んでいたんだろう。」
落ち着いた声で淡々と話すエイム様から少しばかりの哀しさと後悔が見えた。
自分がもっと気にかけていればと思っているのかもしれない。
「君がレインの体に転生したのは、レインがまだ私という存在に未練を残していたからかもしれないな…。」
「エイム様は、私という存在を否定しないんですね。」
「君はレインの姿ではあるが、性格や本質は別物だ。その上で私は、君が転生してきてくれて嬉しく思う。」
優しい笑みにゆらぎは無い。本心を口にしているのがはっきりと分かる。自分の行動への後悔を拭うためなのか、はたまた私への純粋な思いなのか…はっきりとは分からない。
それでも、私というゲームで異形な存在を受け入れてくれるエイム様に涙が止まらなかった。
私が泣いている間もただ傍に居てくれるエイム様の優しさは、私の底なしの闇から救った英雄そのものだった。
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