オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい

広原琉璃

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第1章 冒険者はじめます

10話 決意の為の1週間【後編】

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「1週間、ヒロト君はこの街で生活する! これでいこう!」
「はああああああああ!?」

 オレは思わず絶叫する。
 本当に、今、この場に他のお客さんがいなくてよかった。

「さっき! アルムさんが! 『答えを先延ばしにするにしても時間がもったいない』って、言った!!」
「まぁまぁ落ち着いてヒロト君。遠慮がちょっとづつ無くなってきているのは嬉しいけど、理由はちゃんとあるから」

 どうどう、とサディエルは落ち着けとオレをなだめつつ、言葉を続ける。

「旅に同行するにしても、ここで生活するにも準備は必要だ。というか、何も準備せずってのはどんなことでも無理だからね」
「……はぁ」

 具体的に、とサディエルはさくさくと具体例を上げていく。

 □旅に同行する場合(体力や自衛力を除く)
  ・最低限の武器含む装備品一式
  ・旅に向く服装一式
  ・初心者用の荷物袋などの備品類
 
 □街に残る場合(体力をつけることを除く)
  ・住む場所と家財一式
  ・当面の服
  ・働き先の確保

 あげられた分だけでも、準備に時間がかかるものばかりだ。
 当然ながらお金もいる。どれをとっても。

「リレル、服の仕立てにかかる日数は?」
「1週間ですよ、丁度」
「うん、じゃあ服関連は問題ないな。決めるまでに滞在する場所は、この宿を1週間借りるよう手配したから心配ないし」

 んんんー!?
 なんかさらっと何か言われたよ!?

「宿を1週間!?」
「あぁそうさ。お金なら心配いらない、ガーネットウールの角の利益だ!」

 笑顔で何やってくれるのこの人!?
 しかも前払い済みかよ!

「そんなわけで、服以外の部分の準備がいるわけだが」
「……オレ、とりあえず心の中のツッコミが疲れたのでしばらく清聴でいいですか?」
「了解。今あげたのは、あくまで『方針が決まった後』に必要なことだ。どっちもってなると一週間では無理だし、そもそも片方が無駄になる」

 うん、そうだよな。
 両方とか普通に考えてムリゲーなわけだし。というか、どうやれと?

「ヒロト君にやって欲しいのは、3つ。1つ、今上げたモノの調達先を見繕うこと」

 見つけるだけでいい、と。
 武器含む装備品の方はサディエルたちが使えばいいから、ぎりぎり無駄にならないかな……いや、いらない荷物だからやっぱり無駄だな。
 それなら、目星をつけるだけにしておくのは納得。

「2つ、街で行われる避難訓練の参加」

 そんなこと言ってたっけか。
 どこの街でも、魔物の襲撃に備えて避難の練習があるって。
 いきなりどこそこへ! って言われても場所知らないと、どうしようもないからな。

 うんうん、その参加に関しても問題なし。
 街に住むことになったら、郷に従って郷に従うということだしな。
 その世界のルールは守るべし、である。
 いやまぁ、別に異世界だろうが、元の世界だろうがこの辺りはどこも一緒だけどな。

「そして3つ目は、受験勉強の方法を確立する」
「…………?」

 オレは思わずサディエルに向けて100%驚いた表情を向けている自覚がある。
 え? なんでいきなり受験のワードが出てきたの?
 急に現実に引き戻されて、さすがのオレも絶句してしまうんですけど!?

「ヒロト君、今の君は『帰ること』だけを念頭に置いていて、『帰った後』を想定していないよね」
「そりゃまぁ……帰れないと受験もどうもこうも、話にならないわけだし」

「うん、『帰ること』を最優先にするのは大事だ。だけど、あくまでそれは君の人生における『通過点』でしかない」
「と、言うと?」

 オレの問いかけに、サディエルは白い紙を取り出して、1本線を引く。
 その線に、いくつかの『〇』マークを書き込んでいった。

「仮に君が故郷に帰れた場合、受験の後には何がある?」
「なにって……大学に合格出来れば、大学生活があって……4年……学部や進学先によっては2年か6年後に就職……こっちでいう働き口探しがあります」
「ふむふむ。そのあとは?」

 文字が読めないオレの為にか、受験の部分には本のマーク、大学在学部分に家、就職の部分に人型がフライパンのようなものを持った絵をサディエルは書き込んでいく。

「……就職したら……まぁ、好きな人と結婚……その前に恋人作る?」
「だよな。結婚すれば子供が生まれるし、その子の為にお金を稼ぐと……」

 ハートマークやら、3人家族みたいなマークを色々を1本線に順に書き込まれていく。
 最終的にお墓マークと……人生の設計図(絵)が完成した。

「この通りに人生は順調にいかないにしても、だいたい思い描くのはこんな感じだよね。で、今君がいるのはここ、一番左端だ」
「はい」

「まだまだこれから色々ある。けれど、君が故郷に帰るなら、『ここ』の知識は一切不要な……言ってしまえば無駄なモノだ」
「………」

 異世界の知識は、無駄な知識。

 そういわれるとは正直思わなかった。
 ここまでオレが首を捻る都度説明してくれた内容すべてを、サディエルはあっさりとそう言い切ったのだ。

「もちろん、帰るまでには『生きる為の知恵』としては覚えないといけないが、帰れば思い出す必要は一切ない。けれども、君の故郷の知識は、帰ったら必須であり一生付きまとう」

「それで……『受験勉強の方法を確立する』、ですか?」
「そういうこと。帰るのがいつになるにしても、帰ってから、じゃあって慌てて勉強再開しても手遅れだろ? 前日に帰ったりしたらそれどころじゃないだろうし。いつ帰っても、すぐに受験出来ます! ってぐらいにしておいて損はない」

 それもそうだよな。
 旅の間に勉強せず遊び惚けている、と同義語になるわけだし。
 だからこそ、勉強する方法を何かしら決めておく必要がある……と。

 けど、旅をしながら勉強って……どうすれば……?

「君が故郷に帰るとしても、ここに残るにしても、勉強の件が盲点だった時点で『決定打がなかった』という感想になるのは当然だ。今あげた3つのことをやりながら、他に何が引っかかるのか、じっくり考えてみるといい」
「繰り返すようで悪いけど、僕らには君の故郷の秩序とルールは何一つ知らないから、無責任に助言は出来ない」

 サディエルの言葉に続くように、アルムがそう付け加えた。
 そして、リレルも変わらぬ笑顔で頷きながら

「どちらを選んだとしても、どこかで必ず後悔をします。けどそれは、誰であっても同じことで、どんなことにも利点があり、欠点がある。良いことだけを取ることは出来ません……人が出来ることは所詮、自身の両手の範囲だけです。多く持ったところで、零れ落ちるだけ」

 そう言った。
 少しばかり下げられた眉から、もしかしたら彼女がその経験で何かを失った経験があるかのような、そんな感じもあった。

 しかし、リレルはすぐさま表情をいつもの笑顔に戻した。

「もちろん、ここでの『生きる為の知恵』は後々不要なのだからと、完全に切り捨てる選択肢も当然あります。ただ、その結果は、死ぬ確率を上げると同義語なわけですが」
「まっ、総括するとだ」
 
 サディエルは紙をしまい終えると、オレの顔を真っ直ぐに見てくる。

「何選んだって悪いことは付きまとう。その中で、どんな結果であろうと、納得出来なくても、受け入れられる方を選んでくれ。旅に出るのか、街に残るのかをな」

 どんな結果でも……納得出来なくても……

 何もしない、という選択肢も提示はしてくれている。
 その結果はどういう形であれ、生きたいのであれば、最も死ぬ危険が高いことも伝えてくれた。
 さっき、サディエルが描いてくれた人生における、通過点に……オレは確かにいる。

 目に見える形ではっきり示されると……本当に、動けない物なんだな。それに命が係わるならなおのこと。

「さて、ヒロト君。暗い気分は少しだけ横においてくれ。ここまでは君の1週間の予定の話だ。次に俺たちの予定を話す」
「……え? あ、はい」

 そっか、オレが考えなきゃならないことに、サディエルたちは基本的に助言はしないんだった。
 一度水を飲んでから、オレはサディエルたちに視線を向ける。

「どうぞ」
「ありがとう。さて、俺らはこの1週間、次の街に出向こうとおもう。要件は、エルフェル・ブルグに向かうために必要なものの準備。日程は、行きが3日、滞在は1日、戻りに3日の7日間だ」

「この街で調達出来ないものを、ってことですか?」
「ざっくり言うとな。そんなわけで、1週間この街でヒロト君がお留守番になるのは、もともと確定事項だったんだ。いい機会だ、ここの様子とか見てみるといい。きっと、良い刺激になる。新しい刺激ってのはいつでもわくわくするものだしな」

 1週間。
 それが、この異世界で最初に与えられた『歩き出すため』の時間だった。
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