オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい

広原琉璃

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第4章 聖王都エルフェル・ブルグ

66話 覚悟を決めた日【後編】

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「オレ決めたから。元の世界に戻る前に、ガランドを何とかする! この決着がつかない限り、絶対に帰らないからな!」

 オレの宣言を聞いて、2人はすぐさま表情を戻す。
 そして、睨みつける勢いでこちらを見てきた。

「その件について……"決着がつかない限り帰らない"、という1点には反対させて貰う」
「同じくです。今回ばかりは賛同出来ません」

 ちょっと、これは想定外だった。

 古代遺跡の国で、サディエルがパーティから離脱するか否かを議論した時。
 ガランドがつけた痣に、弱体化の効果があるとわかった時。
 それぞれの部分で、2人はサディエルよりは、オレ側の意見に同意してくれていた。

 ―――だけど、どうやら今回は違うようだ。

「ヒロトが僕らの心配をしてくれた事、それは重々承知している。だがな、お前忘れていないか? この世界は、お前が住んでいる世界じゃない。本来居るべき場所じゃないんだ」

「何だよ、別世界の住人なんだから、気に病む必要はないってこと?」
「いや、そんなこと言う気はサラサラない」

 アルムの返答に、オレは首を傾げる。
 じゃあ、オレが忘れていることって……?

 答えが分からず、眉を潜めてしまう。

「忘れていらっしゃいますよ、大切なことを。元の世界のご家族や親友の方々、他にもたくさんの貴方に関わる人を」

 リレルの言葉を聞いて、オレは目を見開く。
 オレの、家族や親友……?

「貴方が私たちのことで心を痛めてくれるのと同じぐらい、元の世界にいらっしゃる皆さんも、ある日突然、忽然と姿を消した貴方を心配し、嘆き悲しんで心を痛めているのですよ」
「かれこれ3か月経ってしまったからな。特に、親御さんやお姉さんたちは、心配どころの騒ぎじゃないはずだ。これで、お前が死んで戻ってみろ……大惨事も良いところだ」

「………」

 忘れていた、わけじゃない。
 だけど、失念はしていた。
 どうしてるかな、ぐらいには思っていたけど……冷静に考えたら、あっちではオレは完全に行方不明だ。

 放課後の学校、誰もいない教室で本を読んで居たわけだけど、消えた瞬間を目撃した人はいない。

 だから、学校に居たと証言する人はいても、それ以降の足取りがパッタリと途絶えた状態だ。
 生きているか、死んでいるかもわからず、目撃情報もない。
 オレも、こちらから元の世界へコンタクトを取る手段がないから、生きている、という連絡すら出来ない。

「貴方が私たちのこと心配するのと同じ、いえ、それ以上に心配してくれている方々を蔑ろにすることだけは、許しません」

 アルムとリレル、サディエルが頑なに『オレを無事に元の世界に戻すこと』と言い続けていたのか。
 その本当の意味を、やっと理解した。

(オレの為でもある。だけど、オレの為"だけ"じゃない)

 3人は会ったことも会う事もない、オレの両親や姉、親友たちや、多くの人たちの心配までした上で、そう言い続けていたんだ。
 たったそれだけの言葉に、どれだけ詰め込んで言い続けてきているんだよ。
 何度も聞いてきた、耳にタコが出来るぐらいに聞いてきた。

 それなのに、今になって、そんな意味まであるって気づくなんて……

 2人がオレに言いたいことも理解した。
 オレの思考から抜けていた"負け筋心配する人たち"を把握した上で、もう一度言えってことだ。

「……それでも、決着がつかない限り絶対に帰らない」
「ヒロト、お前……!」
「ただし!」

 2人の顔を見て、オレはハッキリと宣言する。

「残り3か月以内に、ガランドとも決着をつける! そうすれば、オレも安心して帰る事が出来るし、皆だって問題ないはずだ!」

 その言葉を聞いて、2人はポカンとした表情を浮かべる。
 だが、すぐに首を左右に振って、アルムは額に右手を置き、リレルは肩を落とす。

「……また、無茶苦茶なことを」
「アテは無いんですよね、もちろん」

「うん、無い!……無いけど、きっとあるよ、絶対! だって、それがオレの世界のテンプレでお決まりな、夢見すぎファンタジーなんだから」

 魔族に対してのみ、オレの世界のテンプレは通用する。
 それは、今日の1件で完全に証明されたと言っていい。

 だったら、馬鹿正直にそうだと信じてみよう。
 1歩を踏み出す為にも、立ち止まらない為にも。

「お前なぁ……」

「諦めろよアルム、リレル。ヒロトの勝ちだ」

 聞き覚えがある声が響き、同時にドアが開く音がした。
 オレは思わず目を見開いて、ドアを見る。
 同じように、アルムとリレルも驚きの表情を浮かべて振り返った。

 そこに立っていたのは……

「いやぁ、やっとお前らも負けてくれて嬉しい限りだ。だけどヒロト、仲が悪いとか折り合いがつかないならともかく、ご家族のことを忘れていたのは本当にダメだぞ」

「……サディエル!?」

 入院服のままではあるものの、サディエルがそこに居た。
 オレは椅子から立ち上がり、彼の元へ駆け寄る。

「サディエル、目が覚めたの!? いや、と言うか、何でここに……」
「クレインさんの屋敷の場所は知っていたからな、ここじゃないかと思って来たんだよ。んで、ドアをノックしようとしたら皆が話している……」

「そうじゃなくて!」

 説明を続けようとしたサディエルを、オレは慌てて止める。
 今はそういうことを聞きたかったんじゃないから!
 すると、サディエルはオレが言いたいことを察したのか、苦笑いしながら頭をくしゃくしゃと撫でてくる。

「怪我なら大丈夫だ、ここまで歩いてきたんだし。ちょっと寝過ぎた気もするけど……あれから1日も経っていないよな?」

「あぁ、今朝のことだが」
「思っていたよりも、早いお目覚めで……」
「あっはははは……多分、バークライスさんのお陰だとは思う。暗い場所にいるなーって思っていたら、急に体が暖かくなって周囲が見えるようになってさ。恐らくあれ、治癒の魔術の一種だと思う」

 あ、そう言えばバークライスさんがお見舞いに来たって、アークさん言ってたっけ。
 オレたちとは入れ違いだったわけだけど、そんなことがあったのか。

「今度、お礼を言わないとだな……もう2人は行ってきたのか?」
「「………」」

 その問いかけに、アルムとリレルは……スッ、と視線を逸らす。
 いつもなら、この行動をするのはサディエルのはずなのだが、今回は2人がそんな反応を示した。

「行ってないんだな、お前ら……なんとなく、そんな気はしてたけど」

 一方で、サディエルは抵抗感なさそうっていうか、なんつーか。
 反応が完全に逆である。

「サディエルもバークライスさんとは知り合いなの?」
「あぁ。以前、この国に来た時にお世話になった人の1人だ。良い人だぞ」

「その感想を持てるのは、お前だけだからな、サディエル!」
「そうですよ! どこが良い人なんですか!?」

 サディエルの感想と、アルムとリレルの感想が両極端過ぎる。
 これ、どっちの意見を信じればいいんだよ。
 
 すると、アルムは一旦落ち着くためか深呼吸をして、サディエルを見る。

「……今はその件はどうでもいい。それよりもサディエル。お前、入院服のままだけど、病院にちゃんと言ってからココに来たんだよな?」
「………」

 今度は、サディエルが沈黙した。
 笑顔を張り付けたまま、スッ、と顔を背ける。若干、冷や汗を流しているようにも見えるんだけど。

 ちょっと待って、つまりそれって……

「まさか、病院を抜け出してきた!? 嘘だろ!?」
「このアホ! なにやってるんだ!?」

 オレとアルムが思わず叫ぶと同時に、絶対零度が室内を覆う。
 いや、本当に急に寒くなったんだけど、って、これって絶対に!

 オレは思わずその発生源を見る。

 そこには、笑顔のまま青筋を浮かべているリレルの姿。

「まぁ……私という者医者が居ると理解しつつですか。なにをやっていらっしゃるのですか?」
「あ、いや、その……心配させてるだろうと思ったから、とりあえず起きたって、無事だって伝えたくて……その……ごめんなさい」

 90度で綺麗に腰を折り、何とも素直な謝罪であった。
 そんな中、部屋のドアが少しばかり乱暴にノックされ

『申し訳ありません、皆さん宜しいでしょうか!』

 焦ったレックスさんの声が聞こえた。
 ……これ、まさか。

「失礼致します。サディエル、先ほど病院から連絡がありましたよ、外出許可どころか無断で抜け出したと」

 ドアを開けて部屋を素早く見渡した後、お目当ての人物を見つけたのか、ツカツカと速足でレックスさんは近づく。
 一方のサディエルは本当に、本当に申し訳なさそうな顔をしている。

「私に嘘をつきましたね、サディエル?」
「は、はい……ごめんなさい。だけどその、皆が心配で……」

「問答無用。今から、病院まで連行します」

 そう宣言するや否や、グイっと、サディエルの首根っこをひっつかみ、レックスさんは力任せに引きずって行く。

「レックスさん、息苦しい! 首に服が食い込んで息苦しいです! 病院に辿り着く前に俺が窒息で死ぬ!」
「黙りなさい。それでは皆様、お騒がせして申し訳ありませんでした。ゆっくりとお休みくださいませ」
「いや、だから!? あ、みんな、また明日にでも!」

 ギィィ……バタン、とドアが閉められた。
 もう何かのコントでも見ているような、もしくは台風でも過ぎ去った後のような。
 そんな勢いで、あっという間にサディエルは病院へと逆戻りしたのであった。

 残されたオレたちの間に、長い、長い沈黙が訪れる。

「……寝るか、もう今日は。僕は疲れた」
「そうですね……寝ましょうか」
「うん、オレも疲れた。最後の最後でドッと……」

 その元凶は100%でサディエルだけどな!
 オレらのこと心配してくれたのは、1000歩譲って許すけど、そうじゃないから。
 何で素直にベッドの上に居なかったんだよ!?

 あー……ダメだ、頭が痛くなってきた。

 オレたちは、談話室となった部屋を出て、札が掛かっている部屋を適当に選ぶ。

「そうだヒロト、寝る前に一言」
「ん? 何、アルム」

「あの馬鹿のせいで中断した件、了解した。3か月以内で何とかケリをつけよう。両方とも、だ」

「……それって」
「明日から頑張りましょうってことです。では、おやすみなさいませ」
「お休み、リレル、ヒロト。明日は何時に起きても良いぞ、どうせ疲れでそれどころじゃない」

 オレが確認を取るよりも先に、それじゃあ、とアルムとリレルは各々の部屋へと消えていった。

 残ったのは……状況についていけなかったオレだけ。
 ゆっくりと意味を理解して、オレは小さくガッツポーズをする。
 覚悟は出来た、決めた。
 だったら、あとは…‥

「よしっ! 明日からもっと頑張ろう!」
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