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第5章 冒険者4か月目
82話 実地試験【後編】
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「……と、言う考えなんだけど、どうかな?」
「明日を待つまでも無かったな。正解だ」
「先日、私たちに言われた言葉で気づいたのですね」
「まぁね……で、今の流れからどうやってサディエルを捕まえるか、なんだけど」
―――1時間後
「………」
クレインさんの屋敷に入った瞬間、サディエルは難しい顔をして立ち止まる。
気配とかで察してると言うよりは、オレらの性格を加味しての警戒だろう。
まっ、実際にオレらが待機しているわけだけど。
「おや、サディエル。戻ったのですか」
「レックスさん、どうも。クレインさんは仕事中……ですよね?」
近づいてきたレックスさんに、サディエルは表情を変えずに、僅かに後ずさった。
「えぇ、溜まった書類の整理がありますからね。もう少ししたら、休憩の為の飲み物でも、と思っておりますよ」
「そうですか。ところで……」
スッ、と双方の目が細められる。
互いが互いを標的としているような、そんな視線が交わされた。
「"いつ"、参加されたんですか?」
「先ほどですね」
言うや否や、2人は同時に床を蹴った。
「流石にそろそろ気づくだろうなとは思ってたけど、初手レックスさんとは、やるな!」
そう、サディエルは確かにこういった。
アルムやリレルと協力して、俺に触れることが出来たら勝ち、と。
このサディエルに "触れる" 人物は、限定されていない。
言葉と展開から、オレがサディエルに触れることが出来たら……と最初は解釈していたわけだけど、それは間違いだった。
サディエルは、オレらの実力も、自身の実力も、見誤ることはしない。
過大も過小も評価しない。
だから、彼はあえて『隙』を作ってくれていた。
オレに気づかせて、そこを遠慮なく突けと。
アルムやリレルと協力して、どんな手段を使っても良いし、誰でもいいから自分に触れろと。
ほんっっっと、言われないと分かりづらいよね!
こっちが気づくと信じて、こんな言葉遊びをやらかしてくれるんだから。
「いい機会です。腕が鈍っていないか、確かめさせてもらいますよ、サディエル」
「やめてくださいよレックスさん。フットマン時代の護衛訓練思い出して吐き気しそう!」
互いに距離を保ちながら並走し、サディエルはそのまま2階へ続く階段を目指す。
階段を上り始めると同時に、左右の通路から屋敷に勤めているフットマンの皆さんが顔を出す。
「サディエルの奴が来たぞ!」
「おっしゃ、捕まえろ!」
「うげっ!? ヒロトたち、やりすぎだアホ!」
アホでも何でも言ってくれ。
それに、フットマンの皆さんの役目は、あくまでもサディエルを2階に行かせず、この場に留める事だ。
流石に登っては意味が無いと察したサディエルは、素早く手すりに手を掛けて、1階へ飛び降りる。
着地と同時に、階段の下に隠れていたアルムが飛び出して、サディエルの背中に向けて手を伸ばす。
「うおっと……そっちもようやく本格参戦か、アルム」
「まぁな。5年前のリベンジもついでだからさせて貰うぞ、サディエル」
それを紙一重で避けると、サディエルは自身の足に何かを纏わせる。
1歩蹴ると、通常よりも長い距離を移動した。
あぁ言うのは、だいたい風の魔術だろうな。
おおよそ、風を自身の足に纏わせて、瞬発力と脚力を補強したってところだろう。
だが、逃げた先……屋敷内に入った時点で、サディエルにとっては死角となっていた太めの柱から、同じく隠れていたリレルが姿を現す。
「お待ちしておりましたよ」
「やっぱいるよな、リレルも。お前もリベンジか?」
「はい。思えば、船旅での模擬試合……本気を出されていなかったわけですし」
「いやまて、あれは本気を出さなかったんじゃなくて、出せなかった! ついでに、あの時はまだ弱体化の自覚が……」
「問、答、無、用、です」
そう言うと、リレルは無詠唱でガランドに対して使った拘束の魔術を使用する。
屋敷内の至る所にオブジェとして飾られている観葉植物や、色とりどりの花から、枝や蔦が一斉に伸びてサディエルに襲い掛かった。
「流石にこれは反撃していいよな! "風よ、切り裂け!"」
寸前まで迫った枝や蔦に対して、サディエルは風の魔術で切り裂く。
それを見たレックスさんが眉をひそめ……
「サディエル! クレイン様のお屋敷のモノを壊すとは何事ですか!」
「先に観葉植物と花々を拘束具に変えたのは、オレじゃなくてリレルですよ!?」
濡れ衣はんたーい! と、サディエルは涙目で叫ぶ。
理由はどうあれ、屋敷の備品に傷をつけられたことで、レックスさんの表情が真顔になった。
うーわー、遠目から見ても恐怖しかない。
同じように、鋭い眼光から放たれるプレッシャーに、サディエルの頬が引きつる。
その隙を見逃さず、アルムとリレルがサディエルに接近した。
挟み撃ち、に見えるけれども左右で位置を僅かにズラし、上手くサディエルの逃げ場を無くすように動いている。
攻撃するタイミングも絶妙にズラしながら、2人は彼に手を伸ばす。
しかし、サディエルの方が僅かに上手だった。
彼は一瞬の判断で、被弾する直前にしゃがみ込んで2人の手から逃れ、レックスさんが立っている方向とは真逆にダッシュした。
そのまま、屋敷1階の廊下に駆け込む。
「ちっ、今のでもダメだったか。今回は行けると思ったのに」
「残念です。と言うわけで、後はよろしくお願いしますよ、ヒロト」
オッケー、任された。
その言葉を聞いて、オレは立ち上がりチャンスを伺う。
「………完全に誘導されたな、これ」
一方で、苦虫をかみつぶしたような表情で、サディエルは愚痴りながら小走りで廊下を進んでいる。
誘導させて貰ったわけだけど……オレとしては、何であの包囲網で決着がつかなかったのかを問いたい。
ここからどうしたもんかと必死に思案している彼の耳に、ドアがガチャリと開く音が届いた。
慌てて歩みを止めて、警戒していると……
「今日は妙に騒々しいのう……おや、サディエル君」
「クレインさん。仕事の方は終わられたんですか?」
「まぁの。肩こりと腱鞘炎が酷いのなんの……これから、レックスにお茶を頼もうとおもってな」
「あぁ……それでしたら、先ほど準備するとレックスさんが……っと!」
ひゅん! と風を切るような素早さで、サディエルの右手に何かが掠りかけた。
「ふむ、残念じゃ。せっかくの見せ場じゃったのに」
「……クレインさんまで」
あっははは……と、乾いた笑いを浮かべながらも、ゆっくりとクレインさんから距離を取る。
「いやの? 儂も童心に帰りたい時ぐらいあるわい。面白そうな遊びをしていると聞いたもんでの」
「遊びじゃ……いや、見ようによってはそうか」
「あぁ、心配せんで良いぞ。儂はお主と違って体力はゼロじゃからの。追いかけはせんよ」
「ありがたいお言葉で。では、後程改めて謝罪しますし、させますんで!」
そう言うと、サディエルは背中を見せないようにドアを通り過ぎ、一定ラインまで離れてから走り出そうとし……
「うわっ、っとと! 危なかった」
目の前にあった曲がり角から急に出てきたフットマンに、驚きなんとか回避する。
黒縁眼鏡をかけた茶色の目で茶髪のフットマンは、驚いた表情を浮かべた。
「ごめん、ぶつかりそうになって」
「……いえ、お怪我はありませんでしたか」
「大丈夫だ。こっちこそ、ごめんな。仕事中……え?」
ガシッ、と自身の右手を掴まれて、サディエルは目を見開く。
そして、ゆっくりとこちらを見る。
「えっと……参加者だったのかい?」
「はい。ただ、参加者というか……」
ゆっくりと左手を頭に持っていき、"オレ" は、つけていた茶髪のカツラを脱ぎ捨てる。
「今回の作戦の立案者、だけどね?」
「ヒロト!?」
「へっへー、大成功。オレの姿が見えないことには気づいてただろうからね」
眼鏡を取りながら、オレは満面の笑みを浮かべる。
一方のサディエルは、やられたー……と空いている左手で顔を抑えた。
「最初から真っ向勝負なんて無理な話なんだよ、サディエル相手にはさ。だから、言葉通りにアルムやリレルと一緒に、クレインさんたちの説得をして、レックスさんや、フットマンの皆さんにも参加して貰ったってわけ」
「で、お前はフットマンの真似事しつつ、変装して構えていたって訳か」
「そう言う事。オレはずっと、屋敷の外の窓から様子を伺っていて、サディエルが逃げ込んだ通路に繋がる窓から、屋敷に入らせて貰った」
あとは、偶然を装ってフットマンとしてサディエルに近づく、それだけだ。
見た目も恰好もいつもと違うし、声と目の色も、リレルが風の魔術と、光の魔術の応用で変化させている。
詳細は分からないけど、声は風を使ってオレが本来発する音程をずらしていたので、いつもよりは低音気味に聞こえていた。
目に関しては光の当たり具合、屈折? を利用して……たまに人の髪の毛が黒色なのに、茶色に見えたりするやつ、アレみたいな感じで、茶色に見せていたんだ。
カラーコンタクトが無いからな、この世界。
一通りの説明を聞き終え、サディエルは深い深いため息を吐く。
「おめでとうヒロト。実地試験は合格だ」
「よっしゃ! やった!」
思わずガッツポーズをすると、追いかけてきたらしいアルムとリレル、レックスさんも合流して来た。
「上手くいったみたいだな」
「頑張りましたね、ヒロト」
「上手い具合にしてやられたよ。ったく、フットマンに化けるって誰の案だよ」
肩を落としながら、サディエルは2人に答える。
そのまま、クレインさんとレックスさんの方を向き……
「すいません、クレインさん、レックスさん。ご迷惑をおかけしました」
と、深々と頭を下げた。
それを見て、オレらも慌てて頭を下げる。
それを見たクレインさんは、いつも通り豪快に笑いながら
「気にしなくてよい、元気なのはいいことじゃ。それに、屋敷内の利用を許可したのは儂だ。レックスやフットマンたちも良い運動になったじゃろ」
「私はけん制のみに止めておりましたので、さほどかと」
「それならサディエル君。彼のストレス解消に付き合ってやってくれんか? 今は以前のように力を出せるんじゃろ」
「うげっ……そ、それはご勘弁を…‥‥嫌な思い出が蘇る」
「鍛え直して欲しいと言う事ですね。ではサディエル、行きましょうか?」
「滅相もございません! いや、ちょっと、レックスさん!?」
言い終わるよりも早く、レックスさんはオレからサディエルの右手を奪って、ズルズルと引きずっていく。
単純な腕力勝負だと……レックスさんの方が強いのか。
先日、病院から抜け出してきた時は、てっきり弱体化効果のせいで負けてると思っていたけど、ガチ負けだったと。
必死にオレらに救いの目を向けてくるサディエルを見て……
「サディエル、がんばれー」
「骨だけは拾ってやるから」
「お元気で」
生暖かい視線と共に、彼を見送ったのであった。
ちなみに、サディエルが帰って来たのは、その日の夜。
あの体力無尽蔵とまでは言わないけど、それぐらいなイメージの彼がクタクタになりながら、夕食の席に姿を現した。
一方で、疲れ知らずなのか、そんな雰囲気を欠片も見えず、何事もなかったかのように配膳をするレックスさん。
「………サディエルの体力も大概だけど、レックスさんも相当なんじゃ?」
「当然ですよヒロト様。クレイン様をお守りするのが、バトラーの仕事ですので」
「体力だけでも、俺の2倍はあるからな、レックスさんは……」
うわぁ……そりゃ凄い、と言うか怖い。
そう他人事のように思っていたオレは、2日後に地獄を見ることになるのを……この時はまだ知らなかった。
「明日を待つまでも無かったな。正解だ」
「先日、私たちに言われた言葉で気づいたのですね」
「まぁね……で、今の流れからどうやってサディエルを捕まえるか、なんだけど」
―――1時間後
「………」
クレインさんの屋敷に入った瞬間、サディエルは難しい顔をして立ち止まる。
気配とかで察してると言うよりは、オレらの性格を加味しての警戒だろう。
まっ、実際にオレらが待機しているわけだけど。
「おや、サディエル。戻ったのですか」
「レックスさん、どうも。クレインさんは仕事中……ですよね?」
近づいてきたレックスさんに、サディエルは表情を変えずに、僅かに後ずさった。
「えぇ、溜まった書類の整理がありますからね。もう少ししたら、休憩の為の飲み物でも、と思っておりますよ」
「そうですか。ところで……」
スッ、と双方の目が細められる。
互いが互いを標的としているような、そんな視線が交わされた。
「"いつ"、参加されたんですか?」
「先ほどですね」
言うや否や、2人は同時に床を蹴った。
「流石にそろそろ気づくだろうなとは思ってたけど、初手レックスさんとは、やるな!」
そう、サディエルは確かにこういった。
アルムやリレルと協力して、俺に触れることが出来たら勝ち、と。
このサディエルに "触れる" 人物は、限定されていない。
言葉と展開から、オレがサディエルに触れることが出来たら……と最初は解釈していたわけだけど、それは間違いだった。
サディエルは、オレらの実力も、自身の実力も、見誤ることはしない。
過大も過小も評価しない。
だから、彼はあえて『隙』を作ってくれていた。
オレに気づかせて、そこを遠慮なく突けと。
アルムやリレルと協力して、どんな手段を使っても良いし、誰でもいいから自分に触れろと。
ほんっっっと、言われないと分かりづらいよね!
こっちが気づくと信じて、こんな言葉遊びをやらかしてくれるんだから。
「いい機会です。腕が鈍っていないか、確かめさせてもらいますよ、サディエル」
「やめてくださいよレックスさん。フットマン時代の護衛訓練思い出して吐き気しそう!」
互いに距離を保ちながら並走し、サディエルはそのまま2階へ続く階段を目指す。
階段を上り始めると同時に、左右の通路から屋敷に勤めているフットマンの皆さんが顔を出す。
「サディエルの奴が来たぞ!」
「おっしゃ、捕まえろ!」
「うげっ!? ヒロトたち、やりすぎだアホ!」
アホでも何でも言ってくれ。
それに、フットマンの皆さんの役目は、あくまでもサディエルを2階に行かせず、この場に留める事だ。
流石に登っては意味が無いと察したサディエルは、素早く手すりに手を掛けて、1階へ飛び降りる。
着地と同時に、階段の下に隠れていたアルムが飛び出して、サディエルの背中に向けて手を伸ばす。
「うおっと……そっちもようやく本格参戦か、アルム」
「まぁな。5年前のリベンジもついでだからさせて貰うぞ、サディエル」
それを紙一重で避けると、サディエルは自身の足に何かを纏わせる。
1歩蹴ると、通常よりも長い距離を移動した。
あぁ言うのは、だいたい風の魔術だろうな。
おおよそ、風を自身の足に纏わせて、瞬発力と脚力を補強したってところだろう。
だが、逃げた先……屋敷内に入った時点で、サディエルにとっては死角となっていた太めの柱から、同じく隠れていたリレルが姿を現す。
「お待ちしておりましたよ」
「やっぱいるよな、リレルも。お前もリベンジか?」
「はい。思えば、船旅での模擬試合……本気を出されていなかったわけですし」
「いやまて、あれは本気を出さなかったんじゃなくて、出せなかった! ついでに、あの時はまだ弱体化の自覚が……」
「問、答、無、用、です」
そう言うと、リレルは無詠唱でガランドに対して使った拘束の魔術を使用する。
屋敷内の至る所にオブジェとして飾られている観葉植物や、色とりどりの花から、枝や蔦が一斉に伸びてサディエルに襲い掛かった。
「流石にこれは反撃していいよな! "風よ、切り裂け!"」
寸前まで迫った枝や蔦に対して、サディエルは風の魔術で切り裂く。
それを見たレックスさんが眉をひそめ……
「サディエル! クレイン様のお屋敷のモノを壊すとは何事ですか!」
「先に観葉植物と花々を拘束具に変えたのは、オレじゃなくてリレルですよ!?」
濡れ衣はんたーい! と、サディエルは涙目で叫ぶ。
理由はどうあれ、屋敷の備品に傷をつけられたことで、レックスさんの表情が真顔になった。
うーわー、遠目から見ても恐怖しかない。
同じように、鋭い眼光から放たれるプレッシャーに、サディエルの頬が引きつる。
その隙を見逃さず、アルムとリレルがサディエルに接近した。
挟み撃ち、に見えるけれども左右で位置を僅かにズラし、上手くサディエルの逃げ場を無くすように動いている。
攻撃するタイミングも絶妙にズラしながら、2人は彼に手を伸ばす。
しかし、サディエルの方が僅かに上手だった。
彼は一瞬の判断で、被弾する直前にしゃがみ込んで2人の手から逃れ、レックスさんが立っている方向とは真逆にダッシュした。
そのまま、屋敷1階の廊下に駆け込む。
「ちっ、今のでもダメだったか。今回は行けると思ったのに」
「残念です。と言うわけで、後はよろしくお願いしますよ、ヒロト」
オッケー、任された。
その言葉を聞いて、オレは立ち上がりチャンスを伺う。
「………完全に誘導されたな、これ」
一方で、苦虫をかみつぶしたような表情で、サディエルは愚痴りながら小走りで廊下を進んでいる。
誘導させて貰ったわけだけど……オレとしては、何であの包囲網で決着がつかなかったのかを問いたい。
ここからどうしたもんかと必死に思案している彼の耳に、ドアがガチャリと開く音が届いた。
慌てて歩みを止めて、警戒していると……
「今日は妙に騒々しいのう……おや、サディエル君」
「クレインさん。仕事の方は終わられたんですか?」
「まぁの。肩こりと腱鞘炎が酷いのなんの……これから、レックスにお茶を頼もうとおもってな」
「あぁ……それでしたら、先ほど準備するとレックスさんが……っと!」
ひゅん! と風を切るような素早さで、サディエルの右手に何かが掠りかけた。
「ふむ、残念じゃ。せっかくの見せ場じゃったのに」
「……クレインさんまで」
あっははは……と、乾いた笑いを浮かべながらも、ゆっくりとクレインさんから距離を取る。
「いやの? 儂も童心に帰りたい時ぐらいあるわい。面白そうな遊びをしていると聞いたもんでの」
「遊びじゃ……いや、見ようによってはそうか」
「あぁ、心配せんで良いぞ。儂はお主と違って体力はゼロじゃからの。追いかけはせんよ」
「ありがたいお言葉で。では、後程改めて謝罪しますし、させますんで!」
そう言うと、サディエルは背中を見せないようにドアを通り過ぎ、一定ラインまで離れてから走り出そうとし……
「うわっ、っとと! 危なかった」
目の前にあった曲がり角から急に出てきたフットマンに、驚きなんとか回避する。
黒縁眼鏡をかけた茶色の目で茶髪のフットマンは、驚いた表情を浮かべた。
「ごめん、ぶつかりそうになって」
「……いえ、お怪我はありませんでしたか」
「大丈夫だ。こっちこそ、ごめんな。仕事中……え?」
ガシッ、と自身の右手を掴まれて、サディエルは目を見開く。
そして、ゆっくりとこちらを見る。
「えっと……参加者だったのかい?」
「はい。ただ、参加者というか……」
ゆっくりと左手を頭に持っていき、"オレ" は、つけていた茶髪のカツラを脱ぎ捨てる。
「今回の作戦の立案者、だけどね?」
「ヒロト!?」
「へっへー、大成功。オレの姿が見えないことには気づいてただろうからね」
眼鏡を取りながら、オレは満面の笑みを浮かべる。
一方のサディエルは、やられたー……と空いている左手で顔を抑えた。
「最初から真っ向勝負なんて無理な話なんだよ、サディエル相手にはさ。だから、言葉通りにアルムやリレルと一緒に、クレインさんたちの説得をして、レックスさんや、フットマンの皆さんにも参加して貰ったってわけ」
「で、お前はフットマンの真似事しつつ、変装して構えていたって訳か」
「そう言う事。オレはずっと、屋敷の外の窓から様子を伺っていて、サディエルが逃げ込んだ通路に繋がる窓から、屋敷に入らせて貰った」
あとは、偶然を装ってフットマンとしてサディエルに近づく、それだけだ。
見た目も恰好もいつもと違うし、声と目の色も、リレルが風の魔術と、光の魔術の応用で変化させている。
詳細は分からないけど、声は風を使ってオレが本来発する音程をずらしていたので、いつもよりは低音気味に聞こえていた。
目に関しては光の当たり具合、屈折? を利用して……たまに人の髪の毛が黒色なのに、茶色に見えたりするやつ、アレみたいな感じで、茶色に見せていたんだ。
カラーコンタクトが無いからな、この世界。
一通りの説明を聞き終え、サディエルは深い深いため息を吐く。
「おめでとうヒロト。実地試験は合格だ」
「よっしゃ! やった!」
思わずガッツポーズをすると、追いかけてきたらしいアルムとリレル、レックスさんも合流して来た。
「上手くいったみたいだな」
「頑張りましたね、ヒロト」
「上手い具合にしてやられたよ。ったく、フットマンに化けるって誰の案だよ」
肩を落としながら、サディエルは2人に答える。
そのまま、クレインさんとレックスさんの方を向き……
「すいません、クレインさん、レックスさん。ご迷惑をおかけしました」
と、深々と頭を下げた。
それを見て、オレらも慌てて頭を下げる。
それを見たクレインさんは、いつも通り豪快に笑いながら
「気にしなくてよい、元気なのはいいことじゃ。それに、屋敷内の利用を許可したのは儂だ。レックスやフットマンたちも良い運動になったじゃろ」
「私はけん制のみに止めておりましたので、さほどかと」
「それならサディエル君。彼のストレス解消に付き合ってやってくれんか? 今は以前のように力を出せるんじゃろ」
「うげっ……そ、それはご勘弁を…‥‥嫌な思い出が蘇る」
「鍛え直して欲しいと言う事ですね。ではサディエル、行きましょうか?」
「滅相もございません! いや、ちょっと、レックスさん!?」
言い終わるよりも早く、レックスさんはオレからサディエルの右手を奪って、ズルズルと引きずっていく。
単純な腕力勝負だと……レックスさんの方が強いのか。
先日、病院から抜け出してきた時は、てっきり弱体化効果のせいで負けてると思っていたけど、ガチ負けだったと。
必死にオレらに救いの目を向けてくるサディエルを見て……
「サディエル、がんばれー」
「骨だけは拾ってやるから」
「お元気で」
生暖かい視線と共に、彼を見送ったのであった。
ちなみに、サディエルが帰って来たのは、その日の夜。
あの体力無尽蔵とまでは言わないけど、それぐらいなイメージの彼がクタクタになりながら、夕食の席に姿を現した。
一方で、疲れ知らずなのか、そんな雰囲気を欠片も見えず、何事もなかったかのように配膳をするレックスさん。
「………サディエルの体力も大概だけど、レックスさんも相当なんじゃ?」
「当然ですよヒロト様。クレイン様をお守りするのが、バトラーの仕事ですので」
「体力だけでも、俺の2倍はあるからな、レックスさんは……」
うわぁ……そりゃ凄い、と言うか怖い。
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桐山じゃろ
ファンタジー
高校二年生の横伏藤太はある日突然、あまり接点のないクラスメイトと一緒に元いた世界からファンタジーな世界へ召喚された。初めのうちは同じ災難にあった者同士仲良くしていたが、横伏だけが強くならない。召喚した連中から「勇者の再来」と言われている不東に「目つきが怖い上に弱すぎる」という理由で、森で魔物にやられた後、そのまま捨てられた。……こんなところで死んでたまるか! 奮起と同時に意味不明理解不能だったスキル[魔眼]が覚醒し無双モードへ突入。その後は別の国で召喚されていた同じ学校の女の子たちに囲まれて一緒に暮らすことに。一方、捨てた連中はなんだか勝手に酷い目に遭っているようです。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを掲載しています。
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