オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい

広原琉璃

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第4章 聖王都エルフェル・ブルグ

78話 同郷トーク

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 ―――エルフェル・ブルグ、滞在4日目

「ヒロト兄ちゃんー!」
「あーそびーましょ!」

「……と、言う事なんですが、お知り合いでしょうか?」
「えぇ、まぁ……はい」

 朝のトレーニングを終え、朝食を食べ、さて今日はってアルムたちと会話していた所、レックスさんからオレに対して来客が来たと言う事で、行ってみたらこれである。
 子供らしい笑顔と声で、にこにこにこと立っているのは、カイン君とミリィちゃんの2人。

 …‥昨日の今日で、何でここにいるんだよ、この人たち。

「ねーねー! 約束! お菓子のやーくーそーく! ミリィが勝ったんだよ!」
「違うよ! 俺が勝ったんだよ、ヒロト兄ちゃんー!」

「……………」

 オレは思わず遠い目をしてしまう。
 確かにあの時、"先にゴールした方にお菓子をプレゼント" って、言いましたけど。

 3か月ほど前、最初の街を出発する直前のオレへ。
 あの時『うわー……高いの要求されなきゃいいなぁ……』とか呟いたり、『高級菓子のオチはないよな?』とか危惧していたわけだが……

 見事な時間差のフラグ回収でしたよ、ちくしょう!

「あー、うん、分かった分かった。2人に奢るから、ちょっと準備させて」

 頭痛を感じながら、とりあえず財布の準備だけはさせてくれと、懇願する羽目になったのであった。

========================

「はああああ!? 魔王が来た!?」
「しかも、ヒロトにお菓子をおごってくれ、と?」

「うん。ほら、最初の街で約束していたやつ」

 談話室に戻って、休憩していたアルムとリレルに、先ほどの事を告げると、案の定の反応であった。
 オレは荷物を確認して、出発の準備をしながら頷く。

「大丈夫ですか? 私かアルムが同伴しますよ」
「んー……そこが悩みどころでさ」

 財布の中身、よしっ。
 幸いにもへそくりはほぼ使っていなかったから、下手な高級料理をおごれとか言われない限り大丈夫はなずだ。

「単純に異世界人同士で会話したいって可能性も、なくはないわけで」
「今回ばかりは、その楽観視し過ぎの、夢見すぎファンタジー思考をやめたらどうだ」

 だよねぇ。
 仮にも相手は魔王様なわけだし、癪に障ったら首すっぱりもありえそうなわけだ。
 けど、だからって断りなしに2人を連れて行くのもどうかと思うけど……どうしたもんだろう。

「ヒロト兄ちゃんに危害を加える気はないよ。単純にお喋りしたいだけだし」

 そこに、聞き覚えがある声が聞こえて、オレたちは一斉に声のする方向から距離を取る。
 思わず身構えたが、そこに立っていたのは、いつの間にか入ってきたカイン君だった。

「遅かったから、迎えに来ちゃった」

 語尾にハートマークでもつけてそうな感じで言わないで欲しい。
 にっこりと微笑んでそう言った後、カイン君は表情を魔王のそれに戻す。

「心配しなくていいよ、気難し屋軍師の一番弟子アルムに、放浪癖名医の愛弟子リレル。今日は本当に、ヒロト兄ちゃんと同郷同士で話がしたいだけなんだ」

「それをどう信じろと言うのですか」
「まぁそうだよね、その警戒心は実に素晴らしい」

 子供の見た目なのに、欠片も子供っぽくない表情でカイン君、と言うか魔王カイレスティンは答える。

「そうだな、じゃあ交換条件と行こう。今日1日、ヒロト兄ちゃんを貸してくれれば、あの新人を倒す手立てを提供する」

 新人ってことは、ガランドか!
 というか、ガランドを倒す手立て!?

 え、オレが話を聞くだけでそれ教えて貰えるのならば、かなり良いのでは。

「魔族を滅ぼす術を、わざわざ僕らにか?」
「もちろん、あの新人を倒す時だけ有効な方法だけどね。他の配下まで同じようには倒せないから、そのつもりで。だけど、悪い条件じゃないはずだ」

「……それとヒロトの命を天秤に賭けろ、と申されるのでしたら、ヒロトの命を優先致します」
「同じくだ。ガランドの奴は僕らでなんとでもするさ」

 うーん、厄介かつ素晴らしき仲間愛。と、カイン君は苦笑いしながら愚痴る。
 けど、ガランドの倒す手立てか。個人的にはそりゃ欲しい、けど……アルムとリレルの雰囲気から、それを言ったらどんな罵詈雑言が飛んでくるか、分かったもんじゃない。

 心配故ってのを理解しているから、余計にね。

「本当に話しをしたいだけなんだけどなあ……いいもん、強制的にヒロト兄ちゃんを連れて行くって方法もあるしぃ?」

 そう言いながら、カイン君はぎゅっ、とオレの右腕にくっついてくる。
 その瞬間、アルムとリレルの表情も険しくなり……ダメだ、完全に一触即発モードだ。

 この状況、どうすりゃいんだよ。助けてサディエル!

 って、そのサディエルは、魔術省で精密検査真っ最中なんだった。

 下手に返答すれば、アルムやリレルが心配する。
 かと言って、カイン君……いや、魔王カイレスティンの提案を無視するのも頂けない。
 オレの異世界生活で、かつてないほどのハードモードな説得作業になるんじゃなかろうか、これ……

「アルム、リレル。オレもちょっとカイン君と話したいことがあるから、行ってきても……いい、かな?」
「……ヒロト?」

「元の世界に帰る方法について、多分、一番良く知っているのは魔王様なんだ。あの魔法陣の術式を変えているわけだし」

 先日の話通りなら、異世界から人間を呼び出す、と言う機能はそのままに、不老不死の部分を削除して、欠けた箇所を補う為に言語理解の効果を付与している。
 そこまで出来ているってことは、確実にあの魔法陣に対する知識があるということだ。

「だから、話は聞いておきたいんだ」

 オレの言葉を聞いて、アルムとリレルは互いの顔を見る。
 どうするかと、2人はしばし思案した後……

「……僕かリレル、どちらかの同伴を許可してくれ。それなら構わない」

 そう伝えてきた。
 それを聞いたカイン君は、小さく頷く。

「それでいいよ。さてと、どっちかと言われたぶっちゃけどっちでもいいけど……ミルフェリアの話し相手をして欲しいから、放浪癖名医の愛弟子リレルに願いしようかな」

「分かりました。アルム、申し訳ありませんがサディエルの様子を……」
「了解。気を付けて行ってこい」

 意見がまとまったのを確認すると、カイン君は『それじゃ、外で待っているね』と一瞬で消え去った。
 いっそ、オレらも転移で連れて行ってくれればいいのに。

 と思ったけど、玄関から出ないとレックスさんが不信に思うから無理か。

「それじゃ、行ってきます」
「あぁ。危なかったら無理にでも逃げて来いよ」

 魔王様相手に逃亡戦とか、ムリゲー感しかしないわけだけど……と言うツッコミは、黙っておこう。
 そのまま、オレとリレルは屋敷の外に出て、門の前で待ってたカイン君とミリィちゃんの所へ行く。

「2人ともお待たせ」

「ヒロト兄ちゃんおっそーい!」
「お腹すいたー! ヒロト兄ちゃん、わたしアイスクリームがいい!」
「あ、ずるい! 俺はクッキー!」

 わいわいいいながら、オレの両腕を掴んでぐいぐいと引っ張ってくる。
 その光景を見たリレルはぽつりと一言……

「白々しい、と言う単語の意味を……今、凄く実感しております」

 呆れ顔で呟いたのだった。
 うん、言いたいことは凄くわかるよ……何この二面性もしくは二重人格。

 そんなわけで、オレたちはカイン君たちに引きずられながら、国内を歩き回った。

 アイスクリームの店、クッキーの店、クレープのお店と順調に梯子して、歩行距離が伸びれば伸びるほど、反比例してオレの財布が軽くなっていく。
 あー……サディエルがへそくり取られて、涙目になっていた気持ちが、今ようやく分かった気がする。

「あー、美味しかったぁ!」
「おなかいっぱーい」

 子供らしい笑顔と動きで、2人は満足気に最後のパフェを頬張ってご馳走様をした。
 本当に、胃袋どうなってんだと言いたいレベルで食べまくってくれたよな……

「さてと、お腹いっぱいになったことだし」

 パチン、とカイン君は指を鳴らす。
 すると、周囲の音が急に遮断され、街中の喧噪が全く聞こえなくなった。

「本題に入ろうか。大丈夫、周囲の人からは俺らは食後の会話を楽しんでいる人、にしか見えないし、会話内容も聞こえないから」
「安心出来るような、出来ないような……」

 オレは苦笑いしながら答える。

「緊張しないで。本当に、同郷同士でトークがしたいだけなんだ。今となっては、思い出を共有出来る相手はいないからね」

 周囲に声が漏れなくなった為か、カイン君は口調を魔王様のソレに戻す。
 隣に座っているミリィちゃんも、幼い雰囲気を辞めて、令嬢と言わんばかりの表情を浮かべる。

「リレル様はこちらへ。私とお話頂けますか?」
「え? いえ、ですが……」
「カイレスティン様は、ヒロト様とお話したいだけです。大丈夫ですから」

 ささっ、こちらにとリレルとミリィちゃんは、隣の席に移動する。
 それを確認してから、カイン君は深呼吸をしてから口を開く。

「ヒロト兄ちゃん、少しだけ聞いててくれる? 俺がこの世界に来た時の話」

 少しばかり寂しそうに微笑みながら、魔王カイレスティンは語った。

 ―――語られたのは、魔王カイレスティンの人生の断片。

 ある日突然、異世界に呼ばれたこと。
 意識を取り戻したら、死体と白骨化した骨だけが転がった部屋で目覚めたこと。

 パニックになっている所に、ギルドの依頼を受けて調査に来ていた冒険者パーティに拾ってもらったこと。
 そのリーダーが、サディエル並みのお人よしだったこと。
 言葉が通じない魔王カイレスティンに、根気強く交流して言語や文化を教えてくれたこと。

 元の世界に戻る為に、お人好しな冒険者パーティと一緒に各地を旅したこと。
 各地に散り散りになっている資料をかき集め、戻る方法を見つけるまでに60年近く掛かったこと。

 ようやく帰ることが出来ると思って、仲間たちに見送られて戻ってみたが……この世界で過ごした年月分が経過しており、家族も友達も、もう誰も生きておらず、自身の居場所がなくなっていたこと。
 その為、この世界に舞い戻ってきたこと。

 しかし、この世界の仲間たちも老いには勝てず、それから数年のうちに全員がこの世を去ったこと。

 なかなかに、壮絶な内容だった。
 彼の人生は言わば『元の世界に帰れなかったオレ』の、1つの結末なんじゃないか……そう思わせるには十分だった。

「……今話した通り、この世界に滞在した日数分だけ、元の世界でも同じ日数が進んだ地点に戻ることになる」
「それを、オレに伝える為に?」
「あぁ。元の世界に帰る気でいるならば、俺と同じ失敗はして欲しくないからね」

 そう言うと、魔王カイレスティンは小さくため息を吐く。

「俺の場合、エルフェル・ブルグのように各国の資料を1か所に集めるような施設がなかった。そのせいで、60年もの時間を掛けて、元の世界に戻る手立てを探すことになった。不老不死だからさ、時間が掛かっても、戻る方法さえ見つかればなんとかなるって、高を括っていたんだ」

「だけど、そうじゃなかった……」
「あぁ。俺がこの世界に召喚されたのは、元の世界の西暦で言うけど、2011年……で、戻ってみたら2071年だった。ひどいもんだよ、浦島太郎も良いところだ」

 その事実が判明してから、すでに何千年と経っているわけで……

「仮に今戻ったとしたら……」
「当然、その分の年数が過ぎているだろうね。下手したら人類滅びてるんじゃない? もしくは宇宙に拠点を移しているか」

 仮に戻ったとして、西暦4000、いや、5000?
 とにかく、途方もない未来にしか、彼は辿り着けない。

 それならば、この世界に居続ける方が、彼にとってはいいのかもしれない……けど……

「あのさ、魔王様。オレが帰る時に、一緒に帰るってのはどうかな?」
「ヒロト兄ちゃん?」

「オレなら、まだ異世界に来て3か月と少し。予定通りに行けば、半年内に帰るつもりでいるんだ。オレと一緒に帰れば、きっと……!」
「ダメだ。ヒロト兄ちゃんの時間軸に辿り着けるかは半々、いや、3分の1あれば良いところだ」

 そう言いながら、魔王カイレスティンは静かに首を振る。
 そして、少し悲しそうに微笑む。

「もし、俺も一緒に戻ったとして……君が戻るべき時間軸が大きくずれてしまっては意味がない。危ない賭けはしない方が良いよ」
「だけど……」

「それに、俺はこの世界でやるべきことがあるからな。ヒロト兄ちゃんは自分の心配だけしていなよ」
「やるべき、こと?」

「仲間たちとの約束なんだ。魔王として君臨しているのは」

 魔王カイレスティンが共に旅した、仲間たちの……?
 オレが首を傾げてると、魔王カイレスティンはパンッ、と手を叩く。

「はい、話はここまで! これ以上はさすがに野暮ってもんだし、同情を買う気もサラサラない。だけど、ありがとうヒロト兄ちゃん。そういう所、サディエル君と一緒で、うちのリーダーそっくりだ」
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