127 / 132
外伝 過去と未来の断片集
外伝6-3 彼らの「きっかけ」【3】
しおりを挟む
「…………」
リューゲンから、アルムとリレルの現状を一通りの話を聞き終え、サディエルは難しい表情で悩みこむ。
そんな彼の返答を、静かに待つリューゲンとクーリア。
時計の針が刻む音だけが、その部屋に響いた。
(やばいな……覚悟はしていたけど、無茶だ断れと思う俺と、ほぼ同じぐらいに……見捨てたらいけないって思ってる俺がいる)
アルムとリレルの事情は理解した。
何故サディエルに……全くの第三者に彼らを託すと言う選択肢を取らざる負えなかったのかも。
「……嫌になりますね、それすらも含めて人間であると言えばそうなんですけど、割り切るには難しい問題です」
「そうだな。私はこんな性格だから、全ての人間に理解して貰うと言う気持ちは疾うの昔に捨て去っている。そこの小娘だって同じだ」
「えぇ、そうね」
リューゲンの言葉に、クーリアは迷いなく頷く。
「例え話をしましょうか、サディエル君。この場に10人の重軽傷者が居たとします。助かる可能性はすぐに治療した場合、1人が5%、2人が50%、7人が80%とします。この場合、貴方ならばどうします?」
「……命のトリアージ、ですか」
「良く知っていたわね。どの命から救うかという究極の選択よ」
「そうですね……一応、お聞きします。全員を救える方法はありますか?」
「無いわね。そんな奇跡があるならば、医療も治癒の魔術も不要になるわ」
ピシャリと言い切ったクーリアに、サディエルは眉を下げて納得する。
「救う人数を優先するなら、まず真っ先に切るべきは生存率5%の人です。その状態から、まず50%の2人の治療を早急に行い、その後、比較的軽傷もしくは多少治療が遅れても危険がない80%の7名を治療する。そうすれば、10人中9人を助けられます」
「えぇ、それが最善手で最大級の結果になる。判断を間違うと、救える命が救えなくなるわ。5%のたった1人を救おうとして、残り9人を死なせては……いいえ、最悪10人全員を死なせては意味がない。あたしたちは医者、その使命は1人でも多くの人を救う事」
「……それは分かります。ただ、"諦められるのか" はまた別問題、と言う事ですよね」
命の重さは同じだが、状況によっては命に優先順位が出てしまう。
自分や、自分の大事な人間が、『助かる見込みなし』と黒をつけられる状況になった時に、潔く諦められるのか。
答えは簡単だ。
「仮に、俺の両親や姉さん、もしくは親友が……まだ生きてるのに、助かる可能性が少しでも残っているのに、目の前で救助不要の黒タグつけられたら、ハイそうですかとは納得出来ないです」
「それが正解よ、サディエル君。私たちだって、救えるなら救いたい。でも、それが出来ない場合は、決断しなければいけないわ」
そう言いながら、クーリアは悲しそうに目を閉じる。
「黒つけると、殴りかかって来たり、掴みかかって来るご家族も当然いました。けど、それはまだマシな方。黒をつけた際、その人のご家族からただ一言、『ありがとうございます』とだけ言われるのが、正直一番つらいですね」
「クーリアさんですらそうなんですから、リレルさんは」
「参っちゃったのよね、あの子は。なまじ、あたしがやっている事の意味をハッキリと理解している分」
当人たちは必死だし、1人でも多くの命を救う為に動いていたことは事実だ。
事実ではある。
全員が納得出来るのか? と問われたら、それは難しい内容だった。
助かる可能性が5%の家族に対し『その子を救う代わりに、他の9人全員に "この子の代わりに死んでくれ" と懇願して来い』と言うようなもの……これは、そう言う問題なのだ。
全員を都合よく助けられるのならば、何も問題はない。
だが、そんなことは『ありえない』し『都合のいい奇跡も転がっていない』わけだ。
ありえないと知りつつも、人間は諦めきれない、割り切れない。
そんな人たちの憎悪と嘆きと悲しみを受け止める養母の背中を見続けたリレルが、そうなったのは……ある意味必然だったのかもしれない。
「あたしにだけ、ぶつけてくれれば良いのにね。なんで、あの子にまで飛び火しちゃったのやら」
そしてそれは……
「リューゲンさん、アルムさんの方もつまりは……」
「あぁそうだ。クーリアとは真逆の意味で、"同じ" だな」
サディエルの問いかけに、リューゲンは忌々しそうに頷いた。
リューゲンとクーリアの違いは、命を救う側か、命を捨てろと命令する側か、である。
「私の場合は、逆に死地へ行けと言う立場だ。どうしても犠牲が必要な場面は多い。どれだけ注意を払っても犠牲が出てしまい、防ぎようがないことが大半だ。その都度、言われるよ。"作戦の成功はお見事、今回も多大な結果を得られた。だが、何故そんな損失を出すのだ" とな」
部隊数が大きければ大きいほど、末端までの管理はどうしても難しくなる。
ましてや、個々が意思と判断力を持つ人間である以上、必ずしも絶対は存在しなくなってしまう。
「アルムの奴は愚直に反論していた。私のことを思ってのことなのだろうが、挑む相手が悪すぎた」
自分の師匠が必死に考え、可能な限り、損失を出さないような作戦を出している。
誰よりも部隊の人たちの事を考えているのに、とアルムがいくら声高に叫んだとしても返ってくる答えは無慈悲だった。
『そんな考えになるのは、お前があいつの一番弟子だからだろう?』
『そりゃそうだ。恩師と同じ思考回路なんだ、オレらとは見ている世界が違うんだよ』
『作戦さえ成功すりゃ、末端の兵なんてどうなっても知らないんだろ』
根拠のない、言葉の刃。
どれだけ正しい言葉を綴っても、誰も聞いてくれず、気づいてくれず。
必死に歯を食いしばり、耐えるしか、今の彼には選択肢がなかった。
そこまで理解して、サディエルは深い深いため息を吐く。
「……何故、バークライスさんが俺に依頼したのか……分かった気がします」
今の2人は本当に危うい状況だ。
それを解消することが、リューゲンとクーリアにはどうしても不可能である。
何せ、アルムとリレルの現状の原因とも言うべき存在になってしまったからだ。
本人たちだって、不本意な結果なのだろう。
自分たちで何とか出来るのならば、とっくに何とかしているはずだ。
(極度の人間不信か。信頼している人間から裏切られる以外でも、こんなことがあるんだな……)
どれだけ最善を尽くして、これ以上ないベストな状態に持って行っても報われない。
当然だ、その『ベストな状態』とは、人によって定義が異なってしまう。
リューゲンとクーリアは、そんな現実を受け止め、諦め、割り切れている。
それが出来るのは、『第三者の立場にいる理解者』の存在に支えられているからだ。
(だけど、あの2人にそれが無い……そのせいで、視野が狭くなり、周囲の音が無音になっていく。このままいけば……)
そこまで考えて、ぞくりと悪寒が走る。
その先が見えてしまい、寒さがサディエルの全身を襲った。
「……感受性が高い子ね。落ち着いて、大丈夫だから」
「先を想定出来る事は良いことだが、深みにはまりすぎるのも、命取りになる」
「はい……すいません」
ゆっくりと呼吸を整えて、注文した飲み物を口に運ぶ。
すっかり冷めてしまった紅茶は、苦みが増していたものの、思考を戻す助けになった。
(アーク、ごめん。多分、またお前に怒られる選択をすることになると思う。俺、見捨てられそうにない)
無茶で無謀だ。
それは、サディエルだけじゃない、彼に依頼したバークライスも、目の前に居るリューゲンとクーリアも分かっていることだろう。
無茶でも、無謀でも、何とかしたいと言う想いがそこにある事を、サディエルは理解してしまった。
「……愛されていますね、アルムさんも、リレルさんも」
「さぁな。勝手に死なれたら寝覚めが悪いだけだ」
「相変わらず素直じゃないわねリューゲン爺様? そんなんだから、アルム君以外に弟子が出来ないのよ」
「うるさいぞ、小娘」
「はいはい。サディエル君、そんなわけだから……あたしらとしては、君にあの子たちを託したいの」
きっと、バークライスの想いも、リューゲンの想いも、クーリアの想いも、今の2人は伝わらないだろう。
仮に伝えたところで、彼らは理解を拒む。
最も身近な存在の言葉すら、届かなくなってしまっている2人を救う為に必要なモノは、それじゃないのだ。
「現実をしっかりと見て世の中の良さも悪さも理解しながら、それでも『お人よし』だ『偽善者』だと揶揄されてしまう。沢山の可能性を見据えた上で、あえてそんな選択肢を取ってしまう君に、お願いしたいの」
粗治療も良いところだ。
毒を持って毒を制すようなものである。
「まったくの第三者でありながら、馬鹿正直なぐらい真っ直ぐで、諦めず、他者を否定せずに、無条件で愛してくれるであろう、君にな。本当に、バークライスはいい人材を掘り出してきてくれたものだ」
リューゲンとクーリアの最終通告に、サディエルは情けないほど不安げな表情で笑った。
(うん、本当にごめんアーク。だいぶやばい厄介ごとを、引き受けちゃったよ)
決意を固めて、サディエルはしっかりと彼らを見る。
「リューゲンさん、クーリアさん。俺で良ければ、この依頼を引き受けます」
========================
―――それから数日後
「よし、掃除完了! とりあえず3人で住むには上出来だろう」
エルフェル・ブルグ郊外の一軒家。
バークライスの紹介で、格安で借りることが出来た借家を掃除し終えたサディエルは、ようやく一息ついた。
「個室の準備よし、台所も大丈夫、食料と日用品も購入済み。あとは……減った資金と2人分の旅道具分の金をどうやって稼ぐかだけど、とりあえず当面は、アルムさんとリレルさんのケア最優先かな。1週間ほど雰囲気みて、働きに出れそうな時間を見繕わないと」
メモ帳を取り出しながら、現時点でのやる事リストを最終確認する。
一通りの項目が達成されていることを確認したサディエルは、掃除道具を片付けた。
「旅に出るっていっても、まずは2人には冒険者として必要な体力をつけて、最低でも逃げる為の知識を頭に叩き込んで貰わないとな。運動も気分転換になるだろうし、まずは基礎体力を3か月でつけて貰って……」
少し大きめな紙を広げて、最終目標を主軸にやるべきことを1つ1つ羅列していく。
それは、5年後にヒロトが見ることになる『目標達成表』であった。
最終目標は、アルムとリレルの人間不信を可能な限り解消すること。
その上で、彼らの狭まった視野を広げ、他人からの声に耳を傾けられるようにするには……と、あれこれ考えながらサディエルは紙に書き込んでいく。
「俺が彼らの立場だったら、何が嬉しいだろう。自分たちの意見が通じない、信じて貰えないって認識だから……多分、俺からあれこれ喋るのは悪手かも。お前の話なんて聞く気ねぇ! って。あれ、そうなるとすぐに体力作りは無理じゃないか?」
話を聞いて貰えない可能性に至り、サディエルは慌てて目標内容を変更していく。
「まずは、2人に喋って貰えるようにしないといけないから……あー、何が嬉しいかな。この人なら何を話しても否定しない、聞いてくれるって思ってくれるには」
うーん、と両腕を組んで悩む。
そこに、カラランと来客を告げるベルが鳴り響いた。
「おっ、もしかして来たかな?」
紙をしまい、サディエルは玄関へと急ぐ。
今開けますと声を掛けながらドアを開けると、そこにはアルムとリレルが明らかに少なすぎる荷物を持って立っていた。
少なくとも、旅に出る荷物ではないのは明白……どちらかというと、2~3日お泊りする程度の量に、サディエルは苦笑いしてしまう。
「ようこそ、アルムさん、リレルさん。さっ、入ってくれ」
「どうも」
「お邪魔します」
サディエルは2人を引き連れて、リビングダイニングまで行く。
「2人とも、お腹空いているだろう? 今から昼食を作るからゆっくりしてくれ。あ、苦手な物とかあるか?」
「特には」
「私も」
それだけ言うと、2人は手近な椅子に座る。
床下から、事前に下ごしらえをしておいた野菜を取り出しつつ、サディエルは2人の様子を盗み見る。
目の前で静かに、私はここに存在していません、と言わんばかりの雰囲気で沈黙を保つ2人。
会話する気配は一切ないし、サディエルにあれこれ問い詰めようと言う感じもない。
(似たような境遇なわけだから、アルムさんとリレルさんの間ぐらいには会話があってもいいよな、と思っていたわけだけど……)
アルムとリレルの間ですら、会話する気配は一切なし。
予想以上の難攻不落っぷりに、サディエルは途方に暮れてしまった。
(さーて……どうしたもんか)
リューゲンから、アルムとリレルの現状を一通りの話を聞き終え、サディエルは難しい表情で悩みこむ。
そんな彼の返答を、静かに待つリューゲンとクーリア。
時計の針が刻む音だけが、その部屋に響いた。
(やばいな……覚悟はしていたけど、無茶だ断れと思う俺と、ほぼ同じぐらいに……見捨てたらいけないって思ってる俺がいる)
アルムとリレルの事情は理解した。
何故サディエルに……全くの第三者に彼らを託すと言う選択肢を取らざる負えなかったのかも。
「……嫌になりますね、それすらも含めて人間であると言えばそうなんですけど、割り切るには難しい問題です」
「そうだな。私はこんな性格だから、全ての人間に理解して貰うと言う気持ちは疾うの昔に捨て去っている。そこの小娘だって同じだ」
「えぇ、そうね」
リューゲンの言葉に、クーリアは迷いなく頷く。
「例え話をしましょうか、サディエル君。この場に10人の重軽傷者が居たとします。助かる可能性はすぐに治療した場合、1人が5%、2人が50%、7人が80%とします。この場合、貴方ならばどうします?」
「……命のトリアージ、ですか」
「良く知っていたわね。どの命から救うかという究極の選択よ」
「そうですね……一応、お聞きします。全員を救える方法はありますか?」
「無いわね。そんな奇跡があるならば、医療も治癒の魔術も不要になるわ」
ピシャリと言い切ったクーリアに、サディエルは眉を下げて納得する。
「救う人数を優先するなら、まず真っ先に切るべきは生存率5%の人です。その状態から、まず50%の2人の治療を早急に行い、その後、比較的軽傷もしくは多少治療が遅れても危険がない80%の7名を治療する。そうすれば、10人中9人を助けられます」
「えぇ、それが最善手で最大級の結果になる。判断を間違うと、救える命が救えなくなるわ。5%のたった1人を救おうとして、残り9人を死なせては……いいえ、最悪10人全員を死なせては意味がない。あたしたちは医者、その使命は1人でも多くの人を救う事」
「……それは分かります。ただ、"諦められるのか" はまた別問題、と言う事ですよね」
命の重さは同じだが、状況によっては命に優先順位が出てしまう。
自分や、自分の大事な人間が、『助かる見込みなし』と黒をつけられる状況になった時に、潔く諦められるのか。
答えは簡単だ。
「仮に、俺の両親や姉さん、もしくは親友が……まだ生きてるのに、助かる可能性が少しでも残っているのに、目の前で救助不要の黒タグつけられたら、ハイそうですかとは納得出来ないです」
「それが正解よ、サディエル君。私たちだって、救えるなら救いたい。でも、それが出来ない場合は、決断しなければいけないわ」
そう言いながら、クーリアは悲しそうに目を閉じる。
「黒つけると、殴りかかって来たり、掴みかかって来るご家族も当然いました。けど、それはまだマシな方。黒をつけた際、その人のご家族からただ一言、『ありがとうございます』とだけ言われるのが、正直一番つらいですね」
「クーリアさんですらそうなんですから、リレルさんは」
「参っちゃったのよね、あの子は。なまじ、あたしがやっている事の意味をハッキリと理解している分」
当人たちは必死だし、1人でも多くの命を救う為に動いていたことは事実だ。
事実ではある。
全員が納得出来るのか? と問われたら、それは難しい内容だった。
助かる可能性が5%の家族に対し『その子を救う代わりに、他の9人全員に "この子の代わりに死んでくれ" と懇願して来い』と言うようなもの……これは、そう言う問題なのだ。
全員を都合よく助けられるのならば、何も問題はない。
だが、そんなことは『ありえない』し『都合のいい奇跡も転がっていない』わけだ。
ありえないと知りつつも、人間は諦めきれない、割り切れない。
そんな人たちの憎悪と嘆きと悲しみを受け止める養母の背中を見続けたリレルが、そうなったのは……ある意味必然だったのかもしれない。
「あたしにだけ、ぶつけてくれれば良いのにね。なんで、あの子にまで飛び火しちゃったのやら」
そしてそれは……
「リューゲンさん、アルムさんの方もつまりは……」
「あぁそうだ。クーリアとは真逆の意味で、"同じ" だな」
サディエルの問いかけに、リューゲンは忌々しそうに頷いた。
リューゲンとクーリアの違いは、命を救う側か、命を捨てろと命令する側か、である。
「私の場合は、逆に死地へ行けと言う立場だ。どうしても犠牲が必要な場面は多い。どれだけ注意を払っても犠牲が出てしまい、防ぎようがないことが大半だ。その都度、言われるよ。"作戦の成功はお見事、今回も多大な結果を得られた。だが、何故そんな損失を出すのだ" とな」
部隊数が大きければ大きいほど、末端までの管理はどうしても難しくなる。
ましてや、個々が意思と判断力を持つ人間である以上、必ずしも絶対は存在しなくなってしまう。
「アルムの奴は愚直に反論していた。私のことを思ってのことなのだろうが、挑む相手が悪すぎた」
自分の師匠が必死に考え、可能な限り、損失を出さないような作戦を出している。
誰よりも部隊の人たちの事を考えているのに、とアルムがいくら声高に叫んだとしても返ってくる答えは無慈悲だった。
『そんな考えになるのは、お前があいつの一番弟子だからだろう?』
『そりゃそうだ。恩師と同じ思考回路なんだ、オレらとは見ている世界が違うんだよ』
『作戦さえ成功すりゃ、末端の兵なんてどうなっても知らないんだろ』
根拠のない、言葉の刃。
どれだけ正しい言葉を綴っても、誰も聞いてくれず、気づいてくれず。
必死に歯を食いしばり、耐えるしか、今の彼には選択肢がなかった。
そこまで理解して、サディエルは深い深いため息を吐く。
「……何故、バークライスさんが俺に依頼したのか……分かった気がします」
今の2人は本当に危うい状況だ。
それを解消することが、リューゲンとクーリアにはどうしても不可能である。
何せ、アルムとリレルの現状の原因とも言うべき存在になってしまったからだ。
本人たちだって、不本意な結果なのだろう。
自分たちで何とか出来るのならば、とっくに何とかしているはずだ。
(極度の人間不信か。信頼している人間から裏切られる以外でも、こんなことがあるんだな……)
どれだけ最善を尽くして、これ以上ないベストな状態に持って行っても報われない。
当然だ、その『ベストな状態』とは、人によって定義が異なってしまう。
リューゲンとクーリアは、そんな現実を受け止め、諦め、割り切れている。
それが出来るのは、『第三者の立場にいる理解者』の存在に支えられているからだ。
(だけど、あの2人にそれが無い……そのせいで、視野が狭くなり、周囲の音が無音になっていく。このままいけば……)
そこまで考えて、ぞくりと悪寒が走る。
その先が見えてしまい、寒さがサディエルの全身を襲った。
「……感受性が高い子ね。落ち着いて、大丈夫だから」
「先を想定出来る事は良いことだが、深みにはまりすぎるのも、命取りになる」
「はい……すいません」
ゆっくりと呼吸を整えて、注文した飲み物を口に運ぶ。
すっかり冷めてしまった紅茶は、苦みが増していたものの、思考を戻す助けになった。
(アーク、ごめん。多分、またお前に怒られる選択をすることになると思う。俺、見捨てられそうにない)
無茶で無謀だ。
それは、サディエルだけじゃない、彼に依頼したバークライスも、目の前に居るリューゲンとクーリアも分かっていることだろう。
無茶でも、無謀でも、何とかしたいと言う想いがそこにある事を、サディエルは理解してしまった。
「……愛されていますね、アルムさんも、リレルさんも」
「さぁな。勝手に死なれたら寝覚めが悪いだけだ」
「相変わらず素直じゃないわねリューゲン爺様? そんなんだから、アルム君以外に弟子が出来ないのよ」
「うるさいぞ、小娘」
「はいはい。サディエル君、そんなわけだから……あたしらとしては、君にあの子たちを託したいの」
きっと、バークライスの想いも、リューゲンの想いも、クーリアの想いも、今の2人は伝わらないだろう。
仮に伝えたところで、彼らは理解を拒む。
最も身近な存在の言葉すら、届かなくなってしまっている2人を救う為に必要なモノは、それじゃないのだ。
「現実をしっかりと見て世の中の良さも悪さも理解しながら、それでも『お人よし』だ『偽善者』だと揶揄されてしまう。沢山の可能性を見据えた上で、あえてそんな選択肢を取ってしまう君に、お願いしたいの」
粗治療も良いところだ。
毒を持って毒を制すようなものである。
「まったくの第三者でありながら、馬鹿正直なぐらい真っ直ぐで、諦めず、他者を否定せずに、無条件で愛してくれるであろう、君にな。本当に、バークライスはいい人材を掘り出してきてくれたものだ」
リューゲンとクーリアの最終通告に、サディエルは情けないほど不安げな表情で笑った。
(うん、本当にごめんアーク。だいぶやばい厄介ごとを、引き受けちゃったよ)
決意を固めて、サディエルはしっかりと彼らを見る。
「リューゲンさん、クーリアさん。俺で良ければ、この依頼を引き受けます」
========================
―――それから数日後
「よし、掃除完了! とりあえず3人で住むには上出来だろう」
エルフェル・ブルグ郊外の一軒家。
バークライスの紹介で、格安で借りることが出来た借家を掃除し終えたサディエルは、ようやく一息ついた。
「個室の準備よし、台所も大丈夫、食料と日用品も購入済み。あとは……減った資金と2人分の旅道具分の金をどうやって稼ぐかだけど、とりあえず当面は、アルムさんとリレルさんのケア最優先かな。1週間ほど雰囲気みて、働きに出れそうな時間を見繕わないと」
メモ帳を取り出しながら、現時点でのやる事リストを最終確認する。
一通りの項目が達成されていることを確認したサディエルは、掃除道具を片付けた。
「旅に出るっていっても、まずは2人には冒険者として必要な体力をつけて、最低でも逃げる為の知識を頭に叩き込んで貰わないとな。運動も気分転換になるだろうし、まずは基礎体力を3か月でつけて貰って……」
少し大きめな紙を広げて、最終目標を主軸にやるべきことを1つ1つ羅列していく。
それは、5年後にヒロトが見ることになる『目標達成表』であった。
最終目標は、アルムとリレルの人間不信を可能な限り解消すること。
その上で、彼らの狭まった視野を広げ、他人からの声に耳を傾けられるようにするには……と、あれこれ考えながらサディエルは紙に書き込んでいく。
「俺が彼らの立場だったら、何が嬉しいだろう。自分たちの意見が通じない、信じて貰えないって認識だから……多分、俺からあれこれ喋るのは悪手かも。お前の話なんて聞く気ねぇ! って。あれ、そうなるとすぐに体力作りは無理じゃないか?」
話を聞いて貰えない可能性に至り、サディエルは慌てて目標内容を変更していく。
「まずは、2人に喋って貰えるようにしないといけないから……あー、何が嬉しいかな。この人なら何を話しても否定しない、聞いてくれるって思ってくれるには」
うーん、と両腕を組んで悩む。
そこに、カラランと来客を告げるベルが鳴り響いた。
「おっ、もしかして来たかな?」
紙をしまい、サディエルは玄関へと急ぐ。
今開けますと声を掛けながらドアを開けると、そこにはアルムとリレルが明らかに少なすぎる荷物を持って立っていた。
少なくとも、旅に出る荷物ではないのは明白……どちらかというと、2~3日お泊りする程度の量に、サディエルは苦笑いしてしまう。
「ようこそ、アルムさん、リレルさん。さっ、入ってくれ」
「どうも」
「お邪魔します」
サディエルは2人を引き連れて、リビングダイニングまで行く。
「2人とも、お腹空いているだろう? 今から昼食を作るからゆっくりしてくれ。あ、苦手な物とかあるか?」
「特には」
「私も」
それだけ言うと、2人は手近な椅子に座る。
床下から、事前に下ごしらえをしておいた野菜を取り出しつつ、サディエルは2人の様子を盗み見る。
目の前で静かに、私はここに存在していません、と言わんばかりの雰囲気で沈黙を保つ2人。
会話する気配は一切ないし、サディエルにあれこれ問い詰めようと言う感じもない。
(似たような境遇なわけだから、アルムさんとリレルさんの間ぐらいには会話があってもいいよな、と思っていたわけだけど……)
アルムとリレルの間ですら、会話する気配は一切なし。
予想以上の難攻不落っぷりに、サディエルは途方に暮れてしまった。
(さーて……どうしたもんか)
0
お気に入りに追加
310
あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~
そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」
「何てことなの……」
「全く期待はずれだ」
私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。
このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。
そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。
だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。
そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。
そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど?
私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。
私は最高の仲間と最強を目指すから。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる