オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい

広原琉璃

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第2章 冒険者1~2か月目

38話 反省会は大切です

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 この国滞在2日目の早朝、オレたちはクレインさんの執務室の目の前に居た。

 昨日の件をクレインさんたちに説明する為だ。
 深呼吸をひとつしてから、代表でサディエルがコンコンコンと、ドアを3回ノックする。
 少し待つと、ドアが開きレックスさんが顔を出した。

「サディエル、それに皆さん……報告ですね、どうぞ」
「失礼致します」

 許可を貰い、1礼してからオレたちはクレインさんの執務室に入る。
 広く豪勢でありながらも、そこまで金持ちー! って感じがしないその部屋の奥、無駄に大きな机と大量の資料の山に、クレインさんは埋もれていた。

 語弊がなく、両隣に大量の資料の山を従えて、埋もれていた。

 ……書類に埋もれるって表現、初めて見た。

「おはようございます、クレインさん。……大丈夫ですか?」
「ふぁあ……そっくりそのまま、その言葉を返させて貰うよサディエル君。おはよう、アルム君、リレル君、ヒロト君」

 クレインさんの挨拶に、オレたちもそれぞれが「おはようございます」と返す。
 その一方で厳しい視線を向けられているサディエルは、眉を少しばかり下げながら……

「早朝に申し訳ありません。昨日の件の報告と、今後についてのご相談です」
「あぁ。とりあえず、そこの椅子に座ってくれたまえ。レックス、すまないが朝食をここへ運ぶように手配してくれ。手配だけでいい、それが終わったらお前も同席しなさい」
「畏まりました。では、2分ほどお待ちを」

 そう言うと、レックスさんは部屋を出ていく。
 恐らくは近くで待機している、メイドさんか、フットマンさんに頼んでいるのだろう。
 きっちり2分後に戻ってきたレックスさんを交え報告会が始まった。

「さて、報告を頼むよ」
「わかりました。まず……」

 サディエルはいつも通り、要点をまとめてサクサクと報告していった。

 古代遺跡にて魔族と遭遇したこと。
 その魔族によって、サディエルが現状いつ襲われるか不明なこと。
 この件は既にギルドを通じて、エルフェル・ブルグに報告済みであること。

 それら一通りの内容を、静かに聞いていたクレインさんはゆっくりと口を開く。

「……なるほど。それで、相談は『護衛』の件じゃな?」
「はい。今お話しした通り、現状だけですと俺は『護衛』には不適切でしょう」

 この事実だけは、どうしても変わりはしない。
 ここからどうやってサディエルを護衛継続を提案するか、その作戦は昨日の話し合いで決めてある。
 サディエルの言葉を聞いて、オレは右手を挙げる。

「その件について、1点ご検討頂きたいことがあるのです」

 出来る限り失礼が無いように、慣れない敬語を使いながら、オレはクレインさんにそう告げる。
 本当はアルムにお願いしたかったけど、サディエルを説得したのも、説得を頼まれたのもオレだから、オレが頑張って説明しろってさ……

「分かった、検討内容について説明してくれ」
「ありがとうございます。本件について、すでにエルフェル・ブルグには報告を済ませている、とお話させて頂きましたが、その回答が明日届きます。そして、その返答内容は2つ予想されます。1つ目は、サディエルをこのままこの国に待機させて、エルフェル・ブルグからの迎えを待つこと」

 今の所、1番可能性が高いのはこの案だろう。
 だけど、もう1つだけ可能性があることに、オレたちは気が付いた。

「2つ目は、このまま護衛を継続しつつ、エルフェル・ブルグへ向かえと通達されることです。あちらからこの国までで、どれだけ早い移動手段を使っても"往復"で3か月ですが、護衛をこのまま継続すれば、"片道"で2か月弱となります」

 そう、この国とエルフェル・ブルグとの「往復」と「片道」での日数差。
 これに気づいて、サディエルがこのまま護衛として、オレたちと一緒に旅を続けられる可能性が出てきた。

 対魔物・魔族に関するエルフェル・ブルグの決定は、大きな意味を持つ。

 長い年月を費やして累積された対魔物・魔族に対する知識と経験、その実績からなる数多くルールや、魔物に対する襲撃への備え等、この世界に住む多くの人々からエルフェル・ブルグは絶対的な信頼を得ている。
 そんな場所からの決定内容は、例えクレインさんたちでも無視は出来ない。

 もちろん、それはオレたちにだって言える事だ。
 仮に1つ目の案である『サディエルをこのままこの国に待機』となった場合、オレたちはクレインさんだけでなく、エルフェル・ブルグ相手に、2つ目の案を提案して説得しなければならないわけだが……

「……あちらさんとしては、1日でも早くサディエル君を呼び寄せて、状況把握とその痣を確認したいというわけじゃな」
「可能性は十分あり得ると思います。なにせ、今の今まで気付けなかった内容ですから」

「話は分かった。明日のエルフェル・ブルグの決定を待って、今後の日程を決定しよう。レックス、いいな?」

 その返答に、オレは安堵のため息を吐く。
 これで、エルフェル・ブルグがどんな結論であろうと、今すぐサディエルを外すという選択肢だけは消えてくれた。
 予防線も張れたわけだから、次は明日の決定を待つばかりだ。

「個人的な意見を申し上げてもよろしいでしょうか」
「構わんよ」

「……1個人としては、サディエルの同行は反対致します。すまんなサディエル。お前の事が心配ではあるが、私の主はクレイン様だ」
「分かっています、それが正しいことも。お心遣い感謝します、レックスさん」

 サディエルはそう言って、レックスさんにお礼を言う。
 本当にすまなさそうに、レックスさんの方も謝罪の意味があるのだろう、サディエルに対して頭を下げる。

「最終的な判断は、クレイン様に従います。確か、今後のルートは海路を使ってからの陸路、で相違ありませんか?」
「あぁ、間違いないよレックス。その顔の無い魔族とやらが今は回復に努めているのであれば、海路は早めに抜けておいた方がいいじゃろう」

 海路……海を行くことになるのか。
 そうなると船旅になるわけで……確かに、何もない海の上で襲撃なんてこようもんなら、かなりまずいよな。
 抜けてしまえるなら、とっとと抜けておきたい場所だ。

「よし、辛気臭い話は一旦ここでしまいじゃ! 朝食を食べよう! サディエル君、災難だったな」
「はい……もの凄く災難でした」

 パンパンと手を叩きながら、クレインさんは明るくそういった。
 それにつられる様に、オレたちも笑う。
 
 今の音が合図だったのか、ドアがノックされてフットマンさんたちが朝食を運んできてくれた。

「って、メイドさんじゃないんだ、配膳……」
「おや? ヒロト君はこういうのは初めてかな? 本来、こういった主人や客人の前で持て成しをするのは、メイドではなくフットマンたちの仕事なんじゃよ」
「そうなんですか?」
「あぁそうじゃ。出迎えもフットマンたちだけなのだが……儂は皆の顔が見たいから、全員で出迎えるように言ってある。まぁ、客人を同伴させている時は無理じゃが、今回はサディエル君がいたからな」

 はっはっは! と豪快に笑いながら、クレインさんはそう説明してくれる。
 そういえば、別邸を訪れた時はメイドさんたちも居たな、確かに。
 そうこうしている間に配膳が終わり、オレたち全員で朝食を食べ始める。

「しかし、そうなるとサディエル君は出発当日まで屋敷で療養かね?」
「いえ、明日にはギルドへ来るように言われています。身体検査を受けてくれと……」

「痣がどういう役割を担っているか分からない以上、仕方がないの。他の者たちは?」
「今回の戦いで、色々と消耗したものがあるのでそれの買い出しとかです。サディエルの剣が2本もおじゃんになったもんで」
「ふむ、それなら明日まで待てばどうじゃ? さっさと来いと言ってきたら、その準備の金ぐらいは請求できるじゃろ。第一、サディエル君だけじゃなく、君たちも疲労困憊のはずじゃ。今日はしっかりと休みなさい」

 うわ、なるほど。

 さっさと来いってあっちが言ってきてるんだから、それぐらいの権利を主張してもいいってことか。
 それなら、2本も剣がおじゃんになったサディエルにとっては朗報だ。
 ただでさえ、この世界の武器……特に鉄を多く使う剣を主武器に使っているわけだから、かなり馬鹿にならない出費になってたはずだし。

「いい案ですね、それ! ヒロト、もしそうでしたら便乗して貴方の武器も買ってしまいましょう」
「うええ!? えぇ……そういうのってサディエル分だけじゃ……」
「サディエルの剣が何本ダメになったか、なんて報告しておりません。ですよね、アルム?」

「そうだなー、そういえば、そんなこと"は"報告してなかったなー。魔族相手だしー? 3本全部だめになっいても、不思議じゃあないだろーなー」

 超・棒読み!
 ダメだ、2人ともサディエルが3本ダメにした設定で、オレ用の武器を1本調達する気満々だ。

「それに、ヒロトもナイフを1本ダメにしておりましたでしょ? 護身用という名目で、それも一緒に調達しちゃいましょう」

 魔族との戦闘でぶん投げて、そのままダメにしたナイフまでも上乗せする気だ!
 ここぞとばかりに容赦ない。
 いやまぁ、うん、さっさと来いって言ってるのはエルフェル・ブルグなわけだし。

 全く無駄な消費をしているわけでもないし……いいの、かなぁ?

 そんなことを思いながらも、朝食を食べ終わり、オレたちは改めてクレインさんとレックスさんにお礼を言ってから、滞在中の部屋、正確に言うとサディエルが滞在中に使用している部屋に戻った。
 サディエルはそのままベッドへ……当人は体を動かしたいみたいだったけど、リレルからの無言の圧を受けて断念した。

「さて、結果的に今日は1日休養になったわけだが……やらなきゃならんことは山ほどある。休憩ついでだ、色々整理していくか」

 椅子に座りながら、アルムはそう提案してきた。
 うん、昨日も結構話したけど、正直まだまだ話足りない部分も多い。
 オレもあれこれと話はしたけど、すぐ思い出せない事項もたくさんあるから、むしろ喋って思い出したい気持ちもある。

「そうだね。まずは、何する?」

「昨日のヒロトの反省会」
「よし! まずは反省会…………え?」

 アルムの言葉を復唱し、硬直。
 オレはぎぎぎぎっ、と錆びれた機械が無理やり動いたような感じでアルムを見る。

「なんで!?」
「昨日の作戦、30分間で初めての立案にしては上出来だった。それは認める、偉かった、凄いぞ。だがな、これを"成功体験"として覚えられては困るんだ」

 覚えられたら困るって……

「そこまで褒めてくれるんなら、成功体験でいいんじゃ……今回のことで結構オレ、自信持てたんだけど!?」
「自信は持っていいが、成功体験として覚えるのだけは僕が許さない」

 アルムはオレをしっかりと見ながら、かなーり怖い顔をする。
 うわっ、この顔見覚えが……アルムと衝突した日あたりで見たような怖い顔してるんだけど!?

「誰しも"成功した"という体験は忘れられないものだし、その経験は甘美で脳汁が溶け出しそうなぐらいの快感だからな。しかし、いつまでも成功体験を忘れられず、同じやり方を続けて失敗する奴は山ほどいる、腐るほどいる! 1度の成功に酔いしれて、100回失敗したら話にならねーだろ!」

 耳が、耳が超痛いんですけど!?

 心当たりが多すぎる、具体的に言うとゲームとかでやらかした記憶があるよ、それ!
 たまたま思いついた奇策が、偶然上手くいって「あっ、この戦法思いついたオレ天才じゃね? こりゃ最強パーティ出来たかも?」なーんて、調子乗って戦闘続けて、結局その後上位陣に当たってコテンパンにやられた記憶が……

 しかも、複数人の対人戦とかでそれやったら、もれなく戦犯確定である。

「だからこそ、成功の中でも反省点を洗い出して、改善を怠らないことこそが成長だ。成功に酔いしれながら、なお正気を保て」
「なら、せめてこう、反省会じゃなくて、もっと別の言い方を……!」

「ヒロト。"反省"ってのはな、普通の捉え方や、自分の普段の行いに対するあり方を振り返って、それで本当に良いのかと考える事を言うんだ。悪い事をした時や、失敗した時に"限定"してねーんだよ。そして、成功した時ほどやりがいがあるんだ……それを、今からみっちり叩き込んでやる!」

「お、お手柔らかにお願いしますー!」

 ああああ、言い返す要素が欠片もない!
 しかもゲームで経験がある以上、余計に!

「……あれだよな。"反省出来る人"って定義を、失敗した人と悪人だけに適用することの方が、そもそもおかしいわけで」
「成功したので反省会不要って方が、むしろありえませんよね」

 正座に近い状態でアルムの言葉を聞いているオレの後ろで、リレルから治療を受けながらサディエルがそう独り言のように言う。
 それにリレルも同意する。

 こうして、この国滞在2日目は、まさかの反省会で過ごすことになったのであった……頭が、頭が痛い。
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