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最終章 冒険者5~6か月目
98話 対策会議【前編】
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―――翌日
「はー……やっぱ山だと、ちょっとのことで平地と感覚が違うよな」
運動後のストレッチをしながら、オレは体の調子を確認する。
グイっと背伸びをして空を見上げると、どんよりとした曇り空。
今日の昼頃から、明日の夕方にかけて、天気はよろしくないらしい。
「この調子だと、明日は宿でトレーニング?」
「そうなりそうだな。どこか広い場所を使わせて貰おう」
同じように屈伸を終えて、軽くジャンプしながらサディエルは答える。
「3人は先に食堂に行っていてくれ。雨が降り出す前に、もうちょい走りこんでくる」
「あんまり無理しないでよ。昨日だって、ちょっとフラフラになって戻って来たじゃん」
「分かっている。10分程度走ったら戻るから、適当に朝食頼んどいてくれ」
それだけ言うと、サディエルは走り出す。
弱体化効果に対抗する為、とは言え……最近やっぱり運動量増やしすぎな気がするな。
「さて、僕らは食堂に行くか」
「そうだね……って、リレル?」
「え? あ、はい。そうですね」
サディエルが走っていった方向を心配そうに見ていたリレルが、慌ててこちらを振り返る。
少し珍しい反応に、オレとアルムは首を傾げた。
「何かあったのか?」
「……2人とも、食堂へ行っていてください。私も少し走ってきます」
「え? リレル!?」
オレが止めるよりも早く、リレルも走り出してサディエルを追いかける。
取り残されたオレたちは、2人が見えなくなるまで見送ってしまう。
「……もしかして、昨日何かあったのかな」
「かもな。今の感じだと、サディエルの奴が原因っぽいが」
「あーもー……この前、何かあったら4人で何とかしよう、って言ったばっかりなのに」
思わずため息を吐いてしまう。
「サディエルの奴を擁護する気はないが、人間の性格は早々に変わらないさ。僕らだって、人間不信が完全に解消したわけじゃないからな」
「そうか……そうだよな、簡単な話じゃ、ないか」
「誰だって自分自身を変えることは簡単じゃない。ついつい、他人にばかり変化を要求して、自分は自分のままでいたいと懇願してしまうもんさ。嫌な奴相手なら、無関心でありゃいいんだろうが」
サディエルに対して、無関心でいられるか。
そう問われたら、オレもアルムも、リレルだって『No』だと答えるだろう。
サディエルから見ても同じことで、オレたち相手に無関心でいられないはずだ。
無関心でいたくないと思える事こそが、オレたちの間にある "信頼" なんだろうけど……
「無関心でいられない相手だから、こうやってヤキモキしてしまう。ってことだよね」
「あぁ。難しい話だよな、ほんとに」
時間を掛けないといけないこと、なんだな。
言葉を交わすのと同じ……いや、下手したらそれ以上の時間を掛けて。
普段は心地いいほど、安心材料であるはずの "信頼" と言う2文字が、すごく重荷に感じる。
どんな言葉にも、良い面と、悪い面がある……それは、オレがこの異世界で学んだことの1つだ。
「期待をしない、雑談しない、相手を見ない。そういう態度を取っても問題ない相手だと、凄く楽なんだが」
「めっちゃ実感籠ってるな」
「体験談だからな。だからこそ、相手の良い部分を見るのに時間が掛かった、ともいえるが……」
アルムはふと、オレに視線を向けてくる。
えーっと、今の流れで何でオレに視線が向いた?
脳内で疑問符を浮かべていると、アルムがいきなりオレの頭をわしゃわしゃと撫でてくる。
「そいや、ヒロトも出会った当初は生意気なクソガキだったなー。僕と喧嘩した後は、憑き物でも落ちたかのように本来の性格が顔出して、頑固になったけど」
「悪かったな。摩訶不思議びっくりどっきりファンタジー信者で」
この件に関しては、正直黒歴史認定したいんだけど。
思い返してみれば、この世界に来た当初のオレの言動、自分で思い返してもかなーり痛いわけだし。
「まっ、今のヒロトの方が、僕は好きだけどな」
「……それは同感。オレも今のアルムの方が好きだよ」
「野郎2人できめぇ」
「先に言い出したのはどっちだよ」
どちらからともなく、オレたちは笑い始める。
あーあ、こんなくだらない話を出来るようになるなんて、ほんと、異世界に来た当初は考えられなかった。
ふと、こんな風に会話出来るのも、もうあと2か月もないんだな……と、思ってしまう。
目の前のことに手いっぱいで、あんまり実感はないけど。
「さってと、このまま雑談しながら2人が戻って来るのを待っても良いが……席の確保に行くか」
「そうしよっか。もう少ししたら、食堂が混みだしそうだもんね」
そうと決まればと、オレたちは宿の食堂へと向かう。
幸い、混みだす前に入れたので、窓際の席を確保してメニュー表を手に取る。
相変わらず文字は読めないので、アルムに書かれている内容を読み上げて貰い、何を注文しようかと思案していると、食堂入り口にサディエルとリレルの2人が戻って来たのが見えた。
「おーい! サディエル! リレル!」
「おっ、そっちだったか」
「お待たせしました」
2人は空いている椅子に座り、水で喉を潤す。
「アルムとヒロトは朝食を注文したのか?」
「いや、まだ」
「ちょっと外で雑談してたからな。ほら、メニュー表」
悪い、と言いながらサディエルはアルムからメニュー表を受け取る。
内容を確認して注文を決めたのか、そのままリレルにそれをスライドさせた。
「それで、サディエル」
「ん?」
「何かあったの。と言うか、リレルの態度からも、何かあったとオレとアルムも睨んでるわけだけど」
ちらりとリレルに視線を向ける。
それに気付いたのか、リレルはメニュー表から視線を外して苦笑いをした。
「リレル……」
非難めいた視線を、サディエルはリレルに向ける。
しかし、彼女はどこ吹く風でメニュー表をテーブルの上に置きながら答えた。
「こうしないと、アルムとヒロトも違和感持たないでしょ?」
「確信犯かよ」
「お互い、面倒くさい性格していますからね」
行動で示したって訳か。
サディエルが話題を切り出しやすいようにってことになるのかな。
オレとアルムは、サディエルを見て無言で訴えかける。
しばらくは何とか話題を逸らすか、別の提案をしようとしていたのか、あれこれ百面相していたサディエルだったが……観念したのか、両手を挙げて降参ポーズを取った。
「食後に、ちょっと時間をくれないか? 問題が1つ発生した」
========================
「はああああああ!?」
「サディエル、オレ、確か病院で聞いたよね。聞いていたよね!? そしたら、"聞かない方が良い、結構本気で。一言だけ言うなら、気持ち悪い" って言ったよね。何であの時素直に言ってくれなかったんだよ!」
オレたちの声量が流石に大きかったのか、サディエルは両耳を抑えている。
隣ではリレルが呆れ顔だ。
アルムは立ち上がり、サディエルの胸ぐらを掴む。
「そう言う事を、何でもっと早く……!」
「待ってくださいアルム。私から、今日話そうと提案したのです。責めるなら、サディエルではなく、私でお願いします」
「リレル、お前だって昨日が初耳だったんだろ!」
「そうです。ですが、サディエルにも言えなかった理由があるはず。ですよね?」
リレルの言葉を聞いて、アルムは舌打ちをしながらサディエルを手放す。
「弁明だけは聞こう。10文字以内な」
「無茶させない為だ」
ぴったり10文字で説明しきったよ。
いや、まぁ今はそう言う話じゃないんだけど。
―――朝食後、寝泊まりしている部屋に集まったオレたちは、サディエルからある事を伝えられた。
昨日、サディエルの所にガランドが現れたこと。
仮に彼がガランドによって殺されて、"顔" を奪われた場合に起こりうるであろう可能性について。
……そして、それをエルフェル・ブルグ到着前に起こったあの戦闘中に知らされており、オレたちに言いあぐねていた事だった。
「サディエル、一旦内容を整理したいから、順番に確認していい?」
「あぁ、分かった」
「確認事項は2つ。まず、サディエルがガランドに "顔" を奪われた場合の件」
大前提として、この世界の魔族は生まれた当初は顔が無い。
正確には顔を構築することは可能だけど、魔王カイレスティンことカイン君と同じものになってしまう。
だから、人間の顔を奪う事で独自の人相を手に入れ、尚且つ、その実績を積み重ねて、最終的には人間側に "顔の為だけに殺される" 可能性が、誰にでも等しくある、と言う恐怖心を煽る為の魔族側の策略だ。
ここまでは、カイン君から聞いていた内容だが……もう1つ、厄介な事実が隠れていた。
「"顔" を奪われた人の魂も、同時に魔族に束縛される。理由は、奪った顔を維持する為」
「あいつの言ったことが本当ならば、だがな。単純に "顔" を奪っただけならば、そのうち魔王様……カインさんの魔力が勝ってしまって、元に戻ってしまう。だから、奪った当人の魂を取り込むことで、顔を維持出来るそうだ」
魔族は魔力そのもの。
その魔力に打ち勝つ為にも、魂が必要ってわけか。
「なかなかに気持ち悪いことを宣言されてましたよ、ガランドは」
「……なんっつーたんだ、奴は」
「永遠に抜け出せない魂の牢獄、と」
うわぁ……鳥肌が立ちそう……
顔を奪われただけじゃなくて、そんな場所に永遠に閉じ込められるとか、かなりシャレにならない。
「サディエルが以前、聞かない方が良いって言った時に、可能性の1つとして一瞬考えたことがビンゴだったなんて」
本当に、当たって欲しく無い方にクリーンヒットしまくる状況が、そろそろ嫌になって来た。
有利になる、先手を打てるなどのメリットとは別に、それはそれとして、って感じである。
……となると、サディエルが『無茶させない為だ』って言ったのは
「その事実をオレたちが知って、仮に最悪な展開になった場合……サディエルの魂だけでも解放させようと、無茶する可能性があったから、ってことだよね」
「無茶もそうだが、ヒロトが全部見届けるまで帰らない! って言いだしかねなかったからさ」
しっかり見抜かれている。
確かに、そんな状況になったら、オレは帰らないって言いだしそうだ。
顔を奪った以上、オレたちの前にガランドが現れる理由はもうない。
そうなると、何かしらの方法で、無理やりガランドをオレたちの前に引きずり出す必要が出てくるが……これは、カイン君に協力を仰いだと思う。
きっと、意地でもサディエルを解放させようと、躍起になっていたはずだ。
「聞いた当初であれば、そう言う考えになるのは分かる。だが、今は状況が違う。ヒロトを元の世界に戻す為に、ガランドの核が必要な以上、お前の弔い合戦が追加されるだけだ」
「それに、ガランドがやられる間際になって、貴方の魂が自分の中にある、仲間を見殺しにするんだぞ……みたいに、脅してくる可能性すらあります」
ガランドならやってきそうだよな。
それを言われたら、オレたちは絶対に躊躇してしまう。
僅かに出来た隙を、ガランドが見逃すとも思えない。
「言えなかった理由はもう1つある。俺とヒロトは、"同じ魂を持つ人間同士" だろ。どっちが前世で来世かはさておき、俺がそんな結末を迎えた、なんてことをヒロトに知られたくなかった」
「サディエル……」
「だって、嫌だろ!? どっちにしたって、自分がそんなことになった、だなんて……そんなこと……」
「落ち着いてよサディエル、それはあくまでも最悪な場合! まだそうなるって決まってないんだから!」
オレの言葉を聞いて、サディエルは目を見開く。
完全に、最悪の場合だけが思考を支配しきって、そうはならない、という可能性に気づけなかったのか。
しかも、自分自身のことじゃなくて、オレを主体に考えている辺りが本当にもう……
「黙っていた理由は分かった。お前らしくて涙が出そうだ」
「悪いな、アルム。リレルとヒロトも、ごめん」
「仕方ありませんね、とは言いませんよ。頑張ってその自己犠牲精神を治してください」
「普通、この展開は『仕方ないなー』って流すシーンを流さないのが、本当にサディエルたちらしいや……」
そんな彼らに助けられてきたわけだから、オレも強くはいえないけどね。
「話を戻すね。2つ目……ガランドが、わざわざサディエルに宣戦布告してきた件を確認しよう」
「はー……やっぱ山だと、ちょっとのことで平地と感覚が違うよな」
運動後のストレッチをしながら、オレは体の調子を確認する。
グイっと背伸びをして空を見上げると、どんよりとした曇り空。
今日の昼頃から、明日の夕方にかけて、天気はよろしくないらしい。
「この調子だと、明日は宿でトレーニング?」
「そうなりそうだな。どこか広い場所を使わせて貰おう」
同じように屈伸を終えて、軽くジャンプしながらサディエルは答える。
「3人は先に食堂に行っていてくれ。雨が降り出す前に、もうちょい走りこんでくる」
「あんまり無理しないでよ。昨日だって、ちょっとフラフラになって戻って来たじゃん」
「分かっている。10分程度走ったら戻るから、適当に朝食頼んどいてくれ」
それだけ言うと、サディエルは走り出す。
弱体化効果に対抗する為、とは言え……最近やっぱり運動量増やしすぎな気がするな。
「さて、僕らは食堂に行くか」
「そうだね……って、リレル?」
「え? あ、はい。そうですね」
サディエルが走っていった方向を心配そうに見ていたリレルが、慌ててこちらを振り返る。
少し珍しい反応に、オレとアルムは首を傾げた。
「何かあったのか?」
「……2人とも、食堂へ行っていてください。私も少し走ってきます」
「え? リレル!?」
オレが止めるよりも早く、リレルも走り出してサディエルを追いかける。
取り残されたオレたちは、2人が見えなくなるまで見送ってしまう。
「……もしかして、昨日何かあったのかな」
「かもな。今の感じだと、サディエルの奴が原因っぽいが」
「あーもー……この前、何かあったら4人で何とかしよう、って言ったばっかりなのに」
思わずため息を吐いてしまう。
「サディエルの奴を擁護する気はないが、人間の性格は早々に変わらないさ。僕らだって、人間不信が完全に解消したわけじゃないからな」
「そうか……そうだよな、簡単な話じゃ、ないか」
「誰だって自分自身を変えることは簡単じゃない。ついつい、他人にばかり変化を要求して、自分は自分のままでいたいと懇願してしまうもんさ。嫌な奴相手なら、無関心でありゃいいんだろうが」
サディエルに対して、無関心でいられるか。
そう問われたら、オレもアルムも、リレルだって『No』だと答えるだろう。
サディエルから見ても同じことで、オレたち相手に無関心でいられないはずだ。
無関心でいたくないと思える事こそが、オレたちの間にある "信頼" なんだろうけど……
「無関心でいられない相手だから、こうやってヤキモキしてしまう。ってことだよね」
「あぁ。難しい話だよな、ほんとに」
時間を掛けないといけないこと、なんだな。
言葉を交わすのと同じ……いや、下手したらそれ以上の時間を掛けて。
普段は心地いいほど、安心材料であるはずの "信頼" と言う2文字が、すごく重荷に感じる。
どんな言葉にも、良い面と、悪い面がある……それは、オレがこの異世界で学んだことの1つだ。
「期待をしない、雑談しない、相手を見ない。そういう態度を取っても問題ない相手だと、凄く楽なんだが」
「めっちゃ実感籠ってるな」
「体験談だからな。だからこそ、相手の良い部分を見るのに時間が掛かった、ともいえるが……」
アルムはふと、オレに視線を向けてくる。
えーっと、今の流れで何でオレに視線が向いた?
脳内で疑問符を浮かべていると、アルムがいきなりオレの頭をわしゃわしゃと撫でてくる。
「そいや、ヒロトも出会った当初は生意気なクソガキだったなー。僕と喧嘩した後は、憑き物でも落ちたかのように本来の性格が顔出して、頑固になったけど」
「悪かったな。摩訶不思議びっくりどっきりファンタジー信者で」
この件に関しては、正直黒歴史認定したいんだけど。
思い返してみれば、この世界に来た当初のオレの言動、自分で思い返してもかなーり痛いわけだし。
「まっ、今のヒロトの方が、僕は好きだけどな」
「……それは同感。オレも今のアルムの方が好きだよ」
「野郎2人できめぇ」
「先に言い出したのはどっちだよ」
どちらからともなく、オレたちは笑い始める。
あーあ、こんなくだらない話を出来るようになるなんて、ほんと、異世界に来た当初は考えられなかった。
ふと、こんな風に会話出来るのも、もうあと2か月もないんだな……と、思ってしまう。
目の前のことに手いっぱいで、あんまり実感はないけど。
「さってと、このまま雑談しながら2人が戻って来るのを待っても良いが……席の確保に行くか」
「そうしよっか。もう少ししたら、食堂が混みだしそうだもんね」
そうと決まればと、オレたちは宿の食堂へと向かう。
幸い、混みだす前に入れたので、窓際の席を確保してメニュー表を手に取る。
相変わらず文字は読めないので、アルムに書かれている内容を読み上げて貰い、何を注文しようかと思案していると、食堂入り口にサディエルとリレルの2人が戻って来たのが見えた。
「おーい! サディエル! リレル!」
「おっ、そっちだったか」
「お待たせしました」
2人は空いている椅子に座り、水で喉を潤す。
「アルムとヒロトは朝食を注文したのか?」
「いや、まだ」
「ちょっと外で雑談してたからな。ほら、メニュー表」
悪い、と言いながらサディエルはアルムからメニュー表を受け取る。
内容を確認して注文を決めたのか、そのままリレルにそれをスライドさせた。
「それで、サディエル」
「ん?」
「何かあったの。と言うか、リレルの態度からも、何かあったとオレとアルムも睨んでるわけだけど」
ちらりとリレルに視線を向ける。
それに気付いたのか、リレルはメニュー表から視線を外して苦笑いをした。
「リレル……」
非難めいた視線を、サディエルはリレルに向ける。
しかし、彼女はどこ吹く風でメニュー表をテーブルの上に置きながら答えた。
「こうしないと、アルムとヒロトも違和感持たないでしょ?」
「確信犯かよ」
「お互い、面倒くさい性格していますからね」
行動で示したって訳か。
サディエルが話題を切り出しやすいようにってことになるのかな。
オレとアルムは、サディエルを見て無言で訴えかける。
しばらくは何とか話題を逸らすか、別の提案をしようとしていたのか、あれこれ百面相していたサディエルだったが……観念したのか、両手を挙げて降参ポーズを取った。
「食後に、ちょっと時間をくれないか? 問題が1つ発生した」
========================
「はああああああ!?」
「サディエル、オレ、確か病院で聞いたよね。聞いていたよね!? そしたら、"聞かない方が良い、結構本気で。一言だけ言うなら、気持ち悪い" って言ったよね。何であの時素直に言ってくれなかったんだよ!」
オレたちの声量が流石に大きかったのか、サディエルは両耳を抑えている。
隣ではリレルが呆れ顔だ。
アルムは立ち上がり、サディエルの胸ぐらを掴む。
「そう言う事を、何でもっと早く……!」
「待ってくださいアルム。私から、今日話そうと提案したのです。責めるなら、サディエルではなく、私でお願いします」
「リレル、お前だって昨日が初耳だったんだろ!」
「そうです。ですが、サディエルにも言えなかった理由があるはず。ですよね?」
リレルの言葉を聞いて、アルムは舌打ちをしながらサディエルを手放す。
「弁明だけは聞こう。10文字以内な」
「無茶させない為だ」
ぴったり10文字で説明しきったよ。
いや、まぁ今はそう言う話じゃないんだけど。
―――朝食後、寝泊まりしている部屋に集まったオレたちは、サディエルからある事を伝えられた。
昨日、サディエルの所にガランドが現れたこと。
仮に彼がガランドによって殺されて、"顔" を奪われた場合に起こりうるであろう可能性について。
……そして、それをエルフェル・ブルグ到着前に起こったあの戦闘中に知らされており、オレたちに言いあぐねていた事だった。
「サディエル、一旦内容を整理したいから、順番に確認していい?」
「あぁ、分かった」
「確認事項は2つ。まず、サディエルがガランドに "顔" を奪われた場合の件」
大前提として、この世界の魔族は生まれた当初は顔が無い。
正確には顔を構築することは可能だけど、魔王カイレスティンことカイン君と同じものになってしまう。
だから、人間の顔を奪う事で独自の人相を手に入れ、尚且つ、その実績を積み重ねて、最終的には人間側に "顔の為だけに殺される" 可能性が、誰にでも等しくある、と言う恐怖心を煽る為の魔族側の策略だ。
ここまでは、カイン君から聞いていた内容だが……もう1つ、厄介な事実が隠れていた。
「"顔" を奪われた人の魂も、同時に魔族に束縛される。理由は、奪った顔を維持する為」
「あいつの言ったことが本当ならば、だがな。単純に "顔" を奪っただけならば、そのうち魔王様……カインさんの魔力が勝ってしまって、元に戻ってしまう。だから、奪った当人の魂を取り込むことで、顔を維持出来るそうだ」
魔族は魔力そのもの。
その魔力に打ち勝つ為にも、魂が必要ってわけか。
「なかなかに気持ち悪いことを宣言されてましたよ、ガランドは」
「……なんっつーたんだ、奴は」
「永遠に抜け出せない魂の牢獄、と」
うわぁ……鳥肌が立ちそう……
顔を奪われただけじゃなくて、そんな場所に永遠に閉じ込められるとか、かなりシャレにならない。
「サディエルが以前、聞かない方が良いって言った時に、可能性の1つとして一瞬考えたことがビンゴだったなんて」
本当に、当たって欲しく無い方にクリーンヒットしまくる状況が、そろそろ嫌になって来た。
有利になる、先手を打てるなどのメリットとは別に、それはそれとして、って感じである。
……となると、サディエルが『無茶させない為だ』って言ったのは
「その事実をオレたちが知って、仮に最悪な展開になった場合……サディエルの魂だけでも解放させようと、無茶する可能性があったから、ってことだよね」
「無茶もそうだが、ヒロトが全部見届けるまで帰らない! って言いだしかねなかったからさ」
しっかり見抜かれている。
確かに、そんな状況になったら、オレは帰らないって言いだしそうだ。
顔を奪った以上、オレたちの前にガランドが現れる理由はもうない。
そうなると、何かしらの方法で、無理やりガランドをオレたちの前に引きずり出す必要が出てくるが……これは、カイン君に協力を仰いだと思う。
きっと、意地でもサディエルを解放させようと、躍起になっていたはずだ。
「聞いた当初であれば、そう言う考えになるのは分かる。だが、今は状況が違う。ヒロトを元の世界に戻す為に、ガランドの核が必要な以上、お前の弔い合戦が追加されるだけだ」
「それに、ガランドがやられる間際になって、貴方の魂が自分の中にある、仲間を見殺しにするんだぞ……みたいに、脅してくる可能性すらあります」
ガランドならやってきそうだよな。
それを言われたら、オレたちは絶対に躊躇してしまう。
僅かに出来た隙を、ガランドが見逃すとも思えない。
「言えなかった理由はもう1つある。俺とヒロトは、"同じ魂を持つ人間同士" だろ。どっちが前世で来世かはさておき、俺がそんな結末を迎えた、なんてことをヒロトに知られたくなかった」
「サディエル……」
「だって、嫌だろ!? どっちにしたって、自分がそんなことになった、だなんて……そんなこと……」
「落ち着いてよサディエル、それはあくまでも最悪な場合! まだそうなるって決まってないんだから!」
オレの言葉を聞いて、サディエルは目を見開く。
完全に、最悪の場合だけが思考を支配しきって、そうはならない、という可能性に気づけなかったのか。
しかも、自分自身のことじゃなくて、オレを主体に考えている辺りが本当にもう……
「黙っていた理由は分かった。お前らしくて涙が出そうだ」
「悪いな、アルム。リレルとヒロトも、ごめん」
「仕方ありませんね、とは言いませんよ。頑張ってその自己犠牲精神を治してください」
「普通、この展開は『仕方ないなー』って流すシーンを流さないのが、本当にサディエルたちらしいや……」
そんな彼らに助けられてきたわけだから、オレも強くはいえないけどね。
「話を戻すね。2つ目……ガランドが、わざわざサディエルに宣戦布告してきた件を確認しよう」
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異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
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元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
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ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
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