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2節[第二章]
第六十九話『信じたい』
しおりを挟むそれから何度年月が経っても、彼女は婚約破棄を言い出さなかった。
冷たくしても毛嫌いした態度をとっても、彼女の瞳には私が映っていた。
そして彼女が15歳になった時、いつものように冷たく追い返していたその瞬間、目の前で彼女は倒れてしまった。
急いで医者を呼び治療させたが、原因が疲労とストレスという事だった。
どう考えても自分のせいだというのはわかっていた。
かと言って恋心も持たない女性に優しく接し続けるのは、彼女に偽りの気持ちを見せている罪悪感がある。
そんな事はしたくない。
彼女の兄であるフィブアに相談しようとも考えたが、身内に優しいアイツが妹に婚約破棄をするように伝えるのはさすがに心苦しい。
彼女をウィンター家に渡した後、数日くらい彼女を自分から引き離す方法を考えた。
しかし、あまりこれといった方法は思いつかず、とりあえず看病という名目でウィンター家へ俺は向かった。
目覚めた彼女はいつもより少し雰囲気は違ったが、相変わらず私を見つめていた。
いつも通り冷たくあたり帰ろうと思い、一目会っただけでその場を去り馬車に乗った。
少し走り出した瞬間、大きい振動と共に馬車が傾いた。兄の策略にハマった私に彼女は手を差し伸べた。
今まで引き離すために冷たくしていた私を身を呈して守りに来た彼女の背には、間違いなく天使の翼が宿っていた。
その日からだった気がする。彼女が特殊な力を使いながら、私達を危険から護るようになったのは。
いつの間にか神様と話すまでになっていたレイン。彼女は私が想像するもっと先のことをしてみせる女性だ。
だからかもしれないが、時折彼女は焦ったような恐怖にかられた表情を見せる。
私とパーティー会場に入る時も、フィブアが向かったドラゴン討伐の時も、この後起きることが全てわかっていたかのような表情をする。
そしてその表情を私といる時に見せるのも、私は気づいていた。
彼女は私に隠しているつもりなのだろうが、考えが顔によく出るのは昔から彼女の特徴だ。
もし、いつも彼女がこれからの事を知っていてそれを1人で抱えながら食い止めようとしているなら、私は少しでも力になりたい。
そして、なぜこれから起きる事を知っているのか話して欲しい。未来を知っている不安など私には想像できないほどのものだろうから。
「待ってダメなら私から聞いてみる方が良いのかもしれないな…。」
私は彼女の婚約者なのだから、私からリードしなければ始まらない。そう言っているのかもしれない。
未来の私が
エイム様から逃げてしまったあの時から、エイム様を自然と避けてしまっている。
エイム様はきっと、すごい勇気を振り絞ってあんな事をしてくれたのに、私が怖がってしまった。彼の勇気を踏みにじってしまった。
私だって勇気を出してエイム様に答えるべきなのに…どうしても人を信用しきれない。
転生前の記憶が鮮明になったせいで、無意識に人と接するのが怖いと感じているのかも。
でもせめて、あの恐怖から救ってくれたエイム様は信用したい。
彼なら受け止めてくれると信じたい。
だってエイム様は私の一番の推しだから。
布団に蹲っていた私は、意を決してエイム様の部屋に向かおうと扉の持ち手に手をかけた。
すると扉がひとりでに開き、引き戸の扉だったせいで私は額を軽くぶつけてしまった。
開いた扉の向こうには、驚いた表情のエイム様が立っていた。
「レイン!?だっ大丈夫か?」
「エイム様!?」
会いに行こうとした人物から来てくれるとは思わず、次に何を話したらいいか分からなくなってしまった。
気まずい静寂が流れエイム様がソワソワしているのに私は気づいた。
きっと何か話したいことがあってエイム様は来たのよね。私も話したい事があるから、私から部屋に入るように言わなくちゃ…。
「エイム様…私、エイム様にお話したい事があって…ゆっくりお話したいので、中にお入りください。」
「私も、君に話したいことがあるんだ。」
そう言ったエイム様の瞳は何かを決意した人のものだった。
エイム様は椅子に座って頂き、その間私が紅茶を淹れていた。お互い無言のまま紅茶を淹れ終わり、私も席に着くと紅茶を一口飲んだエイム様がふんわりと微笑んだ。
「いつも君の紅茶は美味しいな。」
「ありがとうございます。」
ただ淹れただけの紅茶をゆっくりと味わって楽しんでくれるエイム様は、どこまでも優しい人なんだと改めて感じる。
この人が振り絞ってくれた勇気を、私がしっかり受け取らなくちゃ。無駄になんてしてはいけない。
けれど、エイム様が話したいと思って部屋を尋ねてきたんだから、私よりエイム様の話が先よね。
「エイム様、お話とは一体何でしょうか?」
「レインも話したい事があるんだろう?君から先に話してくれ。」
「私のお話は、エイム様より優先すべきではありません。夜分に部屋を尋ねて来るくらいですから、余程急な話なのでしょう?」
私がエイム様を真っ直ぐ見つめると、エイム様は一口紅茶を飲み緊張した面持ちで話し始めた。
「これは私の推論だ。間違っていたら笑ってくれて構わない。」
「エイム様が勇気を出して話してくれる内容ですから、笑ったりしませんよ。」
「君の事について、私がずっと考えていたあるひとつの説なんだ。」
エイム様の紅い瞳が私の瞳を射抜いて離さない。私はその場に釘付けにされたような感覚になった。彼から目が離せない。
「レイン…君は、この先起こることを全て知っているんじゃないか?」
「えっ…。」
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