オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい

広原琉璃

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第2章 冒険者1~2か月目

22話 負け筋論【前編】

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 思えば、オレも失念していた。
 サディエルも、アルムも、リレルも……異世界の人間だからと、漠然と。
 どこかで線を無意識で引いていた。

 まるで漫画のように、小説のように、ゲームのように。
 楽しいことだって、気分が良くなることだって、都合のいい展開だって。
 絶対に経験したくない、つらいこと、きついこと、悲劇、喜劇。

 ……それらを、時間を潰す為だけで見つづける『安全な傍観者』、きっとオレはそうだったのだろう。

「そもそもの話だ、『元の世界に戻りたい』『じゃあエルフェル・ブルグだな、あそこ行けばだいたいの情報が揃う』『よし、行くぞ!』……で、終わる話なんだよ、"勝ち筋だけ"で話すなら」
「それは……」
「明日何があるかだって分からない、何が最善か、最短かだって分からない。間違いだってする。それが何だ」

 アルムはキッとオレを睨む。

「僕らは、今、間違いなく、お前の目の前で"生きている"人間だ。想像や空想上の存在じゃない。君にとっての現実が元の世界であるならば、僕らの現実は"ここ"だ」

 そして、悲しそうに眉を下げ……

「自分の、仲間の、家族の、友人の命を守るのに必要なことを……そんな言葉でくくらないでくれ」

 そう、懇願したのだった。

========================

 エルフェル・ブルグへ向けて旅立って7日。
 最終目的地に着くまでの間に、様々な国や街に当然立ち寄ることになる。
 そして本日、初めて別の街に到着して、久々の宿でのんびり出来ることになった。宿最高!!

 明日から2~3日は、クレインさんがこの街に届ける荷物をギルドや商会へ届け、逆にエルフェル・ブルグへ届けないといけない荷物を引き受ける、という仕事がある為、護衛兼搭乗者のオレらは逆に休暇になる。

 この7日間、本格的な旅というのは何かと大変だった。

 早朝から移動を開始し、時間ごとにサディエルたちが交代で周囲の警戒を行い、魔物が襲撃してきたら対応する。
 オレは体力を作る為に、早朝に軽い運動をした後は、勉強関連の準備と実践、目的達成表やメモ帳を眺めながら出来ることを順番にやっていく、ということを繰り返している。
 
 勉強の準備と言うのは、主にクレインさんをメインに話聞かせるアレである。
 わかりやすく説明するために、事前に要点まとめとかないと難しいので、その準備の時間ってわけだ。

 全てが終わる頃にはだいたい夕方。
 夕飯の準備や寝床の確保などを行っていると、夜になると言う、意外とせわしない日々を送っていた。

「……戦い方、かぁ」

 宿のベッドに寝っ転がりながら、オレは『戦い方』の項目に取り組める程度に余裕が出てきたんだが、絶賛悩み中だ。

 そりゃ、理想は剣使いたいって気持ちが強い。せっかくの異世界、ファンタジー! ってわけだし。
 が、冷静に色々考えると最初はやっぱ、中衛か後衛で戦闘というものをしっかりと知りたい、と言う気持ちも出てきた。

「こう考えると、自分に適正があるのはこれ! ってすぐわかるのって、羨ましいことだな」

 あなたの適正、剣はS、槍はE、魔法はCとかさ。
 が、これを言ったら100%サディエルたちから生暖かい目で見られる。
 まぁゲームとかなら視覚的にこういう能力ありますって、見せないといけないわけだから、その辺りを羨ましがっても仕方ないよな。

 本音は、超欲しいです。

「とりあえず、前衛は体力に不安がある以上は、まず却下確定として……中衛か、後衛か」

 そうなると、オレに出来そうなことで、出来る限りサディエルたちの助けになりそうなやつ。
 と、考えた結果まずオレが話を聞きに行ったのが……

「ヒーラーのこと、ですか?」

 このパーティのヒーラーでもある、リレルの元だった。
 首を傾げながらそう問いかけてきたリレルに、オレは頷く。
 サディエルたちが怪我した時に、オレも回復出来ればパーティの安定度も増すだろうし!

「はい! 治癒の魔術を覚えておけば何かと便利かなって」
「なるほど……どの戦い方にするにしろ、ある程度の治療の魔術を覚えて頂ければ、いざ別行動になった場合や、自身が怪我した場合にも適切な応急処置が出来ますし」

 リレルは微笑みながら

「わかりました、私で良ければ治療の魔術について教えます」

 と、嬉しい返答をくれる。
 おっしゃ! 治癒の魔術をまず覚えて、確実で小さな一歩を踏み出そう!
 いや、魔術使ってみたいという下心もあります。はい、白状しますけどあります。

「それではさっそく」
「まずは治癒の魔術の使い方だよな! 詠唱ってどんな……え?」

 どさっ、と取り出されたのは、分厚い本。
 どこに置いていたのか? と思うと、今日の夕飯を食べた後、本屋に行って新しく買ったものらしい。
 その本の表紙に何が書かれているかは読めないわけだが、イラストから人体っぽい内容なのだけはわかる。

 わかるんだけど……

 リレルは微笑みというより、逃がさんと言わんばかりの圧がある笑顔になる。

「人体の構造と、内臓その他の正しい位置を把握しましょう」

 えーと……その……

「治癒の魔術のお話……ですよね?」
「はい、治癒の魔術のお話ですよ」

「何でいきなり人体?」
「ヒーラーたるもの、目の前に内臓ぶちまけた味方がいたら、即動いて消毒して正しく元の位置に戻す程度のことは出来ないといけません」

 ぐっろい!
 何で急にグロテスク!

「ヒーラーって、医者だったんですか……?」
「逆にお聞きしますけど、治療する怪我というのは、皮膚が切れて血がにじみ出ている個所が複数ある程度の事、なんて言いませんよね?」

 ……うん、違います。
 と言うか、漫画の印象で血が滴っているレベルを想像してたけど、現実はそのレベルじゃ済まないんだな。

「破傷風に関する危険もそうですが、少しでも躊躇したらその人が死ぬんです。そうしない為にも、まずは正しい人体の知識を身に付けましょう」

 そう言いながら、笑顔のままリレルは人体の本を掲げる。

「大丈夫です、ヒロトの故郷でも覚えておいて損はありませんよ」
「ごめんなさい。ヒーラーに関して甘い考えでした、ちょっと保留にさせてください」

 オレはそう謝る。
 あら残念、とリレルは苦笑いしながらも本を元に戻す。
 この反応から、もしかしたら過去に似たようなことを聞かれた事があったかもしれない。

 そんな中、コンコン、と部屋のドアをノックする音が響く。

「はーい、どうぞ」
「おーい、リレル。最終検査の時間だから来たけど、大丈夫……って、ヒロトも居たのか」

 部屋のドアが開くと、そこからサディエルが顔を出す。
 最終検査って……あぁ、破傷風のあれか。
 発症の平均日数が10日だから……そっか、今日であれから10日ぐらいか。

「お待ちしておりましたよ、サディエル。ヒロトはヒーラーについて聞きに来ていたんですよ」
「ヒーラーについて? ってことは、あれか。戦い方について考えているのか」
「そうなんだけど……どうも、これってのがなくて。とりあえず、手っ取り早く便利で汎用性があるんじゃないかなー、ってことでヒーラーのことを聞いたんだけど」

 その言葉を聞いて、サディエルは『あぁー……』と、何か納得したような表情を浮かべる。

「なるほど、ヒーラーは医者とほぼ変わりないって理解して、一旦保留にしたな?」
「サディエル、エスパーになるのいい加減やめてくれ」

 あっさり理解してるし! なに、サディエルも経験あるとか?

「私が破傷風のあれこれとか検査してる時点で、そう思わなかったんですね」
「そういえばそうでした」
「リレルが倒れた場合に備えて、俺らも少しは知識と応急処置方法は勉強したことあるけど、グロいよなー、分かるよ」

 あっははは、と笑いながらサディエルが答える。
 うん、聞いただけでグロさがね……と言うか、サディエルたちも最低限は勉強してるのか。
 いやまぁ、リレルが倒れたら、サディエルかアルムのどっちかが何とかしないといけないわけだから、そりゃそうか。

 そうこうしている間に、リレルからの指示でサディエルは上着を脱いで椅子に座る。

「背中の傷はもう綺麗になってるんだな、さっすが治癒の魔術」
「怪我だけならそうですね。サディエル、背中の痙攣、引き攣りその他は?」
「そこは大丈夫」

 サディエルの回答を聞いてから、リレルは脈を図る為か風の魔術で左腕を圧迫する。
 検査で部屋が静かなわけだが、オレ邪魔だよなこれ……戻ろう。

「治療の邪魔だし、オレは部屋に戻るよ」
「あっ、ヒロト。戦い方の件なんだが、なんだったらアルムに相談したらどうだ?」
「アルムに?」

 戻ろうとしたオレに、サディエルがそう提案してくる。

「あぁ。あいつは俺らのパーティの司令塔だからな。戦い方に関しては、あいつが頭一つ飛びぬけているわけだし」

 この7日間、魔物からの襲撃があった際、基本的にアルムは後方で荷馬車とクレインさんの護衛をメインに立ち回っていた。
 ただ、それ以外にも前線で戦っているサディエルに定期的に指示を飛ばしてもいた。

『サディエル! 引け!』
『おっと! 了解!』

 声がかかると、サディエルはどれだけ優勢でもすぐさま後退する。
 直後、彼が先ほどまで立っていた場所に、別の魔物からの攻撃が刺さった。

『うへぇ……助かった!』
『横やり入れてきたやつは任せろ、前のやつだけ集中!』
『あいよ! リレル、フォロー頼む!』
『わかりました!』

 そう会話している間に、アルムは弓を誰もいないように見える方向に向けて射抜く。
 弓矢が地面に刺さったように見えた直後、魔物と思われる悲鳴のような声が響き、ズシンと倒れる音がした。

『こっちはもういいぞ!』

 アルムの言葉を聞いて、サディエルは最後の一撃を魔物に加えてその戦闘は終了。
 誰も怪我せず、さくっと終わってオレはクレインさんと一緒に安堵のため息を吐いたものだ。

「アルムの奴なら部屋にいたはずだ。2~3日は街にいるわけだから、がっつり師事してみるといい」
「そうだな……そろそろ決めておきたいし。うん、じゃあこのままアルムの所に行ってみる! サンキュー、サディエル! リレルもヒーラーのこと教えてくれてありがとう!」
「はい、どういたしまして。ただ、どこかのタイミングで治癒に関しては教えますので、その時は素直に聞いてくださいね」
「了解ー!」

 その時までにグロいの覚悟しておこう。
 そう思いながらオレはリレルが滞在している部屋から退室して、その足でアルムのいる部屋に向かう。

 コンコンとドアをノックして数秒すると

『誰だ?』
「ヒロトです。アルム、今少し時間いい? 相談したいことがあるんだけど」

 と、問いかけがあったので要件を伝える。

『ヒロトか。いいぞ入って、鍵開いてるから』
「失礼しまーすっと」

 オレはゆっくりと部屋のドアを開ける。

 この日、アルムの部屋を訪れたことが、オレにとってのターニングポイントになるのだった。
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