オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい

広原琉璃

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第4章 聖王都エルフェル・ブルグ

74話 魔王陛下

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 パチンッ、とローブの人物が指を鳴らすと、サディエルの体がゆっくりと浮かび上がる。

「冥途の土産に見せてあげるわ。魔族がどうやって "顔" を得るのか。そして "顔" を頂いたら、そのまま坊やを殺してあげる」

 うーわー、冥土の土産にいいことを教えてくれる人、初めて見た。
 典型的な死亡フラグセリフだ。
 ついでに、絶対的優位に立ったと錯覚してしまった人物に共通する、油断のパターンでもある。

 むしろ異世界に来てから、今の今まで聞かなかった方がおかしかった、と言われたらそれまでだけど。
 ……それだけ、サディエルたちとの旅が徹底的に生存重視の安全第一だった、と言う証明だな。

 いや、今はそんなツッコミ入れている場合じゃない。
 このセリフを聞けたってことは、本来は相手にペラペラ喋って貰って情報吐いて貰いたい所だけど、今回は流石にそんな状況じゃないわけだし。

「ヒロト兄ちゃん」

 ツンツンと、オレの後ろに隠れていたカイン君が突いてくる。

「剣に付与しておいた。これだけ言えば、ヒロト兄ちゃんならば、意味が分かるよね? ゲームとかではお約束の奴だ」

 剣に……付与……
 自分の剣を確認すると、僅かに光っているのが見て取れた。

 ……なるほど、"付与" ね。本格的にオレの知っているファンタジーらしくなって来た。

「ありがとう、助かるよ」
「うん。あとは好きなように動いて、俺の存在を一瞬忘れさせてくれればいい。途中で思い出したかのように、俺の方に視線が向いたら、こっちの勝ちだから」

 簡単に言ってくれるよな、この魔王様は。

 オレは剣を構え直し、少し腰を落とし、右肘を引いて剣の矛先を結界に向ける。
 両手でしっかりと剣の柄を持ち、グッと足に力を入れて駆け出し、まっすぐと正面に剣を突き出した。
 先ほどは何も変化が無かった結界は、剣がぶつかった途端にバキリッ、と音を立てる。

 結界に一度入ったヒビは、じわり、じわりと、まるで連鎖するように広がっていき、ばきんっ! という音と共に、消失した。

 結界が破壊されたのを確認し、オレは一気にローブの人物との距離を詰める。

「なっ!? 貴様、何故……!?」
「うおりゃあ!」

 右足でしっかりと踏ん張りながら、ローブの人物の首を目掛けて、大きく薙ぎ払う。
 さすがに危険を感じたのか、ローブの人物は大きく後退する。
 その瞬間に魔力が途切れたのか、サディエルがソファに再び沈んだ。

「……っ、……?」

 その衝撃で、サディエルが目を覚ます。
 口を動かしているけど、声が聞こえない?

「サディエル! 大丈夫!?」
「………!?………!………ッ……」

 サディエルは必死に何かを言っているが、やはり声が出なくて悔しそうに顔を歪める。
 そっか、声を封じられたから助けを呼べずに、だったのか。

「ちょっと待ってて、あいつ何とかして逃げよう」
「………!」

 サディエルは慌ててオレの左腕を掴み、首を左右に振る。
 恐らく、魔族相手だからやめろってところかな。

 うん、言いたいことは分かるんだけど、状況が許してくれそうにない。

「本当に大丈夫。今回はちゃんと勝算があるんだ」
「……?」
「説明は後で、ってサディエル!? 立って大丈夫なの!?」

 少しバランスを崩しながらも、サディエルは立ち上がる。
 そして、ポンポンとオレの頭を叩いて、指先をローブの人物に向ける。

 先ほど、結界を壊されたのが余程想定外だったのか、相手はワナワナと震えてこちらを睨みつけてくる。

「何故だ、何故結界が……? 貴様、何か力を隠し持っていたな!?」

 この場合は、やっぱりこう返答すべきだよな。

「だったら、どうだっていうんだ? 気づかなかったお前らが悪いんだろ」

 はったり上等である。嘘も方便だ。
 と言うか、今の攻防でも剣に付与されている魔力が、魔王様のものだって気づかないって。
 隣でサディエルが、オレの剣を見て眉を潜めている。

 もしかして、人間にしか見えない、とかだったり……?

「騙したな。あの襲撃の時、わざと隠していたってわけね。良い度胸してるじゃない」

 今のセリフで、サディエルは目の前の人物が誰か分かったのだろう。
 頬を引くつかせて、嘘だろって言わんばかりに口を動かしている。

「あいつ、あの街でスケルトン差し向けた首謀者らしいよ」
「…………」

 やっぱそこで俺なにかやらかした? って感じで、サディエルは頭を抱える。
 いや、今回はどっちかっつーと、オレのせい。不本意で不可抗力だけど。

「むかつくわね、あいつが言っていた通り、アンタたちはムカつく」

「そりゃどーも。こっちはストーキングされていい迷惑してんだよ。さっさとサディエルの痣を消せよ!」
「消すわけないでしょ。せっかく良い実験台でもあるのに。ねぇ? サディエル君」

 そう言うと、ローブの人物がくいっ、と指を動かす。
 それと同時に、サディエルの右手が急に上がった。
 サディエルは慌てて、右手がそれ以上動かないように、左手で必死に静止する。

 今回はサディエルに意識があるのに、勝手に動いた?

 相手はサディエルのその動きに、満足げに笑う。
 なるほど、実験台か。
 今までは特に問題なく "顔" を奪えていたから、使う機会がなかったであろう、サディエルに付けられている痣。
 試運転も兼ねていたから、あれこれサディエルにデバフがついてたわけか。

 んで、声が出せなくなったのも、体の一部を勝手に動かしたのも、その一環ということになるな。
 こりゃ、オレが想像出来るデバフを全部羅列しないと対処しきれそうにないぞ。

「さぁ、いらっしゃいな。貴方は私に "顔" を献上する義務があるのだから」

 右手こそ解放されたものの、一歩、一歩とサディエルが前に進んでしまう。
 オレは慌てて彼の手を掴んで、引っ張るけれども、それよりも強い力で前に進む。

 くっそー、ここに来て純粋な腕力勝負って!

「………ッ!」

 ふと、サディエルが何かに気づいて手を伸ばす。
 その先は、オレの腰にあるナイフ!?
 サディエルは器用にナイフを抜き放つと、躊躇なく自分の太ももに突き刺す。

「ちょ、サディエル!?」

 先日はあれだったけど、流石に躊躇してよ、少しは!
 だけど、今の一撃で僅かに制御が緩んだのか、サディエルの足が止まる。

「……衝撃に弱いのね。なるほど、この辺りは改善の余地がありそうかしら」

 ローブの人物は冷静にこちらの状況を観察してくる。

 一方で、今の一撃は流石に堪えたらしく、サディエルは膝をつく。
 刺した場所こそ違うけど、短い期間で似た場所を2度も刺したんだ。
 治癒の魔術を使っても、怪我を負った部分の衝撃は体が覚えているから、前回よりもきついのかもしれない。

「さてと、あまり時間は取りたくないの。私たちも忙しいのだから……あら?」

 ふと、ローブの人物の視線がオレたちの後方に向く。

「そう言えば、もう1人居たわね」

 ――――あ、掛かった。

 それを理解した瞬間、オレは肩の力を抜く。
 ローブの人物は、一瞬でカイン君の目の前まで移動する。

「ふふっ、人間って情に弱いものね。この子を見せしめに殺せば、言う事を聞くかしら?」

 そう言いながら、魔力を集中させてカイン君に向ける。
 サディエルは驚いて、何とか動こうとするけど、それをオレが静止する。

「あの子たちと一緒に居た、君が悪いのよ。さようなら、小さな坊や」

 そう言うと、ローブの人物は魔力をカイン君に向けて放った。
 だが、それはすぐさま雲散し、むしろばきっ、と鈍い音と共に、ローブの人物の右手が折れ曲がった。

「な、え……?」

「……うーん、我ながら単純明快、どテンプレ行動をするように "設計" していたとは言え、こうも綺麗に決まると笑えるね」

 にやり、とカイン君は憎たらしい笑顔で、ローブの人物を見る。

「それで? 誰に魔力を放ったのか、自覚はあるのかな?」
「貴様……何者……!?」

「何者? 何者ってそりゃ……」

 姿が一瞬で変わる。

 少年から、青年へ……魔王カイレスティンへ。
 その姿は、先ほどまでとは違い、明らかに王族のような高級な服と、立派なローブと言った、まさにファンタジーの魔王そのものだった。

「魔王様、だけど?」

「……魔王、陛下……? 何故、ここに!?」
「こちらも実験していたんだよ。あの姿で、お前たちが我を見抜けるのかを、ね」

 パチン、と指を鳴らす。
 同時に、ローブの人物に魔力の縄でがんじがらめにされ、宙吊りにされる。

「この我を殺そうとした事、人間たちに魔族の秘密と、痣のことまでバラした事、こちらの命令を幾度と無視した事。弁明の余地はない」

「お、お待ちください! 何故、何故貴方様が人間と一緒に……!?」
「何故? お前たちの尻ぬぐいと、どれだけ人間側に情報が漏れたのかを調査していたんだよ。本件はもう数百年は秘匿にすべき事項だったものを、勝手に広めおって……万死に値する。もう1人は何処だ、ここに居るはずだろう」

「………」

 ローブの人物は黙り込む。
 しばしの間を置き、ぎりっ、と奥歯を強く噛み締める。

「……! あいつ! 逃げやがった……!」
「見捨てられたか、哀れな奴だ。そのまま消えろ、命乞いを聞く趣味はない」

 魔王カイレスティンは、右手をグッと握りしめる。
 すると、魔力の縄が一気に閉まり、断末魔をあげる間もなくローブの人物は消滅し、小さな核が落ちてきた。
 それを、魔王カイレスティンは問答無用で踏みつぶす。

「ちっ、自分で作った存在とは言え、こっざかしいな本当に。逃げただと? あいつ、致命傷負ってたんじゃないのか、しぶとい! Gかよ、G!!」
「……Gって単語で通じるの、オレだけだと思うんですけど」

 と言うか、異世界でGって単語を聞きたくなかった。
 あんな黒光りのカサカサ野郎、お目にかかりたくない。

 オレと魔王カイレスティンのやり取りを見て、状況が理解出来ずにサディエルは目を白黒させる。

「…………?」
「えっと、あとで説明するよ。まずは太もものナイフ……って、すぐに傷を塞ぐ手段がないなら、下手に取ったらダメってリレルに言われてるんだった。魔王様! とりあえず、サディエルを病院に連れて行きたいんだけど!」

「ん? あぁ、悪い悪い。確かにそうだ。と言うか、本当に無茶するな君は、反省したんじゃなかったのかよ!?」

「????」

 いきなり魔王カイレスティンに話しかけられて、サディエルの頭にクエスチョンマークが乱舞している。
 あれ? 俺、この人と知り合いだったっけ……? みたいな感じで、必死に記憶を掘り起こしている最中だろう。

 まぁうん、そりゃそうなるよね。

 と言うか、この姿の魔王カイレスティンに心当たりがないってことは、オレみたいに別の姿で出会ってるなこりゃ。

「うしっ、とりあえず元の場所に戻ろう」

 言うや否や、魔王カイレスティンが姿を魔王様モードから、カイン君状態に戻す。
 オレとサディエルの手を握って、転移の魔術を発動させた。

 一瞬で光景が変わり、目の間にアルムとリレル、バークライスさんが現れた。
 いや、この場合はオレたちの方が現れたかな。

「ヒロト!」
「サディエル!? 無事か!……って、お前また!」
「救護班! すぐにサディエルを診察室へ!」

 慌ただしく動き出す周囲に、オレたちは流されるままにそれぞれ診察室へと突っ込まれた。
 その一方で、魔王カイレスティン……カイン君は、一緒に待っていたミリィちゃんと合流すると、一瞬で姿を消したのだった。
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